「生真面目な青年」
ミカエルという青年はあまりにも生真面目だった。
人間界で問題のある人物……連続殺人犯や独裁者等、人間社会への甚大な被害をもたらす者が現れ、目に余り見過ごせないという判断が神々の中で下された時、その処遇を決める会議が天界で開かれる。
それへの出席の機会をミカエルが得られれば、彼は積極的に発言し、人間界への干渉もしたがった。
「私が行きます! あのような独裁体制を敷いたままでは、不幸になる人間が多すぎる! 処分とは言わないまでも、せめて改心させなくてはなりません!」
「まあ落ち着かんかミカエル」
「しかし!」
「聞こえぬか。落ち着けと言っておるのだ」
「……申し訳ございません」
まるで取り調べに熱の入り過ぎる新人刑事のように、ミカエルは人間界をよりよくすることへの情熱を燃やした。
だが、得てして出る杭は打たれるモノ。情熱も行き過ぎれば煙たがられる。それは天界とて違いはない。
故に、ミカエルには友と呼べる存在はほとんどいなかった。友のいない彼は、よく森の泉へと出向いた。
美しく輝く水面。モンスターなどではなく妖精達が暮らしている天界の森は、ミカエルの心を癒してくれ、自然と彼の定位置は泉のほとりになっていった。
「はぁ……私の何が違うと言うんだ……」
妖精達も木々も答えはくれない。新人だからという理由ではなく、彼の意見は棄却されることが多かった。
戦争に自ら介入して止めようだとか、少しばかり短絡的で過激な思想が目立つせいではあったのだが、彼の正義はそんなことはお構いなしだった。
より多くの人間を生かす為なら、多少強引な手段でも構わない。真っ直ぐで不器用な彼には、助言によって上手く人を導くということが出来なかったのだ。
6枚の純白の翼を力なくたたみ、水面に映る自身の顔にため息をつく。
「ここにおったか」
「っ、ゼウス様」
「おお、立ち上がらずともそのままでよい」
落ち込んでいようとも、背後からかけられた上司の声に慌てて立ち上がる程度には、彼は堅い。
ゼウスは無骨ながらも柔和な笑みをたたえ、ミカエルの隣に腰を下ろした。
「ミカエルよ。お主、人間界へ降りてみるか」
「人間界、ですか」
なんでもないことのようにゼウスは言ったが、天使にとって人間界へ降りるというのは名誉ある役割。
あまりに唐突なゼウスの発言に、ミカエルは一拍遅れて緊張を得る。
「人間になりすまし、彼らと話してみるべきだとワシは思うのじゃよ」
「それは、人間界で暮らせということでしょうか……?」
「左様。お主は人間のことを想っている、よき天使じゃ。お主の全力をもって、天使としての役目を全うしようとしておる」
「いえ、とてもそんな」
「じゃから、実際に人間と触れ合うことで、お主は正しい手の抜き方も覚えられると思うのじゃよ」
正しい手の抜き方。口汚く言ってしまえばクソ真面目なミカエルには、手を抜くことに正しいも間違いもあるなど、到底理解出来なかった。
だからこそ、ミカエルは考えた。理解出来ないのは、己が未熟だからだと。ゼウスの言うように、人間界へ降りることで多くのことを学んで帰ってこようと。
真剣に考え込んでいるミカエルを見て、ゼウスが「やはり送り出すべきかもしれん」と考えたことは、言うまでもない。
やはりというべきか、ミカエルは人間界へ降りることにした。身体のスペックは天使のまま、羽は隠し、人間になりすまして。
当然ではあるが、戦乱の渦中にはない比較的平和な国を指定され、ミカエルはゼウスに「門」へと連れてこられる。
門。人間界へと繋がっている転送装置であり、天使や神はこれを利用して人間界へと顕現する。
空間に干渉する性質のある闇属性による魔法の1種だとされているが、天界の原初より存在する上に記録も残っておらず、詳細は不明。
「人間界から天界へと戻るにはどのようにすればよろしいのですか?」
「帰る時は、人間界で顕現した場所でこれに魔力を流せ」
ミカエルに渡される、1枚の紙。正方形のそれには、ゼウスお手製の魔法陣が描かれている。
「くれぐれも失くしたり、捨てたりするでないぞ」
「はい」
荷物の中に大事にそれをしまい、ミカエルは門を見つめる。何日か滞在できるようにいくらかの金は持った。しかし長く滞在する為にも、出来れば人の子の家に泊めてもらいたいところだ。どんなキツい労働だって辞さぬ覚悟がある。
ゼウス様の期待に応えるためにも、必ず多くを得て帰ってくる。立派な天使へと成長出来る、またとないチャンスなのだから。
「では、行って参ります」
「うむ。楽しんで来るといい」
ゼウスの冗談とも本気とも取れる言葉に微笑を返し、ミカエルは門の中へと身を投げた。




