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「純白の翼」

 




 ミカエルとサロはほとんど同時に目を覚ました。それというのも宮仕えのメイドが起こしに来たから同時に起きたというだけの話であり、2人が運命の糸で結ばれているからとか、そういうロマンチックな理由はこれっぽっちもない。


「おはようございます。ミカエル様、サロ様」

「「おはようございます」」

「昨夜はお楽しみでしたね」


 メイドの爆弾発言に、2人は俯いて押し黙る。その割には互いをチラチラと見て、目が合うと恥ずかしげに逸らすという、とても胸焼け無しには見られない状態だったが。


 メイドもお仕事用の無表情の裏で失敗を悟り、何事もなかったかのように淡々と告げる。


「お召し替えをご用意しております。サロ様、こちらへ」

「あっ、はい」

「ミカエル様もさっさとこれに着替えて食堂に来られて下さいね。シーツを替えるのは我々なんですから、さあ早く」

「……はい」


 とてもツッコミを入れたかったがなんとかこらえ、ミカエルはポイと投げられた服に手を伸ばす。サロが去り際に小さく手を振り、彼もまた笑みを作って返事を返すのだった。


 メイドとサロが出ていった後、ミカエルは与えられた服を見て、違和感を覚える。それはなんの変鉄もない庶民的な服なのだが、


「昨日より雑な気がする……?」


 王の住む城ということで、ここで働く人々は当然国内でも指折りのプロフェッショナル。昨日与えられた服も似たように庶民的なデザインの目立たないモノ(おそらく見た目で身分が解るようにだろう)だったのだが、渡された時にはシワ1つないまっさらな状態だった。


 他のモノにしても同じことで、シーツにも汚れやシミはなく、家具やインテリアの類もきちんと丁寧に手入れされているのが解るほどピカピカだ。


 しかし、今彼の手の中にあるそれは汚れているとまでは言わないが、あまり手が行き届いていない感じがする。まるで、普段は触りもしないクローゼットから久々に取り出したような。シワというか、クセのようなモノまでついてしまっている。


「うーん?」


 パッと見は少しの違和感。だが注意深く見ると、雑な感じがあるのは明らかだ。ミカエルは首を捻りながらもそれを着る。肩のところのサイズもほんの少し緩く、合わない。


 この服に文句があるわけではないが、1度気づいてしまうとどんどん気になる。新人にでもやらせたのか。しかし、持ってきたのは昨日と同じメイドで、彼女が気づかないなんてことがあるのだろうか。


「……当てつけ?」


 どこか憮然とした雰囲気だったし、もしかして昨夜の自分達はそんなにうるさかったのだろうか。そんなことを考えながらも、彼は昨日の記憶を頼りに1人で食堂に向かった。






 ミカエルが少し道に迷いながらも食堂に辿り着くと、先に来ていると思っていたサロの姿がない。先ほどのメイドはいるのだが。


「あの、サロさんはどこへ?」

「サロ様は皇帝陛下が直々にお話がおありだということで、陛下の下へ」

「陛下が?」

「はい。ミカエル様にも同じようにお話があるから、こちらでお待ちいただくようにとおおせつかっております」


 なんだろう。わざわざ別々に言わなければならないこと……もしかしたら、家が見つかったとか? よく気がつかれる陛下のこと、僕の顔を立ててくれる為に、今日辺り下見に行かせてくれるのかも。きっと複数の候補があるんだ。


 そして、僕がその中から選んだ家を後日サロさんに見せることでサプライズ。だから「今日はあのミカエルという青年を借りるぞ」という主旨の話を今サロさんに……都合よく考えすぎかな?


 なんにしても、皇帝の意思にわざわざ背く理由もない。ミカエルは楽観視しながらサロの帰りを待つことにした。


「……陛下が戻られたようですね」


 数分後、メイドの予言通り皇帝が直々に食堂に姿を現した。親衛隊が2人ほど後ろについており、警戒心が強いというか、自らの居城でさえ常に備えている感じが非常に皇帝らしかった。


 皇帝はミカエルが挨拶の為に口を開くより先に言葉を紡いだ。


「ミカエル、貴君にも来てもらおう」

「はっ。しかしながら陛下、サロさんはどちらへ?」

「案ずるな。連れていく先にいる」

「左様でございましたか。ご無礼、お許しください」


 皇帝は豪快な笑い声をあげ、


「ついてくるがよい」


 そうとだけミカエルに指示を出し、背を向けた。ミカエルはすぐさま立ち上がって皇帝の後ろに控える親衛隊の、さらに後ろからついていく。


 よく知らぬ城の中。その中でもさらに見たこともないエリアを進んでいく。玉座の間に入り、玉座の裏からさらに奥へ。まるで隠し通路のような雰囲気が漂い始めた。そして、周囲に自分達以外がいなくなった時、皇帝はポツリと口を開いた。


「……ミカエル。名のある大国ミスラの者、しかも紋章を背負うほどの輩が国内に侵入し、わざわざ国境から最も遠いであろう村を滅ぼした……貴君はこれをどう見る?」


 どう見る? ということはつまり、ミスラの思惑を知りたいのだ。ミカエルは数瞬考え、正直な意見を発する。


「宣戦布告、でしょうか。力のある少数部隊でこっそり入り込み、力の弱そうな小さな村を滅ぼしてこっそり帰る。あの村は商人の出入りもありましたから、いずれは発覚すること。そこへわざとミスラの紋章を残せば、オラフィールとの戦争に発展する」

「そうだ。我はまさにミスラへ戦を仕掛けようとしておる。しかし、おかしいとは思わんか。そんな回りくどいことをせずとも、勝てる見込みがあるなら正面から来るか、苦労して入り込ませた兵にはスパイとしての仕事だけさせ、有利な状態で戦を始めればよい。先手必勝、という言葉もある」


 それはそうだ。ミカエルにも違和感があった。そもそも、リスクの高い国境越えをしてあんな国へのダメージにもならないような小さな村を滅ぼすなど、ミスラとしては割に合わない。


 実は宣戦布告ではなく、元ミスラの兵であるポーレンやサロを殺すのが目的にしても、自分達がやったという証拠を残して帰る意味はない。賊に襲われて滅んだように見せるのが常套じょうとう手段だろうし、変な軋轢あつれきも生まれない。


 ミスラの行動には、最初から謎が多すぎた。


 皇帝は薄暗い通路を進んでいく。そして、最終的に1つの扉の前で足を止めた。ここが目的地なのだろうか。物々しい雰囲気が漂っていて、心なしか妙な寒気もする場所だ。


「その答えが、ここにある」

「……? 陛下、それはどういう……」


 親衛隊がミカエルの前を開けた。皇帝は自らその重たそうな扉を開いた。ここからでは、中は暗くてよく見えない。サロさんもこんなところに連れてこられたのだろうか。陛下にしては珍しく気遣いが足りない。


「入れ」

「……はい」


 有無を言わせぬ低い声に従い、ミカエルはその暗くて湿った部屋へ足を踏み入れた。


 瞬間、鼻をつく嫌な臭いが漂ってきて、ミカエルは口元を覆った。何度も嗅いだが未だに慣れることのない臭い。……人間の血の臭いだ。しかもまだ新しい。


 皇帝の声が背後から聞こえてくる。


「解るか?」

「この部屋……誰かが死んでいますね」

「そうだ。部屋の奥でな」


 続けて、


「確認してこい。貴君の為にも」

「……? 陛下が仰るならそうしますが……」


 ミスラの尖兵がここで殺されたのか。だったら、村を滅ぼした仇として一応顔は拝んでおくべきなのかもしれない。ミカエルにとっては犯人探しはどうでもよく、早くサロと会いたかったのだが。


 部屋の奥へ歩を進める。真っ暗な部屋は手探りで慎重に進むしかなく、臭いも頼りにしながら進んでいく。そして、足下に死体の存在を確認した時、彼は光の魔力でそれを照らす。


 血だらけだ。何度も槍で突かれたように服が破けており、肉の欠片も辺りに散っている。見ていて気分がよくない。


 さっさと顔だけ確認して戻ろう。そう思い、ミカエルは光源を死体の顔の方へと向け、


「…………え……っ?」


 その死体が誰であるかを認識して、絶句した。手が震え、光が同じように小刻みにぶれた。


 皇帝の低い声が、淡々と背中に投げられる。


「あのようなことがあれば、ミスラが宣戦布告してきたと考えるのが自然だ。それは貴君も解っていよう」


 ミカエルには、その声はよく聞こえない。遠くで関係ない人が関係ない話をしているかのように、上手く聞き取れない。それどころではない。


「我はミスラに勝てるだけの国力があると踏み、戦を仕掛けようと思った。しかしな、正当な理由もなく戦を仕掛けるのは他国への心象が悪い」


 頭がくらくらする。


「そこで我はちっぽけな村を自ら消した。そして、以前戦場から手に入れたミスラの剣をそこに残したのだ。ミスラの者が残虐な振る舞いをしたように見せる為に。そうして我は、戦を起こす大義名分を手に入れるはずだった」


 信じられない。なんでこの人がこんな所で死んでいる? だってこの人は。


「しかしな、貴君らが来てしまった。我は用心深くてな。やるなら徹底的にやる性格なのだよ」


 この人は、さっきまで!


「だから死んでもらった。生き残りにいくら金や富を与えても、口に戸は建てられん。人知れず死んでもらうより他に、貴君らの口を塞ぐ手立てはないのだよ」


 ミカエルの目の前にあるのは、もう息をしていないサロの姿だった。


「うわあああぁぁぁ! サロさん! なんで、なんで! 一緒に暮らすって……幸せになろうって……ただ、それだけだったのに……!」

「……やれ」


 皇帝の親衛隊が背後で槍を構える。泣き叫ぶミカエルをも殺すために。戦争の道具として、命を奪うために。


「サロさん……サロさん! ごめんなさい……僕が、僕がもっと!」


 もっと、あなたのことだけを考えていれば。


 もっと、違和感の正体をきちんと考えていれば。


 もっと、人間の醜さを解っていれば。


 そしてもっと、あなた以外に冷酷であったなら。


「……実は僕、あなたに隠してたことがあります」


 ミカエルがよろよろと立ち上がり、もう伝えることの出来ないサロへの隠し事を告白する。親衛隊の槍がミカエルの背中に迫り、彼の命を絶たんとする。


 だが、その槍は突如現れた闇に呑み込まれ、掴んでいた親衛隊の手もろとも消滅する。悲鳴がこだまする中、ミカエルは呟いた。


「1つは、あなたを本当に愛していたこと。大好きです、サロさん。恩義とか、そんなのは関係なく。……幸せにしてあげられなくて、ごめんなさい」


 ミカエルの背から、左右3対の純白の翼が顕現する。人間界へと来て愛を知った天使が、輝く翼を大きく広げた。


「もう1つ。僕、人間じゃないんです」


 この日、穢れのない純白の殺意が誕生した。


 彼の人生の歯車が、完全に時を刻むのを止めた。





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