「瞬身のダークエルフ」
闘技エリアの反対側、杖を守るように陣取って構えるサキュバスを見ながら、ダークエルフの少女、サラは思う。
(……私より目立つなんて許さないし)
彼女は、目立つことが好きだった。人々の視線が集まり、自分に突き刺さる感覚。視られているかと思うと、ゾクゾクするような快感が全身を舐め回す。
その快感の正体は最初解らなかった。ただ、魔族として生まれた以上自分に正直に生きるべきだと彼女は考えており、それを自覚してからというもの、どうしたら注目されるかを考えながら生きてきた。
まず彼女は、こっそり魔法の練習をした。こっそりしていたものの、魔力を出せるようになった時点で近所の子供にあっさりバレ、彼女は幼くして魔法の才能があるとたちまち注目を浴びることになったのだが。
気持ちよかった。褒められ、親からは期待の眼差し、子供達からは羨望の視線。そして、自分が世界の中心になったかのような錯覚。
その錯覚が、サラに理解させた。目立つことが、注目されることが好きなのは、世界の中心になれるから。
この快感は、自分が他人の意識をコントロールし、釘付けにしていることへの快感。
支配欲が満たされるから。だから私は目立つことが好きなんだ。……じゃあ、私はどうしたらもっともっと気持ちよくなれる? どんな大人になればいい?
魔界で注目される存在。そんなもの、考えるまでもなく決まっている。魔王だ。
サラ・レイゼナンティアは魔王を目指した。別に強くなくともいい。だが、圧倒的なカリスマを持つ魔王を。そして、魔界のどこを歩いても衆目に晒される快感に、ひたすら身を委ねよう。そう考えていた。
だが、サラは感情を表に出すことが何故か苦手だった。笑おうとしても自然に笑顔は出ず、無表情でいることが多い。
小学校に入学するまで磨いてきた、心を掴むカリスマの技術も、この無表情が仇となってなかなか効果を発揮していない。今なお、勉強中。
……だから。
「……あなたは……許さないし」
聞こえるはずがないと解りながら、その言葉を心に留めておくことは我慢出来ず呟く。
得意属性である水の魔力を手に集め、サラは瞬間転移を準備する。
エカテリーナ・テレサ。魔法が使えて、強くて、女子で、しかも可愛いなんて。
……私とキャラが被ってるし!
サラが、瞬間転移を発動。右手に集めた魔力をそのままに、エカテリーナの左側に前触れもなくワープする。
「っ!」
瞬間転移。ダークエルフ族に極稀に現れる先天的な異能。魔力を消費することで、目で認識している範囲のどこへでも瞬間移動が出来る。欠点は、目に映す必要があるため、遮蔽物があるとその向こうへは行けないこと。それから、
(……1度使うと再使用に時間を要すること)
エカテリーナも慣れてきたか、反応に驚きが少なくなってきていた。サラは拳の形にした右手を真っ直ぐ胸部へ向けて突く。
サラの拳は簡単に受け止められる。魔力で保護された左手に受けられ、逆に闇属性の魔力を叩き込まれる。
衝撃がサラの身体を揺さぶり、ほんの軽い痛みが流れる。だが、致命にはほど遠い。
(……ローブのこと、バレてないし)
サラの纏うローブ。それはただのローブではなく、受けた魔力によるダメージをカットする代物。小学生程度の魔法なら、魔力によるダメージはほぼ0に出来る。
エカテリーナは杖がサラの強さを支える大事なアイテムであることには気づいているが、ダメージが通らないのがローブのせいだとはまだ気づいていない。
転移を何度も見せたせいで、エカテリーナはそれを特に警戒しており、そこにしか目が向いていない。サラにとって転移に対処されるのは都合が悪いが、警戒されるだけであれば好都合だ。
「杖、返してほしい?」
「……当然だし」
「やっぱり、これが魔法を支えてるんだね」
エカテリーナは肩で息をしている。サラが転移すれば、当然エカテリーナは突然の攻撃に対処しなくてはならない。タイミングも方向も予測不能な攻撃に緊張状態がずっと続き、明らかにエカテリーナは疲労していた。
「……あなたは疲れてる。降参するべきだし」
「そっちこそ。この杖がないとどうしようもないでしょ?」
睨みあう。戦況は間違いなく膠着していた。エカテリーナの魔法はサラには届かない。サラは杖によるサポートがあって初めて攻撃に転じられる。
サラの持ち込んだ杖。あれは蓄積魔力を有するだけでなく、魔法構築のサポートもしてくれる。ローブとともに入学前に両親に貰ったモノで、あれがなければサラは魔法までは使えない。
(……どうしよ)
ローブの防御をアテにして、エカテリーナの蓄積魔力が尽きるのを待つべきかとまず考えた。しかし、すぐにその選択は捨てる。
エカテリーナは、サラが杖がないと攻撃に転じられないことを解っており、徹底的に杖を守る体勢。転移に使う魔力もバカにならない。サラが無理に攻撃を仕掛ければ、恐らく先に魔力が尽きるのはサラの方だ。
……じゃあ、魔力を使わないで真っ向から奪う? ……魔力を使わないで攻めても、肉弾戦になったらそれはそれで勝てないし。私はそういうの弱いから。てかあの子、腕力も強いし。
(……仕方ないし)
サラは無表情のまま腹をくくる。これだけは彼女もやりたくなかったが、これも勝つ為。勝って、もっと目立つ為に必要なことだから。
仕掛ける気配を察したエカテリーナが身構え、それを前にサラはじわじわと後退。互いの距離が、10メートルほど離れる。そして、
「えっ、ちょ、えぇっ!?」
サラは、おもむろにローブを脱ぎ始めた。その突然のストリップに、エカテリーナはもちろんギャラリーも戸惑う。
「……ちゃんと下に着てるし」
「え?」
サラは表情そのままに少しだけ顔を赤くしながら、ローブを脱ぎ去る。ローブの下から、最低限の部分だけを隠すような肌着が表れ、ギャラリーから少しガッカリしたような溜め息が漏れる。
「あー、うん、着てるんだ。いや、そういうことじゃなくて」
「……私だって、恥ずかしいし」
「ふ、ふーん」
注目されるのは好きなサラだが、露出の趣味があるわけでも、痴女なわけでもない。肌を見せることには当然、恥じらいと抵抗がある。
残念なモノを見る目を向けてくるエカテリーナに向かって、ローブを手に駆け出す。
エカテリーナから、素早く構築されたシェイドが撃ち出される。ローブを振り、それをかき消す。
「なっ、まさか!?」
「……そのまさかだし」
ようやくローブの秘密に気づいたエカテリーナの頭に被せるように、ローブを投げつける。ローブが壁となり、互いに互いの姿が見えなくなる。
ローブには物理的な攻撃しか通じない。魔法で振り払えない以上、必ずその手でローブをどかさなければならないエカテリーナには、絶対に一瞬の隙が生じる。
だから行った。左に目を向け、転移を発動する。もはや、蓄積魔力は残っていない。これで杖を拾えなければ、サラは完全に負ける。
(……いけるし)
エカテリーナはローブに気を取られ、サラが転移したことには気づいていない。走っていた勢いそのままに、一気に彼女の足下の杖に近づき、手を伸ばす。
……取ったし!
その手に杖をしっかりと掴み、杖を頼りに魔法を構築していく。
「…………え……?」
その瞬間、意表を突かれてかすかな驚きの声を上げたのは、エカテリーナではない。
サラの足下の地面が割れる。突如入った亀裂に足を取られ、バランスを崩す。目に映るエカテリーナは確かに背を向け、たった今ローブを振り払ったところ。
だが、起きた異変はそれだけで終わらない。亀裂の入った地面が急速に盛り上がり、サラの足下からせり上がる塔となる。その質量は音速のごとき速さを持ってダークエルフの少女に激突した。
「がっ、は……!」
まともに打撃された胸で肺が急激に圧迫され、空気が一気に吐き出される。ダークエルフの子供は、高く高く跳ね上げられた。霞んでいく意識。抵抗も出来ないまま空中を舞いながら、サラは疑問の答えを探る。
(……私の転移した先が見られて、た?)
……違う。あのタイミング、あの位置。気づかれるはずないし。そもそも、彼女はローブに魔法を弾かれた時点で焦っていたはずだし。
……じゃあなんだし? どうして私の転移先が……?
上昇の勢いが死んでいき、一瞬の浮遊感。落ちていく。その地面に、答えがあった。
(……むちゃくちゃなヤツだし)
土の塔が、何本も生えていた。エカテリーナの死角となっていたところをカバーするように。ご丁寧に、ローブで隠れていた真正面も。
(……見えないところを全部カバーすればいいなんて)
……大体それってグレイヴタワー……中級魔法だし。
地面が迫る。死にはしないと聞かされているが、やはり実際に死を覚悟すべき状況に直面すると怖いものだった。そう、エカテリーナと同じくらい。
……なに、あれ。なんでサキュバスがあんな強いんだし。中級魔法なんてものを平気で使うし。あれだけ魔力使ってても蓄積魔力なくならないし。……もしかしたら、杖込みの私より多いのかな。それで、肉弾戦も出来るし反応も速くてここぞという時の思い切りも度胸もある。…………可愛いから目立つし。
……あんなの、勝てるわけないし。
サラは、そこで意識を手放した。




