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「問われる品位」

 




「やっと調べられる」


 自室での安静を命じられた翌日。寮の自室でワクワクしているエカテリーナの手には、青い宝石のペンダント。図書室から借りてきた宝石図鑑。それから、大きめのバケツ。


 図鑑をパラパラとめくる。まだ小さな傷がヒリヒリすることもあったが、明日か明後日にはもう学校へ行こうと彼女は思っている。


「どーれっかなー」


 名前を知らない以上、地道に探すしかない。索引に「魔力を持った宝石」の欄があったのは幸いだったが。


「これかな?」


 ライジングオーシャン。蓄積魔力を持った宝石の中に、青い色のモノはそれしかなかった。間違いなさそうだ。


『青く美しい宝石であり、魔力を有する宝石の中でも比較的一般に流通している。魔界の洞窟であれば大抵存在する上に壁面の表層に顔を出していることも少なくない。ただし、やや深くまで潜らねばならない為、決して希少性が低いわけではない』


「…………」


 エカテリーナの欲しかった情報とは少し違う。どうにかしてトーナメントまでに使えるようにしておきたかったが、焦るくらいなら諦める方がいいのかもしれない、なんてことを思い始め、ベッドにダイブする。


「イメージがあればなあ……」


 なんとなく。魔法なんて意外とそれで出来てしまう。中級魔法のデスサイスとて、形をイメージしてその形を固定し続けるように意識したら出来た。ディロンも、あれは魔力消費が少し激しいだけの下級魔法だと評していた。


(宝石から、魔力を取り出す……)


 引き出しを開けて手を突っ込んで掴み出すイメージではダメだった。宝石を自分の身体に取り込むイメージもダメだった。


「何が違うのかな……」


 おざなりな寝返りを打つと、長い髪がさらりと顔にかかる。視界に入ったその影が不意に昨日のことを思い出させ、ぞくりと肌が粟立つ。


 何者かが自分の中に入り込んできて、自分の身体を動かす。精神はそのまま身体にあるのに、誰かが無断でスルスルと同居してくる……。


「ぅっ……」


 あそこでアクリアが助けに来なかったらと思うとゾッとした。スローヴィアをこの手で殺して、その後何をし始めたかも想像にかたくない。


「あれっ……?」


 思い出す。そういえばあのレイピアは回収していないし、壊してもいない。あの場に置き去りだ。慌てて跳ね起きる。


「い、っ……」


 無数の切り傷が痛む。エカテリーナは、ゆっくり歩いて昨日の戦場へ向かうことにした。






 エカテリーナが寮を出た頃、ブック川のほとりには1人の少女がいた。


「はぁ……」


 手入れされ、金色の輝きを取り戻した美しい髪。赤い瞳は、どこか憂いを帯びている。


 悪魔族のエリート……否、元エリート。スローヴィア・グランサーフは、川のほとりで膝を抱えてせせらぎに小石を投げ込んでいた。


「情けないですわ……」


 ローブの魔族に騙されて、武器なんかの操り人形にされて。しかも細剣の力を借りながらエカテリーナに負けた。……Aクラスが聞いて呆れる。


 ぽちゃん。


 力なく投げ込まれた石から、波紋が広がる。紋様は波に呑まれ、あっさり消え失せる。


「はぁ……」


 溜め息。彼女の心には、大きな空洞が出来てしまったようだった。空虚で、無気力。自分が何をしたいのか、何をすべきなのか、それが彼女には解らない。……考えたくもなかった。


 じくじくと右脚がうずく。傷が残っているわけではない。保健医のおかげで傷はほとんど完治していて、傷跡もない。どんな技術かは知らないが、彼は間違いなく高い治癒技術を有している。


「わたくしは……」

「なんニャ。そんなとこにいたら邪魔ニャ」


 聞き覚えのある特徴的な語尾が背後から聞こえ、スローヴィアは振り向く。


「貴女……」


 そこには、エカテリーナと仲良くしているバステトの少女。ただ、今までと違って右目に眼帯を着けている。その理由は、スローヴィアにも心当たりがあった。


「…………」


 さすがにやり過ぎた。謝らなければ。無垢むくな子供心はそう感じていた。だが一方で、誇り高き血統の魔族が簡単に頭を下げるなんて、家の品格に泥を塗るのではないかとも思う。


 結局、スローヴィアは膝を抱えたままうつむいて、謝罪は出来なかった。


 その様子にアクリアは特に興味を示さず、ざぶざぶと川へ入っていく。スローヴィアに背を向けた状態で、眼帯を外す。


「…………?」


 意味がわからず、呆然と眺めるスローヴィア。アクリアは川を真剣に覗き込み、何かを探しているようだった。そして、


「ニャッ!」


 勢いよく川に両手を突っ込む。上がる飛沫しぶきでアクリアの服がびしょびしょになるが、そんなことを気にしている様子は一切なかった。


「簡単に獲れたニャ! さすがはクロノスの瞳だニャ!」


 弾む声と共に掲げた腕の中に、1匹の魚モンスターがいた。それを見て、ようやくスローヴィアにも合点がいく。アクリアは、魚を獲りに来たらしい。彼女は振り向き、


「スロバキア! たき火を作るニャ!」

「スローヴィアですわ!」


 名前を間違えて呼んだ。相変わらず失礼な娘だと、スローヴィアは憤慨する。


「大体、たき火くらい自分で作りなさいな。どうしてわたくしが」

「お前はバカかニャ! ウチはびしょびしょだし、魔力が出せないニャ! たき火なんか作れるわけないニャ!」

「知りませんわよそんなこと!?」


 疲れる会話に不満を抱きながらも、スローヴィアは律儀に枝を拾ってきて小さな山にする。


「これでいいんですの?」

「よきにはからえニャ」


 スローヴィアが魔力で火を着けると、アクリアはいつの間に獲ったのか2匹目の魚を枝に突き刺し、たき火で炙り始める。


「まったく、本当は昨日魚を食べる予定だったニャ。いい迷惑ニャ」


 たき火をスローヴィアとアクリアで囲む。スローヴィアは立ち去りたかったが、目の前に用意された魚の内1匹は明らかにスローヴィアの分だ。何もせずに立ち去るなど、そんな無礼な真似は出来なかった。


「あの……」

「ブルブルブルブル、ニャ~」

「きゃあっ!?」


 アクリアはびしょびしょになった髪を振るわせ、水滴を飛ばす。本人は非常にさっぱりした表情をしているが、スローヴィアはそうはいかない。


「いきなりなんですの!? 向こうでやりなさいな!」

「気にすることないニャ。さほど濡れてないニャ」


 本っ当に品のない娘ですわね! 少しでも謝ろうと考えたわたくしがバカみたいですわ! スローヴィアは嫌気がさしてくる。


「焼けたかニャ~」


 鼻歌混じりに魚の様子を窺うアクリア。その右目が開かれ、銀色の瞳が顔を出していることにスローヴィアは気付いた。


「貴女、その右目は……?」

「「あなた」じゃないニャ。アクリア・レイアークスニャ」


 訂正を入れられたが、だったらわたくしの名前もちゃんと覚えてほしいものですわ、とスローヴィアは思う。


「これは昨日お前に斬られたから開けられるようになったニャ」

「「おまえ」ではありませんわ。スローヴィア・グランサーフですわ」


 仕返しのように訂正を入れた。アクリアはそれを聞いてか聞かずか、言葉を続ける。


「ウチは別に、謝ってほしいとか思ってないニャ。あれくらい、ウチが小学校に入るまでは普通にされてたことニャ」

「そ、そう、ですの……」

「それにスローヴィア……長いからローヴィにするニャ。ローヴィはエリーより弱いから怖くもなんともないニャ」


 何の気なしに放たれたその言葉が、スローヴィアの胸に刺さる。エカテリーナよりも弱い。それは、彼女がAクラスで地位を失うことになった原因。終わりの始まり。


「そうですわね……わたくしなんて……」

「情けないヤツだニャ」

「…………っ!!」


 涙が込み上げてくる。自分の情けなさ、弱さ、期待して送り出してくれた家族への申し訳なさ。それらが一気に押し寄せ、涙となって流れ落ちそうになる。


「ローヴィは……このままでいいニャ?」

「え……?」


 アクリアは、魚を食べ始めている。1口目で熱そうにり、息を吹きかけながら。


「ウチが情けないって言ったのは、負けたことじゃないニャ。ちょっと負けたくらいで、こんなところでウジウジしてるのが情けないニャ」

「…………」

「ローヴィは天才ニャ。魔力が使えるだけでスゴいのに、剣術も使えるニャ。Aクラスの中でも、きっと強い……でも根性なしニャ」

「そんなことありませんわ……わたくしなんて、エカテリーナの……Cクラスの足下にも及ばないんですもの」


 それを聞いてもアクリアは態度を変えない。何も気にしていないかのように、美味しそうに魚を食べ続ける。


「ローヴィが諦めてても、拗ねてても、ウチには関係ないニャ。……でも、きっと家族は悲しむし、ウチはその間にローヴィを抜いてやるニャ」

「なっ、家は関係ありませんわ!」

「あるニャ。すぐへそを曲げる根性なしの娘がいるなんて、とても恥ずかしいことニャ」


 食べ終えたアクリアが、立ち上がってお尻を払う。スローヴィアの分の魚は、手付かずで焦げ始めようとしていた。


「誇り高き血統とか言うなら、ウチやエリーなんかより高みを目指せばいいニャ。普通の魔族が到達できないような」

「高み……?」

「ローヴィは天才だからニャ。ウチじゃたくさん努力しないといけないことも、きっとすぐ出来るようになるんだろうニャ~。不公平だニャ~」

「……わたくしは」

「ちなみにウチももう読み書きは出来るニャ! どんどんローヴィに追い付いてやるからニャ! 拗ねてたらすーぐ抜いてやるニャ!」


 アクリアは、別れの挨拶もせずに砂煙を上げて走り出す。つくづく失礼な娘で、品格も何もあったもんじゃない。スローヴィアからも、まだ言いたいことがあったのに。


 スローヴィアは魚を手に取り、口にする。焦げが苦い。火の通り方も場所によって違うし、骨も口に刺さる。


「ふん……品のない食べ方ですわ」


 こんなモノをあんなに美味しそうに食べるなんて、アクリアは低俗な庶民ですわね。それと仲良くしているエカテリーナも同じ。あんなの、恐るるに足りませんわ。


「今日は学校じゃありませんの……優等生ぶってサボるなんて、生意気ですわ」


 アクリアへの文句をたくさん言いながら、スローヴィアは不味い魚を残さず平らげた。






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