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「魔法を、人に向けて」

 




 朝。エカテリーナは、辺りの揺れによって目を覚ました。彼女は自然現象としての地震をほとんど経験したことがない。


「んぇ……?」

「よう、目を覚ましたか嬢ちゃん」


 知らぬ声。まだ覚醒しきっていない意識でその声の主の姿を見ると…………誰? 男の人?


 その大男の持つ、筋肉でムキムキの身体は背が高いだけでなく横にも広い。頭には鬼の角が生えていて、子供の目から見ても彼はオーガだとすぐに理解出来た。


「えっ!?」


 周りをよく見るとそこは木で出来た小屋のような所で、どうやらこの小屋自体が揺れているようだった。それに、飛び起きようとしたが上手く起きれなかった。何かに遮られて、腕が動かない。


 エカテリーナは縄で縛られて転がされていた。隣で同じように縛られているカトルは、まだイビキをかいて寝ている。とりあえず、今がどういう状況なのかを問う。


「ここはどこですか? あなたは?」

「ここは馬車ン中だ。俺のことは……ちょいと話せねえな」

「馬車?」


 魔界では、荒野の移動に馬車を使うことがままある。運び屋として馬を馬車ごと貸すことで、魔界ではデュラハン族はそこそこ儲けている。


「これが馬車なんですね。馬車って初めて乗りました」

「それは何よりだなァ」


 純粋な興味の視線を巡らせているエカテリーナに、オーガ族の男は少し違和感を覚える。普通は泣き喚いたり、怯えたりするもの。しかし、この子供は怖がる素振りを全く見せない。もしかしたら、実はただの子供ではなくて、この状況から簡単に脱出出来るだけの力を持っているから落ち着いているのではないか。オーガは、次の彼女の言葉に身構える。


「どこへ連れていってくれるんですか? あっ、でも私、お金持ってなくて」

「旅行業者じゃねえよ!」


 確かにエカテリーナは怖がっていない。状況を理解していないのだから。元来、疑うということを知らない娘。今も、彼を危険な人物とは認識しておらず、もしかしたら家に帰してくれる優しい人なのかも、などと考えていた。違うらしいが。


「違うんですか?」

「違えよ!」


 じゃあなんだと言うのか。やっと森で寝て起きることに違和感がなくなったのに、エカテリーナはまた朝から驚いてしまった。寝起きドッキリは、心臓によくない。


「うぅん……?」

「カトル? おはよう」


 オーガの大声ツッコミのせいか、カトルが目を覚ます。彼は寝起きが悪いのか、非常にぼーっとした状態で身体を起こした。縄で縛られているにもかかわらず自然にその身体を起こせたのは、日々の鍛練の賜物たまものか。


「おはようリーナ……」

「よく寝てたね?」

「あぁ……なんだかんだで結構疲れてたんだな……って!」


 口を動かすことで目が覚めてきたカトルは、自分の置かれている状況に気付いた。先に起きているエカテリーナはまだ気付いていないが。


「何をのんきに喋ってるんだよ!」

「???」


 オーガが、何故かうんうんと頷いている。カトルは思う。コイツに同意が得られても全く嬉しくないし、何故かのほほんとしているリーナに現状を把握してもらわないとマズイ。


「縛られてる! 馬車に乗せられてる! 見知らぬ大人! 誘拐されてんの! オレ達は!」

「えぇぇぇぇっ!? なんでそんなことするんですか!?」

「……ガキは金になるからなァ」


 カトルとオーガは頭が痛くなるのを感じた。エカテリーナは、魔族なのに犯罪に関して世間知らず過ぎる。ツッコミきれない。


「いいかリーナ。こういう時は、下手に逆らうと犯人に乱暴されるかもしれない。オレも、武器を取られてる。だから、今は大人しくしてるんだ」

「……………………うん、解った」

「「今の間はなんだ!?」」


 男2人の声がハモる。が、臭いを感じ取る能力が比較的高いオーガが変な臭いを嗅ぎ取り、エカテリーナをまさに鬼の形相で睨み付ける。


「おいガキ、てめえ何か妙なことしてるな? 言え!」


 エカテリーナはすごく申し訳なさそうに、視線を逸らす。言いたいが、言い出しにくい。そんな表情だ。


「えっと、実は、ですね……さっき、誘拐って聞いた時すぐに、なんですけどね? 逃げなきゃーって思って……」


 縄で縛られたままの身体を少しずらし、背中に隠れていた壁を2人に見せる。


「火、着けちゃいました」

「「バカやろぉぉぉ!?」」


 黒い煙が上がり、木が焼け焦げていく臭いが充満する。オーガは真っ先に馬車から脱出し、それを確認したカトルは魔力で自分の縄を切る。そして、置き去りにされていた刀で、エカテリーナの縄も切る。


 火に驚いた馬がパニックになり、速度を上げて走り出す。速度が上がりすぎて飛び降りられなくなるその前に、2人もなんとか脱出することが出来た。


「はぁ、はぁ、お前な、縄付けたままじゃ脱出出来ないだろ、後先考えろよ……」

「あはは……もうビックリしちゃって夢中だったから……」


 ズシン、と。小さな地響きを鳴らしてオーガが地を踏み抜く。身体のそこかしこの血管が浮き出ていて……どうやら、怒っているらしい。


「なんてことしてくれたクソガキ!」


 オーガからしてみれば、これは致命的な損失だ。魔族相手に「借りてたモノを失くしました」などと言えば、当然足下を見られる。デュラハン族は経済的にそこそこ強いということで、後ろ楯もある。たかだか1体のオーガが逆らうなんてことは不可能だ。


「覚悟しろォ! 奴隷どれいとして金持ちに売りつける前に、今から痛めつけてやるからなァ!」


 誘拐してきた子供をいたぶったところでデュラハンに出来た借りが返されるわけではないが、ぶちギレているとそういった損得はどうでもよくなる。怒りの感情を鎮めるため、何かに対して発散するのが最優先だ。オーガが、その怒りに任せて1歩目を踏み出そうとしたその瞬間。


「……ごめんなさい」


 エカテリーナの謝罪の言葉と共に、オーガの左膝の骨が悲鳴をあげた。空間ごと抉られたように、彼の膝に小さな穴が空く。彼には、何が起きたのか理解出来なかった。ただ、骨肉を直接削り取られた痛みに苦しむのみ。


 だが、カトルがそれを見ていた。戦闘力の皆無な子供をいたぶれると油断しているオーガに向けて、エカテリーナが素早くシェイドを放ったのだ。


「……行こう、カトル」

「リーナ、お前……!」


 痛みに悶えるオーガを見るエカテリーナは、辛そうな瞳をしている。まるで、オーガの命を絶ってしまい、罪悪感にさいなまれているような。彼を苦しめることが、よほど嫌なのだろう。


 だが、それと同時に、この状況で自分達が助かるための措置だったというのもある。拉致らちされるわけには、いかない。……エカテリーナは葛藤している。


 傷つけたくない。争いたくない。しかし、それが必要な時があると、この数日で嫌というほど思い知った。だから彼女は今後、葛藤を抱えながら生きていく。


 魔族らしい冷徹な心を持っていないが故の、あり得ない葛藤。その葛藤の存在そのものすらも、他の魔族にさげすまれる理由となり、彼女を傷つける。


 カトルは、慰めなかった。その葛藤は、時間をかけてでも彼女自身が乗り越えなくてはならない。この問題に関しては、彼だけでなく、エカテリーナ以外に出る幕はないのだ。


 2人はその場にオーガを残し、立ち去る。まだ、魔界最大の森は視界に見えている。足にダメージを与えた以上簡単には動けないだろうが、オーガから距離をとるため、とりあえずそちらへ向けて歩いていく。幾ばくか歩いたところで、エカテリーナは口火を切った。


「……ごめんね、カトル。私……帰る」

「……ああ、そうだな」


 意図してはいなかったが、森を抜けられた以上ここからは別行動で問題ない。元々、そのつもりだったのだから。お別れだ。


「ありがとう。カトルがいなかったら、私は死んじゃってたと思う」

「そりゃ、オレだって同じだ。お互い様、だろ?」


 別れ際は、いさぎよく。長くなれば、惜しくなるだけだ。カトルは風の魔力をその身に纏う。


「じゃあな、リーナ。またいつか」

「……うん、バイバイ」


 一陣の風を残し、カトルは荒野を駆けていく。その姿は、みるみる内に小さくなっていった。独り残されたエカテリーナは、近くに山を見つけ、その方角とは反対方向へと飛んでいく。誘拐された時に本は失くした(おそらく眠っていた木の中に置き去りだ)が、山とは反対方向に故郷があることを、彼女はちゃんと覚えていた。


 必ず帰ろう。改めてそう決意したエカテリーナの下へ、「彼」がようやく駆けつける。淡く光る、残像を残しながら。





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