「原初の核」
その世界はあまりに暗かった。当然だ。照らすべき光源がないのだから。
「ふむ……これは困ったね」
ミカエルとて、やたらと夜目が利くわけではない。普段生活する上で明かりは欲しいし、それでなくとも、これからの計画を考えたら間違いなく必要だ。
とはいえ、しばらくは問題ない。それよりもまず、生物を生み出すところから始めなくてはならない。
戦の神、ルー。一人では絶対に勝てない存在だと、否が応でも解らされた。一人で勝てないのなら、頭数を用意すればいい。世界に自分以外の生き物がいないなら、創ればいい。
「どういう造形にしようか」
凝ったモノにする必要はない。むしろ、可能性を狭めてしまうから、必要最低限以外は指定しない方がいいだろう。
熟考する。まずは姿形。初めの命となる存在だ。とりあえずは魚か獣でいい。獣にしよう。犬……いや、大きめの狼。人間を容易く殺せるようなサイズがいい。
「さて、やってみようか」
手のひらに闇の魔力を集め、イメージした通りの形を作り出す。そしてそこに、生命としての鼓動を流し込んでいく。
生命を創造する。それがゼウスの力だ。今はミカエルの中にあるその力は、彼が背徳の天使であっても変わらず力を発揮した。
魔力は彼の予想より遥かに多く必要だった。蓄積魔力量の半分ほどを費やし、ブレて散ってしまわないように精神も削ることで、ようやくそれは成った。
「ゥアンアン!」
「……子ども?」
成体をイメージしながら創ったはずだが、甲高い声で愛らしく吠えるそれは、明らかに子ども、しかも生まれたての赤ん坊だった。
「失敗……というほどでもないね」
生命として誕生しただけ上出来だ。とはいえゼウスのしていたように、最初から大人というわけにはいかないらしい。
それに、人間界にいる狼よりも爪の形が鋭く、牙も大きめだ。凶暴性や習性、危険性等はまだまだ不明だが、その辺りは成長しきった後でいい。
「君には、実験にも付き合ってもらうよ」
「クゥン?」
こうして、その世界で初めての命が芽吹いた。
初めての命が生まれて、早数週間。狼を育てながら、彼は天界を滅ぼす為の計画を練っていた。今日もエサとして適当な造形のモンスターを生み出して狩りを覚えさせながら、頭では長期に渡るシナリオを描く。
命を創ることには慣れてきた。だが、モンスターをいくら生み出したところで、天界への道を開かないことにはどうしようもない。そして、獣では神々に牙を突き立てることすら難しい。
何故なら彼らは魔法を使える。強靭な肉体を武器にして襲いかかっても、魔法の存在を予見できない獣ではまともに戦えないまま殺されていくに違いない。
調教する、という手も無いではないが、寿命に限りがある以上、それも現実的とは言いがたい。
となれば。やはり知能の高い生命体が必要になる。元々考えてはいたが、人間をベースにして、文明を築かせたい。それくらいの知能がないと、真っ当に使える存在にはなるまい。
「けど、協調性が育まれて、平和的になってもダメ、か……」
根本的には、争いを好んでもらわないと困る。何代先になるかは解らないが、最終的には冷酷な兵士となるのだから。
ならば、最優先で刷り込むべきは、
「悪徳を是とする、といったところかな」
他者を傷つける、貶める、争う……そういった感情に、より快感を覚えるような生物であるべきだ。
それは人間や神々も心の底に秘めている心。しかしながら、彼らと根本的に違うのは、そういった「悪」を認めるところだ。むしろ、推奨させてもいい。
そうだ。かの世界の有り様は間違っている。善を推し、悪を断じるなどと表では言っておきながら、本質的には利己的。それが神々、そして人間。
国が発展すれば多くの民が幸せになるから戦争を起こす? その火種作りの為に罪もない村を1つ滅ぼす? 神々もその行いを咎めない?
バカげている。口先ばかりの偽善が彼女を殺したんだ。だったら、そんな善意は最初から要らない。
「他者は利用するだけ。そう、文明を築く為に仕方なく協調性を身に付ける……それが理想」
自己中心的な考え方の生き物になるだろう。だが、それらは衝突しながら、単純な流れに気づくはずだ。
主張が通らず、どちらも折れなかったら争いになる。争いを行えば、どちらが勝っても漁夫の利を狙う誰かに襲われる。その利はさらに別の誰かに狙われ、また争いになる。
そう、絶対的な王者にならない限り、世界に平穏は訪れない。他者を信じようにも、背中を見せることはどうしたって躊躇う。当たり前だ。自己中心的な生き物にとっては、油断が見えたらその虚を突くのは理に敵った行為。自分ならこうする、が適用されると、背中を見せるわけにはいかなくなるのだ。
だが、獣ではなく、知性と感情のある生き物がそんなストレスに耐えられるわけがない。気持ちの休まる時がないとなれば、精神は崩壊へ向かう。
そうなれば、生命活動の維持の為、嫌でも他者との協力をしなくてはならなくなる……と、
「……それは都合よく考えすぎてるかな」
そこまで単純にはいかないだろう。理想が簡単に叶わないことは、目の前で肉を貪る狼の子どもが証明している。逆説的に、全く叶わないこともない、ということも。
いずれにせよ、ここには文明社会を築く。そして、その為にはやはり、
「暗過ぎるね」
太陽、もしくはそれに代わる何かが必要だ。自ら光を発する何かが。
ミカエルは狼をそこに放置して飛び上がる。天頂へ向け、警戒を怠らず、慎重に高度を上げていく。
「ん?」
相当な高さまで上がった時、真っ暗な世界に違和感を覚えた。先ほどまでとは、何かが違うような気がする。特に、肌に何か触れているように感じた。
辺りを光で照らす。
「……雲?」
恵みの雨をもたらすそれが、光を反射した。どうやら黒い雲のようだ。もう少し上がって顔を出すと、どうやら雲はずーっと広く世界を覆っているらしかった。
しかし、暗いのはそのせいではない。厚くて黒い雲を越えても、星々の輝きが目に入るでもなく、特になんら変わりはなかった。
雲の上から下界を見下ろす。言うまでもなく、雲のせいで何も見えやしない。
「…………」
この視界の悪さ、使えるだろうか。例えば、ここに天界への道を開くとか。そうすることで、向こうからは攻めにくい形になるのではなかろうか。
「……それも後で、かな」
そうだ。そんなことはまだいい。今するべきは、とにかく手勢を増やすこと。隠れ、気配を消し、ひっそりとしていなければならない。
ミカエルは翼をはためかせ、元いた場所へと下りていく。だが、雲を抜けてすぐ、その異常は彼の目についた。
光だ。何やら光る物体が地表にある。
天界の連中がもう来た? ……それは少し都合が悪いね。
光る物体に気づかれぬよう、ゆっくりゆっくり近づく。あの狼と戯れているのか、チラチラと見えなくなったりすることもあった。
その気配との距離が近くなるに連れ、ミカエルはそれの正体をなんとなく悟っていた。そして、揺れる発光体を子犬のように追いかける狼を視認出来る距離まで接近し、確信する。
「これは……」
意思を持っているかのような動き。暖かみのある淡い光。そして、溢れ出ている執念。
それは、人間の魂だった。




