「入学試験の結果」
バステトの少女、アクリア・レイアークスは、決闘の様子を観客席最前列で見守っていた。
スローヴィアの連続した刺突は、エカテリーナに全く届いていない。右目が見えないアクリアは距離感に難がある。だが、それでもエカテリーナが余裕を持って回避しているのは理解できた。
さらにエカテリーナは、スローヴィアが放った火の魔法も簡単に打ち消した。あり得ない光景。観客席は、火の魔法が出た時点で感心にどよめき、それが撃ち落とされた時にはもはや黙るしかなかった。新入生が魔力を扱うというのは、それだけスゴいこと、異常なことなのだ。
Cクラス、落ちこぼれとされたサキュバスが、負け確定と思われていたエカテリーナが、エリートを軽くいなしている。次はどうなるのかと、ギャラリー全員が固唾を飲んで見守る。
(エカテリーナ、なんでCクラスにいるニャ……?)
Cクラスは、落ちこぼれ。故郷を出る前に両親にそう教えられた。だからせめて、Bクラスにはなれとも。
アクリアは右目が見えないことが仇となって、バステトとしての特性が生かせない。結局、Cクラスに配属されてしまい、この先もずっとCクラスに違いないと、快活な笑顔の裏で気に病んでもいた。
だから、目の前で繰り広げられるどんでん返しに、心が躍った。種族的に優れているわけでもなんでもないサキュバスが、生まれながらのエリートに、勝つ。
(ウチも……あんな風になりたいニャ……!)
Cクラスでもやれる。その可能性を感じたアクリアは、この場の誰よりも、エカテリーナに釘付けで、誰よりも憧れを抱いた。
闘技エリアのエカテリーナが、闇を生み出す。何か魔法を使う気だ。会場が、盛り上がっていく。
「嘘だろ!?」
「あれって中級魔法じゃないの!?」
「あいつホントにCクラスかよ!?」
中級魔法!? エカテリーナ、そんなものまで使えるニャ!?
最大の歓声と共にエカテリーナの作り出した闇の鎌がスローヴィアの首元に当てられ、決着はついた。その結末を見届けたアクリアは、いてもたってもいられず走り出す。
「エカテリーナ、凄かったニャ!」
大歓声の訓練場。その渦中のエカテリーナは恥ずかしさで潰されそうだった。衆目に晒されることに慣れていないのだ。
「あ、ありがと……」
「エカテリーナ、どうしたらあんなに強くなれるか、教えて欲しいニャ!」
「あ、うん……それは、いいけど……」
サキュバスの少女はスローヴィアを見る。彼女は気を失ってしまっており、とてもアクリアに謝罪させるどころではない。アクリアの方も興味は完全にエカテリーナに向いているし、謝罪させるのは後日にすることにした。
「お話したいニャ! 寮の部屋番号教えてニャ!」
ぴょんぴょん飛び跳ねて興奮しているアクリアを宥めながら、エカテリーナは訓練場を後にする。
ギャラリーはエカテリーナを近くで一目見ようと出待ちしており、2人はもみくちゃになりながら寮へ戻ったのだった。
「「つ、疲れた……」」
寮はAクラスBクラスCクラスと分かれているため、寮まで戻ってくればCクラスにしか会わないはずなのだが、それでも大量の魔族に囲まれた。
帰ってきてすぐは問題なかった。だが、大食堂に降りて食事をしていた時に、ギャラリーにいたらしい子に気付かれてその後はてんやわんや。落ち着いて食事も出来ない。
逃げるようにエカテリーナの自室に帰ってきたが、もうこれ以上は動きたくなかった。子供が使うには大きなベッドに、並んで倒れ込む。
「エカテリーナ……あぁ、長いから……エリーって呼んでもいいかニャ?」
「うん……いいよ……」
エカテリーナにニックネームが増えた。彼女は呼ばれ方にこだわらないので、リーナでもエリーでも呼びたいように呼べばいいと思っている。
「エリー、あんなに強いのにCクラスっておかしいニャ」
「でもね、試験の結果はダメダメだったんだ」
「……調子が悪かったニャ?」
「ううん……これ、昨日届いてるでしょ?」
エカテリーナが机に手を伸ばして取ったのは、昨日ポストに届いていた小学校からの手紙。アクリアにも見覚えがある。
「ウチ、文字が読めないから無視しちゃったニャ」
「あ、じゃあ読んであげるから持ってきなよ」
「解ったニャ」
たたっ、と出ていき、何分もしない内に戻ってくる。たった今までぐったりしていたというのに、元気な子である。
「これニャ?」
「そうそう、これ。開けていい?」
「いいニャ」
自分のモノを開けた時と同じように封筒を開ける。中には手紙。
「これは何なのニャ?」
「これはね、入学前の試験の結果だよ」
【入学試験結果】
アクリア・レイアークス
スタミナ 92
敏捷性 90
蓄積魔力量 4
魔力操作 0
総合戦闘力 47
知力 0
将来性 31
合計点 700点中264点
備考:右目が見えない
「これがアクリアの名前で、これがスタミナ、これが点数」
「スタミナ?」
エカテリーナは、自分の頭の辞書の中から別の言葉を探す。2人で試験結果とにらめっこしながら、アクリアに解るように文字の読みや言葉の意味を教えていく。……ふと、脳裏に無愛想な司書の顔が浮かんだ。
「文字が読めないと大変だニャ……」
「大丈夫だよ、授業にちゃんと出てれば」
親もこの場にはいないのに、幼い子供にこんな通知を寄越すなんてのが間違っているが。読めるわけがない。
「ニャ……じゃあウチは頭が悪くて魔力が使えないってことかニャ」
「え、えーっと……まあ、そうなる、かな」
心苦しく感じるが、そういう評価になっている。魔力も知力も、成長とともに多少ついてくる体力とは違って「やらないと絶対身に付かない」のだから仕方ないが。
アクリアは悔しかったのかしばらく自分の結果を唸りながら見ていたが、ハッとしたように顔を上げる。
「エリーのも見せてニャ! ウチが読むニャ!」
「あ、うん。はい」
「ニャニャニャ…………」
今度はエカテリーナの試験結果とにらめっこ。ベッドの上に自身の結果とエカテリーナの結果とを並べ、読み解こうと必死だ。その姿に、エカテリーナは既視感を覚える。
(懐かしいなぁ……)
ディロンと勉強する前、自分で辞書を引きながら本を読んでいた頃の自分のようだ。誰かに教わるのと違ってサクサク読めるわけではないが、この勉強の方がより覚えられたような気はする。
「大体読めたニャ!」
「どうして私がCクラスか解った?」
「解らないニャ!」
思わずずっこけるサキュバス。大体解ったと言ったのはなんだったのか。
「全部点数は高いニャ! でもこれが解らないニャ!」
アクリアが指しているのは、将来性の欄。言われてみれば確かに。その記号の意味もちゃんと教えなくては解らないはずだ。
【入学試験結果】
エカテリーナ・テレサ
スタミナ 69
敏捷性 79
蓄積魔力量 100
魔力操作 100
総合戦闘力 97
知力 93
将来性 -300
合計点 700点中238点
備考:常識、道徳に著しく欠け、まるで天使のようである。可愛い顔して凶悪だ。反省しろ。
備考欄があまりにストレートで正直だとか、点数にマイナスなんてアリなのかとか、その辺は一旦脇に置いておいてマイナスの説明をする。
「この、数字の前の横線はね、マイナスって言うんだよ」
「マイナス?」
「うーんとね、これが付いてる時は、数字を増やすんじゃなくて、減らすの」
「???」
まあ、その内ゆっくり教えるよ。と言い、何故自分が低評価なのかを説明していく。
自分で言うのもなんだが優しすぎること。将来は、皆を幸せに出来る魔族になりたいこと。誰かをいじめたり、傷つけるのは嫌なこと。それを、将来性の試験の時に面接官に素直に話したこと。
アクリアは、そのおかしな魔族の話を目を丸くしながら聞いていた。
「変でしょ?」
「変だニャ……」
「素直だね」
「だってだって!」
猫が手足をバタつかせる。耳も。あと尻尾も。身体をめいっぱい動かして伝えようとするのがアクリアという子の特徴だった。
「そんなに強いニャ! 頭もいいニャ! 将来は魔王になって、他人の物を取ったり、人間界を侵略したりして、なんでも出来るスゴい魔族になれるニャ! なのに、わざわざ誰かに優しくするなんて変ニャ!」
ごもっともな意見である。だが生まれついた性格ばっかりはエカテリーナにもどうしようもない。苦笑いを返す。
「私は、やりたいようにやってるだけだから」
「はぇ~~~」
アクリアは左目だけでキラキラした眼差しを向ける。尊敬の色があるのも間違いないが、変な生き物を見るような色も若干ある。
「エリー、ウチも強くなれるかニャ……?」
心配そうな表情。エカテリーナの目には、アクリアのその表情は、自分に自信がないように映った。
「なれるよ」
「本当ニャ? 嘘ついてないニャ?」
「本当。だって、さっきまで全然文字読めなかったけど、今はちょっと読めるでしょ?」
その言葉にアクリアは耳をパタパタ動かし、興奮気味に試験結果を読み返し、復習を始めた。
決闘するエカテリーナの姿を見て抱いた、Cクラスでもやれるという希望。それが今は、自分にもやれるという希望へと変わっている。
抗いきれない眠気が来るまで、バステトの少女はそこで勉強に励んだ。




