ここからまた始まる
「え、二人とも知り合いなの?」
久しぶりねと、手を共にする美咲と空希に僕は驚きの声を上げた。僕の声に美咲と空希はお互いの顔を見合わせると、クスッと僕を見て笑い出した。
「べ、別に笑わなくてもいいだろ……」
「ごめん、ごめん。明久のそんな驚いた顔あまり見ないから驚いちゃって」
美咲は謝りながらもまだまだ笑い足りないと、クスクスしている。
「君もそんな表情するのだね」
空希は物珍しそうに僕を覗き込んできた。
「もう、いいだろ…… 二人はどういう関係なんだよ」
僕は笑われた恥ずかしさと悔しさから二人にそっぽを向いた。二人はそんな僕を見てまたお互いの顔を見合わせクスリと一つまた笑った後、仕方ないわね、と美咲が説明してくれた。
「空希とは学校で定期的に行われる部活会議で一緒になることが多くてね。ちょっとした知り合いなの」
―― そうだったのか。そんなこと一言も……
ちらりと、空希のほうを見ると体をグッグッと伸ばし始めていた。
「あら。結城、何か言う必要があった?」
空希が僕の視線に気づきニッコリと見返してきた。彼女の言う通り別に言う必要はかったのだろうが、それでも僕が彼女の掌で転がされていたような気分がして複雑な気分になる。
「ゆうき? 二人って、名前で呼ぶほど仲が良かったの?」
今度は美咲が首をかしげた。
「うん。まぁーねー」
空希がなぜか含みがある言い方をする。
「えっ…… ふ、二人って」
空希の含みな笑いから何をトン違ったのか、急に美咲がぽっと灯った提灯のように顔を赤らめはじめる。
「ご、ごめんね! 私、そっちの話には疎くて! よく考えてみたら分かることよね…… こんな木の下で二人きりで会うなんてもうあれしかないよね」
えへへと、また更に顔を赤らめながら気まずそうに僕と空希の二人を見た。僕はそれにハァーとため息をつき、空希は何かを我慢するかのように唇を噛みしめている。
「美咲、何を勘違いしているか分からないが、お前が考えている関係とは僕たちは違うからな」
「へっ?」
僕の発言に美咲が訳も分らないとまぶたをすごい勢いで目をぱちぱちさせている。
「フフフ、相変わらずねー美咲」
空希がまたいじわるした顔をして笑っている。彼女のいじわるな性格には困ったものだ。
「もぅ、何よ! ば、ばか!」
「アハハ……」
もう空希のいたずら癖に僕はあきれ笑いを口から漏らすしかない。美咲はまだ怒りが収まらないのかまだ顔を赤らめながら空希につめよっている。
「もう、行くの?」
空希が美咲を振り払いつつ、近くに立て掛けていた彼女が跳ぶための棒に手を掛けた。
「うん。空が晴れたから」
そう言って、彼女は空を見上げた。僕もつられて空を見上げる。
空は確かに晴れていた。どこまでも空が続いているような吹き抜けた空。その空は僕の手をどれだけ伸ばしても届かないという寂しさを感じさせながらも、悠々自適に振る舞い、僕の心を大きく刺激した。
「今日の空は好き?」
彼女が僕に聞いてきた。
「好き」
短い言葉ではあるが、それ以外に言葉はこの場合いらないだろう。
「そう。じゃ、またね。美咲もまた遊びましょう」
そう言って、ばいばいと手を振りながら彼女は熱いグラウンドへと駆けて行った。僕は彼女の背中を一通り追ったあと、ふぅ、と一息いた。そしてまた再び、木の根元へ腰かけた。空をボウと眺める。この時間がやっぱり好きで仕方ない。時間を忘れ、空の大きさに僕のようなちっぽけな存在が溶け込んでいく。あぁ、空はなんて……
「結城! 何、ふけっているのよ!」
僕の脇腹が鋭い槍でグサッと突き刺された。
「な、なんだよ。美咲、まだ居たのか」
「そりゃ、居るわよ。まだ、用が済んでないし」
「用って?」
「西園寺先生の伝達よ。絵は出来たのかって……」
僕は何も言わず、スケッチブックをペラペラと捲った。これが僕の答えだ。何も描けていない。
「そんなことだろうと思ったわ。私からはうまく言っといてあげるから、絵の構想ぐらいは西園寺先生に伝えてあげてよ。あぁは言っても、結城のことを心配しているのよ」
何も描けていない僕を見て、少し顔をしかめたがそれ以外、美咲は特に変わった様子を見せなかった。
「分かっているよ。だからこそ、僕は困っているんだ。適当に描いた絵は必ず、見抜かれるから」
西園寺先生の美術の観点は筆のタッチとか、絵の色彩とかそういう所にはない。あるのは絵に自分の気持ちが入っているかどうか…… 今では珍しい観点かもしれないが西園寺先生が描く絵を一度でも見たら、誰でも否定はできないだろう。西園寺先生の絵にはそれほどの説得力がある。
「私も結城の絵を見て見たいよ。あの時の約束、まだ忘れてないからね」
美咲が携帯につなげた一つの小さな鉛筆を僕に見せた。