「アホの子、ノブナガ」
エカテリーナは水浴びを素早く済ませ、カトルが持っていたタオルを借り受けて水を拭き取る。当然、脱いだ服の所に置いておいてもらったので、見られてはいない。
「カトルー、終わったよー」
「おー。しかし随分早いな」
辺りをキョロキョロと見回していたカトルを呼び、タオルを返す。彼は準備してから来たのだから、軽装ながらも持ち運びやすく便利なモノを色々持っている。
「ごめんな、服まではちょっと。今からじゃ乾かないし」
身体の血は落とせたけど、服に付いた血が落とせないのを気にしたらしい。
「いいよ、そんなこと」
「そう言ってくれると気が楽になるよ……それで、エカテリーナは」
「リーナでいいよ。長いでしょ?」
「……リーナは、どうするんだ? 森から出たいなら、オレといた方がいいと思うけど……さすがに故郷までは送ってやれないぞ」
人間であるカトルは、それでも家に住まわせてくれているその人の恩義に報いなければならない。彼自身の気が済まない。だから、エカテリーナを森から出した後、彼に出来るのはせいぜいが自分の住むところへ連れて帰るくらいだ。
しかし、エカテリーナは首を横に振る。
「私は、森から出たら1人で帰れるよ。空だって飛べるもん」
「本当に大丈夫か?」
「平気」
強がりだ。本当は、彼と一緒に行きたい。でもそれじゃ、自分の大事な人達に会えなくなってしまう。だから、気丈を装って彼女は微笑んでみせる。
カトルもそれを察したか、あるいはその笑みに騙されたか、それ以上は言ってこなかった。
「ま、とりあえずは森を出ないとな。悪いんだけど、少しだけオレの狩りに付き合ってくれ」
「うん」
「あー、退屈だ!」
奇抜でファンタジーな衣装に身を包んだ少女……ノブナガが、山の頂上で焚き火をし、その火で動物の肉を焼いてワイルドに食べている。漫画に出てくる骨付き肉のようだ。
「天界は攻めてこないし! コイツは弱いし! いや、アタシが強いんだな!」
アーッハッハッハ! と、高笑い。山の頂上で肉を片手に、魔法少女が高笑い。アホっぽい。実にアホっぽい絵面である。
だが、実際彼女が旨そうに食べているのは、魔界のモンスターの中でも凶悪で危険なモンスター。町1つを地図から消したという記録も残されているほど、強力なモンスターだ。ノブナガにとっては、暇潰しに付き合ってくれるお肉、くらいの認識だが。
ノブナガ・オダ。元は人間であったのだが、異世界の国、日本で死を迎えた後、未練があってその魂は魔界へ来た。というか、「天下取る! まだ死ねない! 全ての地はアタシのもんだ!」という気合いと根性で、魂を生き長らえさせた。無茶苦茶なヤツである。
日本を手に入れること叶わず、直前でミツヒデに討たれたのは日本では有名な話だが、それが何故魔界に来たらこんなアホっぽい魔法少女なのか。
「はぁ~、戦がしたいぃ~、戦ぁ~」
アタシは、戦が好きだった。今だって好き。戦いの中でしか得られないあの快感とか、緊張感が好き。だから、戦の多い時代に生まれたのはすごく幸運だった。
「でもアタシ女だからな~」
ただ、女に生まれたことだけが失敗だった。あの頃は女ってだけで冷たかった。だからアタシは強くなった。幼い頃から頑張って、誰よりも、誰よりも強くなった。
思い出すとイライラしてくる。子供の頃は全然報われなかった。城の大人より強かったし、戦を指揮するセンスも誰よりもあった。なのに。
「連中ときたら! アタシを見るとうつけ呼ばわりして! アタシのどこがうつけなんだ! ばーかばーか!」
虚空に向かって叫ぶ。ノブナガはこれが素なので、幼少期にはうつけと呼ばれ、蔑まれた。割と当たり前なのだが、本人だけがそれに気付いていない。実にアホっぽい。
だが、周りからの評価が低いのは都合が悪い。彼女は主として認められるため、素のキャラを隠してクールに振る舞うようになった。
……異国のモノをキラッキラした目で手に入れて喜んだり、鉄砲がどうしても使いたくてそれっぽい戦術を2日間徹夜して考えたり、あまりに格好良い響きに我慢できず「第六天魔王」を名乗ってみたりと、ボロも少し出ていたが。
それでも実力が認められ、藩主にもなったし、有能な部下も出来た。順調に天下を取っていたそんな中、アホの彼女にも初めての恋心が芽生えた。
「ミツヒデ……はぁ~」
アタシは、部下であるミツヒデ・アケチに恋をした。鉄砲は上手だし、普通に優秀だ。ことあるごとに「ノブナガ様」と慕ってきて、知らぬ間に好きになってた。
でもその頃はアタシは表では男ってことになってたし、一応妻もいた。だから、ミツヒデが話しかけてくるとつい冷たくしてしまった。
『ノブナガ様!』
『ミ、ミツヒデ!? ……コホン、なんだ、報告か』
『敵の大将を討ち取りました。……全ては、ノブナガ様の為に』
『……は、はぁ!? そんなこと言われたって別に嬉しくなんてないし!』
『ノブナガ様? 何か、怒っておいでですか?』
『別に怒ってない!』
こういうのが良くなかったのかなー。でも恥ずかしかったんだもんなー。
その点、サルは気分的には楽で良かった。世話焼きで謙虚で。
『サルー? お出かけするから荷物持ちやってー?』
『御意』
『ん? ねえサル、アタシの草履知らない?』
『ここにあります』
『うわっ、きもっ! なんでアタシの草履を胸元から出すの!? きもっ!』
『あたためておきました』
『お前面白いやつだな! いやー、ウケるウケる!』
後々解ったことだけど、ミツヒデにはアタシがサルを優遇してたように見えたらしくて、結局アタシはミツヒデに殺されちゃった。その食い違いは、今でもちょっとだけ悲しい。でもそれよりも。
「あぁ~、退屈ぅ~」
そんなセンチメンタルもすぐに忘れてしまう辺り、切り替えが速いというか、アホっぽいのだ。そして今は、魔法少女のような格好をしている。どんな戦闘にも大概魔力が絡むこの世界において、魔法少女は最強だと考えたからだ。わけがわからない。
「ん?」
ノブナガは、何か大きな気配を感じる。……速い。すごい速さで今自分がいる山をしらみ潰しに移動している。
「これは、ヤツの気配か?」
知っている気配のように感じたノブナガが宙を駆けた。その気配に近付いていき、すぐ隣を同じ速度で駆ける。
「おぉ! やっぱりディロンか! 久しいな!」
ディロン。ノブナガとは、かつて共に戦った仲だ。久しぶりに見た顔に、ノブナガはぐいぐい話しかけていく。
「元気だったか! オマエどこに行ってた、あ、そうだ今度な、天界がな」
「ノブナガ」
「ん? なんだ?」
「うるさい」
ディロンは切迫した雰囲気を纏いながら「あとはファイロウの森だけか……」等と呟いているのだが、アホの子ノブナガは空気が読めない。
「う、うるさいとはなんだ! ヤツもオマエもアタシのことバカだと思ぴぎゃっ!?」
殴られた。あまりに雑な力加減は意外と強く、不意を突かれたこともあって魔法少女は吹っ飛んでいく。空中でブレーキをかけ、姿勢を制御した時には、光の線を残しながらディロンは遠くへ消えていった。ノブナガはそれを、呆然と見送る。
「……カトル、早くファイロウシエッタ持って帰ってこないかな……あーもー! 退屈だぁー!」
カデシュ洞窟とカロイン山を探し終えたディロンは、ファイロウの森へ向かった。魔力の回復を挟まなければならない上に、広大な森だ。エカテリーナを見つけるには、まだ時間がかかるだろう。
……そしてついでに、カトルの主というのは、まことにアホっぽい人物なのであった。




