「人間の少年」
※2016/01/13
明日、2016/01/14に、この作品のタイトルを変更予定です。把握、ご理解頂けると幸いです。
「……んに……?」
エカテリーナが目を覚ますと、周囲が真っ暗だった。右も左も、前も後ろも。暗すぎて何も見えない。
「えっ!? なんっ、あっ!?」
あまりにびっくりしたから飛び起きたら、頭を壁のようなところに思い切りぶつけちゃった。
「~~~~~っ!」
頭を抱えて痛みに耐える。うぅっ、痛い……。すごく痛い。
でも、その痛みのおかげで思い出した。今、私はファイロウの森にいる。ファイロウウルフに襲われて、必死に足掻いたら偶然やっつけられたけど……辛くて、心がぐちゃぐちゃになって、疲れてそのまま寝ちゃったんだ。ここは、木の中だ。
昨日と比べたら、気持ちも少しは落ち着いてる。身体の疲れもない。……どれくらい、寝てたんだろう。
時計を見るため、穴から身を出す。血まみれになった時計が示すのは、早朝。モンスター達が活動を始めるまで、まだ2時間ほどある。
「…………」
血に濡れた時計が、嫌な記憶を思い起こさせた。手にも赤いシミが出来ていたし、服だって真っ赤だ。髪が固まって気持ち悪いのも、血液がこびりついているからに違いない。
「お風呂、入りたいな……」
毎日入っていたお風呂。当たり前だと思ってたけど、今ならありがたみがよく解る。
パパとママは、今頃私を探してるのかな……それに、ディロンさんも……。
「んっ……」
温かいお風呂や自宅をイメージしたら、寂しくなるより先に背筋に小さな寒気が走った。もぞもぞと、内股を擦る。
「おトイレ……」
よくよく考えたら、緊張していたせいなのか、ファイロウの森に来てから1度も用を足していない。先ほどのイメージで気が緩んだのか、急にもよおした尿意は、すぐに我慢が出来ない瀬戸際まで来てしまう。
「漏っちゃう……!」
慌てて飛び出す。今はモンスターの活動する時間じゃないから、それを警戒する必要はない。木の根元にふわりと着地して、茂みを探す。
誰もいないのは解っている。が、それでもその辺で堂々とするのは恥ずかしい。茂みに囲まれた所でしたいと、そう思ったのだ。
適当な茂みに隠れ、穿いていたボトムスと下着を下ろす。いくら田舎の幼い子供であっても、外で用を足すなんてしない。スースーして変な気分がした。
そういえば、同じ服を着たままなのもちょっと気持ち悪い。乾いた血だらけで、感触も悪いし。
「んっ……!」
その瞬間というのは、何故か快感だ。単純に我慢してたモノを吐き出すからなのだろうが、とにかく不思議と落ち着く。エカテリーナの気がどんどん緩んでいく。
「ふぁっ……もうちょっと……っ」
実はここで、エカテリーナは森に来てから2度目の大きなミスを犯している。1度目はもちろん昨日、はしゃぎ過ぎて警戒を怠ったこと。
そして今回、2度目もまた、警戒を怠ったことが原因だ。今は夜で、モンスター達はおそらく寝ていることだろう。襲われる心配などない。
だが、森には木材があり、草食モンスターの中には食べられる種類もいて、美味とされるモンスターだって存在する。
つまりどういうことかと言うと、早朝にモンスターはいなくても、森の素材を狙う「モンスター以外の存在」ならいる可能性があるということだ。
ガサリと音を立て、エカテリーナがしゃがみ込んでいた目の前の茂みから、人間の男の子が顔を出した。
「えっ」
「えっ」
…………時が止まる。
しゃがみ込んで、用を足す直前のサキュバスの幼女。
モンスターが起きない内に水場を見つけておこうと、森を歩いていた人間の少年。
2人はこの広大な森の中で偶然、出会ってしまった。
……最悪のタイミングで。
「え、や、ぁ……あっ、やだ、だめぇぇ!」
エカテリーナは、完全に準備万端で直前で寸前だった。いくら顔を紅くして恥じらったところで、それを止めることなど出来ない。
少年もエカテリーナを見た時は目を丸くして驚き、呆然としていたのだが、その声で我に返り、狼狽える。
「あ、いや、その……えっと!」
「だめえぇぇ! 見ないでえぇぇぇ!」
少女の悲痛な叫びが、森中に響き渡った。
「いや……だから、ごめんって」
そう言って謝罪する少年の頬には、紅葉型の跡がついている。理由など、言うまでもない。……良心と頬がひどく痛む。
「うっく……ひどいよ……っ……見ないでって、言ったのに……」
乾いた血にまみれた少女は恥ずかしさで死にたくなっていた。耳まで赤くなっているのが解るほどだ。
もうお嫁にいけない……っ。あんな、あんなのっ! ……そんなウブな思考がエカテリーナの中で自然に行われる。もっとも、ウブでなくとも恥ずかしいことには変わりはなかろうが。
「ふええぇぇぇん!」
「ちょっ、もう、泣くなってば」
「あなたのせいでしょぉ! バカぁぁぁ……!」
少年は、すっかり参ってしまった。不可抗力とはいえ、全面的に自分が悪い。かといって、謝っても泣かれるばかりだし、謝る以外にどうしたらいいのかさっぱり解らない。とりあえず彼が思うことは……なかなかイイモノを見せてもらいました、はい。
(大体、なんで子供がこんなとこに? 大人とはぐれたのか?)
ケガは無さそうだけど血まみれ……多分返り血だろうなあ。じゃあこの子は、森のモンスターを殺したのか?
とてもそうは見えない。魔族とて、幼少期の成長速度は人間と大した差がない。人間と比べると、青年期がやたらと長い生き物だと聞いている。だとすると、せいぜいこの子はオレと変わらない……5歳くらいだろ?
5歳の子供が1人でモンスターを倒せるとなると、少年に思い当たる理由は1つしかなかった。自分と同じであることだ。
(訊いてみようかなあ……いやでも泣き止ませるのが先だよな……)
話が振り出しに戻り、少年は再びすっかり参ってしまった。仕方なく、自然に泣き止んでくれるのを待つ。
(こういうのって、頭を撫でてやったりするのがいいのか? いやでもオレにそれをされるのって、痴漢に頭を撫でられるようなもんだよなー! ……やっぱり、正座して見守ろう)
少年はすすり泣く少女を見つめていた。自分の推測が正しいのか、少しでも観察しておきたかったからだ。
「くすん……ねぇ」
「ん? 何?」
「あなたの、お名前は?」
少し驚いた。魔族というのは冷酷であることが基本で、それは子供も同じ。人間である自分は、理由もなく妙な意地悪をされたりもしたものだ。
しかしこの子は、あんなことをしたオレの名前を知りたいと言う。優しいというか、なんというか。……やっぱり、オレの思ってるように……?
「オレは、カトル・サーペント。見ての通り人間で、5歳だ。君は?」
「エカテリーナ・テレサ。種族は、サキュバス……5歳……ひっく」
ちょっとは落ち着いてきたかな? 彼女が首から提げている時計をチラリと見ると、まだ時間に余裕はある。ここで会話を続けていても平気そうだ。
カトルはとりあえず、水を入れてきた水筒を渡す。エカテリーナは1度遠慮を示したが、自分は大丈夫だからと言い聞かせて飲ませる。
「落ち着いたか?」
「うん……ありがと」
血に濡れたままのせいで、長い髪も傷んでる。服も返り血でホラー映画の幽霊みたいになってるし、顔も血のシミでよく見えないけど、この子……。
(めっっっっちゃ美少女じゃん! いやこれ可愛いって! あと10年したら結婚して欲しいくらいだ、ヤバいマジで可愛い)
心の中で、つい興奮して叫ぶ。もちろん、表情はキリッとさせていたが。
「どうしたの?」
「え、ああいや、何でもない何でもない」
いけないいけない。いくら美少女と2人きりとはいえ、今はそれに興奮している場合じゃない。それに、まだ幼女じゃないか。犯罪だ犯罪。
カトルは、気になっていたことを単刀直入に訊くことにする。深呼吸。こんなことを誰かに訊くのは初めてだ。
カトルが、エカテリーナの目を見据えて、問う。自分と同じ存在であるのかを。
「エカテリーナ。君ももしかして……転生者?」




