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「七割」

 





 さらに数日後、当たり前のようにエカテリーナは授業に出席した。教師側もそろそろこの異様な生徒に慣れてきたようで、むしろ授業っぽくなるからという理由で適当に話を振ることも増えてきた。


 そうして至極真面目に授業を受けきった彼女はこの日、手紙を出すために学校内の郵便局を訪れた。広い敷地面積を誇る魔界小学校には基本、何でもある。理由は決まりきっている。生徒と同じように敷地内で暮らしている教師達にとってもその方が楽だから。


 なお、この世界で手紙を出すのに切手は必要ない。郵便の類は飛脚に直接依頼し、完遂したら報酬を直接支払う仕組みだ。


「お手紙、お願いします」

「はぁ……毎度」


 やる気のなさそうな獣人種が、エカテリーナの手紙を受け取る。そこに書かれた住所を確認して顔をしかめ、郵便用と思われるカバンにしまい込みながら、彼女に鋭い視線を向けた。


 前金だ。距離に応じた報酬の半額を先に支払わなければならない。全額先払いにすると飛脚が仕事をすっぽかし、後払いにすると客が踏み倒しかねない。そういったトラブルを避けるための措置。無論、半額といえど先払い分はあるため仕事をすっぽかしてもよいが、どの道そんな奴には仕事は来なくなる。


 視線の意味を汲み取り、料金の全額の七割をその場で渡す。校長に頼み込んで、いくつか仕事をさせてもらって稼いだ金だ。不正に得たりはしていない。


 獣人の飛脚は睨みつけるように幼女を見た。とても子どもに向けるような目ではないが、彼女は動じない。


「前金、多いぞ」

「はい。残りは三割ですよね」

「なんのつもりだ?」


 待ってましたとばかりに、ニヤリと笑ってみせる。どうでもいいことだが、この悪そうな笑みを自然に出せるように、何日か練習を重ねている。


「私は七割を先に支払いました。一割は信用の証、もう一割は私の心遣いです」

「……けっ」


 つくづく不愉快そうに吐き捨て、飛脚の彼はすぐにその場から立ち去った。手紙をすぐに配達しに行ったのだろう。エカテリーナは唇を引き結んで、唖然とした様子で見ていた他の飛脚に向けて優雅に一礼。悠々と背を向け、寮へと歩いて行った。


 その道中。彼女は何回か振り返り、誰もいないことを確認すると、結んだ唇を綻ばせた。


「やった……! 私にも出来た!」


 えかてりーな は はらげい を おぼえた !!


 人を騙すとか、そんなことをしたくはない。しかし今のままではずっと苦手なまま。せめぎ合う良心と向上心の対決に決着をつけてくれたのは、クーリャだった。


『じゃあ、腹芸覚えたらどうかなぁー?』

『腹芸? お腹で何かするの?』

『あはっ、可愛いこと言うね? そうじゃなくてぇ、相手を思い通りに動かしたりする……上手な話し方、かなっ♪』


 交渉、と言い換えてもいいが、強要するのではなく誘導する技術。それを習得したのだった。元々エカテリーナは頭のいい方で、勉強もしてきた。だがそれは所詮「知識」を詰め込んだに過ぎず、それを応用した「知恵」が働くわけではないのだ。


 それを見破っての提案だったのだろうが、「どうしてそんな言葉を知ってるの?」という問いに、クーリャは明確な答えをくれなかった。謎の深い娘である。性別も含め。


 そして、その記念すべき第1回目は成功を収めた。飛脚はエカテリーナの思惑通り手紙をすぐに届けに行ったし、あの様子なら反故にするようなこともないだろう。これでお返事も素早く返ってくればバッチリだ。お金は取って置かないといけない。念のため、五割。


「えへへ……よかったぁ……」


 久しぶりに感じる高揚感。自分は成長したのだと、波のように実感を伴って心の中を打つ。もっと頑張ろう、私には出来るんだ。そんな前向きな気持ちが生まれ、やりたいことがどんどん浮かんでくる。モチベーション増大だ。


 鼻唄、スキップ、時々空を飛ぶという三連コンボを見せながら、彼女は手紙の返事、ひいてはそれを自分のためにしたためてくれている姿を想像する。


 真剣に読んで、真剣に悩んで書いてくれそう。きっとあの人は、変に考えすぎて書いては消し、書いては消しを繰り返す。そんなこと、私は気にしないのに。


「えへへ、早く来ないかなっ」


 ディロンさんからのお返事っ。


 純真な彼女がそれを恋だと知るには、まだちょっと時間が必要だ。






 ここ数日では間違いなく最高の上機嫌で帰ったエカテリーナだったが、自室の前に広がる光景を見て目を丸くした。親友が、三角座りでうつむいている。


「どうしたの!? 何かあったの!?」

「……おかえりニャ」


 見たところ外傷があるようには見えない。が、アクリアは覇気の感じられない動作でゆらゆらと立ち上がった。何かあったの、という問いは間違いなく蛇足だ。あったのだ、何か。


 左右で色の違う瞳。その焦点をエカテリーナに合わせ、暗く沈んだ声で言う。


「……とりあえず入ろうニャ」

「あ、うん……」


 それ、私のセリフだと思うんだけど。


 鍵を開け、連れ立って自室に入る。明かりをつけると見慣れた光景が目に入って、安心感を得る自分を自覚した。心はもう、すっかりこの部屋を自宅だと思っているらしい。


 それは「何故か」アクリアも同じようで、生ける屍のような足取りでベッドに倒れこんだ。彼女もすっかり、この部屋を自宅だと思っているらしい。……それはおかしいが。


「どうしたの? 元気ないけど」

「……た……」

「え?」


 くぐもって聞こえなかったが、バステトの少女はすぐにガバリと起き上がり、大きな声で繰り返した。


「負けたのニャ! ローヴィに!」

「……スローヴィアに? ケンカでもしたの?」


 ここ最近、スローヴィアは授業に顔を出していないそうだ。ヤードのところで修行に励んでいるのだろうと予想はつくが、なんだってアクリアと彼女が衝突するような事態に。


 叫んだことで気持ちが上向きに引っ張られたか、彼女の目は焦点が定まってきた。


「今日、ウチは決闘を挑んだのニャ。力を試すために」

「力って……クロノスの瞳のこと?」

「そうニャ」


 腕を組み、鷹揚に頷く。全然似合っていない。


「未来が見えるこの目があれば、ローヴィにも勝てる! 最強の座は貰うニャ! ……そんな風に、い、い……息巻いていたのニャ」


 息を巻く、という熟語が即座に出てこないのも、覚えたばかりの言葉を使いたがるのも実に可愛らしい。言っている内容は逆に魔族らしさ全開だが。


 急にシュンと耳を垂れ、声のトーンも落ちる。


「でも、負けたのニャ……完敗だったニャ」

「よしよし」


 撫でてあげると心地よさそうに目を細めて喉を鳴らしていた。が、ハッとしたように耳が復活する。


「だからエリー、戦いを教えてほしいニャ!」

「……授業に出よう? ね?」


 どうもアクリアは自分の欲望に忠実なようで、戦闘技能の授業もサボることが珍しくなかった。あるいは、気分が乗っていない日もあったのかもしれないが、いずれにしても参加していないことに変わりはない。


 だから、当然の帰結としてそのように提言したのだが。


「ウチはエリーみたいな変人じゃないから毎回授業出るのは無理ニャ」

「ひど!?」


 何故かディスられてしまった。間違ったことは言っていないはずなのに。


 ともあれ、授業に出るのが手っ取り早いという確信はある。彼女の最大の敵は自分の心。それを何とかしないことにはどんな練習も鍛錬も続かず、大きな成果にはならない。


 どうしたものかと悩み始めたエカテリーナに、天啓が降りてきた。否、それはある意味必然だったのかもしれない。何故なら、先ほどまでそのことを考えていたのだから。


「じゃあさ、いい先生を紹介するよ」


 彼女の脳裏に浮かぶのは、無愛想な男の顔だった。





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