「命と誇りと」
新入生トーナメント。魔界小学校、春の大イベントであり、新入生試験の中で総合戦闘力の高かった16名が集められ、その実力を競う。
単純なイベントとして生徒が楽しむことはもちろん、教師も優秀な者や特性を見極めて学習の方針を示したりする。……建前ではそういうことになっているが、実際は教師も観てて楽しいから開催しているに過ぎない。授業を行わなくて済むというのはいいことだ。
「今年もやってきた新入生トーナメント、盛り上がってるかー」
円形のコロシアムの形を成す訓練場が、興奮に揺れる。ギャラリー席には、学年、クラスを問わぬ多くの生徒。
司会進行の気だるげで雑な声が会場に響く。
「司会進行は私、実戦訓練担当教師にしてアラクネのエノ・ゾルだ」
科学力の低い魔族では、風呂を沸かしたり室内に光を灯すのも簡単ではない。生活面で必須になってくるモノ(時計や照明等)はある程度アイテムとして普及しているが、マイクやスピーカーまでは存在しない。
故に、エノの声をきちんと訓練場へ響かせているのは、蜘蛛の糸。魔力を込めた糸を客席に巡らせ、それを震わせて客に声を届けていた。
要するに彼女にしか司会は出来ないし、彼女にとってそれはとても面倒だということだ。
「じゃあ、お前らにも簡単にルールを説明しておく」
選手控え室。16名の選手が集められたそこでは、校長からあるモノが配られていた。
「校長先生、これは?」
それを受け取ったエカテリーナが、不思議そうにそれを眺めながらドライアドの校長に問う。
「それはな、儂の葉じゃ」
「いえあの、それは解るんですが……」
「よいか?」
校長はのんびりした動作で振り向き、控え室の全員に向けて言葉を紡ぐ。
「試合の直前に、それを手の中でくしゃくしゃに潰すのじゃ。そうすると、お主らの死を1度だけ回避出来る」
「死を、ですの?」
Aクラス、スローヴィアがオウム返しに問い返した。腰には鞘に収められたレイピア。それを目にしたエカテリーナが、こっそり眉をひそめる。
「そうじゃ。つまり、殺す気で全力で戦えということじゃよ。その葉の効力が先に切れた方の負けというわけじゃ。どんな傷も、葉の効力が切れた時に全て治る。腕が切れても安心せい」
何がおかしいのか、校長はホッホッホといかにも老人っぽい笑い声を上げる。
その声を聞きながら、エカテリーナは15人の選手……これから戦うことになる敵に目を向けた。
まず目についたのはオーガの男子。焦げ茶色の肌と成長中の角を持ち、選手の中では背丈が飛び抜けて高い。またガタイがよく、武器を有しているようには見えないが、肉体自体が武器と言えるだろう。
続いてリザードマン。水色の肌にはやはり筋肉がついていて、動きやすさ重視と見られる革製の鎧、小さめの盾、カトラスと呼ばれる、主に人間界で海賊に使用されている剣を装備していた。性別は、エカテリーナの目では判別できなかった。
部屋の隅には、スライム。半透明のゼリー状の身体。その中にオレンジ色の大きな核がある。核には可愛らしい目がついていて、顔の描かれたミカンをゼリーが覆っているような姿だ。やはり性別は解らない。
そして、グリフォン。空の王者に相応しい、雄々(おお)しき翼を持つ獣。4足には鋭い爪があり、またよく手入れされていて、強力な武器としていることが窺えた。性別は、やっぱり解らない。
5人目。褐色の肌に、特徴的な尖った耳を持つ少女。つまり、ダークエルフだ。いかにも魔力的な効力のありそうな白いローブに身を包み、杖も持っている。魔法が得意なのであろうことは容易に見て取れた。
そして、龍族。スマートな身体に、翼膜付きの翼。4足だが、後ろの2足で立っており、前足というよりは手に近い。緑色の身体には鱗がついているが、風竜あたりだろうか。しかし、エカテリーナの目で性別が判断出来ない者が多すぎる。
それから、デュラハン。騎士の鎧でガチガチに固めていて、鎧が動いているように見える。横腰には剣を差し、後腰には鞭を装備しているが、片手に生首を持っていて不便そうだった。なお、その生首を見る限りでは男子らしい。
その隣には、長い黒髪を持った美しい少女。角を持つスローヴィアやエカテリーナとは違い、本当にただの人間に見える。が、その目だけが異様なまでに紅く、魔族であることを示していた。
さらに、2体目の龍族。風竜と思しき龍とは少し違い、水色の蛇に羽が生えたような姿だ。足も2足で、手は存在していない。
続いて、ケンタウロス族。馬の下半身に人間の上半身がついた魔物で、長い槍に斧がくっついた武器、ハルバードを装備している。男。
フェンリル族もいた。フェンリルは銀色の狼の姿をした魔族で、ワーウルフとは違って4足歩行。また、大抵の人型魔族なら背に乗せて走れるほど大きく成長する。今はまだ子供だからか、周りより少し大きい程度だが。
そして、山羊の角を持つ人間の男子が1人。翼がないあたり、スローヴィアと同じ純粋な悪魔かもしれない。
隣には、翼と尾を持つ少女。だが、エカテリーナと同じ蝙蝠の翼ではなく、赤い竜の翼。竜と何かのハーフをイメージさせ、エカテリーナは彼女への警戒心を高めた。
見知らぬ魔族の、最後。アラクネの少年。だが、女性のアラクネとは大分姿が異なる。アラクネの女性は下半身が蜘蛛の姿となるのに対し、男性は人間の背から8本の蜘蛛の足が生えた姿で生まれる。彼も例に漏れず、背から蜘蛛の足が生えていた。
そして、15人目。この中で唯一、エカテリーナのよく知る人物。道を違えた、高潔なる悪魔。
「スローヴィア……」
「どうかしまして?」
睨みつけるエカテリーナの視線などどこ吹く風。スローヴィアから溢れているのは、圧倒的な余裕。
エカテリーナには、彼女の考えが理解出来ない。レイピアに巣食う何かに打ち勝ち、この場にいるのだということは解る。しかし、彼女は命を捨てるような真似をした。エカテリーナに勝ちたいなどという、ちっぽけな理由で。
簡単に命を睹すなんてこと、絶対にしちゃいけない。血に汚れ、みっともなく足掻いてでも、懸命に生きていかなきゃいけない。他の生命に生かされている身の、それが義務だから。
エカテリーナは、滲みそうになる怒りを極力抑え、平静を装う。
「まずはありがとう。おかげで好き嫌いがなくなった」
「これで、わたくしを救って頂いた借りはチャラですわ」
「……偽物の力も手に入ったみたいだね」
「……なんですって?」
礼は済んだ。だからエカテリーナは遠慮しない。譲るわけには、いかないから。
「それはスローヴィアの力じゃない。安易な考えで、楽して手に入れた偽物の力だよ」
「言ってくれますわね……!」
「危うく死ぬところだったんだよ。スローヴィアは、運が良かっただけ」
明確な挑発。スローヴィアの選択は間違っていたのだと、エカテリーナのその考えは変わっていない。
だが、スローヴィアへの怒りは、そのままエカテリーナ自身への怒り。
スローヴィアがレイピアを取り戻すと言ったあの時。死地に向かおうとする少女を、死に物狂いで止めなければいけなかった。
だというのに、「勝手にすれば」などという諦めの言葉を吐き捨て、エカテリーナはあの場を立ち去ってしまった。
逃げたのは、エカテリーナの方。それが1番許せなかった。
今度こそ、スローヴィアの間違った考え方を正してみせる。それが、エカテリーナの矜持。
「運が良かっただけ? 勘違いもいいところですわ。これは、わたくしが自らの力で従えた下僕。わたくしに、不可能はありませんわ」
「そんなの思い上がり。私達はね……自分で思ってるより、簡単に死んじゃうんだよ」
「見くびるな痴れ者!」
声を荒らげることのなかったスローヴィアが、爆発した感情をエカテリーナへ向けた。魔力がその身から立ち上り、暴風となってスローヴィアを包む。
「わたくしは誇り高きグランサーフの娘! この魂、下賤の者に触れられるほど安くはありませんわ!」
以前とは、桁違いの魔力。紛うことなき高潔な実力者がそこにいる。
しかし、道を間違えたまま強さだけを得たスローヴィアを、エカテリーナは絶対に認めるわけにいかない。
「言ったね……? なら私が今日殺してあげるよ……スローヴィア、間違った考えのあなたを!」
「わたくしに逆らうことの愚かさ、教えて差し上げますわ! エカテリーナ!」
新入生トーナメント。大規模なイベントの中で、2人の小さな少女のプライドがぶつかることとなる。




