「エカテリーナの正義、スローヴィアの覚悟」
「…………」
サキュバスの少女が無言で鎌を振る。その目は冷たく、映る悪魔の命を刈り取ることだけを考えているかのよう
エカテリーナが毎日地道に増加させてきた蓄積魔力。その総量だけなら既に小学校を卒業していてもおかしくないレベルであり、中級魔法を放つことになんの違和感も躊躇いもない。
全身に強化を施す身体強化までは使用できなくとも、部分的、瞬間的に強化を施すことで高い運動能力を得る。加えてデスサイスには重さがないこともあり、エカテリーナは軽々と大鎌を振り回していく。
スローヴィアはそれをレイピアで受けることはせずにかわしていく。開幕直後とは打って変わって、エカテリーナがひたすら攻める構図が続いている。
(魔力は多分まだ平気……ライジングオーシャンに頼るほどじゃないはず)
魔力消費には疲労や痛みを伴わない。それは戦闘を阻害しないという利点であり、残りがどれくらいあるのかを把握しにくいという欠点でもある。
エカテリーナは攻めの体勢に入っているものの、致命の一撃が入らない。スローヴィアの脇腹には血が滲んでおり、それが彼女の動きの枷となっているのは明白。それでも、スローヴィアに殺しのダメージを入れることはかなわなかった。
痛みを堪えて歯を食い縛り、必死に鎌の軌道から身を逸らすスローヴィア。それを容赦なくエカテリーナは攻め立てる。
上から、下から、横から。優位なリーチを生かして一定の距離を維持したままスローヴィアを斬り殺そうと鎌を振り続ける。
時々スローヴィアから反撃の気配があるが、振り回される死の鎌がそれを許さない。
「……ふふ」
エカテリーナは、思わず笑う。ひたすら鍛練を積んできた幼少期。ディロンが手加減しながら稽古をつけてくれていたが、エカテリーナがどんなに殺すつもりで挑んでも、必ずいなされて負けていた。
強くなっていく実感がなければ、絶対に面白くなかったに違いない。何度負けようと毎日毎日ディロンに挑み、また負ける。エカテリーナにとって戦いとは、強くなる為に負けることに他ならなかった。
そんな、今まで格上としか戦ったことがなかったエカテリーナだが、小学校に来てからは逆に無双状態。Aクラスのスローヴィアですらも雑魚としか思えず、勝ちの決まりきった戦いはそれはそれでつまらなかった。
しかし、今この瞬間は違う。ほぼ互角の相手と戦えていて、しかも死ぬようなこともない競技性の高い試合。
気を抜けば負けるかもしれないが、チャンスが掴めれば勝てるかもしれない。初めて体験するどちらに転ぶか解らない勝負は、彼女を昂らせた。
「ふふふ、あは、あはははははは!」
ついに、抑えきれなくなった高揚感が笑い声となって漏れ出す。1度外へ出てしまった気持ちは、決壊した川のように一気に流れ出る。
「あははははっ! ほらほら、頑張って避けないと死んじゃうよ!」
「くっ!」
「ねえ怖い? 死ぬのは怖いよねえ? 答えてよ、答えてよスローヴィア!」
防御と回避に手一杯のスローヴィアの姿が、エカテリーナのテンションを上げていく。
狂ったように笑いながら相手を殺そうとするエカテリーナの姿は、模範的な魔族そのものだった。
どんなに優しくとも、どんなに清廉であろうとも、本質的には彼女も魔族。その本能が、エカテリーナ自身も気づかぬ内に彼女を蝕んでいく。
「調子に乗るんじゃ……ありませんわッ!」
スローヴィアが一瞬の隙を突き、業火を乱暴に発する。簡単に予見できたそれを、エカテリーナはバックステップするように後方へ跳んでかわす。
汗を流して肩で息をするスローヴィアと、大鎌を担いで余裕の表情を見せるエカテリーナ。今の攻防でスローヴィアの傷口は広がり、染みだったモノから流血が始まる。
「ハァ……ハァ……ッ」
「これで解ったでしょ? スローヴィアのしようとしてることは間違ってるんだよ」
「わたくしが死ぬことなんて……怖くありませんわ……」
「強がりだよ、それは」
「フフ、解りませんのね。貴女には」
話すことすらも辛そうにしながら、スローヴィアは口角を引き上げて嘲笑する。
「わたくしが怖れるのは、グランサーフの名が死ぬことだけですわ」
「だったら!」
「わたくしが居なくても、グランサーフの跡継ぎなどお父様とお母様がご健在ならいくらでも代わりは作れますわ。……けれど」
スローヴィアが誇りの象徴としているレイピアがエカテリーナに突きつけられる。
強い意志を宿した瞳が、エカテリーナを射抜く。
「わたくしの行いがグランサーフの家名を傷つけたなら……それは取り返すことが出来ない、紛れもない一族の死ですわ」
「っ!」
「……わたくしは、グランサーフの誇りも、一族の過去も未来も背負って立ちますわ」
エカテリーナの心臓に、突き刺さるような痛みが走る。突然の痛みに慌てて状況を確認するが、スローヴィアは何もしていない。
感じたのは罪悪感か、それとも。
「だからッ!」
「なっ!?」
スローヴィアが飛び込んでくる。傷が開くのも無視し、決死の覚悟でエカテリーナを倒しに来る。
彼女の背負った家名と、既にエカテリーナに敗北したことで家名に傷をつけた贖罪の念。それが、絶対に負けたくないという信念に変わり、スローヴィアに力を与える。
今までで最も苛烈な攻撃をエカテリーナへ向けて休みなく放ちながら、スローヴィアは叫び、問う。
「わたくしには守りたいモノがありますわ! 貴女は、何故そんなにも力を求めますの!?」
「わた、し……は……」
私が強くなりたいと思ったのは、大事な人を守りたかったから。ファイロウの森で、死ぬことの怖さを知ったから。そんな思いは、誰にもさせちゃいけない。だから私は、強くなった。
なのに私は今、何を考えていたの? 戦えることが楽しくて、どこか気持ちよくて……?
「違うッ!」
気づいた自分自身の心の奥底に、悲痛な声で叫ぶ。
「私だって! 誰にも傷ついて欲しくない!」
誰に向けて言っているのか。
「だから……! 楽しくなんて! 気持ちよくなんて!」
スローヴィアに向けてなのか、それともギャラリーか。あるいはエカテリーナ自身に対してか。
「あんなの私じゃない……私の本心じゃないの!」
自分を信じてくれる者への言い分けか。
「甘えるな三下ッ!」
「っ!」
スローヴィアが、エカテリーナの言葉を斬って捨てる。スローヴィアは、失望の色を色濃く見せる瞳でエカテリーナを睨みつけた。
その目に肩が震え、デスサイスの固定が維持出来なくなってくる。
「自分の弱い部分から目を逸らして……自分の死の恐怖から逃げて、それで何かが守れるものですかッ!」
デスサイスが斬り払われる。手元を離れた鎌が霧となって消えていく。
スローヴィアがレイピアで突きを繰り出してくる動作が、ひどくゆっくり、スローモーションのように見えた。
私は強くなって……どんな大人になりたいの?
皆を守ってあげたい? 自分が死ぬのは嫌なのに、そんなことが出来るの?
やっぱり、強いだけの身勝手で孤独な魔王になるしかないの?
様々な自問が浮かんで、エカテリーナを責めた。強くなりたいと願いながらその理由すら持たなかったことも、殺し合いに快感を得たことも、スローヴィアの身を案じたことすらも。
私……スローヴィアのことを心配してるつもりで、ただ自分の価値観を押しつけてただけなのかな……。スローヴィアがどんな気持ちで死の恐怖と戦ってたかなんて考えもしなかった。
私が目指すモノって、何? 皆が笑顔で暮らせるようになるには、どうしてあげたらいいの? 私の幸せを誰かに分けてあげる?
私は、独りでも幸せになれるの……?
「独りは……やだよ……」
グランサーフの誇りたるレイピアはスローヴィアの覚悟を乗せ、エカテリーナの胸を貫いた。
その身を貫いた剣が引き抜かれ、エカテリーナは落ちていく。スローヴィアはエカテリーナを見下ろすこともせず、前を向いて自身の背負う名を叫ぶ。栄えある名家、グランサーフの名を。
私の、守りたいモノ……。
遠退いていく意識の中、エカテリーナは答えを探した。強くなり、勉強をして知識を蓄えるだけだった学校生活がこの日を境に変わり始める。独りよがりだった優しさを、誰かと交わることで変えていこう。生きる意味を、私の幸せを探そう。
それが彼女の決心だった。
~小学校入学編~
了
入学編はここまでです。次章は一旦エカテリーナの出番は途切れて「魔界創世編」となります。大まかなプロット作成の為に数日更新が止まりますので、この間に読了下さった方はこのままスクロールして評価や感想をポチポチッとしてくださると嬉しいです。
では、次章予告。
「魔界創世編」
魔界の祖であり、天界を追放された堕天使、ルシファー。
彼もまた、天界では異常な存在として生まれ落ちていた。
魔界が作り出された理由、魔族のルーツ、魔族の倫理観ではあろうはずもない社会の成立、そしてかつてあった人間界と魔界との大戦の歴史。
全てが今、紐解かれる。




