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「平穏なる幕間」

 





 魔界はどこか変だとエカテリーナは思っている。倫理観は滅茶苦茶で、みんな好き勝手に生きているのに誰も咎めようとしない。それはまるで神のような存在がいて調節しているかのよう。


 結局のところ自分の方がおかしいのだろうが、生まれて10年も経っていないような子どもが何故そんな違和感を覚えるのかという理由も説明できないし、毎日が楽しいし激動の渦中にあるからそれどころでもない。


 手の中に残されたのは黒い羽。邪悪さを纏っている中にも一欠片の聖善性があり、自分とは真逆の存在から生まれたことを感じ取る。元々綺麗だった器に、黒い穢れが流れ込んで出来た歪な翼。対し、元々穢れた器に白い清廉な魂が宿ってしまった魔族の子。


 だから彼女は思う。これは、捨てずに持っておこう。出来ることなら、肌身離さず。お守りとはちょっと違うけど……持っておかないとダメな気がする。言葉には出来ないけれど、この翼が何かを訴えかけているみたい。


「でも、ディロンさんは嫌がるかな」


 嫌がるだろう。最も忌み嫌う青年の力を、エカテリーナが常に身に着ける。表情に乏しいながら、複雑な顔を見せるディロンの姿が容易に想像でき、エカテリーナはくすりと笑った。


 禍々しい翼の欠片をポケットにしまい込み、彼女は歩き出す。にわかに笑んだ顔はもうない。今考えるべきは1つ。


 スローヴィアを、再び超えなくてはならない。






 数日が経過した。一応残っていたクーリャも早々に棄権し、新入生トーナメントの優勝はスローヴィアに決まったのだそうだ。多くの予想としては順当な結果だったろう。


 だが、それをよしとしない生徒が1人いた。言うまでもない。エカテリーナである。彼女は食堂で食べ終えた器をいくつかその小さな手に持ち、受け取り口に歩を進めた。


「おかわりください!」

「まだ食べるのかニャ……」


 バステトの少女、アクリアも呆れ返っているが、エカテリーナはお構いなし。頑固者の彼女は決めたことを覆したりしない。あれから数日、彼女の食欲は増していく一方なのだが、理由の説明は不要だろう。


 もはや予め用意されているおかわりを受け取り、アクリアの下へ戻るなり猛然と食べ進めていく。既に並の量を食べ終えた子猫はそれを眺めながら少し笑った。


「でも、好き嫌いはなくなったみたいだニャ」

「んむ……まあ、ね」


 あれだけ嫌がっていたニンジンを、もりもり食べている。アクリア的にはあの日の苦労が報われたような、はたまたあの日の苦労が水の泡になったような複雑な気持ちだったが、口には出さない。


 そんな親友の気持ちを知ることなく、エカテリーナはとにかく強くなるにはどうするべきかを考えていた。スローヴィアはあれからも強くなるために努力をしているらしい。彼女のやり方は気に食わないが、止めるためには彼女よりも強くならなくてはならない。


 それが魔界の流儀だから。


 新しい魔法を覚えるか、体術を覚えるか……。しかし、いずれにしても足りない。普通の努力では足りないのだ。


 でも、危ない力に頼るのは嫌だな……。それじゃスローヴィアに勝ったことにならないもん。


 今エカテリーナの手元にあるアイテムは、魔力を蓄積出来る宝石であるライジングオーシャンのみ。しかしそれは蓄積魔力量の補助にしかならないもので、増強にはならない。裏を返せば消費魔力量を無視した大技を覚える価値も出てきたということではあるのだが。


「決めないとなあ……方向性」

「ニャ?」

「ううん、こっちの話」


 誰を頼るのがいいだろう。実際のところ、彼女が考えていたのはそういうことだ。






「と、いうことで頼りたいの」

「どうしてあたしなのぉ?」

「だって、強いでしょう?」


 まずはクーリャ。どんな戦いをするのか知らなかったが、新入生トーナメントの選手であるということはAクラス。頼るに値するのは間違いないだろう。


 どちらかと言えば交流の意味合いが大きかったが。その証拠に、ダークエルフの少女であるサラも巻き添えを食っている。


 生物学的には男である彼女は小首を傾げる。その仕草がまた異常に女っぽい。


「勘違いしてるみたいだけど、あたしは強くないよ? 戦うのあたしじゃないもん」

「……どういうことだし?」


 意外にもサラが食いつく。ディロンよりも遥かに表情が読みにくい彼女は、吸血鬼を興味深げに見ている……ような気がする。実際のところは、本人にしかわからない。


「あたし、ネクロマンサーなの♪」

「何それ?」

「死者の魂を保管してて、魔法で召喚するの」


 紅い瞳の少女は事もなげに言う。つまるところ、召喚される死者が強いから彼女の評価も高かっただけで、彼女自身は非常に非力なのだという話だ。


 ネクロマンス。死者の魂と契約を交わし、自在に召喚、使役する魔法。基本的に魔族は誰かのために死後も働こうなどとは思わない。つまりネクロマンスは相当にレアな魔法で、だからこそ彼女はそれを見せたくないが故にスローヴィアとの試合を棄権した。


「だから、あたしはわかんない」

「そっか……残念」


 肩を落とすほどではないが、幸先はよくない。エカテリーナはサラにも問う。


「サラは何かない? 強くなる方法」

「……エリーは十分強いし」


 エカテリーナがエリーと呼ばれるのは珍しいことではなく、それはアクリアの声が大きく、2人がセットで考えられがちだというのが理由として非常に大きい。


 いつもの無表情でサラは言うが、そんな一言で引き下がるほど負けず嫌いのサキュバスは甘くない。


「何かない? サラは自分の力で戦うでしょ? あの瞬間移動とか」

「……あれは一族の特殊能力」

「うーん……」


 真剣に悩むエカテリーナ。やはり大人に頼るのが早く、適切だっただろうか。そう考え始めた時だ。


 褐色のエルフが思い出したように手を打った。何かを思い出したか、閃いたかのどちらかなのだろうが、表情が変わらないのでシュールな光景に見える。


「……心構え」

「心構え?」


 心構えなら私も負けてないような気がする。命のやり取りも経験しているし、ディロンさんとの練習の日々でも失敗は経験してきた。


 が、サラのいう心構えというのは、それらとは少し違うものだった。


「……私にあって、エリーにないもの。それは好きの気持ちだし」


 瞳の奥には、強い意思が見て取れた。エカテリーナもクーリャも、吸い込まれるようにその目を見つめる。1度居住まいを正したサラは、心なしか早口で力説する。


「……エリーには好きなものがないし。だから何をするのか他人に聞きたがるし」

「好きなものがあると、解るようになるの?」

「……なるし。私はそれが本当に好きだから、やりたいことはどんどん見つかってるし」


 そっかー……好きなことかあ……。サキュバスの少女が考える傍ら、クーリャがやけにうんうんと頷いていることに、彼女は気づいていなかった。






 それは、彼女達の日常の1コマ。束の間の平穏。


 魔界全土を揺るがす出来事は、既に起こっている。それを起こした人物が、まだ大きな行動を起こしていないだけに過ぎないのだから。


 魔界の外れも外れ、辺境の地にそれは降り立っている。魔族よりも凶悪な存在が、魔界に悪夢のような時間を届けるために。




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