「エカテリーナ、小学校へ」
「お疲れ様、ディロン、ノブナガ。助かったよ」
「…………」
「暴れたりないなー。所詮は雑魚共かぁー…………はぁ、カトルでも迎えに行くかー、腹も減ったしなー」
堕天使の青年の礼に、それぞれの返しをする。ノブナガは片手を上げて別れを示し、ディロンはエカテリーナ共々無言のままルシファーを無視して立ち去ろうとする。
「待ちなよディロン」
無視する。これ以上関わる理由がない。エカテリーナを一刻も早く故郷に帰してやらねばならない。
青年は、それ以上引き止めなかった。背後から小さく息をつく音が聞こえる。
「エカテリーナに肩入れするのはいいけど、光の使い方を教えちゃダメだよ?」
言われるまでもない。魔族は光属性の扱いが苦手な者が9割以上。広い魔界で光属性を得意とするのは、唯一俺だけなのだから。
悪しき魔族の身には、否定の力は本来馴染まない。聖邪のバランスが崩れるからだ。逆に、天使の身に肯定の力が馴染むこともない。だから、大抵魔族は光属性の扱いを苦手とし、天使は闇属性の扱いを苦手とする。
だから、光属性を自在に操る魔族のディロンと、闇属性を自身の力とするルシファーは、異端の存在。徹底的に悪しき光と、どこまでも優しき闇。
そんな異様な存在として魔界に生を受けたディロンは身を持って知っている。光は、自身をも否定しかねないと。
不安そうに男の顔を覗き込む少女の頭を軽く撫で、ディロンはエカテリーナの故郷へ飛んだ。
エカテリーナにとっては懐かしさすら覚える、田舎町。天使を殲滅したり、移動したりしている内に既に夜になっていた。
ディロンに別れを告げ、走って自宅へと向かう。家には明かりがついていて、両親が起きていることを示していた。鍵はかかっているだろうからノックしなければならないが、少し躊躇った。
(心配……してたかな……)
私がパパやママの立場だったら、すごく心配したと思う。でも、魔族だったら、心配なんてしないのが普通。私が門限通りに帰って来るとちょっと嫌そうな顔をしていたことに、私も全然気付かなかったわけじゃない。
もしかしたら家出をしたことを喜んでいるのかもしれない。でも、たとえそうだったとしても、私はパパやママに会いたいんだもん。だから。
ドキドキする胸を押さえながら、自宅のドアをノックする。
数瞬の後に戸が開き、母のリースが顔を出した。
「ただいま、ママ」
「エカテリーナ……? 本当にエカテリーナなの?」
リースはまず驚き、エカテリーナが帰ってきたのだと解るや否や、娘を強く抱きしめた。
「あぁエカテリーナ! 心配したのよ……っ! 帰ってきてくれてよかった……! エカテリーナ……!」
「ママ……?」
声が、震えているようだった。ママ、泣いてるの? 心配してくれてたの?
もしかしたら魔族には、愛情なんてないんじゃないか。エカテリーナは薄々そう思っていた。両親に冷たくされてたわけじゃない。しかし、優しきを悪とする魔族にとって、家族を愛するなんてもっての他ではないか。
でも、違った。本当は、魔族達も優しい心を持っている。それを上手く表に出せないだけ。
「ママ……っ! 心配かけてごめんなさい!」
「いいのよ……ちゃんと帰ってきてくれたんだもの! ケガはない? 寒かったでしょう? さ、早く入ってあったまりなさい」
母は、どこで何をしていたのかを叱りつけるより先に、娘の身を案じて温かい食事を作ってくれた。
父は、毎日近所やら隣町にまで行ってエカテリーナの情報を訊いて回り、いつ帰ってきてもいいようにエカテリーナの好物を毎日買って帰ってきては、落胆していたのだという。
いい家族に恵まれたなあ。素直に、大事にしたいと思えるような家族に。
エカテリーナ・テレサ、5歳。もうすぐ6歳になり、そして、小学校へと入学することになる。
それからの日々は、実に平和だった。ディロンは相変わらず図書館で毎日司書をしていたし、あの悪趣味な青年が会いに来ることもなかった。
毎日魔法の練習をして、勉強をして、ディロンに軽く(本当に軽くだが)戦いの稽古もつけてもらった。近所の子供達と仲良くするのだけは無理だったが、石を投げられるようなことはなくなった。……ちょっと、怖がられている。
エカテリーナ自身の課題としては、やはり友達を作るというのが大きい。が、エカテリーナはあまり悲観もしていなかった。
「いっちねんせーい、になったーらっ、いっちねんせーい、になったーら、とっもだっち100人でっきるかな」
森でカトルに教えてもらった覚えたての歌(日本の有名な歌だそうだ)を口ずさみながら、エカテリーナは大荷物をまとめている。とはいえ、荷物など着替えがほとんど。必要な物は向こうでもある程度調達できるだろう。
「エカテリーナ、用意は出来た?」
「あれもこれもって、持っていき過ぎるなよ?」
「大丈夫だよ。お父さん、お母さん」
小学生になるのにパパママでは恥ずかしく、お父さんお母さんと呼ぶようになっていた。エカテリーナは荷物を積め終えたカバンを閉じる。重さも……問題なさそうだ。
「今日で……しばらくお別れだね」
寂しがるなんて、魔族のすることではない。小学校入学は、魔族の子供にとって一大イベント。親元を離れられて自由の身になれるというのが一般的な感想だろう。
「エカテリーナ。これを、持っていけ」
「これは?」
それは、小さな青い宝石の埋め込まれたペンダントだった。光を反射して、キラキラと輝いている。
「綺麗……!」
「それは蓄積魔力を持った宝石でな。扱い方を覚えれば、そこからも魔力を取り出して自分のモノに出来る」
「えーっと?」
「身に付けていると魔力が多く使えるってことよ」
それに、そこから魔力を取り出してもきちんと時間で回復するし、宝石自体が持つ蓄積魔力量もほんの少し増えるらしい。高かったんじゃなかろうか。
「先行投資だ。いつかお返ししてくれるんだろう?」
「うん。ありがとう」
それが本心なのか、はたまた照れ隠しのようなモノなのかは解らない。でも、解らなくたっていい。エカテリーナは、両親が好きだから。
「じゃあ、いってきます」
荷物を持って、家を出る。町の広場に、小学校からの迎えが来ているはずだ。今年入学する予定の子供をまとめて回収するために。
広場に行けば、既に迎えは来ていた。大きめの馬車の中に、同い年の子供達が何人か乗り込んで出発を待っている。彼らはエカテリーナを見るとギョッとして、そそくさと場所を空けた。元々、座れるだけのスペースは余裕でありそうだったが。
乗り込む寸前、ふと図書館の方角を見る。民家に隠れて図書館自体は見えない。昨日も、ディロンは別にいつも通りだったし、しばしのさよならは伝えたが、最後に顔が見たかったなと思ったのだ。
「あっ」
図書館の方角、民家の陰に隠れるように、片角の司書はいた。誰の視界にも入らないように身を隠しつつ、エカテリーナを見ている。
エカテリーナは彼に向けて控えめに手を振った。あのディロンが返してくれると期待はしていなかったのだが、意外にも彼は手を振り返してくれた。
最後にディロンに向けて軽く微笑み、馬車に乗る。
(さよなら。私のふるさと。必ず強くなって、帰ってきます)
出発の笛が吹かれ、エカテリーナ達を乗せた馬車が小学校へ向けて動き出した。
魔界では小学校の内から、A、B、Cのクラスに実力ごとにクラス分けされる。Aが一番優秀なクラスであり、入学前に小学校で試験が行われ、入学後最初のクラスはそれによって分けられるのだ。
エカテリーナは優秀だ。魔法は使えるし、サキュバスの子供としては体力もある方で、実戦的な動きも悪くない。空も自由に飛べるし、知識も豊富だ。
だが、エカテリーナが小学校に入学した際の最初のクラスは、Cであった。
底辺クラス、落ちこぼれと呼ばれるCクラスに、彼女は配属されたのである。
~幼少期編~
了




