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「両親の育児計画と、魔界の常識」

 




 小さな子供を持つ魔族は、難儀である。今もこうして娘不在のテレサ家では、エカテリーナの両親が頭を抱えていた。


「エカテリーナは毎日図書館に……」

「しかも、勉強してるっていうじゃない!」


 不良だ。あの子は間違いなく不良になる。なんとかして更正させ、自分達の名誉を回復しなくてはならない。のだが。


「いくら娘だからって、道を示し、真っ当な悪党に教育するなんて……」

「そんな真面目なことしたら、俺達の方が世間から白い目で見られる!」


 小さな子を持つ魔族は、難儀である。特に、不良の素養を持った子の世話は大変だ。二律背反。あちらを立てればこちらが立たない、そんなどうしようもない状態に陥ってしまう。


 だから2人は悩んだ。「子のために悩むなんて……」と、葛藤しながら。こうして毎日悩んでいたのだが、本日、母はついに思いついた。完璧なシナリオを。


「そうよ! エカテリーナはこのまま放っておきましょう!」


 エカテリーナの母、リース・テレサは食卓を叩いて立ち上がる。彼女は思った。渾身の閃きだと。


 もちろんその夫、マークス・テレサは黙っちゃいない。その案は、何度も考えたのだ。


「それじゃああの子は不良になっちまうだろ!」

「甘いわよあなた。いい? あの子は図書館に通っている」


 リースは、自分の考えを自信たっぷりに解説していく。


「きっと、色んな知識を蓄えてくるわ」

「そりゃまあ、そうだな」

「不良行為だけど、世間がもしあの子が賢いと知ったら……」

「!!」


 マークスも気付いた。魔界での序列は、力が基本。それは戦闘力だけでなく、知力においても評価されることがある。悪事を働くのは、頭でも出来るのだ。


 つまり、リースはこう言いたいのだ。


 エカテリーナが賢くなる→その事が世間に知れる→幼くして賢いエカテリーナ、評価される→それを育てた両親、評価される→やったー。


 不良の子を処分しないなんて、と言われても、「育児放棄。魔族として当然のことをしただけです」と返す用意がある。すごい。これはすごい。


 非の打ち所のない完璧な計画に2人は大喜び。エカテリーナに死なれては困るので本当に育児放棄はしないが、自分達の巧みな逆転の発想によって不良娘が可能性を秘めた優秀な娘に変わった。


 こうして2人は、エカテリーナが図書館に行くのを止めるのはやめることにした。






「ディロンさん」

「…………」


 ディロンは、基本的に無口だ。無愛想な態度、たまに口を開いてもぶっきらぼうな言い方をするものだから、孤独な一匹狼のようだった。


 彼は、今日も図書館のカウンターで司書業をする。もっとも、あまりに乱雑で整理もされていない図書館だ。どこに何の書物があるかなど把握していないし、する気もない。が、どうせ客などエカテリーナしかいないのだから関係ない。


「おはようございます」

「……おはよう」


 表情を変えず、そのくせエカテリーナが挨拶をすると律儀に挨拶を返す。ディロンという男は、不思議な存在だった。


「今日はですね、ディロンさんのことが聞きたいです」


 エカテリーナは無邪気に問う。片角であることや、何故司書などしているのか。それ以前に誕生日、種族、年齢……エカテリーナは、友人のことをもっと知りたかったのだ。


 だが。


「ダメだ」


 ディロンは拒否した。はっきりと。普段と同じような、無愛想な言い方。しかしエカテリーナは違いを感じ取った。


 絶対に聞かれたくない。絶対に言わない。そんな、ディロンの「見せたくない弱さ」を隠したがる様子が、無垢な少女には、無垢であったが故に感じられた。


 とはいえ、彼女がそれを感じ、無理に訊くのはいけないと考えていても、感情の面では別の話。ディロンのことが知りたい。その欲求は、少女の中でかなり大きかった。


「そうですか……」

「…………」


 それが露骨にしょんぼりした態度となって表れる。良くも悪くも、エカテリーナは素直な子に育っていた。もちろん、魔界的には素直な子も、無理には訊くまいというのもNGだ。ここは、相手が嫌がっているのだから無理にでも聞き出すのが魔界の基本。


 ディロンは悩んだ。そもそも今日は、魔法についての基礎知識を教えるつもりだった。魔界の基礎知識は深くやらずとも自然と覚えるだろうし、昨日までやっていたのだ。これ以上は必要なかろう。なら次は魔法。魔法は魔族天使人間のどれもが使うし、基本原理は同じだ。


(だが……)


 しかし、エカテリーナには知識だけでなく圧倒的に足りないものがある。常識だ。


 俺とて生粋きっすいの魔族。かつては最強の魔王を目指したりもしたものだ。そんな俺だが、歳を重ねるに連れ、常識が全てではないと悟った。


 だが、楽天的な者が大半の魔族のことだ。一部の魔王クラスを除けば、内から湧き出る欲望に従って行動すること。それこそが魔族として正しい行いだと信じている者ばかりだ。それは俺自身が目にしてきた。


 つまるところ、自惚うぬぼれ等ではなく、常識を常識としてこの子に教えられるのは、それが全てではないと知る俺くらいしかいない。少なくとも、今の彼女の身近には。


(その為には、俺の話を交えるのが解りやすいが……)


 ……そう。このディロンという男。表情などは全く変えないくせに、心の中ではやたらと相手を気遣い、相手の為に悩む男である。


 しかも、それを気恥ずかしく感じてしまう為、何か言い訳が無いと親切にしたくないのだ。端的に言えば、面倒な男。


 今のだって「しょんぼりしたエカテリーナを見てたら可哀想になってきたから、話してやろうかな」と思ったのに対して、ああだ、こうだと理由を付けただけ。


「……解った。少しなら話してもいい」

「ホントですか! やったー!」


 そして結局、優しくしてしまうのだ。


 魔界の大人は、難儀である。






「……と、話せるのはこれくらいだ」

「はぇ~」


 ディロンは、自身をレアな種族であると伝えた。詳しくは話せないが、とりあえずレア。普段は便宜上べんぎじょう、龍と悪魔のハーフを名乗っていて、エカテリーナにもディロンの種族を訊かれたらそう答えるよう念を押しておいた。


 片角なのはエカテリーナが勝手に想像していた通り、かつて戦争で失った。その戦争についてはエカテリーナもいずれ学校で習うだろう。


 年齢は314。魔族はその種によって寿命が違い、ディロンの場合はレアだから自分でも寿命は解ってない。が、まだまだ肉体的に成長しているため、若くはあるだろうと自分で思っている。


 他にも、好きな食べ物、誕生日、独身なこと等、渋った割には色々なことをディロンは話した。それをエカテリーナの方も、ニコニコしながら聞いていた。本を一緒に読んでいた時よりも楽しそうに。


 俺の身上話みのうえばなしなんか、面白くないだろうに……。おかしなやつだ。


 自分のことは棚に上げて彼はそう思う。


「さて、今度はお前のことを聞かせてもらう」

「私の?」


 ディロンは別にしたくて自分の話をしたのではない。これはあくまでも、彼女に魔界の常識を諭すための前座。ここからが本題なのだ。


「お前は、変わり者だ」

「はい。それは解ります」

「お前、どんなことが嫌だと感じる?」


 エカテリーナは考えた。彼女にとっても嫌だと感じることは色々ある。泥棒に遭って泣いている女性を見た時も嫌だったし、私の帰りが遅くなったら両親が心配するかもしれないと考えた時も、それは嫌だった。それはつまり。


「誰かが悲しい気持ちになるのは……嫌です」


 エカテリーナは、その気持ちを上手く言葉にまとめられた。元々知性の成長が早い種族ではあるが、読書をしてきたことや、家族とも食卓で積極的に話してきたことが、その知性の成長をさらに加速させていた。


「だが、それは魔界の常識とは逆だ。それは、解るか?」

「はい」


 ディロンは言い聞かせる口調だ。頭を使いながら、子供に理解させるよう話している。常識の話など、本来は5歳の子供に話すことではない。それは魔界でも同じことだ。


「お前は素直に、そういう感性なのだろう」

「感性?」

「む、すまない……そう感じ取る心を持っているのだろう」

「私は……悪い子なんでしょうか?」


 エカテリーナは不安だった。


 誰かが悲しむのは嫌。笑って、楽しそうにしてるのを見る方が好き。だから、されたら嬉しいと思って挨拶もするし、お礼もきちんと言う。それが彼女の「好き」だから。


 一方で、それは変なことだというのも解っている。魔族は、悪いことをするもの。悪いことをしないなんて、それこそ悪いことなのだと。だから、もしかしたら自分は悪い子なのかもしれないという不安は、彼女の中に常にあった。


 エカテリーナの曇ってしまった表情を見たディロンは、それでも声音すら変えない無表情で言い放った。


「ああ。悪い子だ」

「…………」


 じわり、と。少女の瞳に涙がにじむ。悪い、と面と向かって言われた少女は、それを素直に受けた。もう少し成長し、経験があったならば受け流すことや責任転嫁も出来たかもしれない。だが、幼い子供にとって大好きな者に自分を否定されるのは、あまりにもショッキングなことだ。


「お前は悪い子……不良だ。魔族でありながら悪事を働きたくないと言うんだからな」

「…………ぅっ、く」


 涙が、流れ落ちる。それを見ても男は顔色を変えない。言葉を紡ぐのをやめない。


「不良だと、学校に通い始めても友達も出来ない」

「うぅ……っ……」

「それにな」


 ディロンは、迷った。この先を言うべきか。言えば彼女が大泣きするのは目に見えている。その心にも、大きなダメージを与えることになる。だが、結論はすぐに出た。


(ここではっきり解らせてやらないと、エカテリーナは甘えた考えを持ってしまうかもしれない)


 ディロンは、魔族でありながら優しかった。無論、エカテリーナにも語らなかった過去に原因があるのだが。……一息ひといきを、吸う。


「お前が不良だと、親にも迷惑がかかる」

「ぇ……? パパとママは関係ない……」

「不良を生む親はダメだとバカにされ、仲間外れにされ、嫌がらせだって受けるかもしれないな」

「そんな……っ、……」

「他ならない、お前のせいで」

「っ!」


 エカテリーナの感情が爆発した。せきを切ったように涙は溢れ、はばかることのない大声で悲しみを吐き出す。2人だけの静かな図書館に、少女の叫びだけが響き渡る。


 大好きな、パパとママ。もしかしたら、ディロンも。彼らが自分のせいで、自分の知らない内に辛い目に遭っているかもしれない。自分が嫌がらせされるのは耐えられても、大事な人がそんな目に遭うなど、考えただけで耐えられなかった。


 だが、どうしたらいいのか解らなかった。大事な人を悲しませない為には、誰かを悲しませなきゃいけない。幼く、まだ世界を知らぬ少女にはそれしかないように思えた。


 皆が笑って過ごせる世界はないの? どうして? 私は、どうしたらいいの? そんな問いかけが、エカテリーナの中を何度も何度も巡る。


「……悲しいか」


 悲しかったが、エカテリーナには答えることが出来ない。後から後から涙は出てくるし、頭の中はぐるぐると混乱しているし、嗚咽おえつでまともに声も発せない。


 ディロンは、答えを待たずに続けた。


「魔族は誰かの不幸を喜ぶものだ。悲しむべきではない」


 無愛想だ。泣いている少女に対してこの冷たい態度。多くの者が、彼は怒っているのだと見るだろう。


「お前は魔族として生きるには優しすぎた。誰かの幸福を願い、誰かの不幸を悲しむなど、人間でもなかなかやらん」


 いな、その男は……過去を語らなかった片角は、魔族としては優しすぎる存在だ。少なくとも、今は。


「だが、魔族なら自分の心のままに動け。幸福を与えたいというのがお前の正直な心なら……お前が魔族である以上、そう生きろ」


 ディロンはかつて、正直に生きられなかった。その時、大事なモノをたった1つ失った。だから彼は、エカテリーナを見捨てることが出来なかった。そんなこと、口が裂けても言わないが。


 少女は、泣き止まなかった。むしろ、より一層激しく泣いた。その小さな心で何を思うのか、何かを決意したのか、それは解らない。


 きっと、泣きじゃくりながらも心優しい友人の胸に飛び込んだこと。それが彼女の答えだ。




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