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「意図せぬサバイバル」

 





 人間界での日々は安穏と過ぎていった。町とも村ともつかない微妙な規模の集落の人々は温かく、繋がりの強い地だった。


 無論、ミカエルも仕事に従事した。近くの山へと狩りに繰り出してみたり、畑仕事を手伝ってみたり。


 積極的に働く彼は重用され、あっという間にその村に溶け込んだ。言うまでもなく彼も楽しくやっていたし、泊めてもらうということへの抵抗も自然となくなっていった。


 数週間が過ぎたある日、ミカエルはサロと山へ出た。普段なら1人でさほど高くないところへ行き山菜を採る彼女だが、今日は少し違う。


「実は、中腹まで行くと別の山菜が採れるらしくて」


 危険なモンスターがいないとはいえ、少し奥まで行くのは初めてということでミカエルが着いていくことになった。


 陽の射し込む山の中を、並んで歩く。サロはカゴを背負い、ミカエルは念の為用意してきた荷物を入れたリュックサックを背負って。


「ふふ、相変わらずミカエルさんは心配性ですね」

「これくらい当然です。私だってそこまで登ったことはないんですから」


 膨れたリュックサックを見て、サロが笑う。ミカエルは天使ゆえ、それくらいの荷物は全く重く感じない。


「ミカエルさんがいるからちゃんと帰れますって」

「いやいやいや。万が一なんてことも」

「ホント、真面目すぎです。少しは気を抜かないと」

真摯しんしであることは美徳です」

「それはそうなんですけどね」


 黄色く大きな木……ミカエルが顕現けんげんし、帰還する地を通り過ぎ、さらに奥へと進む。


 モンスターを狩りに来る時もこの木を目印として、それ以上先へは行かない。だから、ここからは完全に未知の領域であった。


 歩を進める速度を緩め、極力道と呼べるような筋を探して登っていく。


「ミカエルさん、ここに来たことないんですか?」

「狩りでもここまでは来ませんから」

「……でもそれって、少し変ですね?」


 サロは可愛らしく首を傾げながら疑問を口にする。


「ミカエルさんは旅人で、この山のずーっと向こうから来たって聞いてます。わたしを助けてくれたんですし、通ったことはあるはずだなーって」

「えっ! いや、それは」


 サロの思わぬ鋭さにミカエルはどもる。ごまかさねばならないが、実直に生まれ、そのまま生きてきた彼は嘘が下手だ。


 サロはそんな彼を見て軽く笑い、


「ごめんなさい。隠し事くらい誰にでもありますよね」

「いえ、その……サロさんにも?」

「わたしにも」

「……すみません」


 当然だが、正体を明かすわけにはいかない。人の子を騙していることに心を痛めながら、ミカエルはサロの前を歩く。


 中腹より上にもさほど危険なモンスターはおらず、サロは予め調べてきた山菜だけを採集していく。


 その姿は楽しそうというよりも嬉しそうで、ミカエルは微笑ましく彼女を眺めていた。


「重くないですか?」

「ふふ、ミカエルさんに言われたくないです」

「そ、そうですか?」


 サロはどう見てもニコニコしている。


「サロさん、山菜採集好きなんですか?」

「えっ? ……そこまで好きだと思ったことないですけど……そう見えます?」

「素敵な笑顔です」

「やっ、やですよそんな」

「いた、痛いです」


 頬に手を当てて顔を逸らし、逆の手でバシバシとミカエルの胸を叩く。照れているのだろうか、とミカエルは思う。


(それにしても叩かれると痛い。人間の女性にしては随分力が強いんですね)


 口に出すと機嫌を損ねそうなので言わない。よく山へと来るようだし、土地柄どうしても鍛えられるのだろうと考え、意識から外す。


 上機嫌になった彼女はさらに山菜を採集し、カゴが7割ほど埋まったところで、


「そろそろ帰りましょうか」


 と言った。まだ陽は高いが下りの方が危険だし、当然の判断だろう。


 今度は彼女の手を取りながら慎重に下る。1歩1歩確かめながら。


 しかし、数歩を進んだところだった。


 突如、ゆっくり帰ろうとしている彼らの前に黒い影が躍り出る。


「大人しくしな!」

「むっ!」


 影は人間だった。4人の小汚ない男が得物を手に立ち塞がり、ミカエル達の背後にも2人。


 どう見たって友好的な雰囲気ではない。


「山賊、ですか」

「金になるもんを置いていきな」

「あなた方のような薄汚い者がお金を持ったところで、使える場所などないと思いますが?」

「んなことはいいんだよ! ケガしたくなけりゃ早くしろ!」


 恫喝の声にサロがビクリと震え、ミカエルの袖を握る。ミカエルもある程度予想はしていた。


 一切の怪我人を出さないのが理想的だとミカエルは考えているが、包囲を徐々に狭めてくる山賊を互いに無傷で退けられる手段は限られている。


 目眩ましをして逃げる……には、足場が悪すぎます。山に慣れた彼らから逃げ切るのは用意じゃないですね。


 適度な魔力をぶつけて気絶させる……これもダメですね、転げ落ちた山賊がケガをするかもしれません。


 あれもダメ、これもダメ。そうこうしている間にも彼らは勝ちを確信したか、ニヤニヤと笑いながら近づいて来る。


(試したことはありませんが……いけますかね……)


 天使が自然に成長することはない。しかし、鍛練を積むことで強くなるかはまた別の話。彼は生まれてから魔力操作の練習をし、あるオリジナル魔法の開発に成功していた。


 それは自分に対してかけるタイプの魔法であり、それであれば間違いなくこの場を切り抜けられる。


 問題はただ1つ。自分以外の他人にも有効かということ。自分以外には試したことがない。彼には、友達がいないから。


 悩んでいる暇はなかった。決意を固め、震えるサロの手を取る。


「しっかり掴まっていてください」

「えっ? えぇっ?」

「早く!」

「はっ、はい!」


 勢いに押されたか、サロはギュッと目を閉じてミカエルを抱き締めるようにしがみついた。


 ミカエルとサロを大きな闇が包み込み、あっという間に収束。その場から消え去った。


「あ、あぁ……?」

「お、おかしら、今のは……」


 あとには、狐につままれたような顔の山賊達が残された。






「成功……いや、失敗ですね」


 彼らを包んだ闇が消えて辺りの景色が解った時、ミカエルは呟いた。周囲に山賊はおらず、先ほどとは確かに違う場所にいる。彼の編み出した魔法によって「空間を移動する」ことは出来た。サロも同じように隣にいる。そこまでは成功している。


 しかし、それだけだ。出来れば山のふもとへ移動したかったミカエルだが、そうはいかなかった。彼らのいるのは未だ深い山の奥。むしろ、魔法を使う前より獣道が増えてしまっている。


「え、あれ?」


 突然掴まれと言われ、わけが解らないままこの場にいるサロが目を開け、周囲をキョロキョロと見回す。


「すみません。逃げる為に空間を移動する魔法を使ったのですが……どうも場所の指定が上手くいかなかったみたいで」

「ミカエルさん、あなたは……」


 その目に宿る、怯え。空間を移動する魔法など存在しない。田舎から旅立ったという設定のミカエルがそんな魔法を使えることに対する不信感。


「えっと……すみません」


 正体は明かせない。人の子にどう思われるのか不安になりながら、彼は反応を待った。さわさわと木々が揺れる音がする。


「一人旅ですものね。魔法くらい使えて当然です」


 サロはつとめて明るくそう言った。旅人だから、強くて当然。そういうことにしておく。これ以上は聞かないと言外に示しているのは、いくらバカ正直なミカエルでも解った。


「……ありがとうございます」

「深くまで来ちゃいましたけど、なんとか帰らなくちゃいけませんね」


 彼の礼を意図的に無視し、サロはカゴを下ろした。そのまま座り込み、2人は帰る方法を話し合う。


「ミカエルさんの大袈裟な荷物が役に立つなんて思いませんでした」

「何日分かの食糧もありますから、安全第一で帰りましょう」


 難易度の低い、ちょっとしたサバイバル。日が暮れるまであれこれと相談しながら、2人は安全に休めそうな場所の確保へと動いた。





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