感じるままに
最後の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。時刻は夕方の四時を回った所、外はまだ明るい。温度も高いため、決して運動に快適な気温とは言えないが早くも野球部の声が僕のいる教室にまで聞こえくる。
「結城、はやく行くわよ」
扉の前で美咲が僕を待っている。傍から、見れば帰宅部と変わらない姿の美術部だが、美咲はいつもアクリル絵の具を持ち歩いている。今もそれは美咲の右手にしっかりとあった。一番大切なものは肌身離さず持っていたいタイプらしく、毎日美咲は家まで、持って帰っている。美咲のその気持ちは僕も分かる。僕も空を描き続けているスケッチブックは毎日、持って帰っている。
「今、行く。貴己は?」
「とっくの前に行ったわよ。大会も近いから張り切っていたわ」
運動部の最後の大会は文化部とは違い、七月の末にはもう始まる。貴己が所属するサッカー部は今年、なかなか強いらしく、いいところまで勝てるという話だ。因みに、人気は歴代ナンバーワンらしい。理由は言う必要はない。
「お待たせ」
「よし、行こう!」
僕と美咲は美術室に向かった。美術室は僕達のいる場所とは違う第二館という所にある。本館には授業のため使う教室があり、第二館には文化部の活動の教室、運動部の部室が存在している。そのため、第二館は部活棟と呼ばれることが多い。
「相変わらず、ここは人が多いわ」
美咲が前を歩いてきた生徒とぶつかりそうになり体を横にしている。この時間の生徒の多さはもうこの学校の名物だ。部活棟に渡る手段は今、僕達が渡っている渡り廊下しかなく、授業が終わった生徒たちが一気に流れ込んできてしまう。
「その中で、いちゃつくバカップルもいるけどな」
「本当、無神経な人種よね。嫌になっちゃうわ」
渡り廊下は両脇に窓ガラスが何枚も等間隔で設置されており、窓から外の風景を見るための椅子も渡り廊下の端のほうに置いてある。そして、カップル達はある噂を信じていつもここに集まる。
「あの噂は誰が流したのかしらね」
「誰って…… そりゃ、バカップルだろ」
美咲が言うあの噂とは学校に密かにささやかれる恋愛成就を叶えてくれる噂のことだ。この系統に興味がない僕でも一度は聞いたことがある。確か、この渡り廊下から見える夕日を二人きりで見た男女は永遠に結ばれるという感じだった。正直、これは無理な話だ。見ての通り、授業が終わるとこの渡り廊下はこの有様だ。夕日を見る所か、人しか見えない。
「結城、西園寺先生よ!」
「げっ!」
美咲が笑顔で、西園寺先生に向かって手を振る。
あぁ、余計のことを……
西園寺先生は美咲に気付いたのか、こちらに向かって歩いてきた。西園寺先生との距離が近づくほどに、僕の胃がキリキリと痛んでくる。
「美咲、結城これから部活だな。一緒に行くか」
「はい!」
「はい……」
「どうした、結城? 元気ないな。お前の考えていることは想像つく。どうせ、まだ絵の題材が決まってないのだろ」
「うっ……」
どうして、皆僕の考えていることをこうも簡単に当てるのだろうか。不思議で仕方がない。
「その顔を見る限り、当りだな。結城、芸術は直観だ。考えても何も浮かばないなら、感じるものを描いてみろ。それが、お前が描くものだ」
感じるものか…… それがいつも空なんだよな。
「そういうことで、今日も結城は外だ」
「ですよね」
僕は美術室に入る所を西園寺先生に止められ、僕は再び外に出された。僕は当てもなくいつもの木の下に身を置くことになった。空を見上げると、朝のどんよりとした雲はどこにもなく流れるように雲が動いていた。僕の空は変わりのないずっと曇り空だ。
ガシャン!
突然、グランドに鳴り響く鉄柵を叩いたような金属音。グランドにいる生徒たちは皆、音がする方向を見る。グランドに落ちている一つの長い棒。その後、ボスッという乾いた音が鳴り、緑色のマットに人が落ちたのだろうか細かい砂が舞い上がる。
「くそっ!」
僕にまで聞こえてきた悔やむ声。それは粗々しくもありながらも男とは違うか細さがあった。一つに束ねられた金髪が目が止まる。彼女は再び棒を持つと、トラックへと戻っていく。周りの生徒達は気づけば自分のやるべきことをしていたが、僕は彼女を見た。彼女の動作は昨日と何も変わらない。一呼吸入れると彼女は走り出した。
―― 遅い
僕は彼女が踏み切るとき、そう思った。案の状、彼女は最高到達点に体を持っていくことができず、バーに体をひっかけた。
「やっぱりね」
僕はテレビのクイズ問題を当てたような満足感に一人で浸った。そして、クイズの正解を書くように僕は正解を描き始めた。
「何がやっぱりなの?」