25.改造救命ポッドと誘導ミサイル(西暦二一八五年三月、六月)
木星系開発公社では臨時役員会を経て、二つの計画が採択された。主計画では、KE-Iの軌道を変更してエウロパに落下させ、氷の大地に大穴を開ける。基本的には、KE-IIIを落下させ、潮汐発電用の穴を開けたのと同じである。その時と同様に、穴から海水が噴き上がるはずである。ただし、衝突速度、衝突質量は今回の方が大きい。噴きだす海水は、その一部を氷に変えながら、直径二○キロメートル、最高高度二○○キロメートルの巨大水柱となる。一方、ブラックアステロイド群は高度一二○キロメートルを通過すると予測され、これらを噴き上がった水氷が迎える。
丁度、噴水の中をボールが通過するようなものである。もちろん、ボールを撃ち落とすことはできないが、ほんの少しボールが減速する。そのわずかな減衰がブラックアステロイドの軌道を変える。割合としてはわずかではあるが、地球に衝突するコースからずらすには十分だというのが、埋もれたピラミッドの計算結果である。
この計画の最大の利点は、直径二○キロメートルという噴水の幅である。たとえ、ブラックアステロイドの四破片がここまで広がっても、全てを減速させることができる。万が一、四破片がさらに広がった場合は、対応できないことになるが、そこまで考える必要はない。四破片の広がりは、エウロパと木星のスイングバイで増幅される。仮にブラックアステロイドの四破片が直径二○キロメートル以上に広がったとすると、地球に衝突する頃には、その広がりは地球の直径よりも広く、四破片のうち、地球に衝突するのは多くとも一つとなる。
計画は、「ブラックアステロイド迎撃計画改」と名づけられたが、すぐに「トライデント作戦」と呼ばれるようになった。トライデントは、ギリシャ神話において海を自在に操ったポセイドンの武具であり、エウロパにもたらす天変地異に因んだ作戦名である。
KE-Iの軌道変更は軌道のサイズに比べれば微々たるものである。元々エウロパの南極上空でKE-Iをブラックアステロイドに衝突させる予定であったが、その軌道をほんの少し変えて、秒速二○キロメートルでエウロパに落下させる。落下地点は、南緯六九度東経四○度、メリベイル・リネアの畔である。
リュウイチはサンドスラスターのメンテナンスのためにKE-I上に留まることとなった。元々、ドラゴンフルーツはKE-Iに伴走するはずだったが、副計画のために、リュウイチ一人がKE-Iに滞在することになった。たった一人、岩塊に取り残されるのは、かわいそうであるが、他のクルーと比べれば、早期に回収されるはずである。
主計画が失敗した場合に備えて考えられたのが、ドラゴンフルーツに与えられた副計画である。そして、この副計画は曖昧模糊としている。一番の役割は、ブラックアステロイド群の追走である。そして、場合によっては、ランデブー、上陸、何らかの工作である。工作には新たなサンドスラスターの設置とアステロイド群の軌道変更が含まれるし、ドラゴンフルーツ自体での特攻もあり得る。核弾頭でもあれば、それを強力なロケットに積載し、ブラックアステロイド群を吹き飛ばすことも可能であろうが、太陽系に核弾頭は存在しない。従って、誰かが行かなければならない。
木星系を行き交う軌道船の内、現時点でブラックアステロイドに軌道がもっとも近いのがドラゴンフルーツである。そこに射出質量の増加した電磁カタパルトを用いて、膨大な凍結化学燃料を送り込む。さらには、世界政府から技術提供を受けて作られた大推力イオンエンジンの試作二基を届ける。そうやって、推力を大幅に増加させて、やっと、ブラックアステロイドの追走が可能となる。工作用に予備のサンドスラスター一基も届けられる予定である。
メイファン・グェン船長は中々首を縦に振らなかった。大推力イオンエンジンは、イオ地上での燃焼試験、耐久試験をほぼ完璧にクリアしたものの、実績が無かった。船を預かる船長としては簡単に了承するわけにはいかない。
他にも問題はある。ブラックアステロイドを追走するためには、ほぼ同じ軌道をほぼ同じ時刻に通過しなければならない。もし、ドラゴンフルーツがブラックアステロイドのすぐ後ろを追走すれば、エウロパから噴き上がる海水にぶつかり、ドラゴンフルーツ自身が破壊される恐れがある。したがって、並走しなければならないが、確実に海水を避けるには、かなりの距離を取ることになっている、距離が開きすぎれば、後で追いつくのが難しくなるし、近ければ海水に秒速二○キロメートルでぶつかる。
結局、ブラックアステロイドから一○○キロメートル離れた地点を二時間遅れで通過することになった。ブラックアステロイドが海水にぶつかった後ならば、海水による減速が十分であったかどうかはわかるはずである。もし、減速に成功していれば、ドラゴンフルーツは化学エンジンをフルパワーで稼働させ、木星系に留まれるよう軌道を変更する。失敗すれば、ブラックアステロイドと同様に木星の表面を秒速五○キロメートルでかすめて、黄道面から離れる極軌道に乗る。そうなれば、メイファン達は史上最速の人類となるだろう。
メイファンにはもう一つの心配があった。その心配を払しょくするためのテストが眼前で進行中である。
『こちら、ポッド1、エンジン制御部との無線通信は良好です』
ブリッジの正面スクリーンには、救命ポッド内のリュウイチが映っている。その左側のスクリーンには、通常の倍の長さの四○○メートルの凍結燃料一本が映っている。これはイオから送られてきた燃料補給船で、尾部には化学エンジン一基がつけられたままである。異様なのは、先頭部に長さ五メートルほどの救命ポッド、そしてそのさらに前には、黒光りするサンドスラスター01が取りつけられている。サンドスラスター01は、サンドスラスター50に比べればずいぶん小ぶり0で、直径は二メートルもない。それでも、改造されたイオンエンジンの最大推力は○・九トン重である。もっとも原子力電池の出力が足りないから、最大推力を出す時は、蓄電池に頼ることになる。
「こちら、ブリッジ、化学エンジンの制御権をリュウイチに渡します。確認をお願いします」
パトリシアは、いつもの席から答えた。
『こちら、ポッド1、制御権受け取りました。エンジンのステータス確認を行い、セルフチェックをしますので、しばらくお待ちください…… 汎用制御モニター使い心地は、それなりかな……』
「それにしても、不格好だわ」
メイファンは救命ポッドを見て呟いた。流線形のポッドの尾部は凍結燃料に突き刺さっている。
「まるで、除雪した雪山に突っ込んだ車みたいね」
最大で二G以上がかかるから、救命ポッドはしっかりと凍結燃料に固定しなければならない。どうやって固定するかをカールも交えて相談したが、結局、氷に穴を掘ってポッドを突きさすのが確実な固定方法であった。不格好なのは否めない。
『船長、これでも船は船ですよ』
リュウイチは、少々興奮しているようである。
「本来なら資格のないリュウイチに船を動かしてもらうわけにはいかないのだけれど……」
『ということは、船長も、これを船だと認めているんですね』
リュウイチの明るい口調に、メイファンは顔をしかめた。調子に乗ると失敗するのが、リュウイチの欠点である。
「エンジンの制御配線は無線だし、姿勢制御もセミオート。第一、船尾と船頭にエンジンがある船なんてエレガントじゃないわ!」
『しょうがないじゃないですか。イオンエンジンも化学エンジンも必須だって主張したのは船長ですよ。そもそも、救命ポッドに軌道船用の化学エンジンをつけるなんて正気の沙汰じゃないですよ』
「確かにそうよね。でも、船としては最低かもしれなけれど、救命ポッドとしては豪華だわ。レベルIのコールドスリープ装置を内蔵しているし、空気・水浄化装置を含むユーティリティ一式も積んでいる。予備の消耗部品を使えば、一二○日間はもつわ。エウロパ周回軌道に乗れれば、救援は容易。とにかく、両方のエンジンを試験してみて」
『了解。公社本部から送られてきたテストシーケンスを作動させます』
「こちら船長、エンジン制御の確認と航路計測システムの校正が目的だったわね。パトリシア、サム、準備はできている?」
メイファンはブリッジの二人に声をかけた。
「ポッド1のメインシステムと汎用制御システムの全ログはドラゴンフルーツ経由で公社本部に送る予定です。今は、エンジンと生命維持システムをサムにモニターしてもらう予定だけど……」
パトリシアはデータ通信状況を確認している。
「船長には、ポッド1のテスト航路をドラゴンフルーツの衝突監視用レーダーで監視してもらいます。私の方はドラゴンフルーツから三角測量で改造ポッドの位置を測定し、改造ポッドに搭載した航路情報システムの大雑把な確認を行います」
パトリシアは、横目で工程表を睨みながら言った。今回の作業チーフはパトリシアだ。本来なら、リュウイチが乗る船なのだから、彼が作業チーフを務めるべきだが、初めてづくしだから、パトリシアが作業工程を管理する。
「問題はなさそうね。私の方の準備はすでに終了しているわ。パトリシアとサムは?」
「大丈夫です」
「僕の方もOKです」
「了解。リュウイチ、ドラゴンフルーツ側は、準備完了。カウントダウンをして、テストを始めてくれるかしら?」
『こちらポッド1、了解。では、始めます。三、二、一、スタート!』
化学エンジン部に備えられた姿勢制御スラスターが圧縮気体を噴き、ゆっくりゆっくりと改造救命ポッド1が反転し始める。全長四○○メートル余り、ドラゴンフルーツよりも長い。質量比は五○。化学エンジンでの最終加速速度は毎秒一六キロメートル。有人宇宙船としては、化け物のような船である。サンドスラスター01の改造イオンエンジンを用いれば、さらに加速することも可能である。おまけに凍結燃料補給船を一隻従えている。二十世紀のF1マシンもこの改造救命ポッド1に比べればかわいいものである。
一方のドラゴンフルーツも化け物の一種と言っていいだろう。改造救命ポッド1に遜色のない最終加速速度を確保するために、何十本の倍長の凍結燃料補給船を周囲一○キロメートルに展開している。漆黒の宇宙で、補給船の赤、緑、青の舷灯が明滅する様は、息を潜める虫達のようである。そんな中で、華やかに放熱パネルを広げたドラゴンフルーツは、蜂社会に君臨する女王蜂である。
「リュウイチ、一通り公社の宿題を終えたら、マニュアル操作を試してみてね」
メイファンは、テストの進行表を見ながら、言った。
『マニュアル、ですか? それは、ありがたいような、ありがたくないような……』
「何言ってんのよ。燃料がこんなにあるのに、訓練しないなんて、バチが当たるわよ」
『そ、そうですね。でも、ドラゴンフルーツに戻る時間が……』
「ロール・アンド・ピッチ、つまり斜軸回転がマニュアルで制御できるようになったら、本船に戻っていいわよ」
『げっ、それって、オートでも難しい姿勢制御じゃないですか』
「リュウイチ、自分の置かれた環境を理解しているの? イオとの通信ができている間は、船の操縦から生命維持システムの最適化まで作戦本部に任せていられるけれど、姿勢制御に失敗して、高指向アンテナが明後日の方を向いていたら、全部自分でやらなきゃいけないのよ。船の回転制御は必須よ」
『わかっているよ』
「わかったら、つべこべ言わずにテストを終えて、訓練して頂戴!」
『鬼っ! マイケル元船長よりも鬼だよ……』
リュウイチは小声で呟いた。
「なにか言った?」
『いえ、何も言っておりません!』
「よろしい」
訓練を除けば、テストは順調だった。その訓練も何とかメイファンに及第点をもらったが、リュウイチがドラゴンフルーツに戻る時間はなくなり、そのまま、改造救命ポッド1で一四○キロメートル離れたKE-Iに向かった。予備の凍結化学燃料補給船を一隻引き連れている。ついでに各種資材もネットに入れて補給船の先端に取りつけてある。
二隻の船の航宙も高指向アンテナの制御も、全てトライデント作戦本部が遠隔で行うから、仮免操縦士のリュウイチに出番は無かった。もちろん、KE-I上での仕事はリュウイチにしかできなかった。
リュウイチが行ったのはKE-Iの北極に設置したサンドスラスター一番基のメンテナンスである。過負荷運転のため、予想外にブレードの摩耗が激しく、交換が必要であった。そして、事件はブレードを交換している最中に起きた。
* * *
「一番基、これから放熱パネルの電路を遮断します」
白い宇宙服を着たリュウイチはインカムに向かってしゃべっていた。Xデーまで、四カ月あまり、リュウイチはたった一人でKE-Iに立っていた。これからサンドスラスターのターボ粉体ポンプのブレードを一部交換するのだが、作業記録代わりに音声を記録している。その記録はそのままイオの作戦本部へ配信されている。
「おっと、時刻も記録しないと。時刻は二一八五年六月○六日一四時二二分三八秒(UTC)」
通信の往復での遅れ時間は約一分。
「電路遮断確認。一番基の電力四・八メガワットは均等に他のサンドスラスターに配電されています。一番基の高密度格子ひずみ蓄電池の残量は七○パーセントほど。これから噴砂側も含めて九六枚のブレードを外し、奥側を交換します。作業時間は、一○時間はかからないと思う。ポッド1には戻らずに作業します。って言っても誰も応答しないか」
誰も応答しなくとも、音声で作業内容を記録するのは、義務である。もっとも、義務でなくてもリュウイチはしゃべり続けるだろう。何か月もしゃべらずに過ごすことなどリュウイチには出来ない。
「電動トルクレンチ正常。漂流防止よし。無限袋は…… よし。目視点検もよし。それじゃ、一枚目いきます」
リュウイチは宇宙服のヘルメット内に投影された作業項目を確認し、ブレードを外し始めた。
単調な作業である。リュウイチはこういった単純作業が嫌いではない。むしろ、頭を使う作業よりも好きと言っていいだろう。頭を空っぽにし、時が経つのも忘れて没頭できる。仕事をしているという充実感がある。
三○枚ほど外したところで、邪魔が入った。
『こちら、公社、トライデント作戦本部。緊急情報です』
「ん? カールかな? 緊急情報?」
作戦本部のメンバーであるカール・セルダンからの音声通信である。
『ドラゴンフルーツが乗っ取られたらしい。そっちに誘導ミサイルが向かっている。到達予定時刻はおよそ七三分後』
「はっ? 乗っ取り? 誘導ミサイル」
リュウイチは電動トルクレンチを止めた。
『誘導ミサイルの対処法は、これから考えるが、まずは、メイファン船長からのメールを音声に変換して流す』
「なんなんだ? 何が起きたんだ?」
『リュウイチ、まずいことになった……』
合成音がメイファンからのメールを読み上げ始めた。そして、リュウイチは顔を青くしていった。
事の始まりは、マイケル元船長のコールドスリープからの覚醒である。どうやら、あらかじめ仕掛けられたウィルスが発動し、中央コンピュータのコールドスリープ制御タスクをハッキングしたらしい。
元船長は覚醒し、密かに行動を起こした。二十世紀のスパイ映画よろしく、監視モニターの前に無人の船内を撮った写真を置き、緊急遮蔽ハッチの動作モニター用マイクロスイッチを捻じ曲げ、最後に、居住モジュールの空調の吹き出し口をラップで覆って、温度制御を不全にした。
当直中のメイファン船長は温度の異常な低下に気がつき、現場に向かった。そして、支持塔で元船長に襲われ、結束バンドでエア配管に繋ぎ止められた。元船長は、ブリッジに入り、リュウイチのIDとパスワードで中央コンピュータに侵入し、ハッキングし、スーパーユーザーの権限を手に入れた。つまり、ドラゴンフルーツは元船長に乗っ取られたのである。
元船長の鮮やかな手際に、メイファン達はなすすべもなく、三人は居住モジュールに閉じこめられた。彼は、居住モジュールの緊急エアロックを制御不能にするだけでなく、外側から溶接で扉を固定した。メールには、メイファンのくやしさがにじみ出ていた。
「ミヒャエラは絶対に許さない! 青あざは十倍返しよ!」
メイファンは、マイケル元船長の改性前の名を叫んでいた。
メールの続きには、メイファンが如何に元船長を出し抜いたが語られていた。拘束された彼女は、メイドカチューシャに仕込んだセラミックナイフで結束バンドを切り、自室から、リュウイチのIDとパスワードで中央コンピュータに侵入した。
「なんで、みんな俺のパスワードを知っているんだ!」
リュウイチは思わずこぼしたが、だれも応答しない。
メイファンは、さらにシステムの一部を乗っ取った。もっとも、元船長も中央コンピュータのガードを強化していたから、彼女にできたのは、船内モニターシステムによる盗撮と公社本部への低速通信路の確保だけであった。しかも、後者には四日間もかかった。その間に船長は、ドラゴンフルーツと並走する何十本もの凍結燃料補給船の長距離通信アンテナを破壊し、それらの制御権をも掌握した。
船が進路を変えたことは、大幅なGの変化からメイファン達にもわかったが、向う先を突き止めるには、工夫を要した。工夫とは、展望室の監視カメラに映った木星とガリレオ衛星である。これを観測することで進路がわかり、ガニメデとカリストの角度から船の位置を求めた。そして、軌道計算から判明した進行方向にはKE-Iがあった。
マイケル船長が何を考えていたのかはわからなかったが、行動は把握できた。メイファンがブリッジで作業する元船長を盗撮した結果、二発の誘導ミサイルのプログラムを改変したらしいこと、一発を発射したことを把握した。
「本来、誘導ミサイル自体は非力で、とてもKE-Iに到達はできないはずだった。でも、元船長は、ミサイルを凍結化学燃料の一本に突き刺した。そうして化学エンジンを使って、ミサイルに莫大な推力を与えることで、ミサイルはKE-Iへ到達できる。もっとも、誘導ミサイルを使ったのは不幸中の幸いだわ。凍結燃料補給船をそのままミサイル代わりに使えば、もっと恐ろしいことが起きたはずよ。誘導ミサイルなら、遠くへ逃げれば大丈夫。映像から見る限り、誘導ミサイルは、赤外線誘導をONにしたみたいだし、ミサイル到着まで、あと一日程あるから、エンジンを切って、ポッドでおとなしくしていて頂戴。誘導ミサイルはサンドスラスターの放熱パネルに吸い寄せられて、サンドスラスターが破壊されるかもしれなけれど、リュウイチに危害が及ぶことは無いわ」
メイファンのメールはそう締めくくられていた。
「一日? カールの話だと、あと一時間程だぞ。それに、今は、サンドスラスターのそばにいるんだ。ミサイルがここに落ちたら、無事では済まない…… なんだ、宇宙服のエアスラスターを吹かして、身一つで上空に逃げればいいのか……」
リュウイチは身の安全が確保できそうなことに安堵した。
「って、今、サンドスラスターが一基でも破壊されたら、トライデント作戦は失敗じゃないか!」
そう、何十億もの地球の人々の命がかかっているのだ。作戦を失敗させるわけにはいかない。
『リュウイチ、メイファンの手紙の通りだ。誘導ミサイルは、おそらく、放熱パネルの赤外線に吸い寄せられる。何もしなければ、サンドスラスターが一基破壊され、トライデント作戦は失敗する。それだけは、何としても避けたい。対策は今考えているが、万が一の時は、エアスラスターで逃げてくれ。一○○メートルも離れれば大丈夫だろう』
カールはそう言った。
「で、どうしろって言うんだ! んっ、待てよ。このサンドスラスターは、メンテのために、放熱パネルを停止させているから…… 同じようにすべてのサンドスラスターの放熱パネルを停止し、余剰電力は蓄電池に回せばいいじゃないか! そうすれば熱源が無くなり、ミサイルは目標を見失う!」
『そうそう、放熱パネルを全て停止しても、余熱でしばらくは、赤外線を出しているから無駄だ。別の手を考えてくれ』
「って、それはダメか! くそっ、いっそのこと、放熱パネルを取り外すか! どこか遠い所に、一○○メートル以上離れた所に、放熱パネルを置いておけば……」
『あと、六七分後、正確な到着時刻は、一七時五一分(UTC)、プラスマイナス五分だ』
「こっちの作業時間は…… 放熱パネルを一枚外すのに、二○分ぐらい、電力ケーブルは共通コネクターが使えるから五分ぐらい。余裕かな。とにかく最速で作業。作業開始だ!」
リュウイチは手際よく、一枚の放熱パネルを外し始めた。
「サンドスラスター二番基につながっているケーブルを引っこ抜いて、放熱パネルに接続し。そして、ケーブルを地面に縫い付けているペグを抜いていけば、そのまま、遠心力で空中に浮き上がるはず。一○○メートル分のペグを抜けば、一○○メートルのケーブルが自由になり、放熱パネルは上空一○○メートルまで浮き上がる。そして、電力をサンドスラスターから供給して灼熱させる。馬鹿なミサイルは、放熱パネルを破壊して満足する。我ながらナイスアイディアだ! 俺って、もしかしたら天才かもしれない」
作業をしながらも呟く。そうすれば、公社本部から応答があるはずだ。その作業がいいとか悪いとか。
『リュウイチ、そのアイディアは悪くないが、少々問題がある』
「問題?」
『遠心力を利用して、上空一○○メートルに灼熱した放熱パネルを置くまではいい。だが、上空のパネルはKE-Iの自転と共に回転している。もし、反対側から誘導ミサイルが来たら、灼熱させたパネルは、地平線にさえぎられて見えない。つまり、別の熱源に誘導される』
「自転? そうか自転しているのだった。でも、ミサイル到着のタイミングがわかれば、その時、どちらの地面がミサイルに向いているかがわかるから…… カール、ミサイル到着地点の経度を教えてくれれば、そこにパネルを設置するよ」
通信に時間遅れがあるから、カールの応答が返ってくるのは一分後だ。だが、カールはリュウイチの考えそうな事を予測できるぐらい優秀である。
『残念なことに、ミサイル到着タイミングの予測には、五分ぐらいの誤差があるから、全方位にパネルを設置してほしい。最低でも三方位。つまり、最低でも三枚のパネルを同様に設置してほしい。あまり時間がないが、何としてもやってほしい』
「三枚? 全然、余裕ないじゃん! く、クソッタレ!!」
リュウイチは泣きたくなるのをこらえながら、一枚目を空中に浮かべ、通電した。KE-Iの空に、黄色太陽が輝いた。
「パネル一枚を外して浮かべるのに二二分か。残り時間は四三分プラスマイナス五分。足りない!! むむっ、こうなったら、二刀流だ!」
リュウイチは、ツールボックスの中から予備の電動トルクレンチを取り出し、両手に一本ずつトルクレンチを握り、一度に二本のボルトを外し始めた。
「どうだ、二刀流だぞ! ムサシも真っ青だ! ザマアミロ!!」
リュウイチの頭のボルトは何本もぶっ飛んでいた。
「終わった! あと、五分プラスマイナス五分! ふーっ」
リュウイチは、サンドスラスター一番基に寄りかかり、大きく息を吐いた。
「どうせなら、めいいっぱい、灼熱させてやろう。一枚に六メガワット、電力全部つぎ込んでやれ。あと五分も持てばいいんだ」
リュウイチは、パネルを操作し、サンドスラスター四基の全電力を三枚の放熱パネルにつぎ込んだ。三方に浮かんでいた黄色太陽は、灼熱し青色太陽となり、白色太陽となった。
不意にその一つが光度を落とし始めた。
「あれっ? 断線したのか? 熱で断線したぞ! ヤバっ!」
白色太陽はみるみる輝きを失い、青色太陽となり、なおも光度を落としていく。リュウイチは、それを呆然と見上げていた。パネルの温度が下がって、赤外線を放射しなくなれば、誘導ミサイルの標的にはなれない。
と、青色太陽が爆散した。誘導ミサイルが放熱パネルに命中したのである。そして、リュウイチの周囲で砂が舞い上がった。爆散したミサイルの破片は、真空中を減速されずに真っ直ぐに進み、KE-Iの大地に鉄の雨を降らせたのである。金属の塊のようなサンドスラスターは少々表面に傷がついただけであるが、宇宙服は柔である。もし、一片でも宇宙服に当れば、リュウイチは無事では済まなかっただろう。
「ははは…… はー 助かったー」
二つの意味で肝を冷やしたリュウイチは、冷や汗を拭おうとして、ヘルメットに手をぶつけた。




