「圧倒的な力」
宙で意識を失ったサラを葉が包む。一見するとサラの身体から大量の葉が現れたように見える。
緑の繭は落下の勢いを殺しながらふわりと地に降り立つ。そして葉は風に溶けて消え去り、眠ってはいるものの、無傷のダークエルフが現れた。
審判のアラクネ、エノが客席に声を届ける。
「試合終了! 勝者、エカテリーナ・テレサ!」
おおおおぉぉ! という大きな歓声に勝利の安堵を得て、エカテリーナはぺたんと座り込む。
彼女もまた、かなり疲弊している。転移の異能、低レベルながらも連続して使われる魔法、無敵にも思えた防御力。装備品というのは、実力差を容易にひっくり返しかねない。
エカテリーナ自身ズルいとは思うが、それを口には出さない。出してどうなるものでもないし、とりあえず勝ったのだから。
サラが杖とローブとともに、あの保健の先生に抱かれて退場する。エカテリーナの頭に少しの不安がよぎるが、おかしなことはしないだろうと逆に信じている。そんなエカテリーナも、エノに視線で訴えられて退場。ダメージの抜けない身体で、選手控え室に向かった。
エカテリーナが選手控え室に戻ってくると、待ちわびたとばかりに2人の生徒が立ち上がる。
2番のくじを引いた、スローヴィア・グランサーフと、ケンタウロスの少年。2人はエカテリーナと入れ違うように控え室を出る。
隣を歩くケンタウロスを横目で見ながら、スローヴィアは思う。絶対に負けられない。後がなくなってから、初めての衆目の前での試合。汚名を返上する、最初の機会。
『緊張しておるな、小娘』
鞘に収まったレイピアを通し、スローヴィアの頭の中に直接語りかけるように、精霊ガイニスが話しかける。今では、直接柄に触れていなくともある程度近くにあれば彼の声が聞け、彼の力が行使出来るまでになった。
(まさか。いかに素早くケリを付けるか真剣に悩んでいただけですわ)
『クク、無駄と知りながら強がるな小娘』
(人の心を覗くんじゃありませんわ気持ちの悪い)
『おお怖い怖い』
元々きつめのつり目をさらに不機嫌気味につり上げる金髪幼女。スローヴィアがガイニスと繋がりを得て以来、彼が予想以上のおしゃべりだということに、彼女はずっと辟易していた。
闘技エリア。戦いの跡を少し雑にならした形跡のあるそこは、スローヴィアにとっては最初の因縁の地。
今は、関係ありませんわ。
「じゃあ位置につけ、そこな、そこ」
アラクネの女教師が開始位置を示す。ケンタウロスと悪魔が言われるまま10メートルほどの距離に向かい合う。
「赤コーナー、Aクラス、ケンタウロス、ガロン・ネイビー」
それなりの歓声。それを聞いても、ケンタウロスは武士のように静かに目を閉じたまま動かない。
「青コーナー、Aクラス、悪魔、スローヴィア・グランサーフ」
会場から、失笑が漏れた。スローヴィアに突き刺さるのは嘲笑そのもの。負け犬、恥知らず……観客は、明らかに見下した目でしか彼女を見ない。
『小娘よ、悲しそうではないか』
(あの時のわたくしのイメージのまま……想像力に乏しい下々の庶民らしい下卑た視線ですわね)
『我が輩は貴様のそういうところ、嫌いではないな』
(わたくしは貴方が嫌いですわ)
『フフ、フハハハハハ!』
観客に植え付けられているスローヴィアの第一印象。当然それはエカテリーナに負けた時のモノのままであり、それが簡単に消えることはない。
だからこそ、彼女はここにいる。
「葉は潰したな? ……では、試合開始!」
エノの腕が振り下ろされるとほぼ同時。ガロンはスローヴィアの姿をすぐ目の前に認識した。いつの間に抜かれたのか、既に剣は美しい閃きで空気を切り裂いている。翻る金色の輝きと、吸い込まれそうな血の瞳。
「遅いですわ」
「っ!?」
スローヴィアは反応出来ず、防御もままならなかったガロンの横をすれ違うように駆け抜け、抜き放っていたレイピアを優雅な動作で鞘に収める。
『お見事』
金属同士のぶつかる、カチン、という音とともに、ガロンの全身を痛みが襲う。
「ぐああぁぁっ!?」
首筋、肩、脚、腹……ありとあらゆる箇所から鮮血を吹き、ケンタウロスの体躯が横倒しになり、大量の葉に包まれる。一瞬の出来事だった。
「勝者、スローヴィア・グランサーフ!」
観客の小学生達は、何が起きたのか解っていない。無様に負けると予想されていたスローヴィアが立っていて、対戦相手のケンタウロスは倒れている。試合時間、およそ2秒。
ほとんどの生徒が、スローヴィアの動きを認識出来ず、今なお呆けていた。会場から、音が完全に消え去っている。
『……小娘よ』
(言われなくても解ってますわ)
スローヴィアは再びゆっくりとレイピアを抜き、天を突くように掲げる。一息を吸い、下々の民へ向けて彼女は高らかに宣言した。
「わたくしはスローヴィア・グランサーフ! 全てを従える、誇り高き悪魔!」
観衆を惹き付けるのは金色の誇り高き少女。血のように赤い瞳に映るのは、いずれ彼女を畏れ、膝をつく者達。
「この名を、魂に刻みなさい!」
未だ状況を飲み込めないウスノロ共に優雅に背を向け、スローヴィアは闘技エリアを立ち去る。その金の髪がギャラリーの視界から完全にフェードアウトした後、ようやく会場は歓声に沸いた。
あっさりと試合を終えたスローヴィアが控え室に戻ると、少し驚いたような反応を返される。どうしてこんな早く、しかもスローヴィアが。声や視線でなく、空気がそれをスローヴィアに伝える。
(エカテリーナはいませんのね)
『治療でも受けてるのだろうな。寂しいか?』
(お黙りなさいな)
用意されていた椅子に乱暴に腰を下ろす。ヤードの家で暮らす内、粗末なモノや、多少の埃などにはすっかり慣れてしまっていた。スローヴィアの頭の中に直接響くようにガイニスが笑っていたが、それも無視する。
「ほれ、では3番の者」
「うぃー」
「フフ、これは勝ったな」
「あぁ?」
校長に言われて立ち上がったのは、リザードマンと青い竜。軽薄な口調で返事をしたリザードマンに対し、小バカにした目を向ける竜。2人の間に剣呑な雰囲気が流れる。
「トカゲが竜に勝てるものか。フフ」
「プライドだけは一流みてえだな、羽ヘビ」
羽ヘビ、という呼び方に、幾人かが思わず吹き出す。青い竜のその姿を表すのに言い得て妙ではあるが、それを聞いた竜のプライドがそれを許すはずもない。
だが、当人以外にも、静かな怒りをふつふつと煮立たせている者が控え室にいた。足を組んで座り、口を開かず黙ったままだが、確かに怒っている者。
『小娘、貴様は実に解りやすい娘だ。クク……ククク』
(笑うなら我慢せず笑いなさいな薄気味悪い)
『あの水竜が以前の貴様のようだと……ほほう』
(うるさいですわね!)
イライラしていた。水竜の態度はまさにかつての自分のようだと知覚でき、それを客観的に見ている。恥ずかしかったし、見ててイライラするのも当然だった。知らず知らず、足先を揺する。
「この俺様を爬虫類扱いだと……!」
「仲良くやろうや、同類さん」
「ふざけるなよ! この場で殺してやろうか!」
一触即発。さっさと闘技エリアに行って決着をつければいいものを、頭に血が上った彼らはこの場で今にも暴れださんという空気だった。
スローヴィアが立ち上がる。静かな、だが確実な殺気を放ちながら。突然立ち上がった悪魔に、ケンカに発展しかけていた彼らを含めた全員が思わず注目する。
『お? やるのか小娘?』
ガイニスが茶化すのを無視。むしろ、これだけ無視されているのに懲りずに話しかけたりからかうガイニスも大概暇人と言えるのだが。
「見苦しいですわよ庶民」
「んだと?」
「お前こそ恥ずかしくないのか、負け犬スローヴィア」
「態度に気をつけなさいな。わたくしは、ここにいる全員を同時に相手にしてもいいんですのよ?」
彼らだけでなく、控え室にいる選手全員に向けて言い放つ。空気が一変し、明らかな敵意がスローヴィアに集中していたが、校長は止めるどころか、楽しそうにホッホッホと笑っている。
スローヴィアはその敵意に一切怯むことなく、宣言した。
「まとめてかかってきなさいな。わたくしに忠誠を誓わせて差し上げますわ」




