「優しい子 エカテリーナ」
エカテリーナは3歳になった。その頃からエカテリーナは多少文字が読めるようになったせいか、本を読みたがるようになった。そう。自主的な勉強だ。
エカテリーナの両親は、それはもう困った。彼女が最初に「ご本読みたい」と言い出した時には、この世の終わりではないかというような真っ青な顔をしたものだ。
「あなた、あの子が勉強を……しかも自分からそんなことするなんて……ああ、どうしましょう!?」
「……このままでは、エカテリーナは学校も無遅刻無欠席……それどころかきちんと最後まで通って、卒業してしまうかもしれん!」
「そ、そんな……! なんて恐ろしい……!」
「早く、なんとかしないと……!」
早く更生させないと、我々は「ダメな親」の烙印を押されてしまう。それは避けたい。たとえエカテリーナが不良でも、我々は不良じゃないんだ! ……エカテリーナの両親は平凡な存在ながら、その心には、誰にも負けないほど高潔な魔族の精神を宿していた。
父親は、エカテリーナに一応本を与えることした。しかし、娘が嬉しそうに受け取ってもその手を放すことなく、無邪気な幼女に言い聞かせる。
「いいか、エカテリーナ。確かに知識は武器になる。だがな、自分から勉強するなんて、そんなことダメだ」
エカテリーナは、子供らしくキョトンと首を傾げた。本当に解っていないようだ。子供とはいえ、魔族に生まれたというのにこんなことも解らないというのは、親にとって肝の冷える事態だ。
「どうして?」
「それは、悪い子のすることだ。エカテリーナは悪い子なのかい?」
「……ううん。私、いい子にする」
エカテリーナはイマイチ納得いかない顔をしていたが、雰囲気で解ってくれたらしい。安心した父親は本(魔界で最もメジャーな童話だ)を渡した。彼の幼少期の持ち物で、偶然残っていた物だ。
「よし、じゃあそれはあげよう。今回だけだぞ?」
こんなボロボロの安い本で釣れるのだ。子供なんてチョロい。これからも適当な教育をして、適当な娘に育ってもらわなくては。サキュバスらしく、弱い人間を狙って誑かすくらいでちょうどいい。父親はそう考えていた。
「ありがとうパパ」
「魔族が礼なんか言うんじゃない!」
「…………?」
エカテリーナの非常識さ加減に、父は胃が痛くなってきた。娘の更正への道は、まだ先が長いのかもしれない。何故それを父親の俺がやらねばならないのか。誰かが代わりにやればいいのに。
「ねえパパ」
「ん?なんだ?」
「私、悪い子にならないように頑張る」
やる気があるなら、大丈夫かもしれない。いや、頑張るなんてそんな不良みたいな言葉使われちゃ困るんだけど、これから治していく気がこの子にはあるんだ。ならまあいい。……父親は、少し嬉しかった。だが。
「私、大きくなったらパパとママに、えと、うんと……「オンガエシ」! 「オンガエシ」するからね!」
……もはや父親は、声を発することも出来ず、ガックリと肩を落とすのだった。
彼らの住む町は、あまり大きくない。近所で「変わったサキュバスの子がいる」なんて話になるのは必然で、周辺のママさんにはあっという間に伝わっていったものだ。やがてエカテリーナの話は、近所どころか隣町でも有名な話になってしまった。
落ちこぼれになりそうな、ダメなサキュバス。それが、魔界の小学校に入学するまでのエカテリーナに与えられた評価であった。