「再戦」
走る。走る。走る……エカテリーナは何故走っているのかも解らずに、学校の敷地の外をブック川へ向けて走る。
おそらくスローヴィアはアクリアを襲った場所で待ち伏せている。だから、走って彼女の下へ向かう必要などない。
それでも、エカテリーナは走る。怒りに身体が突き動かされていたのもある。だがそれよりも、一瞬でも早く彼女に会わねばならないという危機感に似た何かが、ひたすらに彼女を走らせた。
「スローヴィア! スローヴィア・グランサーフ!」
名を叫ぶ。返事はない。足下にはアクリアのモノと思しき血痕。それを辿っていく。
「!!」
はたして、目的の人物はそこにいた。赤い瞳を持つ悪魔の少女。血に濡れたレイピアをその手に握り、佇んでいる。
美しかった金色の髪はところどころに傷みが見え、身に纏うドレスのような彼女の私服も、ほつれ、破けている。
とても、プライドが高く傲慢でありながらも気品を持ち合わせていた、あのスローヴィアと同じとは思えない姿だ。
「スローヴィア! 私が気に入らないなら、私に突っかかってくればいいでしょ! アクリアには手を出さないで!」
「…………」
「スローヴィア! 聞いてるの!?」
返答がなかった。その表情も、うつむき加減の顔に髪がかかっていてよく見えない。
「……フフ……エカテリーナ・テレサ……」
エカテリーナに視認出来たその表情は、口角を歪に吊り上げた笑み。エカテリーナの背筋に悪寒が走る。
「殺してやりますわっ!」
「っ!?」
大地を強く蹴り、スローヴィアがエカテリーナに向けて真っ直ぐ跳ぶ。間違いなく、相手を刺し貫く為の突貫。
「くぅっ!?」
速い。あの届きもしない生ぬるい踏み込みなどではなく、一撃でエカテリーナを殺す為の刺突。身体を捻ると、一瞬前に首があった所を、細剣が弾丸のような速度で通過する。
次が来る前に、瞬間的な判断ではなく身に染み付けた動作として跳躍。スローヴィアから距離を取る。
「逃がしませんわっ!」
「なっ!?」
その動作に、スローヴィアは反応してみせた。刹那の間に距離を詰め、着地に合わせた2撃目がやはり顔面を狙って突き出される。地に足をつけてしまったエカテリーナには、再び脚に力を込めて跳ぶ余裕はない。
(だったら!)
上体を反らし、背中側へと倒れる。正確に顔を狙って突かれた剣先が目の前に現れる。エカテリーナは両手で素早く地を掴み、ブリッジの姿勢から砂を蹴り上げ、バック転の要領で体勢を立て直す。
「砂が……目にっ!」
思惑通り目眩ましに遭ったスローヴィアが後方に飛び退き、彼我の距離がようやく離れた。
「はぁ……はぁ……」
反撃する余裕がなかった。向こうは殺しに来ているが、エカテリーナの方にとりあえずその気はない。
(ていうか……何かおかしい)
これが本当にあのスローヴィアなのか。殺すことを厭わなくなったのもそうだが、身体能力が違いすぎるような気がした。悪魔族とはここまですぐに成長するのかと、疑念と恐怖が入り交じる。
切っ先を怨敵に向けたまま目の砂を取り払っていたスローヴィアが、再び地を駆ける。
「ゆっくり考える時間もくれないんだねっ!」
「死になさい!」
天高く、漆黒の翼でエカテリーナは飛翔する。悪魔族は翼を持たない。これで安全圏、
「じゃないっ!?」
スローヴィアは地を蹴り、高く飛び上がった。風の魔力の奔流が、彼女を飛翔させている。エカテリーナに驚く間も与えず、死をもたらすレイピアが来る。
それを魔力で弾き、怯むことなく放たれる次をまた魔力で弾く。剣と魔力の応酬。互いの力が、伯仲している。
「フフ、ハハハハハ!」
「あなたは一体……っ!」
いよいよ、エカテリーナの中に「本気で攻撃する」選択肢が生まれる。
説得はダメ。スローヴィアは聞く耳を持っていない。加減して気絶させるのもダメ。気を抜けば、エカテリーナがやられる。
「っ、ごめん!」
「っ!」
一際強く剣先を弾く。突然加えられたその力に不意を突かれたスローヴィアに、一瞬の隙が生じる。すかさずエカテリーナはその腹部に回し蹴りを叩き込む。
「ぁぐっ!」
勢いそのままに翼をはためかせ、スローヴィアを踏み抜いて後方へ飛ぶ。瞬間、意識を集中させて魔力を鎌の形に固定する。
「そっちにしか武器がないのは、不公平だからね」
近づけさせない為の、巨大な鎌。基本的には闇の魔力を鎌の形に固定しているだけだから重くはないし、刃以外の部分で触れてもダメージを与えられる。
(あのレイピアを壊さないと……)
それで脅威が無くなるわけではないが、半減はするはず。そう考えてのデスサイスではあったが、レイピア自体にも何か違和感がある。
(なんだろう……あの剣、何かがおかしい気がする)
だが、その違和感の正体がエカテリーナには解らない。以前スローヴィアが使っていたモノと同じに見えるし、何もおかしな点はないはず。
飛んでいく身体にブレーキをかけ、再び突っ込んで来るスローヴィア。その俊敏さから、ダメージを受けているようには全く見えない。
「さっきから、単調っ!」
スローヴィアの攻撃パターンは、最初から真っ直ぐ突っ込んで来て刺突するだけ。その鋭さは以前とは比べ物にならないが、動きが毎回同じなら見切るのは容易だ。
少女達の背丈を遥かに超える大きさの鎌。レイピアの刺突が来る前に、レイピアを狙ってそれを左へ薙ぎ払う。
しかしそれはかわされた。身を屈めたスローヴィアに、大鎌の下へと潜られる。
想定内だったエカテリーナは素早く手首を返す。デスサイスの刃を下に向け、レイピアを持つ右腕を切断するように手前に引く。
「っ!?」
「簡単にはいかないか……っ!」
大袈裟な動作で、スローヴィアは無理やりその身を横へ投げた。刃は空を切り、鎌を引いた勢いでエカテリーナは距離を取った。
「本気で落としに行ったんだけどな」
スローヴィアの持つレイピアに、傷はない。だから狙いは外れたのだが、大鎌はスローヴィアに別の傷をつけていた。
脚。回避の間に合わなかった彼女の右脚の肉が削がれ、血が滴っている。
(これで、瞬発力は潰した……けど……?)
スローヴィアの様子がおかしい。斬られたのは右脚だというのに、その傷が全く痛んでいないかのように、しきりに右腕にケガがないか気にしている。……否、彼女が気にしているのは、レイピアだ。
最初から様子がおかしかったスローヴィア。短期間で破格の実力と、飛行できるほどの蓄積魔力を手にした不思議。レイピアから発せられる、言い様のない違和感。
「……あっ!」
エカテリーナの中で、それらが繋がる。一息。殺害対象としてスローヴィアを見据え、デスサイスを握る手に力を込めた。
「やっぱりそのレイピア……壊させてもらうよ」




