「彼女の異常性」
「うーん?」
エカテリーナは、保健室のベッドの上で首を捻る。両隣ではダークエルフの少女とケンタウロスの少年が寝かされており、他には誰もいない。
『俺は、ただ単純に子供が好きだ』
保健室を去る時にヴァイオラスが残した言葉。その意味は理解できても、何故それを今エカテリーナに言ったのか。彼女にはその真意が見えてこなかった。
ヴァイオラスは、給料がいいからこの仕事をしていると言った。だがエカテリーナがその答えでは微妙に納得しなかったことに彼は気づき、その言葉を残した。
(子供が好き……お給料もだけど、好きなことも出来てるってこと?)
小さい頭で、懸命に想像を巡らせる。エカテリーナにとっては他人に優しくしたり、その辺にポイ捨てされているゴミを拾ってみたりということは自然なこと。好きでやっているのであって、苦ではない。
しかし、同時にそれはおかしなことだというのも知っている。魔族にとってはそれらは不謹慎、面倒。やらされたら苦に決まっている。
ならそれが、ヴァイオラスにも言えるとしたら? 一見面倒で嫌そうなことでも、その人にとっては好きだからやっているだけ。好みなど、人それぞれ違うのだから。
(私は私でいいのかな……)
広い魔界で、自分だけが周りと違うのではないかという孤独感。それが消えることはない。だが、彼女の心から厚い雲を取り払うのには十分すぎるほど、人それぞれだという考え方は頼もしかった。
白い布団を被って横になり、目を閉じてみる。思い浮かぶ、両親やディロン、カトルの顔。彼らにもそれぞれの好みがあって、自分の心のままに生きているのだろうか。
自分も、好きなことをして心のままに生きていけば、生きていく意味が見つかるのだろうか。ディロンが言った「他人に幸せを与えたければ、まず自分が幸せになれ」というのは、そういう意味もあったのだろうか。
気分は少し楽になったが、自分がどうなりたいのかは、結局よく解らなかった。
彼女が思い詰めることなく、なんとなく考え始めた頃。保健室のドアがガラガラと開かれた。
まだ何分も経ってないのに、もうヴァイオラスが戻ってきたのかとエカテリーナが身を起こせば、そこには長い黒髪の少女がいた。
見た目は完全に人間の少女。だが、瞳だけが異常に紅い、異常な少女。
彼女は軽い足取りで真っ直ぐエカテリーナに近づいてくる。血のように紅い目が、心を吸い込むようにエカテリーナを見据えている。
「あなたは……」
「ふふ♪ こんにちは、エカテリーナ♪」
「こんにちは。どうして私の名前を?」
年齢の割には舌の回り方のしっかりした、落ち着きのある声。それが、楽しそうに弾んでいる。
「あなた有名人だもん。そりゃ知ってるよ」
黒髪の少女は心から楽しそうに笑っていたが、エカテリーナは何故かその姿に違和感を覚えた。
その目の赤さ以外に、おかしな点はない。ないはずなのだが、何かがおかしいと感じられて仕方なかった。
違和感の正体を探る間も与えず、長い黒髪の少女は勝手に話を進めていく。
「あたしはクーリャ・ジザッパーっていうの。よろしくね♪」
「私は……って、知ってるか。よろしくね、クーリャ」
屈託のない笑顔から、ちょっとあざとい仕草から、違和感がひしひしと伝わってくる。なのにそれがなんなのか判明せず、喉の奥に小骨が引っ掛かっているような気持ち悪さがあった。
「あのね、なんか金髪の子が「全員まとめてかかって来なさいですのことよ~」とか言って、皆本気にしちゃったみたいなの」
「金髪……スローヴィア?」
「そー、スローヴィア。多分今頑張ってると思うんだ~」
つまり、今は何故か多対一の状況となっているということ。スローヴィアが勝てるかどうかは心配だったが、またそんな無茶をしていることに対して腹が立ってくる。
「じゃあ……もう対戦相手がいないの?」
「うん、あたしはそんなの興味なかったから、こっちに遊びに来ちゃった」
「ふうん?」
「それでね、お願いがあるの」
妙にわざとらしくしなを作り、胸の前で手を合わせてお願いポーズ。あざといことこの上ない。そして、違和感はさらに大きくエカテリーナをモヤモヤさせる。
「なにかな?」
「あなたの血、吸わせて♪」
「……吸血鬼?」
吸血鬼。他人の血を吸うことで一時的にパワーアップし、大きな力を得ることが出来るのが特徴の種族。
ただ、この場で血を吸いたがる意味もないように見えるのだが。
「まあ、いいよ」
「わーい♪ じゃあ早速……」
様々な種族が寝かせられるように大きく作られた白いベッドに乗っかってくる。四つん這いで迫ってくる彼女が、妙に色っぽかった。……色っぽく見えたことが、今までで最も異様に感じられた。
クーリャはエカテリーナの首筋に顔を近づけ、匂いを嗅いでいる。
「すんすん……いい匂い」
「ひぁんっ!? くすぐったいよぉ」
「ふふっ、エカテリーナ可愛い♪ じゃあ、いただきまーす♪」
エカテリーナの首筋に、吸血鬼の牙が突き立てられる。血が吸い取られる感覚に、エカテリーナの背を寒気が走る。
「ん……ちゅっ……♪」
「ふぁっ…………んぅ……」
絡み合う少女達の吐息が、静かな保健室に響く。が、クーリャは長く吸血行為を行わず、首元から顔を離す。唾液の混ざった血が糸を引く。
大した量も吸わず、クーリャは満足そうに妖艶な微笑みを浮かべる。
「ごちそうさま♪」
「はぁ……ふぅ……」
「そんなに気持ちよかった?」
「気持ちよかった……のかなあ?」
エカテリーナはその感覚を深く考えるのをやめた。不快感はなかったものの、血を抜かれる感覚はそう何度も味わいたいモノではなかった。
クーリャは長い髪をかき上げる。そんな必要もないのに、わざわざしているかのように。
「エカテリーナの血の味はね」
「うん?」
「すごく美味しくない」
「え……と、ごめんね?」
とりあえず謝罪。が、クーリャからは責めている雰囲気は全く感じられない。吸血鬼の紅い目が、愉快気に笑う。
「あたしね、血を吸うとその人のことが解るんだ」
「う、うん」
「こんなに美味しくない血は初めて」
クーリャは何が言いたいのか。先ほど振り払ったはずの暗雲が、再びエカテリーナの心を覆い始める。少女の黒髪が、瞳が、底なしの恐ろしさを感じさせる。
「変な味……まるで、魔族じゃないみたい」
吸血鬼が、エカテリーナの心の形を知らしめる。歪んだ命として生まれ落ちたエカテリーナに、真っ向から魔族の在り方を教え込むように。彼女の存在そのものを、否定するかのように。




