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「否定と同類と」

 





「エカテリーナは生きてて楽しい?」

「もちろん楽しいよ?」

「じゃあさ、どーして悩むのかな」

「どうしてって……」


 悩むことくらい、誰にでもあることなのではないのかとエカテリーナは思っていたが、喜怒哀楽の楽だけを表に出しているクーリャの考えは読み取れない。


「なにを悩むの? 毎日楽しいんでしょ?」

「えっと……ほら。もっと成長しなきゃーとか、その為にはどうしたらいいのかなーとか、そういうこと」

「変だよ」

「うん。自分でも解ってはいるんだけど」

「解ってない」


 クーリャは断じた。その声に込められた有無を言わさぬ響きにエカテリーナは肩を震わせたが、クーリャの表情は楽しくて仕方ないというそれのまま。


「楽しかったらそれでいい。最低限の生活が出来ればそれでいい。それが魔族」

「えっ、でも……立派な魔族になる為に魔法を覚えたり、強くなったりするでしょ?」

「ふふっ♪ エカテリーナは面白い冗談を言うね♪」


 クーリャの紅い瞳が細められる。その奥に宿るは狂気と愉悦。それから、侮蔑と憐憫れんびん


 エカテリーナは何故だかその瞳を直視できず、思わず目を逸らした。


「そんな面倒なこと、するわけないじゃん」


 クーリャは、魔族の根本的な思想を口にする。エカテリーナの両親が言っていたモノとも少し違う、無駄な情の入らない本当の常識。


「立派な魔族とか魔王を目指すならそうだと思うんだ。でもさ、なんで立派な魔族なんか目指さなきゃいけないの?」

「いけないってことはないと思うけど……」

「でしょ? じゃあいいじゃん適当で。今は戦争も起きてないし、そもそも悪事なんてしなくても生きていけるもん」


 だから、


「立派な魔族なんて目指さないのが当たり前。正しいことをし続けるのも楽じゃないし、気楽に生きてくのが一番♪」

「そう……なの?」

「んー? こんなの、子供同士で遊んでたら普通に解ることだよ?」

「あ……」


 それは、エカテリーナには解りえないことだった。その優しさを気味悪がられ、仲間外れにされてきた彼女には。友達がいないことを気にもしようとしなかった彼女には。


「あはっ♪ エカテリーナって、やっぱり友達いないんだ」

「っ! そんなことないもん!」

「そんなことは別にどうでもいいの。問題はね、あなたが「ひたすら間違え続けてる」ってこと」


 クーリャはずい、と顔を近づける。吐息の温度が感じられるほどの距離で、甘く囁く。


「悪いことなんかしたくない、でも努力して成長したい。そのくせ、異常な価値観を治そうとは思わない……このまま行ったら、エカテリーナの未来は1つしかないじゃん?」

「そ、それって……?」

「強さだけの、孤独な魔王だよ。力と恐怖で人々を縛りつける、身勝手な魔王」

「っ!」


 誰にも共感されない、身勝手な魔王。おそれと恐怖だけを抱かれ、寄ってくる者も力だけが目当ての者達。


 努力で得たものであろうと、力さえあれば魔界の支配は可能かもしれない。エカテリーナには生まれもった努力の才があり、彼女がこのまま強くなる努力をしていけば、数多の魔族の頂点を狙うことだって不可能ではない。


 だが、エカテリーナは強いだけの魔王という言葉に嫌悪感を抱いた。理由など、言うまでもない。


「独りでもいいの? 気楽に、皆と仲良く適当に生きたらいいじゃん。でも、そのどちらもエカテリーナは嫌なんでしょ?」

「…………」


 図星をつかれたエカテリーナは言葉を返せなかった。クーリャの言い分は正論で、常識で、魔界で上手くやっていく術。


「ふふっ、可愛いんだ。ちょっと泣きそうな顔してる」

「なっ、違っ!」

「だからさ、あたしと仲良くしよ?」

「…………え?」


 あまりに唐突で、予想外の言葉。クーリャはただただ楽しそうに心を紡ぎ出していく。


「実はあたしもあなたと同じ。自分が異常だと解ってても、自分の気持ちに嘘がけないの」

「え、でもさっきまで」

「魔族としての心はホント。エカテリーナは頭がおかしいと思ってるのもホント」

「あ、うん……」


 心に迷いを抱え、どうするべきかが解らず、生きる意味を探している。


 弱い部分を持つもの同士は惹かれ合う。力なき魔族が身を寄せ合い、社会を形成したように。弱さを補う為、少女達も手を取り合う。


「だから、友達。ていうか同類、かな」

「同類……」

「そ。あなたもあたしも、魔界の常識と自分の気持ちがちぐはぐで、バランスが上手く取れない。だから、同類」


 クーリャが手を差し出す。思えば、魔界の常識に即した一般的な子供とこんなに話したのはこれが初めてだとエカテリーナは気がつく。常識的な感性で、クーリャはエカテリーナの人格も悩みも否定した。正直に、おかしいと言ってきた。そして今は、手を差し伸べてくれている。きっと、クーリャ自身の利益の為に。


 躊躇ためらいなく、エカテリーナはその白い手を握った。子供特有の、ぷにっとした肉感が伝わってくる。


「よろしくね、クーリャ」

「よろしくっ♪」


 クーリャの花が開いたような笑顔に、やはり違和感がある。ずっと感じていた違和感だが、ついぞここまで理由は判明していない。


「クーリャも、何か悩んでるの?」

「悩んではいないけど、将来どうしようかなーとはちょっとね。あたし、自分に正直だから別にこのままでもいいんだけど」


 答えを微妙に外した、はぐらかすような答え。彼女は何かを隠している。エカテリーナはそう判断する。同時に、それが彼女の放つ違和感の正体だろうとも。


 そこで、出入口の開く音が彼女らの耳に届いた。半ば反射的にそちらを見れば、入ってきたのはヴァイオラスと、彼にお姫様抱っこされているスローヴィアだった。抱かれている割に、彼女はほとんど無傷と言える状態だった。


 スローヴィアは少し恥ずかしそうにヴァイオラスをチラチラ見ていたが、じーっと見つめる2人の視線に気づくと急にあたふたしだした。


「ち、違いますわ! これはこの男が無理矢理!」

「へぇ~♪」

「なんですのその目は!?」


 強引にヴァイオラスの腕から逃れ、スローヴィアは自分の足で立つ。顔は赤くなっていたが、身体の方は誰の目から見ても快調そのものだった。


 その様子に安心しながらもスローヴィアを意識的に無視するエカテリーナが、ふと気づく。


「先生、他の子はどうしたんですか?」


 スローヴィアは11人を相手にしていたとクーリャは言った。その11人は運び込まれておらず、もしやスローヴィアは負けたのかと予想をつける。


 ヴァイオラスは耳をしょぼんと垂らしながら口を開く。


「数が多かったからな。その場で治療して全員控え室に寝かせてきた」


 蘇生されるとはいえ、野戦病棟かと思った。と付け加える。全員を運ぶのは大変だし、勝者にだけは蘇生の効果がもたらされず、治療を要する。だからスローヴィアだけがここまで連れてこられたのだが。


 そんなスローヴィアも意識的にエカテリーナを無視し、クーリャを挑発的な目で刺している。


「貴女、もう優勝はあり得ませんわよ?」

「んー、そうかもね」

「棄権するなら今の内ですわよ」


 あからさまな挑発に、クーリャは顔色ひとつ変えない。にこやかに「どーしよっかな~♪」なんて言っている。


 スローヴィアに対する腹立たしさと気まずさの抜けないエカテリーナは、ヴァイオラスの異変に目を留めた。


 ヴァイオラスの耳が、嬉しそうに屹立きつりつしない。アクリアと同じように、彼もまた感情が耳に表れやすい。小さな女の子が話しているのに、その耳は少ししょんぼり、2人を眺めている目……特にクーリャに目を向ける時に、複雑な気持ちが垣間見えた。


「先生、クーリャがどうかしたんですか?」

「いや、大した完成度だと思ってな」

「何がですか?」


 意味が解らず、エカテリーナは首を傾げる。同時にスローヴィアも話すのをやめ、ヴァイオラスに疑問の目を向けた。クーリャは、変わらず楽しそうにしている。


 ヴァイオラスは「聞いてないのか……」と呟き、なんとも言えない複雑な顔で眼鏡のブリッジをついと持ち上げる。


「その子……クーリャは男だぞ」

「「…………………………は?」」


 エカテリーナとスローヴィアの声がハモる。エカテリーナは頭の中でその言葉を反芻はんすうし、クーリャを凝視し、もう1度ヴァイオラスの言葉を心の中で再生。


「「ええええぇぇぇぇぇ!?」」


 そしてまたハモる。変な汗をかいていることを自覚しながら、問題の吸血鬼に詰め寄る。


「どういうこと!? なんで男の子なのにそんな、女の子みたい、えぇ!?」

「あはは♪ あたし言ったじゃん、「異常だと解ってても、自分の気持ちに嘘が吐けない」って」

「そういう意味だったの!?」


 一般的な魔族の感性を持った吸血鬼は、エカテリーナと同じ、迷える者。


 未来に迷う者と性別に迷う者。彼女達は手を携え、ほんの小さな勢力となった。これが、エカテリーナの未来を定める始まりだったのだと彼女が知るのは、まだ先のことである。







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