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「信頼と未来と」

 





「止まれ!」


 昼食を終えてすぐに城の門の前まで来たミカエルとサロだったが、当然のごとく衛兵にストップをかけられる。


 巨大な門の前に立つ衛兵は2人、片方は眠そうにしていて、こちらには目もくれない。


「ここは皇帝陛下の居城であるぞ! 身分を明かせ! 許可のない者の立ち入りは許されていない!」


 無駄に張り切って声の大きい衛兵は実に年若く、新人か何かだろうかとミカエルは頭の隅で思った。


 無論そんなことはおくびにも出さず、ミカエルは至極真面目な顔で自己紹介を行う。


「私達はオラフィール辺境にある村から来ました。実は先日、その村がミスラの手の者と思われる者達に滅ぼされたのです」

「えっ……」

「戦が起きるのでは、という噂もございます。我々の村の話も陛下のお耳に入れるべきかと思い、馳せ参じました」

「そ、そうか……それはご苦労……あ、いや、しかし」


 若い衛兵の勢いが死に、動揺の色を見せた。訪ねくる者は多かろうが、明らかなレアケースに対応を悩んでいる様子だ。


 するとそれまで眠そうにしていた方の衛兵が口を開く。


「ミスラの連中だって証拠はあるのか?」

「あります」

「なら着いてきな。……お前は俺が戻るまでそこで見張りしとけ」


 その一言に新人らしき衛兵は敬礼を返し、2人は城へと入っていった。






 城の中は豪華絢爛、などということもなく、皇帝が美よりも剛健さを好むらしいことが窺えた。


 城の中だというのに平然としているミカエルにサロが小声で問うた。


「ミカエルさん緊張とかしないんですか?」

「ええ、まあ特には」


 自分は天使だから神と話したことも普通にある、なんて口が裂けても言えない。


「サロさんこそ緊張しないんですか?」

「わたしはほら、昔……」


 言いにくそうにしているサロを見てミカエルは思い出す。サロは昔軍人だったのだ。お偉いさんと会う機会もあったろう。


 城の中には一般人と思しき人物も幾人かいて、全く開かれていないわけでもなさそうだった。


 とはいえ、誰も彼もが明確な目的を持ってテキパキと行動しているようで、やたらとフレンドリーとも言えなさそうだったが。


 そんな些事に気を取られながらも進んでいく。皇帝への謁見は普通許されないのか、途中で何度も待たされ、上に取り次ぎ、案内役もその度に変わった。


 案内役が変わったのが何回目か数えるのを止めた頃、ようやく彼らは謁見の間の前へとやってきた。


 大臣を名乗る中年の男性に、最後の注意を受ける。背後には衛兵も控えていた。


「今は戦争の臭いがし始めている非常時。故に戦の鍵を握るやもしれん御主らは謁見が叶うのだ。くれぐれも不要なことは口にせんよう。よいかな?」

「わかりました」

「はい」


 言っていることの物騒さとは裏腹に優しげな口調の大臣。その大臣によって、最後の扉が開かれた。


「陛下。謁見を願う者達をお連れいたしました」

「入れ」


 皇帝の声を聞き届けてから、謁見の間へと足を踏み入れる。玉座の間ではないかという造りの部屋の玉座に、壮年の皇帝はいた。


 周りには親衛隊だろうか、装飾の違う鎧をまとう騎士を控えさせ、不遜に頬杖をつきながら、威厳ある姿でミカエル達を見下ろしている。


「大臣、下がれ」

「ははっ」


 名前を呼ぶことすらせずに大臣を下がらせ、皇帝は単刀直入に問う。


「貴君らが我に伝えるべき事柄とはなんだ」


 低く響くような声。何事にも動じそうにないその声は聞くものにある種の安心感を与え、強き皇帝としてのカリスマを放っている。


(貴君……そう呼ぶということは、立場の分別はつけても、人としての敬意は払って下さってるのか)


 一市民としてこの場にいるミカエル達はひざまずく。そしておもてを上げないままでミカエルがはっきりと答える。


「先日、オラフィール帝国の辺境の村が焼き討ちに遭いました。我々はその生き残りなのですが、焼け跡からこのようなモノを発見したのです」


 ミスラの紋章の入った剣を取り出し、捧げるように皇帝に見せる。


 一拍遅れて、皇帝の声だけが返ってくる。


「ミスラの剣……か」

「左様でございます」

「……成る程、既にミスラの手の者が国に入り込んでいる。貴君らはそう警鐘けいしょうを鳴らしに来たわけだ」


 理解が早くて助かる。そう思いながら、ミカエルは答える。


「はい。噂によれば、近い内ミスラと戦になるやもとのこと。であれば、お耳に入れないわけにもいきません」

「賢明な判断だ。我がまつりごともきちんと行き届いておらぬような遠い地から、我に伝えるためよくぞ参った。感謝しよう」

臣民しんみんとしては当然のことにございます」

「……面を上げよ」


 皇帝の指示に従い、ミカエルとサロは顔を上げた。彼らの目に、厳格ながらも慈愛に満ちた皇帝の顔が映る。


 だが、そこには疲れも少なからず映し出されていた。


「近く、ミスラとは戦になろう。それは事実だ」


 ミカエルとサロはピクリと肩を震わせたが、親衛隊は一切動じたりしない。さすがと言うべきか、単に知っていたからか。


「以前から少し揉めていてな。民草たみくさには不安を与えるが、今回の件もある。もはや戦争は避けられまい」

「陛下。失礼ながら、我々が嘘を吐いているとは疑われないのですか?」

「貴君らにはそのような嘘を申すことで得られる利もあるまい。何より、貴君らは我が国の民なのだ」


 ミカエルもサロも、心に来るモノを感じた。皇帝の顔が柔らかい笑みを形作る。


「ささやかにはなろうが、貴君らには褒美を用意しよう。……何か望みはあるか?」

「……望み、ですか」

「そう固くなるでない。正直に申してみよ。言うだけならタダであるぞ?」


 ミカエルはサロの方へチラリと視線を向ける。サロは真剣な顔で1度だけ頷いた。


 彼女の意を汲み取り、ミカエルは思っていることを素直に皇帝に要求する。


「では、この首都カレンタルに、住む場所を頂きたく存じます」

「住む場所……そうか、貴君らは故郷を失ったのだったな」

「はい。ですが、我々はこの国の臣民として陛下におつかえし、この国で生を終えるつもりです」

「ふむ」


 皇帝はミカエルとサロの真摯しんしな眼差しを受け、顎を撫でながら考える。


 そして、


「解った。では用意しておこう。用意が整うまでは城に泊まるがいい」


 彼らの予想を遥かに上回るありがたい褒美を確定させた。


「「ありがとうございます」」


 皇帝の寛大なふところに、彼らは深い敬意と感謝を込めて深々と頭を下げることしか出来なかった。






 結局ミカエルとサロは別々の部屋をあてがわれた。1人では広すぎる上に豪華な部屋はおそらく貴族や他国の王族が来賓した際に使われる部屋。


 ミカエルもサロも部屋自体に不満はなかったが、同じ部屋でないことだけが不満だった。


 そのことが顔に出たのか、「仲睦なかむつまじいのは微笑ましいことだ」などと皇帝に笑われてしまったが。


 ともあれしばらく衣食住全てに困らない以上、文句をつけるのは贅沢というものだった。


 住む場所の確保が出来るまで城から出てはならない、というルールも課せられたが、寝る時以外はほとんど自由に城を歩いていいし、広くて意外と多くのモノがある城。数日は飽きることもないだろうとミカエルはタカをくくる。


 そして、その夜。メイドだか召し使いだかの女性に部屋へと連れてこられる。


「ではミカエル様、朝私どもが起こしに来るまでは外側から鍵をかけさせて頂きます」

「内側からは開かないんですか?」

「開きません。必要な設備は部屋の中にございますので」


 何せ皇帝の住む城だ。見られては困る部屋なんかもあるだろうし、それも仕方のないことだろう。そうミカエルは判断し、メイドに礼を言う。


 外側から鍵をかけられ、確かめてみれば本当に開かなかった。窓はあるが小さく、しかもはめ殺し。その上ここは4階に相当する高さだから、高度な風魔法の技術がなければ無事に下りることは不可能だ。


 もっとも、ミカエルは天使だから翼で飛べるのだが、


「脱獄しようってわけでもないですしね」


 適当に考え、ベッドに転がる。ふかふかのベッドは心地よく、眠気を誘った。


 うつらうつらしながら、天使の青年はぼんやりと考える。


(そういえばサロさん、料亭で「わたしも伝えたいことが」なんて言ってたような……)


(ああ、それに僕も天使だってことを言わなきゃ。歳を取らないのはおかしいですし……)


(陛下はどんな家を用意して下さるんだろうか……ああ、でもどんな家でもサロさんと暮らせればそれでいいか)


(サロさん、子ども欲しいって言ってたっけ……サロさんの子どもなら綺麗で、聡明な子になるだろうなあ)


(でもまずはお仕事を探さないと。僕が守るって決めたんだから)


 それから、サロと築く幸せな家庭をぼんやりと妄想しつつ、ミカエルはいつの間にか眠りの中に落ちていった。






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