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「将と神」

 




 荒れ地に魔法陣を描き、魔法の補助とする。無論、土を抉っただけのモノではなく、魔力による線で作製された陣だ。


 青年は魔力の漂う中に身を置き、意識を集中させる。狙いは1つだけ、サキュバスの子どもを生み出すこと。


 サキュバス。夢魔とも呼ばれる魔物で、人間界に伝承として伝えられている架空の存在。その姿は人間に非常に近く、人間を騙して生気を吸い取るとされている。


 要するに外側は人間、中身は魔物という話。知性ある生物を創り出すことが目的のルシファーにとって、知的生命体としてイメージしやすかったのはやはり人間の姿。獣に知性を宿すよりも遥かに理屈が解りやすく、初めての経験において解りやすいことは重要なファクターとなる。


 人間と違う部分があるとすれば、魔物は人間に害為す敵であるという点だ。彼が荒れ果てた地に住まう知性として伝承上の魔物を選んだことは、ごく自然な流れだったと言える。


『…………』


 ルシファーの周りではノブナガが珍しく黙って浮いている。実のところ彼女は空気を読んでいるのではなく、新たな生命が誕生する瞬間を見逃すまいとしているだけなのだが、それは彼の知らぬところだ。


 小さな核を作り、そこに必要な性質を加えていく。霧散してしまわぬよう、薄く皮を張るのも忘れずに。


 人間……そう、まずは人間を作るつもりでやればいい。必要なのは高い知能だけ。悪意なんて後からだって植え付けられる。初めから細部にこだわるな……。


 感情を司る部分は多く、理性は少なく。負の感情を多く、正の感情を少なく。他者への思いやりを削り、そこに自己利益に繋がる打算を足していく。


「ふうぅぅぅ……」


 長く細い息を吐き、不要な緊張をほぐす。失敗したとして、失うのは魔力と準備にかけた時間だけ。何も恐れる必要はない。慎重に、かつ大胆に、ルシファーは細胞の1つ1つをまるで手作業で組み上げるような緻密な作業を繰り返す。


 本来なら、天使のように初めから成熟しきった生物を創ることも可能と言えば可能である。


 生命にはある程度の容量というものがあり、先天的な特性はその中にしか詰められない。また、余計な情報を追加しようとすればそれだけ失敗のリスクも高まることになる。ルシファーが子どもを選んだのはそれだけの理由に過ぎない。


 その容量から溢れない程度に、出来うる限り簡潔に情報を追加していき、その度に生命の鼓動は大きくなっていった。


 時間の流れも忘れるほど意識を目の前の命に集め始めて、何時間、いや、何日が経過しただろうか。ようやく必要な情報を詰め込み終えたルシファーは、そのまま容姿の設計に移る。


 これに関して、大した労力は必要なかった。人間の子どもに翼と角を与える。骨格は他の動物から組み合わせ、綺麗に形を整えて、光輝く生命の器を人間の姿にする。


(仕上げだ……!)


 最後に神の力をほんのわずかばかり内へと流し込み、完了。


 汗だくになりながら息を吐くと、魔法陣が消えていくところだった。元武士の人魂がせわしなく飛び回り、辺りを明るく照らした。


『出来たか? 出来たのか?』

「おそらくね」


 疲労を隠すことなくその場に座り込んだ。手招きし、完成したはずの子どもの近くに寄せる。


 そこでは、彼が思い描いた通りの小さな命が安らかな寝息を立てていた。小さなモノ特有の愛らしさが彼に1人の女性を思い出させる。


「…………」

『なんだ、羽と角があるだけの人間か。面白みが足りないな! もっとこう、全身から槍の生えた蜘蛛とか、そういう……どうした?』

「育ててみないとどんな生き物か解らないなと思っただけだよ」

『そんなの当たり前だ! ははーん、さてはオマエ、実は学がないな? うつけめ。ガワだけ気取っても、中身が伴わなければ将とは言えないからな! この際アタシが魔王になってやってもよいぞ!』

「一応、生命力は強くなるようにしたけど……しばらくは過保護気味でもいいのかもしれないね」

『無視か!』


 まともに取り合ったところで会話にはならない。


 とりあえず、狼からは守ってやらねばなるまいし、あちらはあちらで研究する余地がある。何かを創り、終わりまで見届けるというのは何故こうも面倒なのか。


 だが、それも仕方ないと割り切る。相手は何万年と生きてきた連中で、この程度の労力もなしに潰せるほど甘くはない。考えるまでもなく手間は惜しめず、出来る限りのことを最大限の効率でやらねばならなかった。


『それで、これはオマエが育てるのか?』

「当たり前じゃないか。僕以外に誰がいるっていうんだい?」

『アタシに身体をくれたら、やってやってもいいが』

「君が? くく、面白い冗談だね」

『オマエムカつくな! 出来ないと思っておるだろう!』

「静かにしてくれないか。彼女が起きてしまう」


 ノブナガは『む……』と言って声をひそめた。


『だが、オマエ1人では大変だろう?』

「心配してくれてるのかい?」

『ち、違うわうつけ! ……よいか、将というのは常に余裕を持たねばならん。多くの命を預かる者が不安な顔をすれば、兵の心も民の心も同じように不安に傾くからな』


 ふよふよと浮遊しながら、自称名武将は語って聞かせた。この変な人物に気に入られてしまったのだろうか。


『将は前に出なくてよい。戦場いくさばで手を汚さなくてよい。どっしり構えて、采配を下していればよいのだ』

「それが君のやり方だと?」

『誰でもそうする。戦に参加するのは必要な時だけ。力を誇示する必要のある時、己より力の劣る敵将を討ち取る時……いずれも、兵卒の士気を高めるのが目的だな。戦になってからもあれこれ口出しするのは、既に人事の配置を間違っておる。兵を信じきれないなら、その時点で負けだ』


 そういう連中をアタシは何人も知ってるし、味方も気に入らなければ切り捨ててきた。と、付け加える。


 彼女の言うことはもっともだろうが、ルシファーにはそれらのノウハウがない。自らが出た方が早いと考えがちだし、何よりこの手で破壊し、この目で終わりを確かめたい。


 それを伝えると、彼女はケラケラと笑った。


『だったら、その最後だけオマエが決着させたらいいではないか。それか、よほどの精鋭を数人集めるとかな』

「たった数人で世界が壊せるとでも?」

『オマエは神なのだろう?』


 あっけらかんと言い放つノブナガ。呆然としそうになり、慌てて笑みを形作った。


 そう。僕はこの世界の神。天界に仇為す黒い天使。無論、出来ないつもりでなど動いてない。


「くくく……天下も取れなかったのに、口だけは達者じゃないか」

『うむ、それでよい』


 満足そうな声でノブナガは言った。


 ここから魔界は加速していくこととなる。歴史の浅い世界の発展が類を見ないほど早かったのは、ひとえにノブナガという将の功績なのだが……後の世、それをノブナガが得意気に話しても誰も信じてくれなかったのは、また別の話。





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