「無双の令嬢」
「これで2人ですわっ!」
音速で突き出されるレイピアがアラクネの少年の首を捉える。断末魔を発することも出来ぬまま絶命した少年を無数の葉が包み込み、蘇生させる。
突如決まった多対一の試合に、会場は大いに沸いていた。11もの波状攻撃がたった1人にかすりもせず、防がれ、かわされ、反撃を許す。
既に風竜とアラクネが脱落。審判であるエノによって回収され、残りは9人。
背を取られることのないよう足を止めないスローヴィアの目に映るのは、至近に迫るデュラハンの剣。すれ違うように振るわれるそれを身を屈めてかわし、再び駆ける。
寸分の猶予もなく、正面に待ち構えていたオーガの両腕が降り下ろされた。頭を一撃で潰さんとする質量と勢いに向け、むしろスローヴィアは魔力をかけて加速する。
地に叩き付けられる剛腕の下を潜り、巨体であるオーガの股下を、身を浮かせて飛翔。一気に抜ける。誰も予想し得なかったその回避ルートに、スローヴィアに放たれていた攻撃が途切れる。
飛翔したまま強引に身を捻って瞬時に振り返り、炎を放射してオーガの背を焼く。
『あと8人だな、小娘よ』
低空を飛行しながら視認したのは、離れた位置から魔力で戦闘をサポートしていた悪魔の少年。今も近接戦闘を繰り広げていたグループからはぐれていた、目標を彼に設定し、着地して全力疾走。速度をもって殺しに行く。
無論、相手もそれに気づかないわけがない。何かしらのアイテムで増幅させた魔力を溜め、迎撃の姿勢をとっていた。
さらに、スローヴィアの左。地を疾風の如く走るフェンリルと、空を暴風のように翔ぶグリフォンが迫る。彼ら自慢の速度でスローヴィアを切り裂かんと、明確な狩りの意思を放っている。
魔法よりも先に自分に届く鋭い爪へと目先の目標を変え、跳び上がって縦に振られるフェンリルの爪を身を横に躍らせなんなくかわす。かわしたと思った。
『む、まだだ!』
ガイニスが叫ぶと同時、振り下ろされていたはずの前足が途中で異常な軌道修正。あろうことか、勢いはそのままで真横に薙がれた。
なんらかの異能か。それはスローヴィアには解らないが、反射的に膝を折り曲げ、すねを地につけながら仰向けに倒れる。スローヴィアの胸の上すれすれを爪が通過。
無防備になったその首を狙い、わざと頸部を掠めるようにレイピアを突き出す。皮と血管を裂かれ、赤い飛沫を吹きながらフェンリルが自らの跳び込みの勢いで転がっていく。
仰向けに寝た体勢のスローヴィアにすかさずグリフォンが迫り、覆い被さるように爪を突き出す。回避不能な体勢に、防御すれば押さえつけられ、身体を固定される攻撃。
「くっ!」
『身体を借りるぞ小娘ッ!』
焦り、対処しきれないスローヴィアに代わり、ガイニスがスローヴィアの身体を操作する。
レイピアを地に突き立て、ガイニスの魔力が地面に干渉。スローヴィアのすぐ側から巨大な土の槍が突き出され 、グリフォンを貫きながら遥かへと吹き飛ばす。
両手をついて跳ね起き、急ぎレイピアを引き抜く。
(助かりましたわ)
『気を抜くでないわ。来るぞ』
最初にスローヴィアが狙いを定めた悪魔が、魔法の構築を終えている。突き出された両手から展開された円形の魔法陣が、黒く輝く魔力の粒子を無造作に撒き散らす。
『大技だな、他の連中は逃げておろう』
(だったらッ!)
行く。レイピアに魔力を纏わせ、真正面から突っ込む。
魔法陣から、魔力の奔流が流れ出る。闇が無数の剣の形をとって撃ち出される。撃ち出された剣は1度広がり、収束するように金色の悪魔を四方八方から襲う。
それらを神速の剣戟で弾き、斬り裂き、道なき道を拓く。速度を落とすことなく、真っ直ぐに突き進んでいく。彼女の行く手を阻む全てを、スローヴィアは許さない。
彼我の距離がほんの数秒で詰まる。アイテムを使った大掛かりな魔法の中から、スローヴィアは魔法陣へ魔力を込めた突きを繰り出す。
精霊の力を宿した突きは、まるで紙でも貫くようにあっさりと魔法陣を抜き、術者へ突き刺さる。肉や臓器を押し破る感覚がスローヴィアの手に伝わり、少し眉をしかめた。構築されていた魔法は魔力の供給を失い、霧散する。
素早く振り向けば、遥か遠くに緊張感溢れるエリート達の姿。リザードマン、スライム、水竜、竜人、デュラハン。その数は、いとも簡単に半分になってしまった。彼らは警戒し、集まってスローヴィアの出方を窺っている。
(デュラハンが厄介ですわね……)
『鎧か? そんなもの、生首を直接狙えばよかろう』
(的が小さいんですのよ)
『甘えたことを言う娘よ』
ついでに、スローヴィアにはスライムの能力も解らない。開幕から何かをしてくる様子もなく、ただのろのろと逃げ回るだけ。
(直接触れようとしている……?)
『スライム族は身体から酸を出すからなぁ』
スローヴィアは素早く頭を回転させ、狙いを絞る。空を飛べて立体的な動きが出来る水竜は後回し。まずはリザードマンと竜人とデュラハン。
息を整えるようにゆっくりと歩み寄り、しかし徐々に速度を増し、全力疾走。固まって迎撃しようとする彼らの前衛は、リザードマンとデュラハンと竜人。
殺気を込め、気迫をもって近づいていく。相手を殺すことだけを考えて疾走し、刃に力を宿していく。
その悪鬼の如き少女に、前衛として受け止めるべき彼らは怯んだ。死をもたらす悪魔。首筋に死神の鎌を当てられるような明確な殺意に、まだ子供である彼らは完全に呑まれた。
『いつぞやの貴様のようだな』
(人の記憶を勝手に覗くんじゃありませんわ)
恐怖で一瞬動きを止めたリザードマンの頭部を貫き、同時に左手から放つ火の魔力で、デュラハンの腕に抱かれる彼の生首を焼き払う。
リザードマンに突き刺さるレイピアを横向きに捻り、竜人の方へ振り払う。恐怖の表情が目に映るが、関係ない。首筋を一閃し、竜人の胴と頭を別つ。
直後、スローヴィアの視界に映ったのはスライム。彼女が警戒を怠っていたわけではない。ただ、スライムが気配なく近づいただけ。攻撃の気配に全く気づけなかったスローヴィアに回避する余裕はなく、身体を捻りながら風の魔力で無理矢理軌道を逸らそうとする。
だが、一瞬反応が遅い。スライムはスローヴィアの左肩に激突し、酸を放った。焦げ臭い臭いがスローヴィアの鼻を刺激し、同時に焼けるような激しい痛みが彼女を襲う。
「くぅあぁぁっ!」
肉が着衣もろとも溶け、血がしたたっている。一部は骨までもが露出しており、神経を焼き切るような激痛にスローヴィアは思わず片膝を折る。
その隙を突いて、水竜が上空から水を吐き出す。痛みに意識が持っていかれそうになっているスローヴィアに代わって、ガイニスがそれを水の魔力で防ぐ。
『どうした小娘。もうギブアップか!』
「バカなことを言うんじゃ……ありませんわッ!」
ガイニスへの答えを叫ぶ。ダメージに震える身体を精神で支え、炎で乱暴にスライムを包み込む。残るは、上空から攻撃してくる水竜のみ。
左肩の痛みで、飛翔など出来る状態ではない。水竜のブレスとして幾度も吐き出される水弾を魔力でかき消していく。
水竜が、隙を見て一際大きな水弾を放った。スローヴィアの視界一杯に映る水を、彼女は怯むことなく風を纏うレイピアを逆袈裟に払うことで細かな飛沫に変える。
大きなブレスを放った反動でまだ次のブレスの準備が済んでいない水竜を捉えた彼女は、剣を素早く逆手に持ち換え、鋭い風を宿らせる。左足を浮かせ、右足に体重をかけていく。
その挙動にもしやの不安を覚えたガイニスが、珍しく慌てた様子でスローヴィアに声をかけた。
『おい小娘、まさか貴様!?』
スローヴィアを苛む激痛は続いていて、意識を失わないことにガイニスの声は貢献してはいたが、それを彼女は今回無視した。
投げる。槍投げの要領で投擲された銀の閃きは、道を違えることなく上空の水竜を殺しに行く。
「行きなさいな!」
(我が輩を投げるなバカ者おおおぉぉぉぉ!)
ガイニスの叫びも虚しく、精霊の意思が宿ったグランサーフの剣は、空飛ぶ蛇の頭を串刺しにした。絶命した水色の蛇が墜落し、誇りある輝きが砂煙の中に堂々と突き立つ。
スローヴィアは歩み寄り、それを引き抜いた。直後足下で、葉の効力による蘇生が始まっていた。痛みを堪えながらもそんなことはおくびにも出さぬ凛々しい顔。レイピアを天高く掲げた堂々たる立ち姿で、スローヴィアはその宣言を静かに聞く。
「勝者、スローヴィア・グランサーフ!」
その場にいた誰もが、スローヴィアを認め、称え、魔族でありながら、惜しみない拍手を誇り高きグランサーフの娘に送った。




