23.ブレインストーミング(西暦二一八五年三月)
ブリッジに集まったのは、メイファン・グェン、パトリシア・フェルミ、サム・シケル、リュウイチ・タニヤマである。
「……というわけよ」
メイファン船長は、総裁から知らされた情報を伝えた。
「かなり深刻だな」
リュウイチがため息をついた。
「それで、二時間後に、私達と公社の実働部隊との作戦会議を開く予定よ」
「でも、すでに科学部のカール・セルダンとかが解決策を考えているんじゃないのか? 今の『破魔の矢作戦』だって、科学部が中心になって立案した。もちろん、メイファンが加わっていたのは知っている。でもあくまでも科学部の案だった。俺達は、言われたことを言われた通りにすればいい。これまではいつもそうだったじゃないか」
「ご不満のようね。リュウイチの言うことは半分当たっているわ。でも、これまでだって、現場の意見を聞かなかったわけじゃない」
「まあ、それはそうだけれど……」
「組織を動かすには適材適所が重要。でも、今回はさすがの科学部も焦っていると思うの。Xデーまで半年足らず、何をするにしても時間がない。そして、今回の分裂を予期できなかったし、対策も考えていなかった。これは失態よ。科学部の失態でもあるし、私の失態でもあるし、私達公社の失態だわ」
「……」
「この作戦には、何十億という命がかかっている。つまらない意地の張り合いをしている場合じゃないわ。それに、科学部は自分達の至らなさに反省している。だからこそ、私達を会議に誘ったのよ」
「三人寄れば文殊の知恵というわけか」
「あら、古い言葉を知っているのね」
「そのぐらい、知っているさ」
「というわけで、皆にアイディアを出してほしいの。後で、イオのカール達にも聞いてもらうけれど、まずは私達で、素材を提供する。ブレインストーミングね。サムもよ」
「えっ、ぼ、僕も?」
「もちろん期待しているわ。どんな馬鹿げたアイディアでもいいわ」
「えーっと、何かご褒美はあるのかな」
「褒美? そうね、給料アップとか、昇進とか」
「それじゃ、やる気が出ないよ」
「じゃ、私が今穿いているショーツとか」
そう言って、メイファンは、ゆっくりとゴスロリのスカートの裾をつまみ上げた。意外に艶めかしい太ももが露わになっていく。リュウイチはごくりと唾を飲み込んだ。
「いらないよ。メイファンのじゃ、小っちゃくて、とても僕には穿けないよ」
サムが即答した。
「あら、残念」
メイファンはスカートの裾を戻した。
「まったく、残念だ」
リュウイチは小声で呟いた。
「じゃ、個人通信容量の倍増は?」
「そ、それは良い! そうすれば、メグちゃんの音声ファイルも気軽にダウンロードできる」
サムは、最近お気に入りの二次元アイドルの名を上げた。
「で、所で、何をすればいいの?」
「ちょっと、聞いていなかったの?」
「うーん、ブラックアステロイドが分裂したから…… 何だったっけ?」
メイファンは小さなため息をついて、喋り出した。
「もう一回説明するから、よく聞いて。標的のブラックアステロイドが四つに分裂した。ところが手持ちの弾は、KE-I一発のみ。一発で、四つの標的を撃ち落とすことは出来ない。さあ、サムならどうする?」
「簡単だよ。弾を四つ用意すればいい」
「どうやって?」
「そりゃ…… KE-Iを四つに分裂させる?」
「なるほど。それじゃ、どうやって分裂させるの?」
「それは……」
「あっ、サム、ちょっと待って、ストップ!」
メイファンが制止した。
「ん?」
「忘れていたわ。パトリシア」
「はい、何でしょう?」
いつもの席に座ったパトリシアが返事をした。心もち、皆との距離が遠い。
「リアルタイム自動要約ソフトを立ち上げて、カール達に流してくれる?」
「もう、ソフトは起動しています。カールと総裁に流せばよろしいですか?」
「そうね、それが良いわね。総裁に流しておけば、必要な所に転送してくれるでしょう。お願いするわ」
「了解」
「サム、中断してごめんなさいね。こういう風にアイディアを自由に出して議論するのがブレインストーミング。されじゃ、さっきの続きを……」
サムの出した案は、四標的に対して、KE-Iを四分割して四つの弾を用意するという単純な案だった。問題はいくつかある。
まずは、分割する手段。これには、サンドスラスターの掘削機能を利用すればいい。サンドスラスターのミミズのような掘削機の最大伸展距離は、およそ五○○メートル。これでは、半径六○○メートルのKE-Iの中心もとどかない。ただし、蠕動搬送管をつなげればもっと距離を伸ばせる。三ユニット分をつなげれば全長一・五キロメートルとなる。この長さならば、KE-Iに貫通穴を開けることができる。
例えば、北極から南極までの地軸(自転軸)に沿って貫通する穴を開ける。次に、そのすぐ横に平行に貫通穴をあける。そうやって、経線に沿ってKE-Iを切っていく。丁度、リンゴを切るように四分割すればいい。
問題は、KE-Iの自転である。例えば、地軸に沿う部分を最後に掘削するとする。最後に切り離された瞬間に、四片は四方へ飛び散っていく。凡そ秒速二メートル。一時間後には元の場所から七キロメートルも離れた所まで飛んでいく。しかも、それぞれが自転しているから、四つに分割した弾を、サンドスラスターで誘導するのは、苦労するはずである。もちろん、時間的な余裕があるかどうか、綺麗に四分割できるかという問題もある。四分割の最後には、地転軸部分だけで巨大な遠心力を支えなければならないから、スッパリときれいに分割されるとは考えにくい。
パトリシアの出した案は、ドラゴンフルーツの二発の誘導ミサイルの使用である。誘導ミサイルを四標的の真ん中あたりで爆発させて、その爆風で標的の軌道をずらすという案だ。ドラゴンフルーツに積載したミサイルの弾頭はTNT換算で五キログラム。エネルギーにして二○メガジュールだから、エネルギーとしてはサンドスラスター50が四秒間稼働したほどしかない。爆発エネルギーが効率よく推力になったとしても秒速一ミリメートルがいい所である。これでは、よほど、時間をかけなければ軌道をずらすことはできない。エウロパ南極上空で迎撃していてはとても間に合わないのだ。かといって、その前に迎撃しようとすると、どうやって、誘導ミサイルをブラックアステロイドまで届けるかが問題になる。誘導ミサイルの積算推力は意外に小さい。
パトリシアの案は、メイファンの口撃によってほとんど撃沈されかけていた。
「爆発エネルギーが足りなければ、カルポで使った岩盤破砕用の爆弾を使えないか?」
リュウイチは助け舟を出した。
「爆弾?」
メイファンが眉をひそめた。
「ほら、カルポの時は、精密なインパクト破砕を実現するために、どこをどう採掘するかが決まっていたじゃないか」
「それで?」
「その時に、硬い岩盤を破砕するのに爆弾を五、六発使ったけれど、ストックがだいぶ残っていたはず。それを誘導ミサイルの先端につけてやれば、誘導ができて、しかも爆発エネルギーは何倍にもなる」
「発想は悪くない。でも、現実的ではないわ」
「どこが? 宇宙用接着剤でべたべた貼りつければ、それなりの強度が出るはずだ」
「そこはいいのだけれど。制御が問題だわ。宇宙用誘導ミサイルは、宇宙船なみの精密機械なの。大気用と違って翼が効かない。しかも推進剤を消費すると重心位置が変わっていく。爆弾を後付けすれば、重心が大きく変わる。それを考えないまま、方向を変えようと、姿勢制御スラスターを吹かすと、間違った角度に向いてしまう。それだけならいいけれど、ぐるぐる回転する可能性だってあるわ」
「誘導ミサイルなんだから、回転抑制ぐらい組み込んであるはずだと思うけど」
リュウイチは食い下がる。
「もちろん回転抑制はできるわ。でも重心や重量が変われば、抑制にかかる時間が変わり、その間にミサイルは予想とは違う位置まで飛んで行っている。それじゃ、誘導が上手くいかない」
「本当?」
「まず、間違いないわ。とにかく、誘導プログラムの制御パラメータを全部見直さなければならないから、そんな簡単な事じゃない。人が乗っている宇宙船の方が、マニュアルで軌道修正ができるから、かえって楽かもしれない」
「そう言われればそうだね。KE-IもKE-IIIも重心と回転には恐ろしく気をつかっているからなあ……」
「そういうこと」
あっさり言い負かされたリュウイチは、思いついた弾を出すことにした。
リュウイチが出した案は、燃料補給用の輸送船を燃料ごと、ブラックアステロイドに衝突させる案である。これも誘導ミサイルと同じで、エウロパのずっと手前でブラックアステロイドにぶつけるためには、かなりの燃料を消費するから、実際にぶつけられる質量はかなり小さくなる。従って、ぶつけるとすれば、エウロパ近傍となる。それでも、凍結燃料一本の質量はKE-Iの一○○万分の一以下であるから、相当数をイオの電磁カタパルトで送ってもらわないといけない。
例えば、四○○本の凍結燃料をエウロパ周回軌道上に配置して、それを、上手く四標的にぶつけようとすると、かなりよく考えなければならない。メイファンは眉間にしわを寄せながら、難しさを口にした。
一日二本の凍結燃料をイオの電磁カタパルトから打ち上げたとして、それらをエウロパの周回軌道に順次乗せていく。その周回軌道が互いにぶつからないように制御しながら、ある瞬間に標的にぶつかるようにする。
「四○○個のボールでジャグリングをするようなものね」
メイファンはそう評した。
「ジャグリング?」
サムの問いに彼女が答える。
「大道芸の一種と言っていいかしら。普通は数個から十個の物を片手で空中に投げて、もう片方の手で受け取る。それを切れ目なく繰り返していくの」
「フーン、目が回りそうだね」
「全くだわ。毬の表面に四○○本の毛糸を巻き付けて、絡まないようにほぐしていく方がまだましだわ」
「うーん。無理かなあ……」
リュウイチは、ほんの少し、ブリッジの天井を睨んでから肩を落とした。
「あの~ 何も、四○○本の毛糸をバラバラにしなくてもまとめればどうでしょうか?」
そう言ったのは、パトリシアである。
「なるほど、凍結燃料の輸送船だと、四本の燃料を束ねて、一隻にするから、同じようにすればいいというわけか」
リュウイチは素直に感心した。素直じゃないのは、メイファンである。
「あれは、あれで大変なのよ」
「大変?」
「まず、電磁カタパルトで一本一本をイオ周回軌道に乗せていく。しかも、誤差○・五秒以内の精度で打ち上げていく。そうやって、ほとんど同じ軌道、ほとんど同じ位置に凍結燃料を配置する。それから、二本をランデブーさせて連結。それをもう一回やって、最後に二本と二本をランデブーさせて連結させる。ランデブーはもちろん相対速度をゼロ、相対距離をほぼゼロにしなくちゃならない。この一連の遠隔作業をルーチンワークにするのに、一○年かかったそうよ」
「でも、そのおかげで、燃料輸送船の制御と受け取りの効率が大幅にアップした」
リュウイチは、燃料補給作業を思いおこしていた。KE-Iに追いつくまでは、二日に一度の頻度で四本の燃料を補給していた。メイファンがドラゴンフルーツを操船して燃料輸送船にランデブーし、元船長とリュウイチが宇宙遊泳をし、四本の燃料を受け取り、ドラゴンフルーツの短くなった燃料にくっつけていく。もし、四本がバラバラに到着したとすれば、かなり手間が増えただろう。
一○○本をまとめて一隻に仕立てる作業には、作業量も馬鹿にならないし、連結部材も作り直さなければならないだろう。
「一○○本か…… 想像できないな」
「うん、想像できないね」
そう相槌を打ったのはサムである。
「一つで、四つを撃ち落とせればいいんだよね?」
サムがにやりとして言った。
「それが出来ないから悩んでいるんじゃないか」
リュウイチは、ため息をつきながら言った。
「胸の大きいお姉さんが棒で突っつくんだ」
「はあ? なんだそれ? いつのエロアニメだ?」
「エロアニメじゃない! メイド服のかっこいいお姉さんが、クールな目でこんな風にするんだ」
立ち上がったサムは、上半身をかがめて、左手を前に出し、右腕をパンチを繰り出すように前後させた。
「あっ、玉突きね」
サムの物まねを言い当てたのはメイファンのようである。
「玉突き?」
「ビリヤードとも言うわ」
「そう、それ! ビリヤードだ!」
サムが喜色を浮かべた。
「聞いたことがあるわ」
パトリシアが言った。
「その、ビリヤードって何なんだ?」
ビリヤードを知らないのはリュウイチだけのようである。
「アナログゲームの一種よ。私もやったことがないから、詳しくは知らないわ」
「僕、知っているよ」
「サム、ビリヤードの説明はまた今度でいいわ」
「そ、そう」
サムは肩を落とした
「でも、折角だからちょっとしたショーを見せてあげる」
メイファンは愛用のゴーグルを被った。
「四つに分裂したブラックアステロイドを、直径2キロメートル、密度四の剛体球だとする」
メイファンの掌にミニトマトほどの赤い玉の立体映像が現れた。
「これを四つ、並べる」
まるで手品のように掌に玉を出しては、空中に配置していく。赤、黄、青、黒の玉が、一列に並べられる。
手品には、舞台裏があり、トリックがある。メイファンは、ゴーグルのアイコンタクト機能でコマンドを選択し、入力しているはずである。アイコンタクトは、視線移動と瞬まばたきで入力するデバイスである。宇宙服のメニュー入力にも使われるが、使いこなすには慣れが必要である。
「一方のKE-Iは、直径一・二キロメートル、密度は三・七、剛体球だとする」
今度は、小ぶりの白い玉を掌に出し、赤い玉から少し離した位置に置いた。
「アライン」
メイファンが呟くと、五つの玉はピクリと震え、一直線にそろう。まるで行儀のよい生徒のようである。
「まずは、一番簡単な例を見せるわよ…… KE-Iが、例えば、相対速度毎秒一○キロメートルで近づく」
メイファンは一番端の白玉を爪で弾くと、それは、ゆっくりと漂い、赤玉にぶつかる。
「これが最初のインパクト」
今度は、その赤玉が弾き飛ばされて動き出す。
「そして、黄色、青色、そして最後は黒! という具合に順々に衝突していく」
四回の衝突が終わると、黒玉が一つ飛び出し、白玉が元の位置へとフラフラ戻っていった。
「サムの言っていたビリヤードはもっと複雑な場合ね。リセット!」
五つの玉が一瞬で元の位置に戻る。
「それっぽくしてみるから、ちょっと待って」
一瞬で立体映像が消える。その虚空で、メイファンは見えない玉の位置を少しずつ調整していく。見えないのはゴーグルをしてない三人で、メイファンの被ったゴール内には、立体映像がきちんと映っているはずである。
一分もしないうちに、メイファンは口を開いた。
「できたわよ」
指をぱちりと鳴らすと、玉が現れた。先ほどと違って、赤、黄、青、黒の生徒たちはバラバラになっている。
「よおっく、見ていてね!」
好奇心旺盛な少年のような笑顔を浮かべて、再度指を鳴らした。
白玉がゆっくりと、動く。そして、一番近い赤玉の側面に当たった。白玉は、わずかに軌道を変えて、青玉にぶつかる。一方、フラフラと動いていた赤玉は、黄玉をコツリと叩く。その頃には、青玉が黒玉をはじき出していた。一連の衝突が終わってみれば、五人の生徒は、てんでばらばらに散開していた。
「なるほど、これがビリヤードなのか! 面白そうだな」
「ちょっと違うけれど、見せたかったのは、こういう風にすれば、一つの弾で、四つの標的を撃ち落とせるってことよ。そうでしょ、サム?」
メイファンはゴーグルを額まで上げて、サムに微笑んだ。
「そ、そうなんだよ」
サムが大きく頷く。
「でも、こんな風に上手くいくかな?」
リュウイチは腕を組んで、首を傾げている。
「そうね。発想は悪くないけれど、大きく分けて二つ問題があるわ」
「二つも?」
サムが肩を落としたが、メイファンは容赦しない。
「一つ目は、KE-Iをぶつける方向。KE-Iもブラックアステロイドも順行軌道で…… ちょっと待って、配置と軌道を出してみるわ」
メイファンは、もう一度ゴーグルを被って、手を動かし始めた。すぐに、ブリッジ中空に木星の小ぶりの立体映像が現れた。
「まずは木星ね。そして脇役は、イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト」
豆粒のようなガリレオ衛星が現れた。
「全て順行している」
メイファンが指を鳴らすと、四つの衛星は木星の周りを回り始めた。
「カリストの公転半径の一○倍程の所には、順行していたカルポと逆行していたエウアンテがあった。けれど、今はない。代わりにインパクトでできた沢山の破片がある」
もう一度、メイファンが指を鳴らすと、空間の一点から煙のようなものが噴き出て、木星の方へ引き寄せられたかと思うと霧散した。その間、ガリレオ衛星は高速で回転している。
「これが今の配置。だけど、これじゃ、見えないわね。マーカーを表示するわよ」
そう言った瞬間に辺りがローマ数字つきのマーカーで埋め尽くされる。
「これも、何が何だかわからないわね。いらないものを消すからちょっと待って」
メイファンが、目の前を指でちょんちょんと触れていくたびにマーカーが消えていく。彼女だけに見えるリストで選んでいるのだ。そして、残ったのは木星、エウロパ、KE-Iとブラックアステロイド。
「今の予定だと、ブラックアステロイドは木星そばをかすめる双曲線軌道。KE-Iの方はもう少し太い楕円軌道で回っている。この二つの軌道はエウロパのそばで交わる」
空中にそれぞれの軌道が白線で示されている。
「時間を進めるわよ」
メイファンが人差し指をぐるぐると回すと、エウロパがものすごい勢いで木星の周りを走る。一方、KE-Iはゆっくりと回る。ブラックアステロイドはさらに遅い。遅い二つは木星に近づくに従って、加速度的に速度を上げていく。
「ここ!」
メイファンが指を止めると、エウロパ、KE-I、ブラックアステロイドがほぼ一点で集まっている。
「この辺りを拡大するわよ」
メイファンが人差し指と親指をしわを伸ばすように動かすと、エウロパが膨らんで灰白色の巨大なボールとなった。
「おおっ、大きい!」
その大きさに思わずサムが唸るが、実際の大きさは、直径三○○○キロメートルほどである。そのそばにKE-Iとブラックアステロイドのマーカーが見える。
「もうちょっと拡大するわ」
エウロパがさらに広がり、描画空間の外まではみ出て、地平線となる。その上空に豆粒ほどの天体が現れる。
「上空一二○キロメートルに浮かんでいるのがKE-Iと分裂したブラックアステロイド。軌道交差前後はこんな感じかしら」
メイファンが指をゆっくり回すと、四つの豆と一つの豆が交差する。一つの方は、四つの豆をすり抜けるように飛んでいった。
「エウロパに対する相対速度は、およそ秒速一八キロメートル。KE-Iとブラックアステロイドの相対速度は秒速九キロメートル程」
「本当なら、衝突して、ブラックアステロイドを砕きながら軌道を変えるはずだったんだ」
リュウイチはそう言って眉を顰めた。
「で、注目してほしいのは、KE-Iと四つの標的の相対位置、相対速度」
「というと?」
「もう、さっき説明したばかりじゃない! ビリヤード、玉突きよ! もう一度衝突前後を見せるからよく見てて」
リュウイチ達は、五つの豆の動きを目を見開いて見つめた。
「配置と角度で、玉突きが上手くいくかが決まる。KE-Iの軌道をほんの少し変えるのは難しくないわ。だから、最低でも一つの標的に衝突させることができる。サムの案は、あと三回玉突き衝突を起こすこと」
ところが、四つの豆の配置が悪い。最初の衝突はいいとしても、残りは三つの並びは、衝突方向に垂直に近い。「もちろん、こちら側からKE-Iが近づけば、綺麗な玉突きができるかもしれないけれど、神様でもない限り、そんなに大きく軌道を変えることは出来ないわ」
「僕たちは、神様じゃない? 星を動かしてきたじゃない?」
サムが言うように、ドラゴンフルーツのクルー達は、カルポ、エウアンテを動かして衝突させたし、KE-IIIをエウロパに落下させた。そして、今もKE-Iを動かしている。
「サンドスラスターで星を動かすと言っても、このスケールでは、軌道の微修正にしか過ぎない」
リュウイチは冷静である。
「何百年かかければ、近木点を動かして、綺麗な玉突きができるかもしれないわ。でもそんな時間はない」
「俺達は神じゃない…… か。だけど、意思があり、頭がある」
リュウイチは口をへの字に曲げながらも、ヘーゼルの瞳を輝かせた。




