「エカテリーナを巡って」
※2016/01/08
段落頭の字下げをしないまま投稿してしまいました。気付き、修正しました。失礼しました。
エカテリーナが初めて魔力を外に出してから、十数日。素直な少女は毎晩魔力放出の練習をし、今では当初の3倍程の蓄積魔力量になっている。もっとも3倍とは言っても、子供ゆえに元々が少なかったのだが。
もちろん、言われた通りそれ以外のことは練習していないため、コントロールは出来ず、ただ蓄積魔力を自然な力加減で放出しているだけ。そうしている内に、エカテリーナは気付いたことがある。
蓄積魔力全てを1度で放出しようとしても、なかなか出来ない。握りこぶし大の魔力を3回放出することは出来る。だが、握りこぶし3個分の大きさの魔力は出せないのだ。
考えてみてもさっぱり解らなかったので、ディロンに訊いた。彼は、大抵のことは教えてくれるお人好しだ。
「それもコントロールの1つだ。リーナの技術では、手のひらからしか魔力は出せないし、決まった量しか出せないはずだ。少しだけ放出することも出来まい」
ホントだ。蓄積魔力を少しずつ、6回に分けて出そうとしても出来ない。
「もう少し蓄積魔力量が増えれば、闇属性の最下級魔法なら使えるだろう」
「ホントですか!?」
魔法が使えるようになる。子供にとってこれほどまでに嬉しい「初めて」はなかなかない。そもそも、魔法の原理を習うのは小学校だ。入学前から使えるとなれば、エリートだ。両親だって褒めてくれるかもしれない。
「だが、今は座学だ」
「はーい!」
普段大人しく真面目に勉強しているエカテリーナにしては珍しく、その日の勉強はほとんど頭に入らなかった。言うまでもなく、魔法が使えるその日が待ち遠しくて、そのことで頭が一杯だったからだ。
「ディロンさん、ありがとうございました。さよならっ」
「ああ。また明日な」
エカテリーナは飛び去っていく。いよいよ飛ぶことが、日常の一部として当たり前に出来るようになってきているようだ。
今日も特に何もなかった。が、今日の内容はリーナには聞こえてなかっただろう。明日また同じところを教えなくては。
そんなことを考えながら、ディロンが遠くの空に小さくなっていくエカテリーナに背を向けた時だった。
「どうもこんばんは」
「…………」
見知らぬ男に声をかけられた。いや、雄と呼ぶのが正しいかもしれない。
ディロンを呼び止めたのは龍族。その体格は非常に大きく、ディロンの1.5倍近くある。土色の硬質な鱗に身を包み、見るからに頑強な身体をしている。その硬い天然の鎧のせいか、アルマジロが(魔界にアルマジロはいないが)二足歩行を始めて立ち上がったのような風貌をしている。大地を生きることを選択し、故に翼が退化して飛べない種族。地竜だ。
「何か用か」
「あのサキュバスの子供。あれはお前の子か?」
「いや」
リーナが俺の娘……それは、ちょっといいな。
「そうか。して……あの子は優秀なのか?」
おそらく客観的に言って優秀だ。あの歳にしては、魔法関連なら、という但し書きはつくが。実際に戦闘になったら身体を動かして遊んでいる子供の方が断然使えるだろう。
が、そんなことは言わない。何故見ず知らずの男にリーナの情報を与えなければならないのか。魔界では初対面の他人はまず疑う、もしくは殴る。
沈黙を肯定と受け取ったのか、地竜はその場を去ろうとする。……エカテリーナの飛び去った方角だ。
「待て」
「ん?なんだ」
「彼女をどうするつもりだ」
問いはしたが、ディロンには大方の予想がついている。魔族の中には、他人の子であろうとも、優秀な者を自分の子とする為に拐う輩が少なくない。
力ずくで子を奪い、自分の子とする。そんなこと、魔王クラスの実力でもなければ報復を受けて終わりだ。だからこそ、報復を何とも思わないような強い者の家には、より強い子ばかりが集まってしまい、それが魔界における力の格差に繋がっている。
「決まっておろう。我が娘とするのだ」
「……やはりか」
「文句でもあるのか?んん?」
地竜は小さく脆弱そうなディロンを見下ろし、ニヤニヤと笑う。だが、地竜の身体は岩のように硬く、大きく、ゴツゴツしており、もちろん頭部も例外ではない。故に、あまり表情が豊かとは言えず、地竜は笑みを浮かべているつもりなのだが、端から見れば「石の配置が少し変わった気がする」程度のモノだった。
その表情を見たディロンは、いつも通りの気だるげな無表情で言い放つ。
「……お前、表情を作るのが下手だな」
「貴様にだけは言われたくない!!」
「…………?」
コイツは何を言っている? 毎日感情豊かに生きている俺に向かって。思ったよりバカなのだろうか。
自分のことは、自分では解らないのが常である。
そんなことはともかくとして、この地竜をエカテリーナの下へ行かせるわけにはいかない。あの子には、まだ伝えなければならないことが残っている。
あの根っからの不良には、「あれ」だけは言っておかなければ。
「行かせるわけにはいかない」
「我の邪魔をしようというのか?魔王が一角、このダロスの行く手を遮ると!」
コイツはダロスと言うらしい。聞いたことの無い名だ。……思わず失笑が漏れた。リーナとそれについて話したのはつい最近。思い出し笑いだ。
「貴様……笑ったな?」
「ピンキリ…………フッ」
じゃあ、強い魔王も、弱い魔王もいるんですか?
ただただ純粋な眼で問うてきた幼女。その時はただの勉強に過ぎなかったが、今は思い出し笑いという思わぬ形でディロンにダメージを与えている。
魔王を自称するほどプライドの高いダロスが、それを許す訳もなく。地竜は、当然のように怒り狂った。魔力が無闇に周りに放出され、大地を震わせる。
「貴様……何故自らの子でもない者を気にかける……」
実際には怒っているくせに「怒ってないです冷静ですよ」アピール。短気なのか、ダロスの怒りはあっという間に最高潮だった。
対照的に、つい笑ってしまいそうになること以外は至って冷静なディロン。こちらは、特に隠すことでもない本音を世間話でもするような軽さで発する。
「彼女が可愛いからに決まっているだろう」
無論、女性としてではなく子供としてだ。だが、この言い方では誤解を招くのは必然。むしろ自然な考え方をすればこそ、女性として見ていると思われるのが普通。ここは、魔界なのだから。そういう趣味のやつは山ほどいる。
「この、ロリコンがあぁぁ!」
違う、そういう意味じゃない。と言おうとしたディロンだったが、大きく口を開いたダロスから殺気が放たれるのを感じ、その背の黒い蝙蝠の翼を利用してその身を左へ飛ばす。
一瞬前までディロンがいた場所を、ダロスの口から放たれた巨大な岩弾が通過する。
もはや俺の弁明など聞く耳を持ってはいない。誤解は解けない。そう判断したディロンは、仕方なく代わりの言葉をダロスに投げ付けた。
「マッパで幼女を追いかける露出狂の変態が何を言う」
ロリコン司書と露出狂魔王による、1人の幼女を巡る戦いが、夕刻の迫る町で幕を開けた。