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「歩む決意」

 





 サロの背を撫でながら、ミカエルは改めて辺りを見渡す。


 相変わらず人の気配はない。意識を集中させても感じられない辺り、本当に誰もいないのだと確信する。


 焼け落ちた村には、ところどころに折れた剣が落ちている。それらは同じ意匠の剣であり、それが意味するのはつまり。


(何らかの組織がここを襲った……というのが自然かな)


 統一性のある武具。それらを身につけている集団、ということはすなわちそういうことだろう。


 サロの話から推察するならば、ミスラ王国が逃亡兵を殺すために行った可能性が高い。


 逃亡兵というのは一般的に、他国に逃亡した民よりも優先して処理する必要がある。軍事力というのは他国を攻める時だけではなく、抑止力としても重要な役割を持つ。


 特に秘匿されている力は大事で、全貌を明かさないことで総力を悟らせず、他国に有効な戦略を練らせないことに繋がる。


 故に、軍事の全容を知る兵は他国に流すわけにはいかないというのが普通だ。


 しかし、


(ここまでやってしまっては、まるで戦争を起こすかのようだけど……)


 当たり前の流れとして、自国の村を他国に焼き払われたら「どういうことだ!」となる。


 普通は政治的な話し合いの上、引き渡しを要求するのが第1歩のはず。しかし、オラフィールの手の者が村に彼らを探しに来たこともなければ、手配されていた気配もなかった。


 ミカエルは背筋を走る悪寒に身震いしかけ、しかし身を寄せるサロに悟られないよう耐えた。


 戦争が起きる。ほとんど確信となったそれは、ミカエルの中の不安を大きく煽った。


「……ミカエルさん?」


 サロがミカエルを見上げる。泣き腫らした目元が魅了するようにミカエルを射抜く。


「落ち着きましたか?」

「ミカエルさんこそ、どうしたんですか?」

「僕、ですか?」

「不安そうですよ?」

「……かないませんね」


 驚き、息をつく。女性は感情の機微に鋭いとはよく言うが、自身が悲しみの中にいてさえ他人の不安を感じ取れるものなのか。


 ミカエルが隠そうとしたからこそサロに読まれたのだが、ミカエルにはそこまで解らない。


 観念し、思っていることを打ち明ける。


「サロさん。この国はきっと戦火に包まれます。この村を離れなくてはならないのは辛いと思いますが、どこかへ逃げなくてはいけません」

「解ってます。あの剣、ミスラで使われてたものですから」

「……大丈夫ですか?」

「わたしはもう平気です。でも、逃げるって言ってもどこへ行くのが正解なのか……」


 言われれば確かに。ミカエルは軍事や政治や人間界の情勢には疎い。現状を推理する手がかりがあるとすれば、国の紋章を背負った正規軍がこんな辺境まで入り込んでいるということ。


 そもそも正規軍がこっそり他国に入り込むなんてことが可能なのかという疑念はあるものの、既に戦争が起きていたなんて情報はいくら辺境であっても伝わらないハズがない。


 よくは解らないが、何らかの手段で可能だったのだろう。そして、既に村は1つ消されてしまった。戦が起きた時、助けを求めるなら。


「僕の考えでは首都カレンタルでしょうか」

「そうですね……それがいいと思います」


 正解なのか、全く解らない。正規軍もまだ近くにいるかもしれない。正規軍こそ首都へと向かったのかもしれない。


 状況が不自然ではある。だが、このままずっとここに居るわけにもいかないのだ。やむを得ない。


「じゃあ、明日から移動しましょう」

「明日から?」


 サロの提案に、ミカエルは首を傾げる。


「ええ。今日は少しだけでも村の中から使えそうなモノを集めます」

「……強いですね、サロさんは」


 第2の、本当の故郷とも言える場所が家族同然の親しい人々と共に無くなった。それでも彼女は絶望せず、生きる決意をして、さらにミカエルよりも落ち着いて順序立てて物事を考えている。


 が、先ほど見せたような涙もある。悲しみもある。ミカエルを不安にさせぬよう、必死に感情を抑えながら強くあろうとしている。


 だから、ミカエルは口に出す。伝えたいことがあるから。


「サロさん」

「はい?」

「辛い時は、僕に甘えてください」

「……同情ならいりません。わたしは」

「同情なんかじゃないです」

「じゃあどうしてそんなこと言うんですか」

「好きだからです! サロさんのことが!」


 珍しく声を大きくしたミカエルに、サロは珍しく驚き、戸惑った顔を見せた。


 ミカエルは照れるでもなく、顔を赤くするでもなく真剣な顔で言っている。それがサロの心臓を一際大きく跳ねさせた。


「な、なんでそんな急に、そんな素振りなかったじゃないですか」

「僕があなたを好きじゃ嫌ですか?」

「い、嫌だなんて言ってないじゃないですか!」

「じゃあ、辛い感情は半分僕にください。好きな人の辛さを背負うくらい、僕にもさせてほしい」

「そ、それは…………そこまで言うなら……」


 顔を赤くして、サロはそっぽを向いた。いつもとは逆の構図。


 それに気づいて悔しくなったのか、サロは真っ赤になりながらも反撃に出る。


「……でも、それだけなんですね」

「えっと……他に何か要望が?」

「もしかして解らないんですか?」

「いや、その、僕は恥ずかしながら女性の気持ちとかには疎くて…………すみません」

「……はあ、そうですか」

「……すみません。教えてもらえるとありがたいです……」


 わざとらしいため息。やれやれといった風情で肩をすくめてから、サロはミカエルと目を合わせた。


 潤んだ瞳と紅潮した頬が、言葉にせずとも彼女の気持ちを表していた。


「わたしの嬉しい感情は受け取ってくれないんですね、って言ったんです」


 見上げるように顔をあげ、目を閉じる。少し震えるサロの肩をミカエルが抱くと、彼女はビクリとした後、安心したようにその震えを止めた。


 目の前の女性にだけ聞こえるような小さな声で、ミカエルは囁いた。


「喜びは、倍にして返しますよ」


 焼けて命の散っていったそこで、2人は唇を重ねる。消えてしまった命の分も2人で生きると決めて。


 たとえ神であっても彼女が幸せになる邪魔はさせない。それまでは絶対に帰れない。サロの熱を肌で感じながら、ミカエルは誰知らずそう誓った。






 村を回りながら使えそうなモノを集めつつ、簡素ながら墓を立てている彼らの様子を、天界で見ている者がある。老人とも言える姿の彼は、そんな天使の様子を見て悲しげな表情を見せた。


「すまないの、ミカエルよ」


 本人には届かない謝罪。ミカエルを人間界に降ろした本人であるゼウスは知っている。かの村が焼かれた原因も、その犯人も。彼らが首都へと辿り着いた時、犯人の醜悪な思惑は嫌でも彼らに知らされるであろうことも。そして、それこそがミカエルを人間界に降ろした目的の半分でもある。


 ミカエルの人生の歯車が狂わされる音は、この時まだ誰にも聞こえていなかった。








今回の投稿にやたらと間が空いてしまってすみませんでした。また、これで20万文字突破となります。続けて来られたのも読んでくれる皆さんのおかげです。ありがとうございます。これからも暖かく見守ってください。



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