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「獣道を征く」

 





 開幕の合図とともにレイピアを抜き放ち、スローヴィアは前へと跳ぶ。


 一瞬で射程範囲内に捉えたエカテリーナを、連続した突きで殺しにかかる。魔力をまとわせたレイピアは触れれば肉を切り、刺されば深く抉るだけの威力を持つ。


 無論、エカテリーナもただ黙ってやられるわけがない。後方へと跳ぶことで攻撃から逃れ、下級魔法で牽制しながら叫ぶ。


「そんなモノ! 早く手放してよスローヴィア!」

「バカなことを!」

「それに憑いてるモノが危ないのは解ってるでしょ!」


 魔力を宿し、切れ味を増した刃がエカテリーナを貫かんと何度も突き出される。即死狙いの頭、手数を減らす為の肩、動きを止める脚……1対1で助けのないこの状況では、いずれがヒットしても敗北に直結する。


 それらを出来る限り余裕を持って回避しながら、エカテリーナは隙を見て魔法(シェイド)を放っていく。


「わたくしはその危険なモノを凌駕りょうがし、従えたのですわ!」

「従ってるフリをしてるだけだよ! きっといつか裏切られる!」


 スローヴィアの身を案じ、心配しての言葉。殺し合いという極限状態で咄嗟に発された本音。


 それが、スローヴィアの神経を逆撫でする。


「そんなのは当然のことですわ! だからこそわたくしは強くなる! 真に従えてみせるのですわ!」

「1歩間違えば死んじゃうとしても!?」

「愚問ですわ、ねッ!」


 切っ先を真っ直ぐ心臓へ向け、剣の先からレーザーのように研ぎ澄まされた魔力を一閃、放つ。


 直接突くよりも圧倒的に速いそれを、エカテリーナは細い身を素早く捻ってかわす。そこへすかさずスローヴィアは脚を狙って渾身の刺突を繰り出した。


 エカテリーナは上へと飛ぶ。翼を使って跳躍した高さを利用し、そのまま飛翔へと移行。スローヴィアも風の魔力で飛翔し、戦いの場は空へと移される。


「死んでもいいわけなんてない!」

「あら、それをこの戦いで示すんじゃなかったんですの?」

「っ! 当然ッ!」


 逃げるように飛び回りながら、エカテリーナは闇の魔力を両手に作り出し、形を固定していく。


 中級魔法デスサイス。本来なら彼女の身長より遥かに大きなそれを、取り回し重視で自身の身長よりやや大きい程度の大きさで作り出す。


 一撃で生命を刈り取る死神の鎌を振り向きざまに薙ぐ。デスサイスの形成を目にしたスローヴィアはすぐさま急停止、直撃を免れた。


 細かい動きに対応しやすい代わりに浅く入ったところで大したダメージに繋がらないレイピアと、大振りになりやすいが射程も面として広く空間ごと削るようにダメージを与える大鎌。


 2人は互いの様子を窺いながら、じりじりと距離感を探る。


 膠着こうちゃくした戦況の中、先に動いたのはエカテリーナだった。鋭く息を吐き、真正面から一気に詰め寄る。


 そして、冷たく研ぎ澄ました殺意をスローヴィアに向けながら、大振りなモーションで袈裟斬りにデスサイスを振り下ろした。


 今のスローヴィアなら簡単にかわせる程に隙の大きなモーション。振り上げられた腕の方へと身を躍らせて、くぐるように斬撃から逃れる。


 至近に迫った首筋に刃を突き刺すようにスローヴィアが狙いを定めた時、それは起こった。


 突如、デスサイスが雲散霧消する。形を固定する為に注がれていた魔力の供給が止まり、行き場を失った魔力の霧がスローヴィアを包む。


「くっ……!」


 視界を奪われたスローヴィアは危険を予見して後方へと大きく距離を取る。だが、闇を抜けた時にスローヴィアが最初に見たのは正面から迫る黒い弾丸の雨。


 霧となって辺りを漂い始めた闇が、スローヴィアが後方へと下がった瞬間に無数の弾丸の形を得、驟雨しゅううとなって降り注いだのだ。


「しまっ……!」


 自身の失策に気づいて後悔の声をあげるが、既に遅い。至近に迫ったそれに、スローヴィアは瞬間的に死を悟った。


 しかし弾丸は、スローヴィアの肌に触れる手前で弾かれる。速度をもって少女の身体を穿うがちにきていた細かな粒は、そのほとんどが身に当たることなく魔力の壁に阻まれ消えた。


『我が輩がいなかったら負けておったな』


 スローヴィアの頭に、低く重たい声が響き渡る。細かく個々の威力が低い攻撃は、不意を突かれたガイニスの咄嗟の防壁でも防ぐには十分で、脇腹を掠めた以外の傷はスローヴィアにはない。


 が、その脇腹には朱い染みが出来ており、スローヴィアが痛みを表情に出さないよう食い縛っても、ダメージを受けたのが明白な状態となっている。


(守るのならきちんと守りなさいな。まったく愚図ぐずな男ですわ)

『フハハ! 相変わらず態度だけは大きい小娘よな!』


 スローヴィアには強さが足りない。ガイニスの力を借りてようやくエカテリーナと互角であり、そうでなければ一瞬で敗北していることはスローヴィア自身が一番よく解っている。


 いくらスローヴィアが悔しがろうが、それが真実。最初の対決の時から今も変わらない絶対的な実力差。


 だからスローヴィアは、態度だけは誇り高きグランサーフの娘であり続けると決めた。レイピアに宿るガイニスの力が本物であると解った時から。


 死ぬわけにはいかない。だが彼女は、自分を殺せる者など存在しないと言い聞かせながら進むしかない。たとえそれが、どんなに危険な道であろうとも。


 そうでもしなければ追いつくことなど到底出来ない。それがエカテリーナ・テレサという少女であり、スローヴィアが越えたいと願う目標であった。


「わたくしよりも上に立つなど許しませんわ…………貴女だけは……貴女だけはッ!」


 散々傷つけられたプライド。スローヴィアの目の前に立ちはだかったのは生まれながらのエリートでもなんでもない少女。平凡な庶民の家に生まれた、平凡な種族の娘。


 魔族としての善悪も解らぬような、態度の悪いCクラスの落ちこぼれ。そんなのがスローヴィアに説教までしようというのだから、これがスローヴィアにとって屈辱でなくてなんだというのか。


 再び大鎌を形成し、目だけは殺しを好む魔族のように冷たくした少女を、スローヴィアは対照的に燃えるような目で貫く。


(エカテリーナ……絶対に許しませんわ!)

『小娘、貴様があれをそんなに敵視する理由とは一体なんだ』


 そんなもの、決まってますわ。


 誇り高きグランサーフ家の娘が、魔族の風上にも置けない不良ごときに劣るなど、あってはならないことだからですわ!


『だが、あれは屈伏くっぷくしないだろうな』

(させますわ。どんな手段を持ってしても)

『ククク……なるほど、なるほどなぁ!』


 スローヴィアが出会ってから最も愉快そうに笑っているガイニスを余所よそに、2人の少女は再び戦いの気を高めていく。


 そして、少女が動いた。






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