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「考えすぎ」

 





 さも当然であるかのように滞在の許可は降りた。具体的な期間はどれほどになるか、それは解らなかったものの、話してみればやはりミカエルの見立て通り彼に出来る仕事自体はいくらでもあるようで、居候という事態は避けられそうであった。


「あとはサロさんが目を覚ましてくれたら彼女に相談、ですね」

「おや、気にしなくていいのに」


 ミカエルが話しているのは、ポーレンの妻、ユリシーズだ。おっかさん、なんて呼び方が似合いそうな彼女は夕飯の用意をしつつ、


「お布団はあるし、あの子の恩人の頼みなんだ。あの子にも嫌とは言わせないよ」

「しかし、彼女の意思もあります。若い娘ですし」

「いいんだよいいんだよ。箱入り娘ってわけでもなし、男ってもんを知らにゃならんのさ。それに、あんたみたいなイイ男だったら、嫌とは言わないだろうしさ」

「はあ」


 ユリシーズがからかっているのか、ミカエルを気遣っているのかは解らない。しかし、歓迎してくれているらしいことは確かだった。


 なお、ポーレンは外出したとユリシーズに聞いている。畑仕事がまだ途中だったから行ったんだとか。


「あんたは気にせずいくらでも泊まっていきな」

「……では、お言葉に甘えさせていただきます」


 幸先よくミカエルは宿を得られたことに安堵あんどしつつ、サロの眠る部屋へと戻ることにする。


 一家全員の許可がないまま滞在を決めてしまうのは、どうしても後ろめたかった。






 サロが家を出たのは朝のことだ。山菜取りは、普段母とともに家事をするサロが時おりしている仕事。近辺に危険なモンスターは生息していないし、賊もいない。けして裕福ではないが、実にのどかで治安のいい地域なのだ。


 取ってきた山菜は家で食べることを基本に、たくさん取れた時には近所に配ったりしている。定期的に行ってもらっているが厳密には仕事というほどでもなく、もう少し軽い気持ちでサロはしているはずだ。


 と、それがミカエルがユリシーズに聞いた話。いくら安全といえど、女の子1人で山は危ない。今回のように何かの拍子にケガをしないとも限らないし、人間は弱い。誰かと一緒に行くべきだろうとミカエルは思う。


 サロは安らかな寝息を立てている。傷口も適切な処理はした。変な汗をかいたりしている様子もない。ミカエルが知る限り、心配する要素はない。


「平和ですね」


 ここは、平和だ。人間界の別の所では争いが絶えず、多くの人間が死んでいっている。今、ここが巻き添えになっていないだけに過ぎない。


 争いを止めようとすることの何がいけないのか。このような平和な世界である方が、人間にとってもよいはずではないか。


 かぶりを振る。


「考えても解らないから来たのではないですか」


 天使や神の間では当たり前だった「放っておくべき、介入すべきでない事案」の存在。それが上手く理解出来なかったから、自分はここにいる。


 未熟で頭でっかちな自分は、何も考えずにしばらくここで暮らすべきなのだ。


「ん……」


 サロが身じろぎし、目を覚ます。焦点の合わない目に光が宿り、ミカエルに目を留める。


「っ、あなたは……?」

「お邪魔しております。ミカエルと申します」

「お邪魔して……?」

「ここは、あなたのご自宅です。あなたは山でケガをして、倒れてたんですよ」


 サロはゆっくりと辺りを見回し、確かに自分の家であることを認識する。


「もしかして、ミカエルさんがここまで?」

「はい」

「ありがとうございます」

「当然のことです」


 立ち上がるには至らないが丁寧に頭を下げるサロに対し、ミカエルも丁寧に頭を下げる。


 目を覚ましたことをユリシーズさんに報告してきます、と残してミカエルはその場を後にした。






 ユリシーズは直接様子を見に来て彼女の無事を確認すると、すぐに出ていき家事に戻った。


 少し薄情ではないか。そうミカエルは思った。


 そんな対応にサロが不満の色を見せなかったから彼も黙っていたが。


「痛いところや、様子のおかしなところはありませんか?」

「はい。おかげさまで」

「無理や遠慮はダメですよ」

「ふふ、ミカエルさんは心配性ですね。少し転んだだけなんですよ?」


 ころころと笑うサロを見ていると平気なようにも感じられたが、彼女が無理をしていないとも限らない。


 そんな彼女に対して心配の目を向けながらも、ミカエルは本題を切り出す。


 ……こんな失礼なこと、突然お願いして気分を害されないでしょうか。


「実は私は旅の者なのですが、しばらくここに滞在しようと考えています」

「あら、うちに泊まってくれるんですか?」


 ミカエルが言うはずだったセリフを明るく、あっさりと先取りされ、目が点になりかけた。


「え? ええ、そのお願いをしようと……」

「嬉しい! どれくらいいるんですか?」

「まだ決めてないですが……そこそこ? くらいは……」

「やった!」


 キラキラした目で、子どものように喜ぶサロ。ミカエルがこの家に滞在することがよほど嬉しかったらしいことは、わざわざ言葉で表す必要性もない。


 ミカエルは驚き、また、拍子抜けした。


「私がここに住まうこと、嫌ではないんですか?」

「え? なんでですか?」

「突然現れて、泊めてくれなどと失礼なお願いをしていますし」


 それを聞いたサロはキョトンとし、戸惑う彼の顔を見たまま笑い出した。


「あはははは! ミカエルさん真面目すぎです!」

「そ、そうですか?」


 天界で散々言われてきたことを、まさか人間にも言われるとは。表には出さず、少しだけショックを受ける。


「賑やかになるんですもの。それに、ミカエルさんはわたしを助けてくれたんです。嫌なわけないじゃないですか」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものですよっ」


 若干幼さの残る無邪気な笑み。もしや、家族ではない若き男女が同じ屋根の下で過ごすということの危険性を解っていないのか。


 あり得た。ここは治安が良さそうだし、のどかだ。貞操観念の発達が遅れていたとしても、おかしくはない。


 先ほどよりも緊張した面持ちで、ミカエルはサロを見る。サロの方もその顔に何かを感じ、背筋を伸ばした。


「サロさん。若い男をそう簡単に家に泊めてはいけないと私は思います」

「…………?」

「人を信じる心は尊く、何にも勝る清い心です。しかしながら、世の中には不純な輩だっているのです」

「はあ」

まことに許し難いことですが、信じる心につけ込んで来る卑劣な男だっているのです。もちろん、ポーレンさんやユリシーズさんが守ってくださるでしょう。しかし、何かあってからでは遅いのです」

「何か、ってなんですか?」


 純粋な目で小首を傾げるサロ。ミカエルの言う「危険」がなんなのか本当に解っていなさそうなその目に、ミカエルは余談を許さない状況だと判断した。


 これ以上、言葉を選んでいては伝わるものも伝わらない。ここは、きちんと教えてやるのが正しい教育になろう。私は、人々を正しきへ導く天使なのだから。


「その……女性の身体を目当てにする輩に無理矢理犯されるなんてこともあるのです! 特にサロさんのような美しい方は狙われやすい! まずはご自分から、警戒の心を持つべきです!」


 サロは呆気に取られたようにポカーンとしている。もしやこれでも伝わらないのかと、ミカエルが不安を覚え始めた頃、サロが先ほどのように吹き出した。


 面白いモノを見た、と言わんばかりに肩を震わせるその笑いに、今度はミカエルの方がポカーンとする。


「あはははは! そういうことですか! ミカエルさん、ぷくく、真面目すぎて」

「わ、私は真剣に」

「わたしだって、それくらい解ってますよ、大丈夫です」

「……え?」


 (ミカエルにとって)意外なその言葉に、ミカエルの顔は非常に間抜けなモノになる。その顔に吹き出しそうになるのを我慢しながら、サロは続ける。


「その上で、ぜひって言ってるんです。お父さんとお母さんもいいって言ったんでしょう?」

「ええ、まあ」

「それとも、ミカエルさんが嫌なんですか?」

「そ、そんなことは!」

「じゃあいいじゃないですか。ミカエルさんは誠実そうですし、わたしは襲われてもいいですよ?」

「わ、若い女性がはしたないですよ!」

「そんな固いこと言ってたら、どこにも泊まれませんよ? それに万が一そんなことになっても、その時はミカエルさんが家族になってくれれば」


 そんな行きずりの男を簡単に婿にしていいのか。それとも、この地域ではそれが普通なのか。


 結局、注意するはずだったミカエルの方が顔を赤くして戸惑うことになるのだった。





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