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27.二つの救命ポッド(西暦二一八五年九月一〇日)

『ほれ、二番ポッドや』

 ドラゴンフルーツの後方区画に船内通話が響く。メイファン・グェンは、お気に入りのゴスロリメイド服を着て漂っていた。もし、重力があれば、牛のように歩んでいただろう。

『妙な気を起こすなよ。いつでも、居住区のエアを抜けるっちゅうことを忘れんな!』

 マイケル・リサール元船長がパトリシア・フェルミとサム・シケルの命を握っている。おとなしく救命ポッドに入るしかないのは、メイファンも理解していた。それでも、何か言っておかなければ済まない。

「わかっているわよ、ミヒャエラ」

メイファンは、元船長が見ているだろう監視カメラに向かって言い返した。

『その名を口にするな!』

 改性前の名に元船長はいら立った。

「いやなことを思い出させたかしら?」

 いら立たせるのがメイファンの作戦であるが、たいして効果はない。

『ふん、まあええ。ポッドの通信機は壊しといたったから、お前と話すのも最後や』

 メイファンは舌打ちをして、カメラをにらんだ。救命ポッドの生命線は通信系である。元船長のことだから通常通信用だけでなく、救難信号機も破壊しているはずである。そうなれば、救命ポッドの位置を知らせるすべはない。

 救命ポッドは、イオ最大の口径八メートル光学望遠鏡でも点にしか見えない。たとえ一キロワットの光源を用意できたとしてもイオから見れば、三〇等級の星である。木星系では、ありふれた暗い天体である。その位置と軌道を正確に知っていれば、見えない天体ではないが、探せるものではない。

『わしはおろか誰とも話せへん。木星周回軌道上で誰にも知られず干からびていくんや』

 標準的な救命ポッドにはスラスターがなく、自力で航宙はできない。したがって、位置を知らせて救助を待つしかない。

『万が一知られたとしても、この軌道やったら、公社もよう助けんやろうな』

 だが、待っていても助けてくれる保証はない。

「軌道傾斜角ね」

『さすがやな。最後に褒めといたるわ』

 木星周回軌道にはいくつもの定期航路があるから、少々寄り道をしてもらって救助することは可能である。ただ、定期航路はすべて黄道面上であるから、軌道傾斜角が大きく、黄道面を離れる軌道となると、寄り道では済まされない。一人の命を救うことと,そのために失われる資源と予算とマンパワー、すなわち貴重な人材の寿命を天秤にかけると、公社上層部は難しい判断を迫られるだろう。

「私はあきらめないわ。蓄電池が尽きるまで待つわ」

 電力があれば、酸素を再生することも、船内の温度を保つことも、レベルIのコールドスリープ装置を稼働させることもできる。その電力を賄うのが高密度格子ひずみ蓄電池である。木星系軌道船の救命ポッドなら〇・三トン、凡そ二四ギガジュールのエネルギーを蓄えているはずである。

『まあ、せいぜい三カ月という所やろうな。』

 元船長は、メイファンの寿命を概算した。

「それはそうと、ミヒャエラは、これからどうするの? パトリシアとサムも、私と同じように放り出すの?」

『あいつらは、別のポッドで送り出すわ。お前と違って、ちゃんとエウロパ周回軌道に乗せといたる』

 救命ポッドの定員は二名であるが、メイファンだけが別なのは、定員の問題だけではないらしい。

「そう。でも、かなり急減速しないと無理じゃないのかしら?」

 ドラゴンフルーツはかなりのスピードでエウロパに向かっているから、急減速をかけなければエウロパ重力圏にとどまることはできない。

『心配せんでええ。凍結燃料はフル装備やから、十分や』

 確かに、それならエウロパ周回軌道に乗ることはできる。だが、そこで凍結化学燃料はほぼ使い切ってしまう。元船長の旅路はそこで終わりということだろうか。もしかしたらエウロパ周回軌道上で救助を待つことになっていたリュウイチを回収するつもりなのだろうか。だとしてもその後はどうするつもりなのか。メイファンには元船長の狙いがわからなかった。イオのテロリストたちは、あらかた捕まっているから、元船長をサポートする能力はないだろう。サポートが得られないのはメイファンも同じであるが、何年でも孤立していられるドラゴンフルーツと三カ月しか持たない救命ポッドは比ぶべくもない。

「ならば安心ですね。ついでに息子のリュウイチに会っておこうという魂胆?」

 メイファンは息子という所を強調した。

『余計なことをするつもりはない。リュウイチが無事ならそれでいい』

 息子に執着しているわけではないのだとすると、元船長は何を考えているのか。野放しにしておいて、ろくなことはない。メイファンは元船長の思惑を探っておきたかった。

「KE-Iに体当たりでもする気かしら? ミヒャエラは十二分に虚数エントロピーを生み出したから、いつ、お迎えが来ても大丈夫ね」

 人類が虚数エントロピーを生み出し、宇宙の膨張を阻止しているというのが拝律教の教えである。『虚数エントロピーを十二分に生み出した』とは、死にゆく信者へのねぎらいの文句である。

 メイファンが船内モニターで盗撮してわかったのは、元船長が急速に衰えていること、コールドスリープを多用していることである。メイファンはそのような者を多く見てきた。死期を迎えた者たちである。

『冗談言うな』

 今のドラゴンフルーツには、KE-Iのエウロパ衝突を阻止することはできない。そして、元船長の死期が近いという推測も間違っているかもしれない。元船長の否定はどちらの問いへの答えなのか。

「それなら、私を始末したら、終りね」

 メイファンを抹殺すれば、元船長は満足するのかもしれない。

『いや、まだ、やらなあかんことが一つ残っとる』

「何?」

 元船長は、彼女を葬るだけで満足しないらしい。まだ何かをやるつもりらしい。長く生きたメイファンではあるが、元船長に一矢報いるまでは死んでも死にきれなかった。

『さあ、早う乗れ!』

 だが、時間切れのようである。メイファンの眼前で救命ポッドへのハッチが開いていた。

「……」

 メイファンは口を引き結んだまま乗り込み、自らハッチを閉じた。最期のセリフなど言うつもりはなかった。

まだやることがあった。元船長が何かを企んでいる限り。


 ハッチが閉まって、すぐに動き出す。

「まずは空気ね。酸素再生機は…… 二酸化炭素吸着層も加水分解層も標準数だし、飲料水タンクも満タンだから…… 二カ月は何とかなりそうね」

 ドラゴンフルーツには光合成槽を含めた完全閉鎖ループがあるが、そのようなシステムは大がかりで救命ポッドに収納することはできない。通常、救命ポッドには、水と電力で二酸化炭素から酸素を再生しメタンを排出する酸素再生機が備えられている。水は人間の排水を有効利用するから、人間が生きるための水があれば、わざわざ酸素を積む必要はない。

「通信機は…… あいつの言った通り最終段のアンプが壊されているわね。修理用の部品もないし、諦めるしかないわね。食料は…… ちっ、エナジーメイトとサプリだけか…… 」

 メイファンは壁にはめ込まれた機器やら収納ボックスを次々と開けていった。ポッド内の備品の確認である。

「宇宙服は一セットある。エアユニットもついているし、問題はない…… ん? エアスラスター用タンクのゲージがゼロ?」

『射出カウントダウン開始します。十、九、八……』

 合成音がポッド内に流れた。

「くそミヒャエラ! わざわざ圧縮気体を抜いたのか!」

 怒声が響いた。エアスラスターがなければ、船外活動は大幅に制限される。

『三、二、……』

「魂胆を見抜かれていたのか」

メイファンは力なく呟いた。

『ゼロ』


 救命ポッドが一基、ドラゴンフルーツを静かに離れていく。太陽の輝きを散乱する真っ白な船体は、ゆっくりと闇に飲まれていく。否、闇ではない。無数の星が冷徹にポッドを見下ろしている。そんな瞬かぬ星の中で、赤、緑、青の光点がいくつか規則的に明滅している。まるで腹を空かした捕食者のようにポッドを見つめる光点。使われなかった燃料補給船の舷灯である。


     *    *     *  


『ザクザクザク』

という心地よい音が聞こえてきそうな感触をリュウイチは楽しんでいた。ライトに照らし出されるのはエウロパの灰白色の大地。表層数センチが霜柱のように柔らかに固まり、そこに、リュウイチの靴跡がくっきりと印されていく。

 点々と続く跡が囲んでいるのは、黒く大きな影。海岸に打ち上げられたクジラのように横たわる改造救命ポッド1である。固定バンドはサンドスラスター01とポッドをしっかりと結びつけており、ポッドとサンドスラスター間の複合ケーブルにも問題はないようである。コマンド一つで動き出すはずだ。

「倒れた時はどうなるかと思ったけど、ざっと見る限り、破損は見られないな。まあ、ポッドもサンドスラスターも、やわじゃない」

 過酷な環境を想定しているは、救命ポッドもサンドスラスターも同じである。転倒したぐらいで故障することはない。

「動かしてみたいけれど、まずは無事に着陸したことを連絡しないと」

 巫女の元にすぐにでも飛んでいきたいという気持ちと、手動で見事に着陸したことをカール・セルダンに自慢したい気持ちが半々。すべての作業は報告しなければならないという義務感が少々。

 リュウイチは再び船に乗り込み、大きく傾いたシートに座った。もともとは無重力の宇宙を漂う救命ポッドであるから、上下左右はない。しいて言えば、シートの向きが上下を決めている。ところが、ここにはエウロパの重力がある。椅子を真っ直ぐにするには、シートを固定している船を回転させればよい。

「やっぱり、船のロールを何とかしないと。さすがに真っ直ぐじゃないと不便だからな」

 リュウイチがアナログ操作卓のスイッチを押すと、姿勢制御スラスターの一つが圧縮気体を吹き出し、船は寝返りをうつようにゆっくりと回転した。

「よし、これで真っ直ぐだ。次は、GPSが使えるかどうかだけれど……」

 エウロパのGPSはほとんどメンテナンスされておらず、精度はあまり良くない。それでも使えるのと使えないのとでは随分違う。

「周波数はイオとの通信と同じ二〇〇ギガヘルツで、信号処理プログラムに割り込みをかけて、GPS処理プログラムに食わせればいいはず」

 木星系内通信では、高指向性アンテナを用いた遠距離通信を可能とする二〇〇ギガヘルツ帯が標準である。高指向性のためには周波数が高ければよく、この周波数帯に決まった経緯は不明である。一説によれば、地球上からの盗聴を防ぐために地球大気の水蒸気での吸収が大きい二〇〇ギガヘルツを選んだという伝説があるが、眉唾であろう。

「現在地は…… 南緯五○度二二分、東経五五度四〇分。よし、GPS受信は成功! 次はイオとの通信の復活だ」

 着陸前は、イオ側からの干渉、例えば、船の制御を奪って着陸を中止させることを心配したが、着陸してしまった今は、そんな心配はない。真理派がハッキングを仕掛けてくる可能性がないわけではないが、余計なプログラムを実行しなければ危険はないと言っていいだろう。

「こちら、改造救命ポッド1。無事着陸しました。聞こえますか」

『……こちらカール。連絡が遅かったから心配したぞ。とにかく無事で何よりだ』

しばらく間をおいてカールの音声が入った。

「で、作戦本部の様子は?」

『様子?』

スクリーンに首を傾げたカールの顔が映し出された。

「無断で着陸したことで、何か問題が……」

 木星系開発公社は、命令違反に対しては、意外に寛容である。これは、規則を守り、秩序を守ることよりも成果が重視されるためである。別の言い方をすれば、利益を上げられれば、少々のことは目をつぶるという意味であり、社員の労働環境が必ずしも保全されるわけではないという意味でもある。そして、命令違反を判定し、成果を評価するのは上層部である。ちなみに命令違反に対する罰則には、任期四〇年の土星系調査船の乗務員なんてのがある。

『ああ、それは心配ない。上層部は僕らの意向通りに動いてくれている。なんせ、コレーはいいかげ…… 総裁は立派な方ですから』

「コレーが動いた?」

『ああ、今回の巫女救出ミッションを正式なものにしてくれた。もちろん、神殿への入殿許可状も入手した。名目は公社による施設のメンテナンスとなっているけれど』

 公社総裁のコレ―・リュードベリはリュウイチの義妹であり、かつ、近年になくワンマンな総裁と言われている。味方になれば、これ以上頼りがいのあるボスはいない。

「それで十分だよ」

『ただ、避難勧告の方は、教団のイオ総主教が渋っていて、まだどうなるかわからない。未だに神殿と通信ができないのも、故障なのか、教団の意図なのかわからないし……』

「一体、教団は何を考えているのかな」

『いよいよなれば、サラが避難命令の令状を出すらしいが、それはそれで禍根を残しそうだから気が進まないと出がけに言っていたよ』

「カールは公安官と随分親しいみたいだね」

 サラの表の顔はカールの助手であるが、裏の顔は巨大な権限をもつ公安官である。いつの間にか二人は朝を共にする仲になったようである。

『いや、それほどでも、って、今は、リュウイチと巫女の問題だ。話を戻そう。とにかくリュウイチは無事に着陸できたんだな?』

 カールは咳ばらいをして続けた。

「ばっちりです。無事に手動で着陸しました」

 リュウイチが自慢げに答えた。

『手動?』

「そう手動。最後に送ってくれた着陸シーケンスのフォーマットが読めなくて、着陸シーケンスを流し込めなかったんだ」

『フォーマットが読めない? それじゃ、いったいどうやって着陸したんだ?』

カールはいぶかしげな顔を見せた。

「だから、手動だって言ったじゃないか? そんなに難しくなかったよ。姿勢制御がオーバーシュート気味だったから何回も微調整したけれどね」

『ふむ…… まさか、手動とはな。シーケンスにだいぶ余裕を見ていたから、それが幸いしたんだろうけれど…… まったく無茶をしてくれるよ。まっ、そもそもは僕のミスだ。謝るよ』

 カールは、あごに手をあて、時々考え込みながら応えた。

「気にしなくていいよ、俺のテクニックなら手動でも大丈夫さ」

 リュウイチは胸を張って言った。今時、手動着陸なんて誰も試みない。自慢するのは当然である。

『確かにテクニックは認める。低重力とはいえ〇・一三Gだ。手動で着陸した腕は誇っていい』

「カール、そんなに褒めても何も出ないよ。あっ、でも最後に転倒したけれどね」

『転倒? 一体どういうことだ!』

 カールが語気を強めた。

「いや、だから、手動で着陸した時に水平速度があって、地面にひっかかって船が転倒したんだ。ああ、そんなに心配しなくてもいいよ、エウロパの重力は弱いから大したことはなかったよ」

『馬鹿か! すぐに全機器をチェックしてくれ! いや、待て! こっちからチェックプログラムを送り込んで調べる。リュウイチに任してはおけない』

「で、でも、チェックプログラムを送り込んでいるときに、真理派にハッキングされたらまずいよ」

『確かにその危険はあるが、やむを得ない。リュウイチに任せる方がリスキーだ』

 そこまで言われて落ち込まないエンジニアはいない。手動着陸を自慢して有頂天になっていたリュウイチは谷底まで落ちた。

『まあ、気にしなさんな。もともと、リュウイチは航宙の専門じゃない。トライデント作戦本部には専門家がたくさんいるから任せればいい。今、送ったチェックプログラムを起動して、レポートを作戦本部に送ってくれ』

「了解」

 送られてきた実行ファイルを汎用制御システムのプログラム領域に放り込んでから、リュウイチは音声で起動した。メニューを出し、全機器の簡易チェックプログラムを実行する。凡そ、三分ほどで一連の試験が行われ、そのレポートが作戦本部へ送られた。


『姿勢制御のユニットの一つに軽故障のエラーが出ているな。たいしたことはないと思うが……』

スクリーンの中のカールはレポートを見ながら話しだした。

『念のため、このユニットは切り離しておこう。他のユニットは正常に見えるが、目視点検は必須だ。後で点検しておいてくれ』

「了解。他には?」

『今の所、他は正常。蓄電池残量は、一四ギガジュール。周回軌道に乗せるの必要なエネルギーが一二ギガジュールほどだから、このまま、大電力を消費しなければ問題ないだろう』

「燃料は?」

『正確な残量はわからないが、着陸軌道の記録から推定して、○・五トン弱だろう。手動にしては、無駄がほとんどなかったな』

「そうか、それでも燃料補給は必要だろう?」

『もちろん。エウロパ周回軌道に乗るために必要な燃料は三・五トンだ。だからあと三トンは補給してもらうぞ』

「なんでもいいんだったよね?」

『ああ、その辺の氷を刀で切り出してくれればいい。どうせプラズマにして噴き出すだけだから。刀は持っているだろうな?』

「もちろんだ。俺の愛刀だからね」

 人工ダイヤモンド製の直刀は、ドラゴンフルーツに凍結燃料を補給する時にさんざん使った。任意の温度に設定できる優れもので、氷を切り出すにはうってつけである。

『燃料補給は後回しにしてくれ。先に巫女を確保してほしいのと、ドラゴンフルーツが怪しい動きをしているから様子を見たい』

「怪しい動き?」

『ドラゴンフルーツが減速し始めた。エウロパ周回軌道に乗るのはほぼ確実だ。救命ポッド二機に三人を乗せて放り出すらしいとメイファンから報告があったが、どこで射出するかが問題だ。それに、昨日から連絡が取れなくなったのが気になる』

「連絡が取れない?」

「もしかしたら、通信系に仕掛けた抜け穴が見つかったのかもしれない。あるいは、メイファンが既にポッドで放り出されたのかもしれない」

「あれ? イオの光学望遠鏡でドラゴンフルーツを監視しているのじゃなかったっけ?」

『ここルワ山の口径三メートル望遠鏡で監視しているが、救命ポッドは点にしか見えないから、救命ポッドの有無までわかるわけじゃない。もちろん、射出の瞬間を見ていれば、光点が離れていくから、容易に判断できる』

「だったら、十分じゃないのか。射出したタイミングがわかれば、自力で航宙できないポッドの軌道は同定できる」

『監視も完璧じゃないんだ。イオの表側の天文台でカバーできるのは全天の半分以下だ。裏側の支部の望遠鏡も使っているが、そっちは口径がずっと小さいから、ポッドは見えない。だからイオの半日はいいが、残り半日の間にポッドが射出されても検知は不可能だ』

「それじゃ、監視にならないじゃないか。なぜ、もっといい望遠鏡を使わないんだ」

『おいおい、トライデント作戦のメインターゲットは、ブラックアステロイドとKE-Iだぞ。ドラゴンフルーツやリュウイチに割けるリソースはそれほど多くない』

「そ、そうか。俺が勝手にエウロパに降りたばかりに…… 待てよ、カール。そもそも、ポッドが救難信号を出していれば、位置がわかるはずじゃないか。このポッドにも装備されているけれど、エム系列を使った優れもので、かなり弱い信号でも検知できる。救難信号なら、木星系のかなりの部分をカバーできるはずだったと思うけれど」

『その通りだ。救難信号を出してくれれば、電波望遠鏡ですぐに探しだせるだろう。問題は、救難信号が出せない状況の場合だ』

「そうするとどうなる?」

『お手上げだ』

「そんな……」

『贅沢は言うな。こっちはただでさえ、マンパワーが分散しているんだ。リュウイチも助かりたかったら、自力でエウロパ周回軌道まで上がって来い。もちろん、軌道計算はこっちでする。周回軌道といってもなんでもいいわけじゃない、軌道傾斜角があると面倒だからね』

「り、了解」

『まあ、そんなに心配しなくていい。できる限りのサポートはする。リュウイチの方は、姿勢制御ユニットが一つエラーを起こしているから、離昇シーケンスは見直した方がいいだろう。場合によっては、離昇ではなく、遠くまで退避してもらった方がいいかもしれない。KE-Iが落下し、水柱をブラックアステロイドが通過するまでは、トライデント作戦本部も落ち着かないからな』

「遠くってどのくらい?」

『あと二○○キロほど北東に逃げてくれれば大丈夫だ。KE-Iの落下予定地点は、そこからメリベイル・リネア沿いに南西六○○キロの所だ。今回は、前のKE-IIIより衝突規模が大きいし、同じメリベイル・リネア沿いにあること、そこの標高が低いこともあって、洪水、いや、氷の津波が予測されている』

「二〇時間で二〇〇キロか。平均時速一〇キロだな」

『重力は弱いし、そのぐらいなら余裕だろう』

「わかった。とにかく、二〇時間以内に北東に地表を二〇〇キロ逃げるか、周回軌道まで上がってしまうかすればいいんだな?」

『そう、その通りだ』

「了解」

『それと、エウロパのL1ラグランジェポイントの高指向性アンテナを稼働させて、そちらを向けておいたから、宇宙服からでも直接通信できるはずだ』

「それは便利だな」


 それからリュウイチ達はその後の予定について打ち合わせた。巫女を確保してからすぐに離昇してもいいのだが、救援体制が整うまでに時間がかかるから、避難しつつ待機しろというのがカールの出した結論であった。

 時間がかかる理由は二つある。一つは、メイファンたちの動向である。彼女達の救命ポッド二機がどの軌道に乗るかがわからないと救援船の送り先が決まらない。もう一つは、イオの電磁カタパルトの性能が一〇〇パーセントではなく、救援船の重量にも回数にも制限がかかり、無計画に救援船の派遣するわけにはいかないという事情である。

 テロにより破壊された電磁カタパルトは、急ピッチで復旧が進められているが、在庫の足りない部品があり、以前のような精度で線路位置を保持できない。電磁カタパルトでは、最大で秒速四キロメートルまで加速されるから、ほんのちょっとした線路のゆがみは大きな横Gを生み出す。精度が悪ければ、射出重量は大幅に制限されるし、一部手動で線路位置を調整しなければならないから射出頻度も制限される。

『最悪、リュウイチ達とメイファン達の一方しか救援できない可能性もある』

 さらりとそう告げたカールに、リュウイチは一瞬瞑目してからため息を吐いた。

「その時はその時だな。こちらに選択権があるわけじゃないし、俺はできることをやればいい」

 宇宙では、些細なミス、些細な状況変化が、致命的となることは珍しくない。仮に、どちらか一方しか救えないとなれば、その判断は本部が行う。リュウイチの希望で判断が変わるわけではない。

『まあ、それはホントの最悪だ。大抵は次善の最悪が起きる』

「次善の最悪?」

『ポッド備え付けのレベルIのコールドスリープ装置で、電磁カタパルトが完全復旧するまで待てばいいさ』

「待つたって……」

『後遺症のでない上限は一○○○時間、およそ四○日だ。それまでには、完全に復旧するだろうし、エウロパ周回軌道ならすぐに助けに行ける。なんなら僕が行ってもいい。白馬の王子のように巫女を出迎えるのも悪くない』

「すごく期待しているよ」

 リュウイチは皮肉を言った。カールはおしゃべりだ。いつまでも付き合っていては大事な任務に支障がでる。リュウイチは話を切り上げることにした。

「そろそろ行くよ」

 リュウイチこそ白馬の王子になるはずである。

『ん? そうだな。とにかく、避難しながら待機してくれ。そのあと離昇かコールドスリープかは指示する』

 リュウイチはカールとの通信を切った。


「まずは地図を出してと……」

 GPSマップに現在地と周辺の地図が映し出される。

「神殿は、南南西方向、およそ…… 五キロメートル。まずは船首を向けて……」

 姿勢制御スラスターで強引に向きを変えた。不意に船内が明るくなった。船壁に映し出される風景が明るくなったのだ。

「日食が明けたのか…… あった、あった!」

 リュウイチの視線の先に神殿の建物群が見える。

「後は、真っ直ぐ滑っていけばいい」

 推力をひかえめに設定して、プラズマを噴き出すが、船はうんともすんとも動かない。摩擦が大きいのだ。

「推力が足りない? それじゃ、三キロニュートンぐらいなら…… これでも動かないのなら五キロニュートンだ」

 ガクッと船が震え、動き始めた。一端摩擦に打ち勝てば加速が始まる。

『ガッガッガッ』と嫌な音をたてながら加速していく。

『ドワン、ドワン、ドワン』

 揺れも酷い。

「ととと、速すぎる。推力オフ!」

 船は再び停止した。

「もっと、慎重に、優しく……」

『ガッガッガッ』

 大推力でやっと動き出したかと思うと急加速をする。慌てて推力を切ると船は止まってしまう。まるで尺取虫のように動いては止まり、動いては止まりを繰り返していく。それでも徐々に推力の加減を覚えて最後には船を一定の速度で滑らせることに成功した。

「ふーっ、次は方向だな」

 走行しながら、姿勢制御スラスターを吹かすと、ぐるんぐるんとスピンを始めた。

「め、目が回る!」

 これまた、微妙な操作が必要だった。操縦は一筋縄ではいかない。スピンだけでなくロールも起きるから厄介である。ロールでポッドが船軸周りに回転すると、上下左右が変わってしまうから、方向制御もままならなくなる。リュウイチはポッド内の二つの水タンクの水位を調整した。それだけで重心が低くなり、かなりロールを防ぐことができるようになった。

 問題はポッドだけではない。ツルツルの地面と、細かな氷がささくれのようになった大地、シャーベット状の氷。リュウイチは悪路のオンパレードと悪戦苦闘した。


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