「分かたれる袂」
肩で息をしながら、全裸のインキュバスは転んでしまったスローヴィアに目を向ける。
その最悪の状況に、エカテリーナ、アクリア、スローヴィアの3人がついに諦めかけたその時。奇跡は起きた。
麗しき幼女を全裸の男から救う為、1人の男が颯爽と駆け付ける。天より舞い降りる、猛り狂う獣。
「幼女が俺を呼んでいるーーーーーーーーッ!!」
高く高く飛び上がったその人物は、全裸でいかがわしい行為をしようとしている(ように見える)変態から幼女達を守る為、遥か上空から全裸に向けて蹴りを放つ。
「幼女を穢す変態は死ねえぇぇーーーーーーッ!!」
殺気立った魔力を込めた蹴撃が、インキュバスの男に襲いかかる。男はわたわたと狼狽えるが、もう遅い。
「違、ボクはそんなんじゃNAIーーー!?」
激しい衝撃波と共に、インキュバスは地の底へ叩き込まれる。3人の幼女はその衝撃波に耐えきれず、身体を持っていかれた。小さな影が3つ、宙に舞う。
「「「きゃああああぁぁぁぁ!?」」」
「はっ!? 幼女達よ! 今助けるぞ!」
正義の味方がすばやく身を躍らせ、少女達を全員空中で抱きかかえ、無傷のまま着地する。
「先、生……?」
その救世主は3人がよく知る、魔界小学校の保健室の先生だった。インテリ系のイケメンワーウルフが、犬歯をチラリと覗かせて爽やかに笑う。
「大丈夫だったか? 怖かったろう……?」
そう言って、ワーウルフは幼女を優しく地に下ろしてやる。彼の一挙手一投足が、スタイリッシュでスマートな動作に見えた。おかしな表現をするなら、イケメンイケメンしている。
そんな彼を、幼女達はキラキラした尊敬の眼差しで見上げる。純粋な眼が、イケメンの心を喜びで揺さぶった。怪しまれないよう、顔には一切出していなかったが。
「ありがとうございます、先生」
「助かったニャ!」
「い、一応、礼を言っておきますわ……」
三者三様の感謝に微笑みで答え、男は少女達に学校へ入るよう促した。だが、立ち去ろうとする彼らを止める声があった。
「待つんDA! ボクの話は割と大事だZO!」
身体はほぼ埋まり、首から上だけがもぐら叩きのように表出している、全裸。今の状態なら全裸であることは気にはならないが、今度は非常に滑稽である。
「ふざけるな、無垢で清廉な幼女は俺のモノだ」
「いや、君のモノではないYO……って、そうではNAI!」
どうにか脱出しようと、それができずともせめて話を聞いてもらおうと頭を前後にブンブン振るインキュバス。
「道ばたに落ちてた剣のことだYO!」
「えっ……わたくしの?」
道ばたに落ちてた剣、という言葉に幼女3人が反応する。それはまさしく、あのレイピアのことで間違いない。
「やっぱりそうKA。紋章みたいのが彫ってあったから、良い家柄のモノじゃないかとNE」
「それは今どこにあるんですの?」
「回収して自宅に置いてあるYO。川の向こうなんだけDO」
エカテリーナは内心ホッとする。回収出来た、ということはこのインキュバスにはあれを制御出来るのだと。もう誰もあんな思いをしなくて済むと思えば、安心もしようものだった。
だが、その純粋な優しさはいとも簡単に裏切られた。
「返して頂ける?」
「そうだNE、ボクも勝手にあれを調べさせてもらったSI」
スローヴィアが、そのレイピアの返還を申し出たのだ。あれだけのことがあったにもかかわらず、何もなかったように平然とした顔で。
無論、それをエカテリーナが黙って見過ごすはずがない。慌てて彼女に異を唱える。
「ちょ、ちょっとスローヴィア! どういうつもり!?」
「わたくしのモノを返してもらう。何か不思議がありまして?」
「不思議もなにも! あれがもうただの剣じゃないことくらい、スローヴィアだって解ってるでしょ!?」
黙っていたアクリアも、そのエカテリーナの剣幕を見てケンカに発展することを予感した。だが、保健医に肩を掴まれ、動くことが出来ない。見上げれば、立てた人差し指を唇に当てているワーウルフ。
「友達同士が、素直に気持ちをぶつけようとしている。今は止めてはダメだ」
「でも……」
「彼女達を信じろ。友達なんだろう?」
その間も、2人……特にエカテリーナの方がヒートアップしていく。
「あんなの、子供が触っちゃダメだよ!」
「あれは、お父様とお母様に頂いたレイピアですのよ。簡単には手放せませんわ」
「それは……っ、大事なモノかもしれないけど! スローヴィア本人の方が大事に決まってるよ!」
「だからこそ、わたくしはあれを支配下に置こうとしているんですわ。あんなものに呑み込まれないように」
「なっ……!?」
補足するように、生首状態の男が口を開く。
「元々ただのレイピアだったモノに、精霊が宿されていたYO。とびきり殺しを好むヤツがNE。だから、彼を従えることが出来れば、力を得て、しかも制御出来ると思うYO」
ただ、逆に精神が完全に呑まれたら死んじゃうかもだけDO。と、付け加える。
「聞きまして? わたくしはあの力を我が物としますわ」
「力なんて……そんなモノより、もっと自分を大事にしなきゃダメだよ!」
力なんて。その言葉に、スローヴィアの抑えていた感情が限界を迎えた。ずっと、初めてエカテリーナに負けたあの日から抱えていた感情が。
「うるさい……うるさいうるさいうるさい! わたくしはグランサーフの血を受け継ぐ者! それが貴女なんかに負けて、そのまま地を這っているわけにはいきませんのよ!」
「私はそんなのバカになんてしない! それに、これから時間をかけて強くなればいいのに、どうしてそんなに焦るの!?」
「屈辱だったからですわ! あの屈辱を晴らさないまま日々を過ごすなど、わたくしのプライドが許さない!」
「そんな下らないこと言って! 死んじゃったらどうにもならないじゃない!」
「わたくしが……スローヴィア・グランサーフこそが頂点に相応しい存在! 精霊だかなんだか知りませんけれど、その程度の存在に屈服するわたくしではありませんわ!」
相手を思いやればこその怒りを発していた少女の瞳を、雫が濡らす。
「どうして解ってくれないの!? スローヴィアがいなくなっちゃったら……そんなの嫌だよ……!」
自らを奮い立たせるために怒りを発していた少女は、その言葉により強い怒気を孕ませる。
「わたくしは誇り高きグランサーフの娘! 全てを従わせてみせますわ! 無論、貴女も!」
「私はスローヴィアと友達になりたい! せっかく仲良く出来ると思ったのに、どうして……?」
「……わたくしは、馴れ合う気などありませんわ」
どこまでも対照的な2人。その心は交差する度にぶつかり、傷つけあってしまう。昂った気持ちを鎮めるように、2人はそっぽを向く。
「……解った。もう、勝手にすればいいよ」
「最初からそのつもりですわ」
「……行こう、アクリア」
アクリアは学校の方へ歩き出すエカテリーナを見て、それから、背を向けて肩を震わせているスローヴィアを見て。結局、エカテリーナに着いていく。
後には、大人2人とスローヴィアだけが残された。保健医が、インキュバスを地面から強引に引き抜く。
「痛だだだだDA!?」
「これを着とけ変態」
そう言って、白衣を脱いで渡す。全裸は、好きで裸になってるワケじゃあないんだけDO……。と言いながらも大事な所を隠すように気を配って白衣を身につける。
「彼女に万一があってみろ、殺してやるからな」
「それは……彼女次第かNA」
「……ふん。研究者はいつの時代も頭がおかしいからな、信用はしない」
嘯き、ワーウルフも学校へと戻っていく。彼は、インキュバスの顔に見覚えがあった。賢人として知られる、天才研究者。男などに興味のない彼は名前までは覚えていなかったが。
全幅の信頼はせずとも、とりあえずスローヴィアを任されたインキュバスが、気持ち優しめに声をかける。
「さて、とりあえずお腹も空いただRO? 行こうKA」
「……ええ」
「涙、拭いたらどうDAI?」
「泣いてなんかいませんわ!」
エカテリーナとスローヴィア。彼女達の袂は、この時分かたれた。




