「Next stage」
魂。それは生きとし生ける全てに内包されている、器の中身のようなモノ。魂のない生物はおらず、例え生命としては生きていようと、魂がその身を離れてしまうと、中身を失った身体は朽ちていく。
死を迎えた命からは、すぐに魂が抜け出るのが一般的だ。余程の執念や未練があればその身体に留まるが。そして、抜け出た魂は天界へと昇っていき、溶けてなくなる。
つまり、抜け出た魂が天界へ行かずにこんなところをうろついているのは、異常なことだ。黒翼の天使は光にじゃれつこうとする狼を宥め、その何者かに話しかける。
「僕のことがわかるかい?」
『む……ミツヒデか?』
ミツヒデ? 誰かと勘違いしてるようだけど、それにしては珍しい響きの名前だ。
「残念だけど違うよ」
『他人の空似か?』
「そうだろうね」
ミカエルにとって、それは不思議な存在だった。魂であることには変わりないのだが、どこか不自然で見慣れない。一般的な生き物とは何かが違っていた。
直感、なんとなく。その程度の違和感だったが、彼はその魂が気になった。確かめるまでは、これを天に還すわけにはいかない。それに、ごく普通の魂ならともかく、こんなおかしな魂を還してしまっては、この世界の存在が天界に知れてしまう可能性もある。
「君は何者だい? どこから?」
『先に名乗れ痴れ者め』
「これは失礼」
普通に「ミカエル」と名乗ろうとして、思いとどまる。
それは、白い翼の天使の名前。彼女が愛してくれた名前だ。その名前を、これ以上他の誰かには呼ばせない。
もう後には退けないほど、この翼は黒く染まってしまっている。
「僕はルシファー。この世界……魔界とでも呼ぼうか。ここの創造者だよ」
『ほう? 第六天魔王の我が前で魔界の神を名乗るか』
まず思えたことは、自信家だということ。そして、カリスマ性を備えたリーダーであったろうということだった。
「さて、僕は名乗ったんだけど」
『……ノブナガ』
「珍しい名前だね。さっき言ってたミツヒデ、というのもだけど」
『貴様こそ、西洋人のような名だな。それに背の翼……魍魎か』
何かがおかしい。モーリョー、という聞き覚えのない単語や、あまりに異質な名前。人間界で人を率いて生きてきたにしては、理解の範疇を越えすぎている。
本当に人間なのか。それすら疑わしいほどだ。
「君はどこから、どうやって来たんだい?」
『尾張。死に追いやられ、自害した。意識が遠のいたかと思うと、この魂はフワフワと抜け出てな。彷徨う内にここへ辿り着いた』
「ふーん……一応、人ではあるようだね。未練でもあるのかな」
『我はまだ天下をとっておらん。世界は広いというのに、小さな日本すら手に入れずに死ねるかたわけ』
「世界征服とは大きく出たね」
『……あと1歩、というところで死んだがな』
ルシファーの知る限り、現時点でそこまで世界を掌握した人物はいない。だからこの魂は、おそらく別の世界から紛れ込んだ。
世界征服を望み、手が届きそうなところで死んだ人間。逆に言えば、それだけの実力はあるということ。……使えるかもしれない。
ところで。
「ノブナガ、君には違和感がある」
『ほう?』
「話し方に無理があるよ。隠してることがあるんじゃないかな?」
『解るとでも?』
「解るさ」
ノブナガに身体があって、面と向かって話していたのなら解らなかったろう。ひとえに彼が天使であり、魂の意思を読み取っているから覚えた違和感。
数十秒の沈黙が降りる。名もない子狼が土の上を走る独特の音だけが辺りに響く。
ノブナガはふわふわと揺れた後、纏っていた、どこか堅い雰囲気を和らげた。
『あーもー! 疲れた! 普通に話していいならそうする!』
「……へえ、女の子」
『アタシを知ってる奴もここにはいないし!』
ノブナガは活発に飛び回っている。先ほどまでは厳格な将という印象が強かったが、これではアホの子だ。
ルシファーは1点だけ頭に引っ掛かりを覚え、笑い声をあげながら狼とじゃれあう魂に問うた。
「ノブナガ。君は何歳だい?」
『49だけど?』
「だったら、少しは落ち着きを持ったらどうだい?」
『いやそれがな! 死んだからなのか、気持ちが若い! 若返っている!』
若いと言うより退行だろう。口には出さないが。
『しかしここは何もないな!』
「まだ生まれたばかりだからね。その狼が生命第1号だよ」
『オマエが創ったのか?』
「まあね」
『なかなかやるな!』
語彙が少ないのか、選択される言葉は頭が悪そうなモノばかりだった。無駄に声量もある。
だが、僅かに感じ取れる気配を読み解いたところによると、実力は本物らしい。何より、今のところ敵対される様子もない。
「僕はね、ここで軍を創るつもりなんだ」
『なんでだ?』
「神を殺すために」
『戦か!』
「戦だね」
『アタシも混ぜろ!』
思わず吹き出してしまった。よもや先手を取られるとは。ノブナガという少女(?)は独特のペースを持っている。巻き込まれるというか、強引に彼女のペースにされてしまう。
まあ、戦力になるなら構うことはない。
「じゃあ、僕の計画を話しておこうかな」
『待て、アタシにも身体を寄越せ!』
「それも込みで話すよ」
それから、ルシファーとノブナガは日々話し合いを続けた。気分屋でテンションの高いノブナガでは会議になりにくかったが、意外と言うべきかやはりと言うべきか、街や集落の形成、人間の動かし方に関してはルシファーと比較にならないほどのノウハウを有していた。理に敵っている。
なお、しばらくノブナガの身体はお預けだ。知的生命体を生み出すのは容易ではなく、慣れてきたら特注する、という契約で待たせている。毎日毎日『慣れたか!?』と訊いているため、ルシファーは辟易しきっているが。
しかし、1人で出来る事には限界がある。何かを生産するにしても、人手が多い方がいいのは明確。流石に犬程度の知能では役に立たない。
そして、ついにその日を迎えることとなった。
人間に近い生物を作り出す。本来は万年、億年という単位の時間をかけて進化するのを待つべきなのだが、ルシファーにはそこまでの余裕はない。
研究に研究を重ねて理論を組み上げ、数日がかりで行う実験計画を練り、必要な手順を暗記した。
黒い雲に覆われ、荒廃した大地。そこで、黒い翼を隠した天使が、止まっていた運命の歯車を回し始めた。




