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5.燃料補給(西暦二一七八年八月)

 ドラゴンフルーツ号は華奢な船である。定格加速度は○・三G、全長二○○メートルの背骨となるのは、直径二メートルの船軸であり、その先に、主要施設のある円筒部、回転する居住部や荷台のオープンプラットフォームがある。全長の下三分の二には四本の凍結化学燃料と化学エンジンがある。この化学エンジンは、短時間高推力という特徴があり、ドラゴンフルーツ号の場合、フル装備された四本の凍結化学燃料を約1時間で使いきることができる。


 ブリッジの正面パネルに、モザイクのかかった画像が見えている。漆黒の宇宙を背景に、青、赤、緑色の点滅する画素がほぼ正三角形をなしている。赤が左舷灯、緑が右舷灯であり、青が上舷灯である。無重力で上下左右は無いし、宇宙船や燃料輸送船の構造に左舷右舷の区別はないが、便宜的に青色点滅灯の方向を上とし、左舷、右舷を定義している。画像では、青色灯を上とすれば、赤色灯が右側、緑色灯が左側に見えるから、燃料輸送船がこちらに船首を向けているのは間違いない。ちなみに、ドラゴンフルーツは船尾を輸送船側に向けて減速中である。

「口径一○センチの光学望遠鏡ならこんなもんやろう」

ブリッジ中央に磁気ブーツで立つ老人は、白い鬚を撫でつけながら呟いた。マイケル・リサール船長である。画像が粗いのは、望遠鏡の分解能のせいである。

「ドップラーレーダーの測定値が出ました。距離、九二キロメートル、秒速約一四○メートルで近づいています」

正面スクリーンのすぐ下で、操縦士兼航宙士のメイファン・グェンが声をあげた。

「コンタクトまでの時間はどうや?」

「はい、一定加速度航行○・○一Gで、一三五一秒後です。ほぼ想定通りで、ランデブー軌道は順調です」

「パトリシア、輸送船の制御権は?」

船長は、ブリッジ左方のパトリシア・フェルミ通信士兼医師に尋ねた。

「はい、制御権は先ほど移行し、ドラゴンフルーツがマスターとなっています。燃料輸送船の最新状態を報告しましょうか」

「いや、異常がなければええ。ああ、そうや、残燃料の最新値を教えてくれや」

「異常はありません。数値は全て、想定範囲内です。輸送船帰還用の分を除いて、残燃料は本船換算で七三パーセントです。慣性航行中ですので、昨日の値と変わりません」

「メイファン、うちの燃料は?」

「船長、残燃料は二九パーセントです」

メイファンがドラゴンフルーツの状況を報告する。

「ふむ、という事は二パーセント余分か」

「イオの公社本部の予想は三パーセントでしたが、本船の加速が遅れたので、少し、余裕が減りました」

「元々、少々余るくらいがベストやから、二パーセントくらいの余分は悪うない。しかし、折角、この軌道まで持ってきたもんを輸送船に返すのは惜しい。何とか、置いておけへんのか…… サム! どこかに積めんか!」

「えっ、あっ」

突然、話題を振られて、サム・シケルはうろたえた。彼がブリッジに居るのは珍しい。何かと理由をつけてブリッジには近づかないようしているのだが、今日は、リュウイチ達の作業をアシストすることになっており、そうもいかない。

「水槽に入れておくか?」

「だ、ダメです! 燃料はケロシン系ですから、絶対に水槽はダメです! 藻が死にます」

「冗談や、アホ!」

「ふーっ」

サムが胸をなでおろす。巨体に似合わず、ノミの心臓である。

『船長、容れ物があればいいんですよね』

空中からの声に、ブリッジの四人はスクリーンの端を見た。白い宇宙服を着た青年がカメラを覗き込んでいる。ヘルメットはつけていない。

「ああ、リュウイチか。何かいい案があるんか?」

『ネットです。凍結燃料の頭に被せるネットの予備があったと思います』

「かき氷の頭に被せるあれか」

船に装着した凍結燃料は、しばしば、山盛りにしたかき氷に例えられる。凍結燃料がかき氷で、燃料を少しずつ解凍しながらエンジンに供給するお椀型の部分が、鉢に例えられる。かき氷が浮き上がらないようにエンジン側に押さえつけるのがネットと定張力伸縮ワイヤーである。

「サム、ネットの予備があると言うのは本当か?」

「はい。確か、第三倉庫に一式あったと思います」

「後部エアロックの近くやな。リュウイチ、取ってこれるか?」

『大丈夫です』

「よし、いけ! あっ、ちょっと待て!」

『はい?』

「今回の船外活動の作業チーフはお前がやれ」

『ええっ!』

「なんや、自信ないんか? まさか、工程を覚えておらんとか?」

『……それは大丈夫です』

一瞬の間は、リュウイチが作業の流れを想起したためである。

「なら、できるか?」

『作業人員と役割に変更はないですよね……』

 作業チーフは、作業員の命を預かる立場であるから、安請け合いはできない。工程と体制がしっかりしていれば問題はないはずである。リュウイチは、素早くツールボックスミーティングの資料を思い浮かべながら考えた。

「はっきりしろ! できんのか、できへんのか?」

船長は短気である。

『はい、できます! ですが、チーフが変わりましたから、ツールボックスミーティングをもう一度、やり直しますか?』

「やり直さなあかんのか?」

『いえ、不要です』

「ならそれでええ。とにかく、急がず、焦らず、遅滞なく、素早くこなせ!」

『了解!』


 ドラゴンフルーツには二つの標準エアロックがある。前部エアロックは船首のオープンプラットフォーム側にあり、プラットフォーム上の荷にアクセスするのに用いる。後部エアロックは、ドラゴンフルーツの円筒部の後端にある。船首側で作業する時には、前部エアロックを使用し、船尾側で作業する時は、後部エアロックを使用する。よほどの事が無い限り、逆のエアロックを使うことはない。二つの間にある灼熱した放熱パネルのそばを通りたいと思う者はいないからである。

 標準エアロック以外に、居住モジュールと船尾に緊急用のエアロックがある。こちらは小型で、一度に人一人しか利用できないし、エアの排気充填には、かなり時間がかかる。

 後部エアロックから無音でさまよい出る二人。周囲一○○万キロメートルは、他の宇宙船が存在しない漆黒の空間である。唯一の宇宙船ドラゴンフルーツから離れるのは、遭難した海で、救命ボートから大海に飛び込むようなものである。何度体験しても、リュウイチの心細さは無くならない。

「最初に、ウィンチと油圧緩衝器を設置します。船長は、船首側をお願いします。俺は船尾側を担当します」

二人の背には腕一本ほどの長さの円筒が二本固定されており、そのうちの一本が油圧緩衝器である。

「了解」

「設置位置は大丈夫ですね」

「船首側は、燃料上限位置の固定アイボルトでいいんやろ。くどいぞ、チーフ」

「すいません。では、各自目標地点へ。俺はガイド無し有視界遊泳で向かいます」

『こちらブリッジ、了解しました』

ドラゴンフルーツのサムからインカムで返事が返ってきた。

「リュウイチ、有視界遊泳、行きます!」

リュウイチは、力強く言って、スラスターを吹かした。所定の位置まで一○○メートル程である。

「わしは、タラップで行くぞ!」

『ブリッジ、了解』

マイケル船長は、船殻に据え付けられた取っタラップを握りながらゆっくりと移動し始める。

 エアロックのすぐ後ろが凍結燃料のスペースであるが、今は直径二メートルほどの船軸がずっと後ろまで伸びているだけである。このスペースに、輸送船が運んできた凍結燃料を配置する。船長は船軸の船首側、つまり円筒部との接続部に近い所に、長さ一メートルほどに伸ばした油圧緩衝器をセットし、さらに電動ウィンチを載せた。ウィンチは直径五メートルほどの円筒状の凍結燃料を引き寄せるためのものである。船首側と船尾側の二か所で燃料を引っ張り寄せる。引き寄せた燃料がドラゴンフルーツにぶつかる時の衝撃をやわらげるのが油圧緩衝器である。無重力とはいえ、慣性力は変わらない。燃料の重量は一本数千トンになるから、緩衝器は必須である。

 早々に作業を終えた船長が一○○メートル程先のリュウイチを見やる。

「リュウイチ、こっちは終わったで。先に輸送船に行ってもええか? それともチーフの作業が終わるまで待っとった方がええか?」 

「ええっと、任せます」

「自分で決められんとは…… ほんまに、優柔不断なやっちゃ」

船長は小さく舌打ちをしてから続けた。

「了解、こちらマイケル、輸送船に有視界遊泳で向かうで。向こうに着いたらネットを取り外す。ええな、 チーフ?」

「こちらチーフ! 了解!」

『ブリッジ、了解』


 輸送船は一見するとドラゴンフルーツの船尾側に似ている。全長二○○メートルほどの四本の凍結燃料が束ねられている。それぞれのお尻には小さな化学エンジンが一ずつついている。燃料を運ぶだけの無人の輸送船である。

 今回の作業は、輸送船の凍結燃料の内、化学エンジンの返却に必要な燃料を残して、それ以外の部分を切り取って、回収し、ドラゴンフルーツの燃料とすることである。こうやって、木星系内を行き交う軌道船は、燃料を補給する。

 木星系で用いられる化学エンジン用燃料は、ケロシン系の燃料と酸化剤を混合し凍結させたものである。一方、木星系の平衡温度、すなわち太陽からのエネルギーと放射冷却がつりあう温度は零下一五○度、絶対温度にして一二○度ほどである。特殊な凝固剤を混ぜた燃料は、この温度では安定した固体となる。地球近傍では液体となり、タンクに入れなければならない燃料も、この辺りではタンクも不要な固体である。

 イオの工業プラントで製造された凍結燃料は台車に載せられて、長さ四○○キロメートルほどの電磁カタパルトでゆっくりと加速されて射出される。そのまま、イオの重力圏を抜け、木星周回軌道に投入される。自前の燃料を使わずにイオを飛び立つことができ、木星系の人類には必須の施設である。長大な施設であるが、地球のキリマンジャロ山の施設に比べれば、技術的な難しさはそれほどでもない。イオの重力は○・一八Gと小さく、抵抗を生み出す大気もないからである。

 反対に苦労するのが、着陸である。大気のある地球と違って、減速もされないし、滑空もできない。多大な燃料を用いて減速して、どうにかこうにか着陸するのである。もっとも、破損しても良い品物は別である。例えば、リュウイチ達が関わっているプロジェクトの最終目標は、エウロパの氷をエウロパ地表の電磁カタパルトで射出して、イオ工業プラントのそばに落下させることである。氷が砕けようが、溶けようが、少々蒸発した所で問題ない。電磁カタパルトの逆の、電磁減速レールが完成すれば、着陸の問題もなくなるはずであるが、こちらの方には技術的な課題が立ちはだかっている。もっと、遠い未来には、軌道エレベーターをイオに設置するというプランもあるが、静止軌道まで一万三○○○キロもあるから、長さ四○○キロの電磁カタパルトに比べて、最低でも千倍の建設資材が必要とされており、現実的ではない。

 いずれにせよ、イオの電磁カタパルトと凍結燃料のおかげで、木星系の軌道船は頻繁に燃料補給を受けることができる。そして、年に数度の燃料補給作業は特殊な業務ではない。


「こちら、リュウイチ、本船側の設置作業が終わりました。これからワイヤーを繰り出しながら、有視界遊泳で輸送船に向かいます」

『ブリッジ、了解』

 リュウイチは、ウィンチのフックを腰にひっかけた。フックはワイヤーでウィンチに繋がっており、リュウイチが船から離れるにつれて、ウィンチから蛍光色のワイヤーが繰り出される。

 ワイヤーが絡まっていないのを確認して、リュウイチはスラスターを吹かした。行き先は三○○メートル程先の輸送船である。


ゆっくりゆっくりとリュウイチが輸送船に近づく。

「おい、リュウイチ、今回はお前がチーフだ。指示を出せ」

マイケル船長が、大声を出す。

「はい、船長、わかっています…… えーっと、サム」

『はい、こちらブリッジ』

インカムにサムの声が響く。

「手前の凍結燃料の計測を始めてくれ。そして、計測できたたら、切断する二箇所にレーザーマーカーを出してくれ」

『了解。左舷計測レーザー、発振させます』

「船長、工程通り、レーザーマーカーが出たら、各自、墨出しワイヤーをセットして切断開始です」

「了解」

『こちら、ブリッジ。計測終了しました。船首側、船尾側二本のレーザーマーカー出します』

「了解」

『三、二、一、オン』

サムの声が途切れた瞬間に、直径五メートル程の凍結燃料に緑色の線が現れた

減速中のリュウイチは、それを見ながら

「よし、船尾側のマーカーはOK」

と答えた。そして、姿勢を倒立させ、足から凍結燃料に着地する。『ザッ』とブーツににつけたアイゼンが凍結燃料を噛んだ。

「チーフ、マーカーはOKやけど、隕石の衝突痕が一か所ある」

「衝突痕? 大きさは?」

「直径、一○センチ弱やな」

「貫通している?」

「ちょっと待ってくれ…… いや、貫通はしておらんから……」

「ドラゴンフルーツに接着する側ですか? それとも予備側?」

「予備側や」

「うーん…… 時間もないから、そのままにしておきましょう。万が一、ドラゴンフルーツの化学エンジンに入っても、途中にメッシュがあるから、エンジンが壊れることはないです」

「そうやな…… 貫通していないのは、気色悪いけど、凍結燃料に隕石が混じるは珍しゅうない。リュウイチの言うとおりにするか」

「そうしましょう!」

「わかった、今回は、お前がチーフや、お前の判断に従う」

「はい、ありがとうございます。念のため、ペイントがあれば、印をしておいてくれますか?」

「了解。赤ペンでペケをつけとくわ」

「それじゃ、それが終わったら、そちらの切断を始めてください。こっちは、こっちで始めます」

「了解!」


 リュウイチ達は作業を開始した。まず、緑色レーザーの切断予定線に沿ってワイヤーを一周させる。レーザーは本船側にしかないから、ぐるりと切断するには、一周するマーカーが必要で、それが墨出しワイヤーの役割である。

 次に、背中に背負った『カタナ』を組み立てる。刃渡り七○センチメートルほどの人工ダイヤモンド製で、内部にヒーターが埋め込んである。これを四本接続する。さらにバッテリーを内蔵した柄をつけると、長さ三メートルほどの直刀となる。

「カタナのスイッチを入れます」

『了解』

リュウイチの呟きをサムが確認する。

 スイッチを入れたカタナは設定温度に向けて昇温される。切断したい部分を暖めて溶かすためであるが、発火点以上に温度が上昇しないよう注意しなければならない。さもなければ、発火し、その炎は凍結した混合燃料に燃え広がり、あっと言う間に燃え尽きてしまう。もったいないし、危険でもある。

 従って、凍結燃料の切断に、高温の炎を噴き出すプラズマトーチは使えない。その点、専用のダイヤモンド直刀は安全である。温度制御されたヒーターの熱は、伝熱性の優れたダイヤモンドにより刃先まで伝わる。

 リュウイチは、ヒーター温度が設定値に達したのを確認して、刃を直径五メートルほどの凍結燃料に突き当てた。

「切断開始します」

『了解』

 ゆっくりと刃先が沈み始め、やがて、刃は燃料の中心に達する。そこから刃をゆっくりとワイヤーに沿って押していく。凡そ一○分ほどかけて、ぐるりと刃を回すと、円筒状の凍結燃料が切断されるはずである。

「チーフ、船首側の第一切断面の切断完了」

「了解」

船長に遅れを取ったリュウイチは、やや不満であるが、経験の差がでるのは仕方のないことである。リュウイチは目の前の作業に集中した。


「船尾側、切断終了です。船長、少しそちら側に動かします」

「了解」

 リュウイチは、刃を梃にして、切断面をこじ開ける。と言っても、相手は四○○○トンほどの重量物である。一分ほど、顔を真っ赤にして力をかけると、ようやく動き始める。これで、輸送船が運んできた凍結燃料一本から、二○○メートルと二メートル程が切り出された。

「船尾側、ペグを打ち込んで、ワイヤーのフックをかけます。船長、そちらもお願いします」

「フックの玉掛けは、すでに終了しとるで」

リュウイチは船長の素早さに舌打ちしたいのを我慢して答える。

「了解。船長は、先へ進めてください」

「了解。それじゃ、わしは予備の燃料を人力で運ぶわ」

 大きな円盤状の燃料片を抱えた船長は、スラスターを吹かして、ドラゴンフルーツへ戻っていく。

「船長は船長、俺は俺」

小さくつぶやきながら、リュウイチはワイヤーを引っ張って、ペグが抜けないのを確認した。


「こちら、リュウイチ、船に戻ります。サムはウィンチを作動させてくれ」

『ブリッジ、了解。最小テンションをかけます…… テンションかかりました』

蛍光色のワイヤーが一瞬ぴんと張り、燃料がわずかに動き始めた。

「進めてくれ」

『巻き取り開始します。三、二、一、スタート』

ゆっくりと凍結燃料が動き始める。

 無重力での作業はすべてがゆっくりと行われる。重力がなくとも慣性力はあるから、ぶつかった時の衝撃は地球上と変わらない。港湾を行き交うタグボートが古タイヤを周囲に並べるのと同じ理由で油圧緩衝器を用いる。今回の作業で最も神経を使うのが、凍結燃料がドラゴンフルーツに接触し、油圧緩衝器が動作する瞬間である。油圧緩衝器で止めきれなかったり、重心がずれていて、船の別の部分に凍結燃料が当たったりすれば、船が損傷を受けるかもしれない。十分慎重に作業を行っているはずであるが、地球近傍の宇宙船と違って、ドラゴンフルーツは華奢である。箱入り娘のように扱わなければならない。

「衝突します!」

誰もが、注視していたその瞬間、リュウイチは思わず声を上げた。油圧緩衝器が五○センチほど縮んで、ピタリと止まった。

「なかなか良い位置です! 本船側の凍結燃料と補給燃料の隙間は七センチほど、軸方向のずれは三センチほどです」

「まあまあやな」

「こちらのゴムをかけますので、船長は芯がぶれないように見ておいてください」

「了解」

リュウイチは補給燃料と本船側の燃料の隙間にペグのついたゴムを何本も掛けていった。ゴムの力で押し付けるのである。そうやって、燃料を接着させれば、後は自然に二本の氷はくっついてくれる。最後に一本になった燃料をエンジン側に固定するために、船首側に網をかけその網をワイヤーでエンジン側に引っ張る。船軸方向にしか力のかからないドラゴンフルーツであれば、その程度の柔な固定で十分である。

「サム、船長、二本目行きますよ」

「「了解」」

「それじゃ、まず、船を九○度回してください」

ドラゴンフルーツの四本の燃料は九○度ごとに配置されているから、空きスペースを輸送船側に向けるには、船を九○度ずつ回転させなければならない。

『了解。本船の居住モジュールを減速させます』

回転するにはスラスターを用いても良いのだが、その場合はスラスターを吹いて船に回転速度を与えて、所定の角度に近づいたら逆方向にスラスターを吹いて回転を止めなければならない。それに対して、居住モジュールの回転を利用する方は簡単である。元々回転している居住モジュールの回転スピードを減速すれば、それに引きずられて、船の本体側が回転する。そして、もう一度回転速度を加速すれば、その反作用で船の本体側が停止する。作用反作用の原理である。もちろん、回転スピードを変えるには電力が必要であるが、電力は余るほどある。

 残りの三本の燃料の補給も同様に行われた。最後にもめたのは、予備燃料をどこに固定するかである。元々、予備燃料のスペースは無かったので、きちんと固定できるかが問題になった。さらに、重心が船の軸からずれるのを操縦士兼航宙士のメイファンがいやがった。結局、四つの燃料片をプラットフォームの空きスペースに固定した。


     *    *     *


「全く、急に作業チーフを任されて焦ったよ。それで、ギリギリになって……」

リュウイチは、赤いロゴマークの入った白い上着を脱ぎながら言った。思ったより、作業が長引き、巫女との低質立体映像通信になんとか間に合った所である。

「あっ、スパナが入っていた! まっ、いいか」

 上着のフック付ポケットから小型のスパナを二本取り出した。ついつい道具をポケットに入れてしまうのはリュウイチの悪い癖である。

「これが、船長に見つかったら、どやされることは間違いないよ。『アホーっ、万が一スパナが漂うて、むき出しの電極をショートさせたら恐ろしいことになるで!』という風にね」

そう言って、リュウイチは肩をすくめた。目の前のスクリーンは、まだ真黒であるが、相手の映像が届く前から喋り始めるのが遠距離通信のマナーである。でないと、タイムラグの間の通信費用が無駄になる。

「まあ、それはいいとして、今日は、イオから送られてきた燃料を受け取って、ドラゴンフルーツにセットした」

不意に、スクリーンが明るくなる。

「十秒程遅れたかしら。二十日間のレベルIIのコールドスリープだったから、ばたばたしてしまって……」

肩にタオルをかけた巫女は、濡れた髪を拭きながらそう言った。普段の通信では、薄化粧をしているが、今回はすっぴんである。ただでさえ、全太陽系のアイドルと言われるほどの美人が、ほんのり上気した肌を見せている。醸しだされる思わぬ色気に、リュウイチは体が熱くなった。

「こ、今晩は。今日も姫は綺麗ですね」

それゆえ、声が上ずったり、陳腐な褒め言葉しか出てこなくても仕方がない。

「目覚めた直後は、口、鼻、耳の穴まであのヌルヌルした液体が入っていて…… あっ、ゴメンなさいね。汚い話をしてしまって」

「そ、そんなことないよ。俺なんかシャワーを浴びる暇もなくって、汗臭いし……」

リュウイチは視線を横に向け、鏡に映った自身をちらりと見やった。体にぴったりとしたTシャツの袖から覗く二の腕は、マッチョには程遠いし、腹筋が割れたことがないのは自慢にもならない。

「素敵な上着ね。ポケットが沢山ついているし、やっぱり、本物のスペースエンジニアが着ていると様になるわねって、もう脱いじゃうの? ふーん、結構、無駄のない身体じゃない」

「いや、そ、そうかな? まっ、船長にこき使われて、それなりに肉体労働はしているし、トレーニングをさぼると人事部がうるさいから」

「あら、リュウイチの船長さんって外見とずいぶん違うのね」

「そう、うちの船長は困ったもんだよ。トレーニングする暇があったら、勉強しろって言って…… この間なんか、イオンロケットエンジンの最新情報だとか言って、一○○ページ近くのファイルを送りつけて、これを参考に、使っていないサンドスラスター01を改造しろだって。何でも、一時的に出力をかなり上げられるらしいんだ。ただ、もともとサンドスラスターは年単位で稼働させる機械だから、あんまり意味のないことだと思うけど」

「あの船長さん誰かに似ている気がするのよね。映画に出ていた俳優さんで似ている人はいなかったかしら? ボニーとか、メアリとか、そんな名前の悪役船長は居なかったかしら?」

「たまに、由緒正しい船長の衣装だとか言って、変な服を着ているから、もしかしたら何かの映画のコスプレなのかもしれない」

「どうにも悪役な感じがするのよね。リュウイチも、船長さんのいう事は鵜呑みにしない方がいいかもしれないわよ」

「それはないよ。確かに船長は厳しいけれど、いつも、俺のことを考えてくれている」

「リュウイチは十分逞しいわよ。それに、肉体には内面の輝きが反映される。だから、一生懸命、仕事をしているリュウイチは、惚れ惚れするぐらい素敵よ。あんまり働いていない私が言うのも変だけれど」

「そ、そんなことないよ。姫は、沢山の人に、勇気と平穏を与えている。もちろん、俺にも」

「勉強もしているし、すごいわね」

「えっ、ああ」

二分間のタイムラグでは、会話に微妙な齟齬が生じる。それでも、上手くいっている時の男女には些細な問題である。


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