「フラグ」
名もなきその村からオラフィールの首都までの道のりは非常に遠い。山を1つ越え、2つ越え。
数週間をかけて目指すと決めていた彼らは、いくつもの町をつたい歩き、時には行商人の馬車に乗り、ゆっくり旅をした。
のんびりしていいわけではないが、急いで失敗するわけにもいかない。そんな旅。
2人の時間を作りながら、ミカエルとサロは身を寄せあって真実を求めた。
そしてちょうど1ヶ月が経ったその日、彼らは辿り着いた。オラフィールの首都カレンタルに。
今まで見てきたどんな大きな街よりも広く、活気のある街。しかし、街を渡り歩いてきた彼らはそれに気づいた。
「……やっぱり、どこか張り詰めてますね」
視線を巡らせるミカエルの言う通り、活気のある街にはどこか緊張が混在している。
旅を続ける中、カレンタルに近づけば近づくほど、その緊迫した空気は強くなっていた。
行商人の口からも「戦争になるという噂を聞いた」という言葉は何度も聞いている。
戦が起きるかもという予測は、既に彼らの中でほとんど確信へと変わっていた。
サロが緊張の面持ちで問う。
「目的地には着きましたけど、これからどうするんですか?」
「なんとか皇帝陛下に謁見したいところですが……」
「簡単に出来るとは思えませんけど」
彼らの最終的な目的は、あくまでも安心して暮らす地を得ること。それだけなら首都へなど来る必要もないのだが、
「これを陛下にお見せしなければ」
ミカエルの荷物の中には、村で回収した剣がある。ミスラ王国の紋章の刻まれたその剣は、王国軍が帝国に入り込んでいる何よりの証拠。
かの辺境の村が焼かれたことと、ミスラが国へ侵入していることは、まだ彼ら以外は噂レベルでしか知らない。
「じゃあお昼ご飯を食べて、すぐにお城に行きますか?」
「そう……ですね。そうしましょう」
巨大な城が威風堂々とその存在を主張している。よほどの裏通りでもないなら、街のどこからでも見えるのではというほどの大きさだ。
迷うことはまずないと言える。
そして、サロはにこにこしながら辺りの人に安くておいしい店はないか訊き始めた。
その様子を微笑みながら見ているミカエル。実はこれが、旅を始めてからの定番の構図になっている。
単にミカエルがそういった情報収集に向いていないだけとも、サロが人と話すことが好きなだけとも言えるが。
「そこの素敵なおじさま、旅の者にお話を聞かせてくれません?」
「なんだい彼氏連れの可愛いお嬢ちゃん」
「この街で安くておいしいお店を教えてくれません?」
「構わねえが、教えたらお嬢ちゃんは代わりに何かくれるのかな?」
「あら、余所者にも優しい紳士的なおじさまだとお見受けしましたのに。わたしの見込み違いでした?」
「はっは! なかなか言うお嬢ちゃんだ! ……とまあ、茶番はこれくらいにして。安いとこなら「猫のため息亭」だろうな」
「素敵なお名前ですね」
「庶民の味方、安く仕入れた山の幸を安く出してくれる。腕がいいから味も折り紙付きだ」
「それはどこに?」
「この通りを城に向かって進むと大きな十字路に出る。そこを左に行ったらすぐだ」
「ありがとうございますおじさま」
そんな具合に、ささっと情報を聞き出してささっと移動を始める。ミカエルとは違って、サロは人と適度に親しくなるのが非常に上手い。
「行きましょミカエルさんっ」
「あっ、ちょっとサロさん、走ると危な」
有無を言わさず手を取られ、早足で歩かされる。ミカエルもサロもつまづいて転ぶことなどまずないのだが、ミカエルはせめてもの抵抗として走らせることだけはしなかった。
その抵抗も嬉しいのか、サロは一層にこにこしながら引っ張っていく。
「はやくはやく!」
「サロさん落ち着いてください。子どもみたいですよ」
「あっ、ひどいです。そんなこと言うなんて」
「サロさんがケガしたら嫌ですから」
「……ミカエルさんはちょっとからかい甲斐がなくなりましたね?」
サロが振り向いたのを見て、ミカエルはサロの額を小突いた。
サロは拗ねたように頬を膨らませ、しかしすぐに破顔して再び早足で猫のため息亭へと向かう。
手を引かれるミカエルの目は慈愛に満ちていて、人間を見守る天使のそれに相応しい顔つきであり、守るべき大切な人を見つけた男の顔つきでもあった。
猫のため息亭。大きな街であるカレンタルでは目立たない部類の閑静な店である。
というのも家族で切り盛りしているからであり、そのアットホームな雰囲気、顔馴染みの 常連には味の好みに合わせた味つけをしてくれることなどもあり、庶民人気は非常に高い。
基本的には山の幸を使った料理を出し、特に人気なのはダシの効いた具だくさんのスープに太い麺が入った独特の麺料理。
コシのある太麺にスープが絡んで口の中に広がり、その優しい風味には庶民だけでなく舌の肥えた金持ちでさえも舌鼓を打つ。
ミカエルとサロの入った店はそんな店だ。繁忙期である昼時からは少し外れており、客席にはいくらか空きがある。
「ごちゅうもんはなににしますか!」
舌足らずな声で、年端もいかぬ幼い少年が2人に問う。手伝いをする店の末っ子だ。
サロは胸にキュンと来るモノを感じながら、センテンスごとに区切るような口調で少年に訊き返す。
「おすすめ、ありますか?」
「「うどん」がおいしいです!」
「「うどん?」」
聞き慣れぬ単語に、思わずミカエルとサロの声がハモった。
その疑問を得られるのはいつものことなのか、少年は慣れた口調で説明する。
「スープにめんの入ったりょうりです!」
村では小麦を栽培していても作られるのはパンが主であり、2人は麺料理には疎い。旅の途中で食べたことはあるものの、スープに麺が入っているなんてことはなく、ますます解らない。
周りを見るとそれらしき料理を食べている客が多く、首を傾げながらも興味津々といった風情で、2人ともうどんなるモノを頼むことにした。
とてとてと店の奥へ消えていく少年の背を見送り、サロがポツリと呟いた。
「子どもかぁ……」
憂いを帯びたため息のようなそれを受け、ミカエルが純粋な問いをする。
「子ども、好きなんですか?」
「好きですよ。キラキラしてて、とっても可愛くて。でも」
「でも?」
「……わたしも子ども欲しいなあ……なんて」
チラチラと恥ずかしげにミカエルに目線を送る。その仕草は普段サバサバしている彼女らしくない、ギャップのある仕草だった。
応える。
「……僕で、いいんですか?」
「ミカエルさんじゃなきゃイヤです」
「……じゃあ」
真剣な目でサロを見据え、ミカエルは宣言する。
「僕とサロさんで、ここで暮らしましょう」
一拍。
「戦争が起きるかもしれない。けれど、絶対に僕があなたを守ります。だから」
ゆっくり一息。
「僕と結婚してください」
高級な店などではない。雰囲気も何もあったものではない。しかし、それがサロやミカエルにとっては心地よかった。
まるで、温かな村での生活を思い出すようで。
サロは表情を隠すようにして頷き、
「あ、あの、ミカエルさん」
「なんですか?」
「わ、わたしからも伝えたいことが、あって……」
もじもじしながら、どもりながら、彼女は懸命にミカエルに言葉を伝えようとする。
口を開いては閉じ、開いては閉じを数度繰り返す。ミカエルは黙って続きを待ったが、
「えぇっと……また今度にします」
「……? 今でなくていいんですか?」
「……はい。これからいくらでもその機会はありますから」
「……そうですね」
ここが庶民の店であることも、周りに人がいることも忘れ、2人は甘い気分に浸った。




