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「パーフェクトゲーム」

 




 月を通り、次々と天使がやってくる。鎧を着けた騎士風の者、ローブを着た魔法使い風の者、純白の翼を背負っていることが大きな共通点だが、その実、種類は様々だ。数が多すぎて、遠目からは虫や鳥の大移動のようにも見える。


「さあ! 僕がみんな救済してあげよう!」


 ルシファーが空を舞う。暗く深い冥の軌跡を残しながら。ルシファーが通過した後の闇からは無数の死者の腕が伸び、抜け出すことの出来ない闇へと天使達を引きずり込んでいく。


 闇属性とは、全てを呑み込み受け入れる「肯定の力」。死者も生者も、善も悪も、全てを平等に、等しく愛して受け入れる。あらゆる存在が、同じ闇となって溶けていく。


ひるむな! たかだか3人! けがれた魔族に、清廉せいれんなる裁きを与えるのだ! 他でもない、我々が!」


 粋がった若者に賛同した連中の割にどうやらきちんと隊を組んで来たらしく、統率は取れている。小隊長を倒されても、部隊員は慌てず別の隊へと移る。その切り替えの速さには、舌を巻くほどのものがあった。


「さあ、さあさあさあ! 僕を討てる者はいないのかい?」


 ルシファーは1人たりとも天使を魔界に下ろす気はなく、1人たりとも天界へ生きて帰す気もない。何故なら、


完全試合パーフェクトゲームにならないからね!)


 堕ちた天使の闇は、かつての同胞を平然と喰らい、その腹の底へと呑み込んでいく。天使の放つ魔法も、矢も、彼には届かない。全てが、闇に呑まれていく。






「そらそらどうした! 退屈でしかないぞ天使共!」


 そのセリフとは裏腹に、満面に凶暴な笑みをたたえるノブナガ。ふざけた格好をしていても、アホの子だったとしても、彼女は強い。魔界最強の男、ルシファーが戦力として認めるくらいには。


 ノブナガが放った爆炎が龍の形を成して天界の住人を喰らう。消し炭すらも、残らない。


「第六天魔王であるこのアタシを楽しませろぉぉぉ!」


 爆炎の魔法少女は、宙を豪快に駆けながら炎を生み出していく。火柱を上げ、四方八方無差別に炎弾を撃ち出し、炎を風で巻き上げ、竜巻を起こす。


 繊細とは程遠い戦い方だが、その圧倒的な力の前に、天使達は成す術もなく焼き払われていく。


 第六天魔王が天高く飛び上がり、天使達を見下ろす。アリンコのような小さな粒を見て満足そうに笑い、魔力を思い切り、手当たり次第にバラまいた。


 彼らの頭上から、火属性の魔力が降り注ぐ。圧倒的な物量の炎が、まるで天井が落下してくるかのように天使を焼かんとする。


 慌てた天使達が水属性の魔法を次々と撃つが、降り注ぐ火炎地獄を止めるどころか、勢いをぐことすら出来ず、数千の軍勢が一気に焼き殺された。


「アッハッハッハ! その程度の魔力で、アタシの「本能寺の変」を止められるものか! アーッハッハッハッハッハ!」


 そのネーミングでいいのかとツッコミを入れる者は、この場にはいない。






 飛び回りながら戦う2人とは逆に、ディロンの戦いは落ち着いたモノだった。初めにいた場所から、全く動いていない。


 光でつるぎを形成し、次々と撃ち出していく。秒間20は下らない数を撃ち出しているが、その全てが的確に敵勢を貫く。


 ディロンの刃に倒れた天使は、絶命とともにその亡骸なきがらちりのように散らし、光の粒子となって天へと還っていく。


 光属性とは、潔白けっぱくたる存在以外は決して許さない「否定の力」。清らかな光以外の存在を、触れた者を等しく否定し、消滅させる。あらゆる存在が、光の中に消えていく。


 ルシファーとノブナガが月に近付いて天使をどんどん消し去る中で、ディロンが雲の上すぐの所に身を置いていることには、理由がある。


 敵はあまりに多く、その数にモノを言わせて前衛2人を強引に抜き、魔界に降下しようとする者が多くいた。それらをディロンが処理しなければ、魔界に被害が及ぶ。その死体さえも、残せば魔界に落下する。だから、ディロンが否定の光で消し去る。


 彼は残さず敵を撃ち抜き、また、自身に迫る敵の攻撃も全て光刃で切り捨てる。防衛線としての役割を、きっちり果たしていた。


「リーナ、目を閉じていなくて大丈夫か」


 腕に抱く優しい幼女に問う。人が傷つくのを嫌がり、木の的にすら魔法を当てることが出来なかった少女。それが今、天使がほぼ一方的に虐殺される様子から目を逸らしていなかった。


「……私、ファイロウの森で、モンスターを殺しました」


 静かに、話し出す。決して楽しくなどなかった、しかし、本の中では解らないことを学べた……否応なしに解らされた、数日間のことを。


「生きる為に、自分が死なない為に、他の命を奪って……さっきも誘拐されかけて、誘拐犯の脚を使い物にならなくしました」


 優しいと、皆が言う。けれど、優しいだけでは護れないモノが、魔界にはたくさんある。力がモノを言う世界で優しさを与えるには、力がなくてはならなかった。


「ディロンさん達は今、魔界の人々を護ってくれています。だから、誰かが死んでいく光景でも、私は目を逸らしません」

「……そうか」


 気の利いた返しが思い付かなかったディロンは、無愛想に短く返答する。ノブナガが考えなしに放った「本能寺の変」がディロンとエカテリーナにも襲いかかるが、頭上に屋根を作るように光の壁を張って防ぐ。天使では全く太刀打ち出来ず焼かれるだけの地獄を、ディロンは火の粉すらその身に触れさせない。


 5歳の子供がするには、過酷すぎる数日間だったことはディロンが想像するまでもない。その服を染めている乾いた血の分だけ、彼女は強くなった。身体もそうだが、なにより心が。


(いや、リーナの心の強さは元々持っていたモノだろうな)


 精神が疲弊ひへいし、屈折した心になってしまってもおかしくなかった。おそらくルシファーの狙いはそれだったのだろう。優しく清らかな心を、魔に堕とす。クソみたいな趣味だ。魔族からも忌み嫌われるだろう。


 だが、エカテリーナは耐えた。狂ってしまいそうな状況でも自分を失わず、それどころかそれをかてとして大きく成長を遂げた。


 今のこの子なら、きっと魔族だらけの、自分とは違う価値観だらけの小学校でもやっていけるだろう。ディロンは、希望的観測ではなくそう信じることが出来、安堵あんどを得る。


 そうこうしている内に、月から出続けていた後続が途切れる。残った軍勢さえ倒してしまえば、彼らは全滅だ。ルシファーが月へ飛び込み、逃げ出した指揮官を殺しに行くのが見えた。


「終わるんですね」

「ああ」

「お疲れ様です。ディロンさん」


 エカテリーナはちゃんと解っている。ディロンがこの数日間、必死に自分を探し回っていたことも。その疲労を残したまま戦っていることも。エカテリーナには傷一つ付けさせないようにしていることも。


「ありがとうございます」


 36000の天界の軍勢は、たった3人の魔族に傷一つつけられないまま、誰一人魔界の景色をその目で見ることが出来ないまま、1人残らず魔界の空に散った。





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