「2人の強者、1つの影」
その人間は、少年の姿をしていた。14歳ほどだろうか。丁寧に切り揃えられた金色の髪、美しさの中に一点の曇りを孕んだ青い瞳。みすぼらしい服装はわざと汚したかのようで、よくよく観察してみれば使い込まれた装備ではないことが窺えた。
「ここが魔界か」
薄暗く、太陽もない。彼の生きてきた、明るくて温かいことが基本である世界とは真逆の環境だ。しかし彼はその環境を好ましく感じた。
昔を思い出す。あの頃はゲームばかりの生活で、モニターだけが光る埃だらけの部屋は、彼が理想とする楽園そのものだったと言ってもいい。欠点があるとすれば、人間が暮らすには不衛生すぎたということだけ。
まあ、今の生活もそれはそれで悪くない。大きく伸びをし、肩を回して身体の動きを確認する。不調はない。
「さーて、初見攻略と行きますか!」
この世界に不満などない。ここは、ゲームの世界なのだから。
魔界小学校。その外れにある、小さな一軒家。奇妙な研究者が住まう家であり、最近ではもう1人、少女がそこで生活するようになっていた。
豪奢な髪を持つ、純粋なる悪魔族の娘、スローヴィア・グランサーフだ。彼女は今、すっかり日課となった、レイピアの鍛錬をしている。その横に立つ、ヤードに観察されながら。
「ハアァッ!」
『もっと我が輩と同調するように意識しろ』
心の中に、直接話しかけられるような声が響く。剣に宿された精霊は聞く者を圧倒するような重く力のある声であるが、受け止めるスローヴィアは怯むことなく素振りを続ける。
「わたくしの方が合わせろと? 貴方が合わせなさいな」
『相変わらず生意気な小娘だ』
悪態を吐きながらも、ガイニスの意識を感じ取ろうと努める。おそらくそれはガイニスにも伝わっているのだろうが、わざわざ言ってこない辺りは優しいと言えよう。
ガイニスが言うところによると、現状では彼の力の2割も引き出せていないらしい。それでも彼女は元の才能も相まって小学生としては十分すぎるほどに強いのだが、そんな些末なことはスローヴィアにとってどうだっていいことだ。
優雅とは言えない泥臭い汗を流しながらも、彼女は一心に剣を振り続けた。彼女の背後には、あの少女の影がある。先日は勝利を収めることが出来たが、少しでも油断すれば簡単に追い抜いていくだろう。そうさせない為には、鍛錬を積むしかない。
真面目に自らを鍛えるなんて、高潔な一族のすることではありませんわね!
『気が散っているぞ小娘! ギブアップか!』
「バカなことを! あと5時間はいけますわ!」
『その威勢だけは立派なものだがな!』
当然のことであるが、剣を通して意思を伝えているガイニスの声は他者には聞こえない。毎回毎回観察を続けているが、ヤードはその声だけは聞いたことがないし、だからこそスローヴィアは鍛錬が終わると、その日した会話の内容を伝えなければならない。
もしも彼女がヤードへの報告を怠っては、約束が違うという話になる。高貴な者として、家の名に泥を塗るような真似は出来ず、今の彼女には何もかもが足りない。約束を反故にする魔族らしい行いも、今の彼女の実力では家に迷惑をかけるだけになってしまう。
グランサーフの名にこれ以上傷をつけるなど、わたくしのプライドが許しませんわ。
身体を使い、魔力を使い、神経を使い、頭を使う。そんな無茶な鍛錬が長続きするはずは当然なく、
『今日はここまでだ』
1時間もしない内にガイニスからの制止がかかる。その言葉に彼女は素直に従い、息を乱しながら髪を整える。
「終わりかNA?」
「ええ」
「今までで1番長く続いたNE。放出されていた魔力も、彼のモノが多く観測されたYO」
「そう、ですの?」
ヤードは満足そうだ。彼女に伝えた内容とは別のことも記録出来たのだろう。彼曰く、「精霊を使役するなんてなかなかないからNE」とかなんとか。珍しい出来事が目の前で起きているのが嬉しいらしい。
しかも、それだけではない。
「彼の魔力に乱れがあるNE。おそらく、君が魔力の使い方をよくわかっていないからDA。君自身が魔力コントロールを身に着ける方がいいかもしれNAI」
観察した結果に基づいた助言もくれる。スローヴィアはいつも疑問に思っていたが、なんとなしに訊いてみることにする。
「どうしてわたくしに助言をくれますの?」
ヤードはその問いが発されることを予測していたかのようにあっけらかんと返す。
「研究対象だからNE。乱暴に扱うより、成長を促す方が楽しい過程が見られRU」
「研究対象……ですのね。このわたくしを、あくまでそう扱うと」
「ムム、怒ったかNA?」
「まさか。この関係はギブアンドテイクでしょう?」
ニヤリと笑ってみせると、彼も同じような笑みを返した。とりあえず彼に反感を抱くようなことはないし、研究対象の扱いがここまで丁寧ならむしろ礼を言うべきかとさえ思えてくる。言わないが。
だから彼女はいつものように言うのだ。
「お風呂、いただきますわ」
「よく解んないなあ」
エカテリーナは珍しく、自室でうんうん唸っていた。隣ではアクリアがベッドに寝そべって本を読んでいた。表紙には「魔界史」というごくごくシンプルなタイトルが書いてある。
猫耳が顔を上げた。
「好きなこと、思いつかないニャ?」
「つかない」
サラの言っていたことだ。強くなるには、楽しく思うことや、好きなことが必要なのだと。
ちょっとした夢ならある。漠然としてはいるが、強くなって魔界を平和にしたい。ただそれは、目標地点であって趣味ではない。努力を重ねることも苦ではなかったからしていたが、ほんの少しの行き詰まりは感じていた。
再び頭を抱えて、髪をぐしゃぐしゃと乱暴にかきむしった。
「あー! やっぱり解んない!」
しばらくこの繰り返しだ。エカテリーナの悩みは堂々巡りで解決せず、アクリアは文字の勉強の為に歴史書を流し読みしている。
「あっ、エリー」
「もしかして、何か思いついた?」
「この言葉どういう意味ニャ?」
猫は、マイペースな生き物である。
もう慣れっこのエカテリーナも、嫌な顔1つせず答える。期待してないとも言う。アクリアが知らなかった単語は、「発想の転換」を意味する熟語だった。それを見て、思う。
考え方を変えなきゃ、かなあ。
例えば、好きなことを探すのではなくて、苦手を消すとか。プラス方向がダメなら、マイナスを0に近づける。やりたくないことを、出来るようにする。
やりたくないことかあ、と考えると、真っ先に思いついたことが1つ。
『やはり君も、魔族の本能には抗えないということだ』
黒い色の翼は、襟に差してある。
あんなの……私じゃない。そう、思いたいけど……。
今やりたくないこと、彼女の中で燻っていることと言えば、それに他ならない。背筋を快感が撫でる感覚は、今も染み付いて離れない。意識的に目を背けていたが、それと向き合うのが一番いいのかもしれない。
まだ、彼女の悩みは消えない。
見逃していたようなのですが、いつの間にやらブックマークが200を越えておりました。感謝を示しますとともに、今後ともよろしくお願いいたします。




