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「魔界小学校」

 




 魔界にも、小学校が存在する。「魔界小学校」というまんまな名前のその小学校は、魔界全土の小学生の全てが通うという一見狂気じみた経営を行っている。寮完備で、入学する者は必ず入らなければならない決まりになっている。中には明らかに無駄だろうと思える施設までもがあるために敷地面積は広大すぎて、どこに何があるのか、全て把握している者などほとんどいない。


 その魔界小学校、今日は入学式である。講堂と呼ばれる場所に新入生は集められ、式の開始を待ちわびている。早く終わらないかなと。


 その中に、平凡なサキュバスの少女、エカテリーナ・テレサはいた。クラス分けされ、Cクラスに割り当てられた彼女は、周りを見て少し不思議に思う。


(魔界全土の子供がいるはずなのに……少ない?)


 実は魔族というのは長命で生命力も高いせいか、あまり積極的に子孫を増やしたりしない。家庭に3人も子供がいればそれはかなり大家族の部類である。


 さらに、小学校に入学するのは魔界でも当たり前のことではあるものの、厳密には任意である為、それを知る者が通わない選択をすることもままある。


 故に、魔界全土の6歳が集められたところで900がいいところだ。もっとも、AクラスBクラスCクラスと別々に入学式が行われているから、エカテリーナの疑問自体に少し誤解があるのだが。


「では、校長のお話です」


 やる気のなさそうな司会に促され、結構な歳であろうドライアドのお爺さんが壇上に出てきた。


 ドライアドとは木の精であり、木の着ぐるみの中から人が顔を出しているような姿をしている。校長とやらの木はほぼ枯れていて、寿命が近いのではないかと思わせた。


「え~、こほん。わしは小学校校長じゃ。こんな面倒な仕事を引き受けている儂を~、え~、尊敬するようにの」


 それだけ言って、壇を下りていく校長。さらには、司会の教師が「以上。クラスに戻るように」と言い、あっという間にCクラスの入学式は終わった。






 クラスに案内されるが、全員がクラスに収まった時にエカテリーナが感じたのは、


(広! 遠くの方見えないよ!?)


 何せ、900人の新入生の内、3分の1がこの教室にいるのだ。広くて当たり前、遠くが見えなくて当たり前で、種族もバラバラなせいで体格差も考えられていない。一番前の席にオーガがいるのはどう考えてもおかしい。


 遥か遠くに教師が入ってくるのが解った。ただ、エカテリーナの席は後方だったから種族や顔までは見えない。何かを口に当てて声をあげている。メガホンだろうか。聞こえてきたその声はサバサバした女性の声だった。


「いいかー、小学校の授業は自由参加だー、時間割配るから、好きな授業に出ろよー。明日からだからなー」


 そして、時間割を配って、それが行き渡ったことを確認したらすぐに出ていってしまう。他の生徒は手近な生徒に話しかけて、交流を始める。


(すごいなぁ……自然に友達になってる)


 エカテリーナには、眩しく見えた。そして彼女は、上手く話しかける術を知らず、適当に自己紹介をするだけでも問題ないということも知らないのだ。


 仕方なく、時間割を眺める。1日5時間授業で、週に2日(週末と真ん中だ)の休み。科目も色々あった。この中から好きな科目の時はこの教室に来て、休みは好きに取れ、ということだろう。


「お前は誰だニャ!」

「きゃあっ!?」


 時間割の文字を眺めてどう生活していくか考えていたところ、突然大きな声で話しかけられた。その声の主は隣の席に座っていた少女で、今のは明らかに声量を間違えている。


 エカテリーナはその大声に心臓をばくばく言わせながら答える。


「私は、エカテリーナ・テレサ。……えと、あなたは?」

「ウチはアクリア・レイアークスだニャ!」


 アクリアと名乗った活発そうな少女。人ベースの姿に、特徴的な語尾。耳は頭頂に猫耳、尻尾もある。左目が美しいエメラルド色。右目は、痛々しい引っ掻き傷に潰され、閉じられていた。


「エカテリーナ! お前はなんだニャ!」

「えっと、種族かな? サキュバスだけど」


 幼いせいで、質問が下手である。が、種族的にエカテリーナの知性が成長しているだけなので、大抵はこんなものだ。


「ウチはバステトだニャ!」

「バステト?」


 あとで調べようとエカテリーナは思った。確か、図書室もあったはず。探検がてら行こうと。


 アクリアは、右手を差し出す。握手を挨拶とするのは、魔界と人間界の共通項だ。


「よろしくニャ!」

「うん、よろしくね!」


 案外簡単に、友達が出来た。それに気付いたエカテリーナは気持ちがふわふわしてきているのを感じた。知らず知らず、尻尾がぴょこぴょこと揺れる。


 もしかしたら、案外学校生活が楽しくなるかもしれない。エカテリーナはそう考えていた。だが、Cクラスに配属された彼女がそんなに簡単に学校生活を送れるわけはない。


 それを理解させる出来事は、すぐにやってきた。






「アクリアは、文字とか読める?」

「読めないニャ。これから覚えればいいニャ」


 小学校を探検しながらアクリアと会話で交流する。彼女は人懐っこい性格らしく、その気楽さからエカテリーナの口からも自然に話題が出てきた。


 そして、自分がどうやら結構すごいらしいことを認識した。


 アクリアは蓄積魔力を体外に出したこともなく、魔界の知識もほとんどない。さらに文字も読めないということで、まるで町の図書館に通い始める前のエカテリーナのようだった。


(でも私もCクラスなんだよね……)


 そう。それはつまり、自分が同い年の中では弱いことを意味する。Cクラスの中でもこれだけの差があるのに、Aクラスにはどんな化け物がいるのか。


 さすがにディロンやルシファー、ノブナガには及ぶはずもないのは解る。だからエカテリーナの頭には、ザルグェイアスやカトルの姿が浮かんでいた。


「ウチには、いいところがないのニャ……」

「えっ?」


 不意に、沈んだ顔をするアクリア。尻尾も耳も彼女の気分と同じように項垂うなだれている。さっきまで元気一杯な感じだったのだが……感情の起伏が激しいというよりは、感情が素直に表に出やすいのだろう。


「バステトは、身体が強いんだニャ。素早く動いたり、攻撃したりするのが得意ニャ」


 しならかな筋肉を持ち、肉弾戦を得意とする。身体強化エンハンスをかけることで戦力としては白兵戦における前衛や伝令、労働要員としては手紙や郵便物を届ける飛脚として需要がある。


「でもウチは、右目が見えないニャ。だから、運動も苦手で……バカだし、魔法も使えない……落ちこぼれニャ」

「そんなことないよ。誰でも、最初からなんでもは出来ないよ。これから頑張っていこ? ね?」


 シュンとするアクリアをなぐさめようと、頭を撫でてみる。ディロンやカトルがたまにしてくれたのを覚えていたのだ。


 アクリアが、キョトンとして顔を上げる。何か間違えただろうか、とエカテリーナはやや不安になる。


「どうして優しくしてくれるニャ?」

「どうしてって……私が、そうしたいから?」


 少し自信がなく、疑問系になってしまう。なんでと言われても解らん、というのがエカテリーナの本音。


「ニャハハハ! 変なヤツだニャ!」

「うん、よく言われる」


 距離も長ければ幅も広い廊下を歩きながら笑いあう。カトルと話した時間を思い出し、友達のよさを再認識した。同時に、友達が出来てよかったと安心もした。


「ニャッ!?」

「あっ!?」


 アクリアが、突然前に転んだ。エカテリーナにも反応しきれず、助けることの出来なかったバステトの少女は廊下に身を打ち付ける。


「大丈夫!?」

「痛いニャ……で、でも平気ニャ。身体は丈夫に出来てるニャ」


 確かに言う通り、擦り傷やアザの類いは見られない。強がりではなく、本当に運よくケガをしなかったようだ。


 アクリアが、エカテリーナの背後を睨む。振り向けば、そこにも少女がいた。


 人間に近い姿をしていて、山羊の角を持っていることから、おそらくは悪魔族かそれに近い種族だろう。流れるような金髪に、血のような真っ赤な瞳。何故か偉そうな態度。


「あらぁ? 全然気付きませんでしたわ」


 エカテリーナは思う。変わった喋り方をする子だなあ。


「ウソニャ! ウチを突き飛ばしたニャ!」

「えぇっ!?」


 アクリアの言葉に、エカテリーナは金髪を見る。彼女は悪びれもせず、毛先をくるくるといじっている。


「わたくしはAクラスですのよ? 身分もわきまえず道を塞ぐ方が悪いのですわ」

「難しい言葉を知ってるんだね」

「ふふん。そうでしょう? ……って違いますわ!」


 褒めたのに、しかも一瞬嬉しそうだったのに、なんで怒るんだろう?


「Aクラスのエリート、このスローヴィア・グランサーフに歩みを止めさせたのですから、ケガくらいするべきですわ。相応のむ、む……」

むくい?」

「相応の報いですわ!」


 裕福な家に生まれ、多分種族も恵まれてる。入学前から英才教育も受けてきたのだろう。プライドの高さや、高慢な性格が滲み出ていた。


 でも、そんなことでアクリアがケガをしてもいいなんて、許せない。小学校初めての友達に、そんなことされて黙ってられないよ!


「謝って」

「……は?」

「アクリアに謝って」


 エカテリーナは果敢かかんにスローヴィアに謝罪を要求する。謝罪をされてもアクリアの心の傷は消えないが、それでも何もさせないのは嫌だった。


「貴女……わたくしを誰だと」

「知らない。初対面だもん」


 それは確かに。アクリアも思ったし、スローヴィアもちょっと思った。名乗りはしたけど。だが、その程度で引き下がるスローヴィアではない。


「わたくしに謝れと? ……貴女、クラスは?」

「Cクラス」


 キッ、と睨み付けてくるエカテリーナのクラスを聞いたスローヴィアはニヤリと笑う。そして、挑発的な笑みのまま、エカテリーナに提案する。


「だったら、決闘しましょう。わたくしが勝ったら、小学生でいる間、貴女達はわたくしに服従なさい」

「じゃあ、私が勝ったらアクリアに謝って」

「土下座でもなんでもして差し上げますわ」


 無茶な決闘に挑もうとするエカテリーナの袖を、アクリアが引く。


「無理ニャ。相手はAクラスなのに……」

「……大事な友達をあんな風にされて、黙ってられない。……絶対、負けないから」


 もうダメだと諦めているアクリアを余所よそに、2人は決闘の約束を取り決めてしまう。


「明日の16時、訓練場に来なさい」

「いいよ」

「ギャラリーもたくさん呼びましょう! あぁ、明日が楽しみですわぁ!」


 オーッホッホッホ! と、テンプレートな笑いを残して、スローヴィアは去っていった。


 エカテリーナは非常にやる気だが、アクリアは不安で仕方なかった。当たり前だ。AクラスとCクラスでは天地がひっくり返っても勝てるわけがない。


「よーし! 頑張るぞー!」


 それでも、アクリアはエカテリーナが勝つことを祈るしかない。


『わたくしが勝ったら、小学生でいる間、貴女「達」はわたくしに服従なさい』


 ……多分、エカテリーナは気付いてないニャ。さらっとウチも服従させられる対象になってることに……。


 仲間思いな友達だけど、天然はすごく困るニャ……。




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