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「魔法を当てることの意味」

 




 エカテリーナがシェイドを練習し始めて、あっという間に1ヶ月が経過した。毎日魔力を消費することで、蓄積魔力量もかなり増えた。


 だが。


「シェイド! ……あっ、あぁー……」


 エカテリーナの放ったシェイドは、立てられた的……彼女の身体ほどもある木材の横を通過していった。シェイドの練習を始めてからずっと使っている木材だが、未だ傷一つない。サキュバスの少女は項垂うなだれる。


 余談だが、わざわざ「シェイド」と宣言する必要はない。しかし、得意気ながらも少し舌足らずに魔法名を叫ぶエカテリーナはとても可愛いので、ディロンは教えずに黙っている。


「今のは惜しかったぞ」

「惜しかった、って……もうずっと「惜しい」じゃないですかぁ……」


 そう。1ヶ月が経過しても、エカテリーナはシェイドを当てられずにいたのだ。


(なんで当たらないんだろう……?)


 シェイド自体は早く習得できた。最初こそ上手く形が固定できなかったり、加速をかけて飛ばすことは出来なかった。だが、イメージでなんとかなる、というのを信じて思い切って「適当に」やったところ、上手くいったのだ。頭で考えすぎだったんだろう、とはディロンの言。


 感覚を掴んでしまえば、あとはポンポン出来るようになり、初めてシェイドが撃ててから5日でシェイドの成功率は10割になった。


 もちろん、エカテリーナは両親にも自慢した。娘が魔法を習得したことを大変喜んでくれて、誕生日でもないのにお祝いになったし、テンションが上がりすぎて3人で謎の舞を踊ったくらいだ。……今思い出すと、少し恥ずかしい。


 それはともかくとして、シェイドを習得したはいいものの、狙ったところに当てられないことに気付いた。近く……5メートルの距離でも当てられない。それ以上近付いては練習にならない、とディロンが言うので5メートルから近くにはいけないのだが、それでも当たらない。


 魔力で魔法を形作るのは魔力操作だが、当てるのは運動能力や空間認識力に左右されるらしく、また別の話らしい。


 野球のピッチャーがいくら豪速球を投げられても、ストライクゾーンに収められないなら意味がないのと同じで、魔法も当たらなければ意味がない。


 何度も放って回数を積むことでコントロールはついてくる。と言われたが、自信を失くしているのが本音で、いつまでも上手く出来ないことに、ねたり、へそを曲げたりすることも増えた。


「私なんて、どうせ下手くそなんです」

「……段々、コントロールが安定してきている。それはリーナにも解るだろう?」

「……でももう1ヶ月もやってるのに出来ないですもん。私には才能がないんです」


 ディロンは困っていた。気休めでなく、彼女の放つシェイドは、本当に安定してきている。最初は見当違いの方向にいくことも多かったのだが、今では大抵ギリギリをかすめていく。


 しかし、当たってはいないのも事実だし、何故毎回ギリギリで当たらないのかは解らない。さらに、拗ねている子供をあやすというのは、不器用なディロンが苦手とする芸当だ。


 エカテリーナは、聞き分けのよい素直な子だ。サキュバスは知性の成熟が早い種族だとされているが、確かに彼女は勉強をさせたらどんどん知識を吸収していくし、5歳だというのに礼儀正しく、ディロンの感覚では10歳そこらの子と話しているような感覚だ。大人しい性格だからか、さらに大人びて見えることも少なくはない。


 だが、どんなに大人びて見えても、子供なのだ。それをディロンはこの1ヶ月で思い知った。


 嫌なことがあれば拗ねることもあるし、自分は頑張っているのに成長していないと落ち込むこともある。逆に嬉しいことがあれば全力で喜んでくれるのだが。


「すぐには出来なくとも、いずれ出来るようになる」

「……それって、いつなんですか! 得意な属性の、しかも最下級魔法なんですよ! なのに、私……わたしぃ……」


 エカテリーナは今にも泣きそうだ。つぶらな瞳にうるうると涙を溜め、嗚咽おえつも漏れている。泣かれたら不器用なこの男にはお手上げだ。号泣されたことは1度しかなかったから、どうしたら泣き止むのか、鉄板の泣き止ませ方なんかも持ち合わせていない。


「……リーナは集中すれば火属性や水属性の魔力も出せるようになってきただろう?それは褒められることだ」


 家で寝る前に、魔力を放出してから寝る。それが蓄積魔力を増やしていく為にエカテリーナがしていることだったが、シェイドを修得してからはその際にシェイドを使うのではなく、別の属性の魔力を出すような努力をしていた。


 その甲斐あって、まだスムーズにとはいかないが火属性と水属性は出すことが出来るようになっていた。この2つは日常的に使える属性なので、他の属性より優先するようにディロンが言ったのだ。


「それに、シェイドはまだあまり回数も使えないんだ。練習回数が少ないんだから仕方ない」


 シェイドはただ魔力を放つのに比べ、何倍もの魔力を使う。形を固定すること、飛ばすこと。これらが必要だからだ。さらに、慣れない内は集中して余計な力が入りがちで、無駄に魔力を消費してしまう。


 蓄積魔力量の増えてきた現在でも、蓄積魔力MAXの状態から2回が限界。3時間ほど休めば再び2回使えるが、そんな回数では早い上達は望めるわけもない。……とはいえ、当てることばかりがこんなに苦手なのは少し不自然だとディロンも感じるが。


 つまるところ、仕方ないのだ。そもそも、この年齢で魔法が使えること自体がすごい。平均的には小学2年やそこらで初めての魔法なのだ。これ以上は高望みだとディロンは思う。


 そんなことを言ったとしてもエカテリーナの悔しさが晴れるわけではない。しかし、どうしたらエカテリーナに自分の気持ちが伝わるのか、どうしたら自信を取り戻してもらえるのか、それが彼には解らなかった。


「うっ……うぇぇ……」


 いよいよもって限界だ。早くなんとかしないと、絶対にエカテリーナは泣く。


「リーナに才能がないなんてことはない。必ず当てられるようになる」

「っく……すぐ、出来るようになりますか……?」

「……それは……解らないが……」


 ここは、嘘でも「すぐに出来るようになる」と言うべきだったが、不器用な男には幼女に嘘をつくなんてことは出来なくて。……そして、手遅れだ。


 エカテリーナは流すことなくこらえていた涙を一筋流し、1度流れてしまうと涙はあとからあとから流れてしまう。拭っても拭っても涙を止められず。


「うぅ……うええぇぇぇん!」


 ……幼女を、泣かせた。


 大声を上げて泣く彼女をどうしていいか解らず、ディロンは狼狽うろたえ、しかしこのまま放っておくことも出来なかった。


(……こうなれば勢いだ)


 ディロンは、泣きじゃくる小さな身体をそっと抱き締め、背を優しく叩いた。……完全に赤ん坊のあやし方なのだが、エカテリーナの方もディロンにしがみつくようにしていたから、失敗はしていないのだろう。多分。






「落ち着いたか?」

「っ、はい……っ……」


 エカテリーナは、結構な時間泣き続けた。黒服の司書はその間ずっと考えていたのだが、彼女が魔法を当てられない理由に、もしかしてと思い当たるものがあった。


 まだ嗚咽混じりの少女に、極力優しい口調で語りかける。……ディロンにそれが上手く出来ているかは別として。


「リーナ……あの的をただの木だと思ってないんじゃないか?」

「え……? だって、魔法、って、戦いに……っ……使うん、ですよね……?」


 魔法の用途は主に戦いだ。ただ平和に生活していく分には、魔力に任意の属性が乗せられれば十分。それをこの子は理解していたらしい。


「だから、あの、木は……てっ、敵……だと、思って」

「…………」


 ディロンの推測は、当たっていた。彼女は木材を仮想敵と認識して、それに向けて魔法を……殺傷力の塊を放っていたのだ。だったら、当てることが出来ない理由は1つだ。


「誰かを傷つけるのを……避けてるんじゃないのか?」

「そんな、こと……」


 エカテリーナは、優しい子だ。魔族としては、あり得ないほどに。シェイドが当たれば、相手は傷を負う。それを木の的相手でもイメージしてしまう。だから、当てることが出来ない。


「……優しい子だな、リーナは」

「で、でも、それじゃ……」


 それでは、魔法を当てられるようにはならず、今の状態から成長することも出来ない。しかし、なんとかしなくてはならないこともまた、事実だ。


「……どうすればいいかは、俺も一緒に考えてやる」

「ディロンさぁん……」


 エカテリーナはまたしても泣いてしまうが……さっきの涙とは意味がまるっきり逆だ。それは、さすがのディロンにも解っていた。だが。


(この子は、苦労することになるな……)






「じゃあ、今日は帰ります」

「気を付けてな」

「はいっ!さよなら!」


 エカテリーナは目を腫らしながら、帰宅の途につく。やってもやっても上手くいかなかったことに、光明こうみょうが差し込んだ。ちょっと時間がかかるかもしれないけど、なんとかなるかもしれないと解った。


 解らない。それは、一番怖いこと。それが解るようになっただけでも、かなり不安は減った。ディロンには、号泣するところを見られたけど……ちょっと恥ずかしいところを。


(ちょ、ちょっとねてただけだもん。いつもは違うもん)


 誰にでもなく、心の中で言い訳をする。パタパタと屋根より高い位置を飛びながら。


「お嬢さん」

「?」


 真下から、声が聞こえる。男性の声だ。その方向を見れば、民家の屋根の上に1人の人間が立っていた。エカテリーナは降りていく。


「どうかしたんですか?」

「人を、探しているんだけど」

「どんな人ですか?」


 魔族としては、人を探していると言われても「知らん」が普通。それ以前に、魔界の民家の屋根の上に人間がいること自体おかしい。


「片方の角が折れた成人魔族で……ああ、見た目はインキュバスに近い男なんだけど」


 他の子供なら知らなかったかもしれないが、エカテリーナには心当たりがある。……運の悪いことに、心当たりがあって、しかも教えてあげようと思ったのだ。彼女が、優しいばっかりに。


「ディロンさんですか?」

「そう! ディロンだよ! どこにいるのかな?」

「図書館……あっちにあります」


 本当は案内したかったが、門限が近い。両親が心配するかもしれないから案内まではしてあげられない。


 人間の青年…………いや、()()()()姿()()()()()は、けがれを知らぬ、無垢で優しい少女に微笑みかけた。彼は、この姿を()()()()()だけだ。


「……ありがとうお嬢さん。お名前は?」

「エカテリーナ・テレサです」

「エカテリーナ……優しい君に、お礼をあげよう」


 青年が、少女に手を伸ばす。




 エカテリーナにとって、忘れられない日々が始まる。


 生と死の境を見た、数日が。






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