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「子供であるがゆえに」

 




 夜が訪れる。魔界は常に厚い雲に覆われて薄暗いため、昼と夜の明るさにほぼ差がない。


 だが、明るさが同じだろうと夜は夜。夜はモンスターに襲われる心配がないと知ったエカテリーナはさらに本を読み進め、ここで上手く生活する為の計画を立てた。


(行動は昼間にしなくちゃ。夜は寝て、昼間起きて歩くんだ)


 最初は昼夜逆転させることも考えた。しかし、自分には夜ずっと起きている自信がなく、今ももう眠い。もしかしたら、耐えきれずにその辺で寝てしまうかもしれない。そうなったら寝ている間にモンスターに襲われるかもしれず、逃げることが出来ない。


(それから、移動は歩き。ホントは空を飛んで、木より上を移動したいけど……)


 空からの方が見通しがよく、どちらへ向かえばいいのかの判断もしやすい。今のままでは、森のどの辺りにいるのかも解らないし、自分が地図上のどの方角を向いているのかも解らない。近くに火山があるらしく、その反対方向が故郷だから、木々の上に出れば向かうべき方向はすぐに解るはずなのだ。


 上を見る。木々の背は恐ろしく高い。その上の方に葉が多くしげっていて光を遮っているのだが、本によるとそこに肉食のモンスターが棲んでいるらしい。


 ファイロウタランチュラ。蜘蛛くものモンスターで、木々の葉に紛れるように巣を作るのだとか。木々の上に出る時、それから戻る時に巣にかかったらアウトだ。


(あと、寝る時は木の中)


 ここの木はそれぞれが巨大で、幹の途中にキツツキが空けたような空洞があるモノがちらほらある。そこに、エカテリーナならギリギリ入ることが出来る。だが、ファイロウウルフはエカテリーナより身体が大きく、入れない。


 だから、木に空いた空洞は安全地帯のはず。エカテリーナはそう考えたのだ。


「ふあぁ……」


 大きなあくびを1つ。今日は泣いたりしたからか、眠いなあ……。


 エカテリーナは飛翔し、高い位置にある木の空洞に入る。入口はキツキツだったが、中はそれなりに広く、身体の小さいエカテリーナなら丸くなって眠ることも出来た。真っ暗なのが、少し怖い。


 ……何で空洞があるのかは本には書いてなかったけど、これなら私が寝るくらいは出来そう。でも何で穴が空いてるんだろう? モンスターが空けたのかな?


 そんな疑問も、疲労には勝てず。幼いサキュバスは、自然と眠りに落ちていった。






 朝が来た。目を覚ましたエカテリーナは周囲が真っ暗なことに驚いたが、光を求めて外を覗いた時、自分が森にいることを思い出す。


「そっか……」


 時計を見る。いつも通りの時間に起きれていた。生活リズムは崩れていないようだ。しかし、この時計に魔力を補充する方法をエカテリーナは知らない。補充せずにいつまで使えるかは解らなかった。


 きゅぅ~、と、エカテリーナのお腹が可愛らしく空腹を主張する。誰もいないのに恥ずかしくなり、そそくさと穴から顔を引っ込める。


(これももう、あと3個しかないなぁ)


 青年にもらったパンのことだ。昨夜1つ、今1つ食べて、残りは3つ。そこまで日持ちするモノではないから腐る前に食べてしまうしかなく、これが全て無くなったら今度は自分で食料を調達しなければならない。


 パンを食べ終えたエカテリーナは再び穴からそーっと外を覗き、キョロキョロと辺りを見回す。あのおおかみの姿はない。行動を開始するなら、今がチャンスだ。


「よし」


 穴から這い出す。今の内に、外に向けて歩いていかないといけない。まずは森を出ないと、どちらに向かえば帰れるのかも解らない。


「でも、私の町50個分かぁ」


 この森の広さは、比べてみると大体それくらいだった。さらに、そこから町へ最短距離で向かっても町数百個分の距離がある。途方もない距離で、どれくらいの時間がかかるかも解らない。


「でも、その内着くもん」


 たとえ遠くとも、移動することをやめなければいずれは帰れる。少女は楽観視しておくことにする。


 周りは木々と茂みが多く、さらに薄暗い為、かなり見通しが悪い。ファイロウウルフの姿を見たらいつでも飛べるように気を張っていなければならない。


「結構モンスターがいるんだ」


 モンスターといえど、肉食の危険なモノばかりではない。人間界に無害な草食動物がいるのと同じで、モンスターにも無害な草食モンスターはいる。


 そのほとんどは、エカテリーナの存在を察知して離れていく。鹿のような姿のモンスターや、ペンギンのようなモノもいる。


「可愛い……!」


 なでなでしたい。でも、向こうは遠くからじっと私のこと見てるし、私が近付くと逃げちゃう。


 それ以前に、そんなことをしている場合ではないのだが、幼い彼女にとって、目の前の可愛いモノ達は魅力的で、つい夢中になる。モンスターを初めて見たのも大きな要因だったろう。


「待ってよー! 怖くないからー!」


 走って追いかける。モンスターが逃げる。楽しくなって、また追いかける。反応があると、また楽しくなる。そうして走って、どんどん体力を消費していく。


 エカテリーナは楽しかった。同年代の友人がいない彼女は「誰かと一緒になってはしゃぐ」という経験がない。


 だから、目的を忘れて夢中になった。新しく知る感情。ただ走って追いかけるだけのそれがあまりに楽しく、彼女の中から「体力を残しておかないと、いざという時危ない」という当たり前の思考を奪っていた。


 落ち着いていたなら、あるいは「はしゃぐ」ことの楽しさを知る機会がもっと早くあったなら、多少は違ったかもしれない。


 だが、彼女は周りが見えなくなるほどテンションが上がっていた。だから、可愛いモンスター達に姿が見えなくなるほど遠くに逃げられ、息を切らして立ち止まった時には既に手遅れだった。……その事実に彼女はまだ気付いていない。


「はぁ……はぁ……ああ、疲れちゃったぁ……ふぅ」


 その場に座り込み、ゆっくり息を整える。そして、水分を補給するため、口元に手を持っていく。彼女が使える属性は、もう闇属性オンリーではない。


 呼吸を整えながらも意識を集中し、水属性の魔力を手のひらからゆっくり放出する。ウォーターボールを作るイメージだ。


(水を貯める容器があればいいんだけど)


 あいにくそんなモノは持っていないし、代わりになりそうなモノも周りにはない。間違えて加速をかけないよう慎重に、水を口に流し込んでいく。


「……んっ……はぁー。……でも、変な感じがする」


 喉は潤った。しかし、魔力は自分の中から出しているのにそれで喉を潤して意味があるのかは、よく解らない。が、池や湖も見つけてないのだから仕方がない。


 異変に気付いたのは、そのまま仰向けに寝そべろうかと考えた時だった。


「あれっ?」


 周りを見る。草食モンスターがいない。1体も。辺りが……静かすぎる。


 私が追いかけた時には逃げたけど、それでも遠くから私の方を見てた。それが今は、逃げて姿を消したきり、戻ってこない。


「はぁ……はぁ……」


 なんだか、怖い。すぐにここを離れたい。……でも、息がまだきちんと整わない。


「……はぁ、はぁ……どこか、木の穴は……っ!?」


 ガサリ。


 茂みが音を立てる。息を呑んで目を向ければ、20メートルほど先の茂みが揺れていた。そして、その中から聞こえてくる、低く喉を鳴らすようなうなり声。


 これだけの距離に近付かれて初めて、危険が迫っていることに少女は気付けた。至近にまで迫った死の可能性に、冷たい感覚が背筋を駆け上がる。


 獲物に逃げられ、飢えた狼がその姿を現す……。




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