「不動の悪魔、揺らぐサキュバス」
「まとめて……だと?」
信じられないモノ……もといバカを見る目でオーガの少年が問う。この場にいるのはスローヴィアを含めて13人。12対1など、普通に考えて正気の沙汰ではない。
不遜な腕組みをし、スローヴィアは選手として集められた生徒全員を睥睨する。その姿は自信に溢れ、本気で複数人を相手にするつもりなのは明白だった。
その姿を見た選手は口々に意見を口にする。
「コイツがお望みなんだ、やってやってもいい」
「負け犬に今度こそ身の程を解らせてやるよ」
「トカゲより先に終わらせてやろうか」
「僕も参加しよっかなぁ、待ってるの退屈ぅ」
「某も参加させてもらおう。その自信の根拠、拝見する」
オーガ、リザードマン、水竜、アラクネ、デュラハンは真っ先に多対一の試合への参加を表明する。残りの選手は悩んでいるのか、口を開きはしない。
『5対1、自信はあるのか?』
(愚問ですわ)
『ま、戦うのはほとんど我が輩だからな』
(ふん、それも今だけですわ)
結局、残りの選手も悩んだ挙げ句、人間の少女(に見える魔族)以外は全員でスローヴィアに挑むことになった。
オーガ、リザードマン、水竜、風竜、デュラハン、アラクネ、竜人、スライム、グリフォン、フェンリル、悪魔。その誰もが選手として選出されたエリートであり、当然並の実力ではない。
対し、スローヴィアは1人。無理矢理ガイニスを頭数としてカウントしたとしても2人にしかならない。しかしそれでも、スローヴィアは威風堂々、真っ向から全員を見据えているし、ガイニスも呑気に豪快な笑い声をあげるばかり。
黒髪の少女と校長だけを控え室に残し、選手達が闘技エリアへと向かった。
薬の臭いの充満する、白を基調とした広めの部屋。小学校内でのケガ人の治療を目的としたその部屋に、新たな客が担ぎ込まれる。
ケンタウロスの少年。無傷でありながらも意識を失ったその魔族が、ぞんざいな抱えられ方でこの部屋の主に連れてこられ、適当に寝かされる。素手で、しかも1人で運んできたイケメンのワーウルフは、自分の腰を軽く叩く。
「やってられんな」
「お疲れさまです」
ここへ来るなり即座にベッドに寝かされて丁寧に治療されたエカテリーナが労うと、彼は一瞬頬を緩めた。
知性派イケメンでありながら、残念なほどロリコンの保健医。名を、ヴァイオラス・オブソンという。
ヴァイオラスはケンタウロスの少年に傷がないか、呼吸は安定しているかを一応確認し、それが済むと爽やかな笑顔をエカテリーナに向けた。
「これが仕事だからな」
「先生は、どうしてこんなお仕事をされてるんですか?」
エカテリーナの疑問。教師なんて仕事は対人職。つまるところ面倒なことに違いなく、普通の魔族なら選ばないであろうそんな仕事を選んだのか。エカテリーナには解らなかった。
ヴァイオラスは悩む素振りも逡巡も見せない。頭頂部に生える狼の耳を忙しなくぴょこぴょこさせながら、顔はあくまで真剣に答える。
「給料がいいから、だな」
「お給料ですか?」
「ああ。条件がよくなかったら、こんな仕事するわけがない」
エカテリーナにとって、それはちょっと期待外れな答えだった。
彼女の父は畑で野菜を育てたり、時おり外に出て草食モンスターを狩ってきて、それらを食べたり売ったりして日々の糧としていた。
父が仕事をしていたのは、そうしないと最低限の生活にすら困るから。最低限の仕事をし、休める時には休み、たまには遊ぶ。「仕事をしなくて済むなら俺はしない」と、常々漏らしていたものだ。
だから、自分以外の傷を癒すという仕事を選んだきっかけや、その仕事を続けられている理由は、もっと高尚なモノだとエカテリーナは考えていた。
やりがいがあるからとか。傷を癒して感謝されることが素敵だと思えたからとか。痛みを少しでもやわらげてあげられるからとか。
要するに、自分と同じ感性の魔族が他にもいるんじゃないか。そんな淡い期待を勝手に抱いて、あっさり打ち砕かれた。それだけの話。
「そう、ですよね」
「納得いかないという顔だな」
「……少しだけ」
エカテリーナは心の内を話したかったが、ヴァイオラスにも仕事があることを気にして遠慮する。今日は彼も特に忙しい。
つい、表情が曇る。未だに見つかることのない、生きる理由。何を志し、どんな大人になりたいのか。大事な人達を護れるくらい強くなったとして、それをどう生かしたいのか。
ただ生きて、ただ勉強して、ただ強くなる。それが今のエカテリーナの日常で、それはそれでかけがえのない、楽しい日々だと自覚している。
だが、エカテリーナには明確な将来の夢がない。単純で、しかしそれゆえに根の深い悩み。
普通の魔族は将来の夢などないのが当たり前で、自身の種族特性を生かせそうな適当な職につくか、さもなければ田舎に帰って自給自足か。
野心家、かつ実力もある者は時々人間界に攻め入り支配しようとするが、結局人間界を落としたなんてニュースが舞い込むこともない。野心や夢や目標など、魔族には基本的にない。のんびり、適当に暮らせればそれでよいのだから。
だが、エカテリーナは自身に夢がないことを気にした。どんな仕事なら、誰かに幸せを分けてあげられるのか。どんな魔族を目指せばいいのか。
それを手探りで探るのは、深い暗闇に独り取り残されているようで。独りで悩む夜は、不安が霧の中から手を伸ばして、全身に絡み付いてくるような感覚さえ覚えた。
「どうした? 具合が悪そうだが」
「あっ……いえ、大丈夫です」
ヴァイオラスに声をかけられて初めて、自分が思い詰めていたことに気づき、ハッとする。
意図せず彼に甘えてしまったように思え、申し訳なさと恥ずかしさがエカテリーナの頬に淡い朱を入れた。
それを認識してか、ヴァイオラスが不意に立ち上がる。言葉を持たぬままつかつかと出入口に歩み寄り、しかし扉を開けたところで彼は名残惜しそうに立ち止まる。
「……俺は」
「……?」
幼女と会話が出来る時間、という誘惑に負けない為か、エカテリーナには目を向けないまま、ヴァイオラスは独り言のように呟く。
「俺は、ただ単純に子供が好きだ」
それだけ言い残して、あっさりと保健医は部屋から出ていく。子供好きを宣言し、エカテリーナに聞かせただけ。
「どういう意味だろう……?」
傷の癒えたエカテリーナは、白いベッドの上で首をひねるばかりだった。




