「もしかして:エカテリーナ超強い」
エカテリーナが寮に戻って自分の部屋のポストを開けると、封筒が届いていた。差出人は、小学校だ。
「なんだろ?」
厚さからいって手紙だろうけど……。窓辺に行き、封筒を月の光に透かす。手紙の位置を確認し、びりびりと封筒を破いた。
「これは……」
中に入っていたのは確かに小学校からエカテリーナ宛の手紙だった。だが、それを一通り読んで理解したエカテリーナは、思わず笑みを浮かべるのだった。
翌日。エカテリーナは1時間目から5時間目まで出席した。どうやら教師は科目別にいるらしく、また、席も空いている席に適当に座っていいとのことだった。
ところで、そういったルールよりも、さらによく解ったことがある。
魔族がぐうたらな生き物だということだ。出席率が低すぎる。
一応、読み書きを習得したい者は多いらしく、語学だけは多少人気があった。
だが、それ以外の科目は出席率が3割にも満たない。エカテリーナが観察した結果、2科目以上に出席していたのは自分含めて6人ほど、3科目以上となると自分とアクリアだけ、4科目以上は自分だけだ。
出席自由な時点で予想はしていたが、彼女の予想を遥かに上回る出席率の低さだ。
なにが悪いって、優等生は授業をサボってこそ優等生という認識があることだ。そしてやっぱり、このままいけばエカテリーナは不良だと呼ばれるのだろう。
(どうでもいいと言えばどうでもいいんだけど)
出席率のことだ。本人が来たくないのだから、無理に来させなくてもいい。だが問題は、自身の評判だ。
(不良って言われたら、またお友達が出来ない……せっかくアクリアとも仲良くなれたのに)
エカテリーナにとって今年最大の目標は友達なのだ。アクリア1人と友達だからもういいや、ということではない。
ま、いっか。もう少し学校に慣れてからで。決闘のこともあるし。
今は、深く考えないことにした。
あっという間に放課後になる。訓練場の位置は昨日の内に把握していたから、アクリアを連れてそこへ向かう。
「ここだよ」
「うぅ……」
「お腹押さえてどうしたの?」
「なんか、痛いんだニャ……それより、アイツには絶対勝てないニャ、決闘なんてやめるニャ」
心労が、お腹にキているらしい。とはいっても、そんな症状が出ることを幼女2人は知らないが。
「それは……多分平気」
「どこからその自信が来るニャ……」
不敵な笑みを浮かべながら、訓練場の扉を開けた。
訓練場は円形のコロシアムのようになっていて、結構広い。2人が入ってきた扉は、観客席上部に繋がるモノだった。エカテリーナはアクリアを観客席に残し、中央、闘技エリアへと降りていく。
金髪の幼女が、不遜に腕組みをしてエカテリーナを待っていた。
「逃げなかったことは褒めて差し上げますわ」
観客席には多くのギャラリーがいた。おそらく新入生がクラスを問わず集まっているし、上級生もいるだろう。ギャラリーを集める、と言ってはいたが、昨日の今日でよくこれだけ集めたものである。
「逃げないよ」
「ふん、気に入りませんわ」
ちゃんと時間通りに来たのに、何が気に入らなかったんだろう。お金持ち(多分)の考えることは解らないなぁ……。
「あー、ルールを説明するぞ」
審判役なのか、大人の女性がいた。多分昨日時間割を配ってた先生で、種族はアラクネとかだろうか。上半身が人間の女性で、下半身が蜘蛛の魔族。エカテリーナの見たことのない種族が多い。これは本格的にいい本を見つけた方がよさそうである。
「相手に降参させるか、片方に勝ち目がないと私が判断したら終わり」
シンプルなルール。場外も負けではないが、小学生同士では場外などまず起きないほど広い。
「人質を取ったりするのは禁止。まあ、なんつーか……1対1の決闘だかんな」
基本的には、魔族同士の勝負で卑怯という言葉は存在しない。むしろ卑怯であることは褒め言葉である。
「1年Aクラス、スローヴィア・グランサーフ」
歓声が湧いた。その声が、入学時点でAクラスであることのすごさを物語っている。
「1年Cクラス、エカテリーナ・テレサ」
シン……。一瞬の沈黙の後、会場がざわめいた。Cクラス? 聞き違いか? 勝てるわけなくない? ……ギャラリーは様々言っているが、Aクラスのスローヴィアが勝つに決まっているという意見ばかりだ。じゃあ、あのバカなCクラスが無様に負けるのを眺めよう、という意見。
「用意はいいな? では……」
ギャラリーが静まり返り、2人の幼女が身構える。エカテリーナは動き出しやすいように。スローヴィアは腰に差したレイピアを抜き放つ。
あ、あれ? もしかして、武器使っていいの? 私、武器使えないんだけど……。
スローヴィアが1歩目を踏み込んでくる。まだ、開始の合図は出ていない。
「はじめっ!」
「ズルい! 反則だよっ!」
「審判が止めなければ反則じゃありませんわっ!」
スローヴィアがレイピアでの刺突を繰り出す。連続した突き。流れるような動作は全くの素人ではないことを示していた。
エカテリーナはレイピアのリーチから逃れるように後退しながらかわす。レイピアが、常に正面に来る。届かないのはスローヴィアの踏み込みが足りないのが原因だが、そこまで考える余裕はスローヴィアにはない。
「逃げてばかりですのねっ! 降参してもよろしくてよ!」
「降参はしない、よっ!」
後方に壁が迫っていることに気付いていたエカテリーナは翼をはためかせて大きく跳ぶ。飛翔ではなく、翼の力を利用した跳躍。これは、常に重力に抗う飛翔よりも速く動けるのが利点。高く跳び上がったエカテリーナは、開始位置に着地する。互いの距離が大きく離れる。
(どうしよ……)
ここまでスローヴィアの刺突をひたすらかわしていたエカテリーナには、既に彼女のレイピアの実力がある程度把握出来ている。
(この子……弱いんだけど……)
踏み込みは甘い、身体能力を魔力で補強している様子もない。1番問題なのは、
(殺意がないよね)
エカテリーナを殺してやろうという気迫、相手を呑み込む殺意がスローヴィアには全くない。ファイロウウルフやザルグェイアスはもとより、軽めの鍛練をつけてくれたディロンにすら劣る。端的に言えば、全然怖くない。
どうしよ。私が攻撃しても平気なのかな。殺意を込めて攻撃したら勝てそうだけど……。
そんなことを考えている間にもスローヴィアはゆっくり歩いてくる。弱者をいたぶる愉悦に浸りながら。これは、実力差に気付いていない。
「ふふ、とっておきを見せてあげますわ」
スローヴィアがレイピアを持たない左手をこちらに向けて伸ばした。その手のひらに、握りこぶし大の火の玉が出現する。
「魔法!?」
エカテリーナもさすがに驚いた。ディロンに、魔法が使える子供はお前くらいだ、なんて言われていたからだ。
その反応を見たスローヴィアは嗜虐的な笑みを浮かべながら、火球をエカテリーナへ放つ。
「食らいなさいな!」
「…………えいっ」
サキュバスの幼女は、放たれたのを見てから落ち着いて水属性の魔力で迎撃し、あっさり火球を消し去る。エカテリーナには見ただけで解ったが、あれは魔法ではない。蓄積魔力を放っただけだ。
「なっ、そんな……!?」
あっ、スローヴィアすごく驚いてる。とっておきって言ってたしね……。
赤い瞳の金髪は、狼狽しながらレイピアの切っ先をエカテリーナに向ける。
「あ、貴女、Cクラスでは……何故魔法を……!?」
「えーっと……」
試合開始から野次を飛ばしてきていたギャラリーが、再び静まり返っている。落ちこぼれが、エリートの剣戟を余裕を持って全て回避し、魔力に対しても魔力で軽くあしらってみせたのだ。もはや、ただの落ちこぼれではないことは明白だった。
(は、恥ずかしい……。~~~~~っ! こんなに注目されるなんてぇっ!)
顔を赤くしながら、エカテリーナは決意を固める。審判が止めてくれる。そう信じて。もちろんエカテリーナも寸止めにするつもりだが、万が一ということもあった。
「……私は、Cクラスだよ」
「で、でもっ!?」
「ごめんね」
向こうにだけ武器があり、魔法が自分にだけ使える以上、こちらから近付くことはしたくない。だったら、選択肢は1つだ。審判の教師をチラリと一瞥して、いざという時は止めてくれるように視線を送る。
エカテリーナの小さな手から、闇の魔力が棒状に伸びていく。両手でその棒を掴み、さらに魔力を注ぐ。彼女の背丈の3倍ほどの大きさにまで成長したその形状は、巨大な鎌。
「ひっ!?」
「……デスサイス」
現実を受け入れられない様子で震えるスローヴィアに冷徹な目を向け、一切の容赦なく死の鎌を水平に薙いだ。エカテリーナの意識は1つだ。スローヴィアの首を……落とすっ!
「そこまでっ!」
その凶刃がスローヴィアの首を狩り落とす寸前、審判によってデスサイスは止められていた。エカテリーナも気持ちを切り替え、すぐに魔力を引っ込める。
「ふぅ」
エカテリーナが息をつき、スローヴィアがフラリと失神するとともに、教師から勝者宣言が行われる。
「勝者! 1年Cクラス、エカテリーナ・テレサ!」
CクラスがAクラスを圧倒するというまさかの展開に、ギャラリーから、地を揺るがすような歓声が湧いた。




