「Life is GAME」
空を飛び、故郷を目指すエカテリーナは、大きな気配を感じ取り、そちらに目を向けた。
「なんだろ、あれ?」
謎の光。初めは小さかったその光が、段々大きくなっている。同時に、気配も強くなっていく。……近付いてくる。
エカテリーナはその光に危険を感じた。それは自分より遥かに強大な存在で、それが真っ直ぐ自分を目指して近付いてきている。状況的には、ザルグェイアスに追われた時と似ている。
「…………」
しかし、エカテリーナは慌てない。飛ぶことはやめずに、光から死角となるようにシェイドを作る。
「いけっ!」
迫る光を迎撃するように、シェイドを放った。撃ち出される寸前まで、向こうからは見えていないという確信があったが、
「避けられた!?」
その光は軌道を変え、シェイドを避けた。さっきオーガに向けて1度使っている為、エカテリーナに蓄積魔力は残されていない。だから、さらに迫るその光に対処する術はもうなかった。彼女に出来るのは、その光の主の目的がせめて誘拐等であることを祈ることだけ。生きてさえいれば、チャンスはあるかもしれない。
エカテリーナが、目を閉じる。
「リーナ! リーナ!」
ディロンさんの声が聞こえる……。あまりに会いたくて、夢を見てるのかな……。
「リーナ! しっかりしろ!」
懐かしい、ディロンさんの匂いもする……。まるで抱かれてるみたいで気持ちいい。
「…………えっ?」
抱かれてるみたい? 心地よい、確かな感触にエカテリーナが目を開けると、視界いっぱいに、あの男性がいた。無愛想だったと記憶している顔は焦りを全面に出していたが、片角で、真っ黒い服を着てて。得意属性だと言っていた光属性の魔力が、その身に淡い輝きを与えていた。
「あ……あっ…………ディロンさぁん……!」
「ああ、俺だ。よく、生きててくれた……!」
「ふえぇぇぇん! ディロンさん……っ! ディロンさああぁぁぁん!」
帰ったら、強くなった私の姿を見せて驚かせようと思ってたのに。こんな、泣くつもりじゃなかったのに。
ディロンはエカテリーナを抱きながらも、宥めることはしなかった。姿は見えなくとも、彼には感じられる。ディロンの目の前に、闇が生まれる。
「エカテリーナ、ディロン、おめでとう」
エカテリーナを危険な森へ連れ去り、ディロンにヒントしか与えなかった青年。それが今、最高のエンターテイメントを目の当たりにしたような、子供のように無邪気な笑みでそこにいた。
「どうだいエカテリーナ。楽しんでもらえたかい?」
「楽しくなんか……ないですっ!」
さすがのエカテリーナでも、彼に怒りを覚えていた。あんなに怖い思いをさせられて、命だって危なかったのに、楽しかったかも何もない。青年を目一杯睨む。
「僕は楽しかったよ。ディロンったら、必死なくせにファイロウの森を最後に回すんだもん。運のなさに笑っちゃったよ」
喉を鳴らすような、嫌な笑い方。青年には、見ている相手を不快にさせる能力でもあるかのようだ。
「さて、ディロン。行こうか」
「…………」
「ディロンさん……? 行くって? どこかに行っちゃうんですか……?」
不安になる。せっかくまた会えたのに、もう遠くへ行っちゃうの?
ディロンは、エカテリーナの問いには答えない。代わりに、青年に拒否を示す。
「リーナを家に帰してからだ」
「君は何を言ってる? その子も連れてくんだよ」
「ふざけるな。それでは俺だって片手が塞がる」
「その方が……面白いじゃないか」
青年とディロンは対照的だ。性格も、扱う属性も、その経歴も。何もかもが違う。
「拒否権はないよ? まあ、エカテリーナを抱えたまま、守りながらでも僕に勝てるなら話は別だけど」
「…………チッ」
ディロンが露骨に嫌そうな表情をするところも、舌打ちをするところも。どちらもエカテリーナは初めて見た。
ディロンは視線を腕の中の少女に向け、よく言って聞かせるように告げる。
「リーナ。お前は必ず俺が守る。だから、すまないが着いてきてくれ」
「私も、連れてってくれるんですか?」
「……危ない所だから連れて行きたくなどないんだが、な」
ディロンと青年は対照的だ。苦々しい表情のディロンと、心底楽しそうな青年。エカテリーナにはディロンの心が解らない時がたまにあるが、青年の心など解りたくもない。
「ディロンさんとなら、平気です」
「…………」
「くくっ、じゃあ、決まりだね?」
最初からそれ以外認める気なんてなかったくせに。青年は幼く、優しい少女をも苛立たせる。僕は先に行くよ、と言って青年は闇の中に消える。
「俺達も行くぞ」
「どこに、行くんですか?」
ディロンは、天を指す。
「戦場だ」
魔界は、常に雲に覆われている。その雲というのは非常に高い位置にあり、平凡な魔族では雲の上に行こうという発想すら浮かばないほど、天高くにある。
雲の上には月と呼ばれる光源が存在するが、それが本当はなんなのか、ほとんどの魔族は見たことがない。
雲の上で仁王立ちしている魔法少女、ノブナガはそれを知る数少ない魔族だ。
彼女は翼を持たないが、風属性の魔力を操り、空を飛ぶことが可能だ。この技術は魔法として確立されてはいないが、似たような原理で空を飛べる者は意外と少なくない。
「血が騒ぐぅぅ! ああぁぁぁぁ! 早く来い早く来い早く来い!」
月を見上げる。それは、空間に穿たれた大きな穴。雲よりもさらに高く、その大きさはファイロウの森に匹敵する。そしてそれは、魔界と、天界と、人間界を繋ぐゲート。
先ほどからしきりに光を放ち、天界からの勢力が攻めてきていることを臭わせていた。
「たわけ共め。もっと静かに来ないとバレるに決まってるだろ」
鬨の声までもがここまで聞こえる。だからもう、ノブナガはワクワクを止められない。
そこへ深い闇が生まれ、青年が姿を現す。相変わらず嫌な笑みを浮かべているのだが、ノブナガはそれが気に入っている。……青年の顔は、ミツヒデに似ているから。
「どうだい?」
「来るぞ……もう3分もしない内にな」
「そうか」
ディロンもすぐに来る。十分間に合うだろう。そうなれば、開戦の準備は整う。くくく、と青年は楽しげに笑う。
「僕の手に入れた情報によれば、やんちゃ坊主の率いる軍勢は36000だって」
「1人12000……よいぞ、今宵は飽きなくて済むな!」
そこへ、エカテリーナを抱えたディロンも到着し、迎撃の準備が整う。
青年は、黒い翼をその背に顕現させる。左右3対。光を一切反射しない、濁った黒い色の天使の翼。紛うことなき、堕天使の証。
青年は、堕天使。不毛の地であった魔界に、眷属として魔族を生み出した、魔界の祖と言える存在。その頂点に今なお君臨する彼の名は、ルシファーという。天界に反逆した、魔界最強の存在。
月が一際強く輝き、武装した天使達が姿を見せる。それを見留めた堕天使が、芝居がかった口調で高らかに開戦を宣言した。
「さあ、ゲームの始まりだ!」




