「燃え盛る瞳」
「私は心配してるのに……」
サキュバスの少女、エカテリーナは自室のベッドで横になる。心に引っ掛かっているのは、先ほどの諍い。
「どうしてあんなこと言っちゃったのかな……」
勝手にすればいいよ。スローヴィアを思っていたにもかかわらず、口をついて出たのは投げやりな言葉。自分の気持ちを解ってくれない彼女にイラついていたのか。冷静になってみれば、エカテリーナ自身こそ身勝手に思えてくる。
「気にすることないニャ」
ダラーッと寝そべる彼女のすぐ横に腰掛けながら、アクリアが慰めの言葉を投げ掛ける。
「エリーが心配してるのは、ローヴィも解ってるニャ」
「そう、なのかな……」
「ローヴィは、エリーに勝ちたいんだニャ。どうしても」
アクリアの言っていることはエカテリーナにも解っている。Cクラス、ごく普通のサキュバスなんかに敗北したことは、スローヴィアのプライドと家名を大きく傷つけた。彼女を後に退けなくしてしまったのは、エカテリーナだ。
だが、エカテリーナにもまた、譲れないラインがある。
「だからって、あんな危ないモノの力を借りようなんて……」
「ローヴィは誇り高い魔族の娘だからニャ。むしろそこはエリーが変ニャ」
「はぁ……」
言っていることは解る。それでも、彼女の気持ちは「イライラする」ということだった。どうして誰も解ってくれないのか。自分は間違ってないのに。消化しきれない、本能に刷り込まれた感情が、エカテリーナの中でモヤモヤと暗雲を生む。
「エリーは、ローヴィが死んじゃうと思ってるニャ。多分アイツはそれが1番嫌だったニャ」
「えっ……?」
エカテリーナにとっては、予想外の言葉。あの場で見ていた第三者からの意外な意見に耳を傾ける。
「ローヴィは、死ぬつもりなんてさらさらないニャ。でも、エリーに心配されて、嘗められたと感じたんだニャ。……多分」
最終的に、少し自信がなさそうにアクリアは締める。エカテリーナは、最初に出会った頃の彼女を思い出す。
高飛車で、他人を見下すような子。それと同時に、自分自身を信頼している、自信に満ち溢れた子。
「……でも、やっぱり心配だな……」
「エリーはいい子だニャ~」
「撫でないでよー! 子供じゃないんだから!」
「いや、普通に子供だニャ」
いつもの仕返しとばかりに、アクリアは嫌がっている少女をわしゃわしゃと撫でる。さらさらの長い髪が、撫でる指の隙間を心地よく流れていく。
「今エリーに悩まれたらウチは困っちゃうニャ」
「? どうして?」
「遊び相手がいなくなるからだ、ニャッ!」
「きゃーっ!」
きゃーきゃーと騒ぎながら、少女達はベッドの上を暴れまわる。
アクリアはずっとウズウズしていた。エカテリーナのいない学校など楽しさは半減で行く気にならない、だからといって魚を獲りに行く体で他人を慰めるようなことをして、でも結局ケンカに発展させてしまって。
「やっと遊べるニャーーー!」
「くすぐったいよもーー! 今日私安静なんだからねぇ!? 聞いてる!?」
アクリアも彼女達のケンカを気に病んでいないわけではないが、もう自分から言えることはない。2人の関係が悪くなるなら、その時はまた自分が仲立ちをすればいいと、そう思うことにした。
「ウチはエリーが大好きだニャ!」
「私もアクリアが大好きだよっ!」
だから、エカテリーナのサポートも、スローヴィアが寂しくないように構ってやるのも、どちらも自分がやろう。バステトの少女は人知れず決意したのだった。
「……埃っぽいところですのね」
インキュバスの家に招かれ、足を踏み入れたスローヴィアの第一声がそれだった。眉を寄せ、露骨に嫌そうな表情を作る。
「ごめんYO、ちょっと換気しようKA」
男は窓を開け、空気の入れ換えを図る。スローヴィアに言わせれば、それだけで済む問題ではないのだが。
男の自宅だと言うそこは生活感がほとんどなく、むしろ研究室に近い。謎の薬品をきちんと管理する為の棚が部屋のほとんどを占め、余ったスペースで生活している印象を受ける。
「まずは貴方の名前を教えて下さる?」
「名を尋ねるなら、自分から名乗るべきじゃないKAI?」
「ん……その通りですわね。わたくしはスローヴィア・グランサーフ。栄えあるグランサーフ家の長女ですわ」
「ボクはヤード・センデル。研究くらいしか取り柄の無い男だけどNE、よろしKU」
ヤードは白衣を脱がないまま、干してあるズボンとワイシャツを着る。見られる姿になったところで振り向き、適当な所へ座るよう促した。
「……ここに、座れと?」
「……なんか、ごめんNE」
しかし、スローヴィアはぽすんと腰を下ろした。固いベッドから埃が舞い上がる。
「意外とすんなり座るNE?」
「埃にまみれても、わたくしのい……い……威光、そう、威光は失われませんわ」
存外強かだと、ヤードは思う。脆く崩れた形跡のある、しかしその上で復活した自尊心。
「それで? 説明して下さる?」
「……あのレイピアには、精霊が宿っていRU。凶暴なヤツでNE。握った者を操って、片っ端から誰かを殺させようとすRU」
「そんなこと、どうやって解りますの? 大体、どうやってここまで運んだんですの?」
「どうやって知ったかはボクだけのヒミTU。もう片方の質問は、刃の方を握れば大丈夫だNE」
そう言いながら、ヤードは鍵付きの透明なケースに入れられたレイピアを持ってくる。その見た目は精霊が宿る前と後で違いなどないのだが。
「ボクからも質問DA。これがこうなった原因に心当たりはあるKAI?」
「……ありますわ」
スローヴィアは、赤いローブの魔族の事を記憶から掘り起こす。気づかぬ内に苦い顔になりながら。
「赤いローブを来た魔族と、学校で出会いましたの。わたくしは、その魔族に学校の隅の隠し部屋に連れていかれましたわ」
暗く、崩れた校舎の影。人の気配どころか、生き物の気配すらなかった。しかし、スローヴィアはその景色や道順をきちんと思い出せない。何故か途中から靄に包まれていたし、記憶にも同じように靄がかかっていて曖昧だった。
「そこで、レイピアに力を宿すと言われて……」
「返された時にはこうだったんだNE」
金の髪がこくりと頷く。それからの日々を彼女はあまり覚えていない。しばらくは精霊に操られるままに力を付ける日々を送り、最終的にはエカテリーナと戦った。だから、彼女自身の力も多少はついていると言っていい。
「それで、その精霊を従わせるには、どうすればいいんですの?」
「簡単だYO。剣を手に取って、精霊と話をするだKE」
「話を?」
「精霊は、剣を握った者を問答無用で操ろうとする。まずはそれに耐えて、精霊をきちんと認識するこTO」
少女の背筋を、冷たいモノがせり上がる。精霊に入り込まれる感覚、自分が自分でなくなる感覚に対する恐怖は、未だ消えてはいない。
ヤードは、さほど興味もなさそうに無情に言い放つ。
「たとえ君が死にそうでも、ボクは助けないYO。傍で経過を観察するだKE。君が襲いかかって来たら自己防衛はするけDO」
スローヴィアの内にある恐怖が、肩を震わせる。1人で、あれに立ち向かわねばならない。震える肩を、知らず知らず彼女は抱いていた。
きっと、次失敗したら死ぬ。死ぬのが怖いのは当たり前で、彼女は今ならまだ引き返せる。レイピアを諦めて、ここに置いていけばいい。そうすれば彼女は今すぐ死のリスクと戦う必要もなくなるし、いつか強くなるチャンスも失わなくて済むのだから。
自身から湧き上がる恐怖に抗うスローヴィアの耳に、ヤードの静かな声が届く。敵でも味方でもなく、ただの研究対象としか見ていない、傍観者の声が。
「いいんだYO。無理に精霊に立ち向かわなくてMO。ただ、そしたらそれはボクが貰うけどNE」
「わたくしは…………」
肩の震えが、止まる。否、少女はその精神力で無理やり止めた。顔を上げ、燃え盛る赤い瞳で真っ直ぐヤードを見つめる。
「わたくしは、やりますわ」




