表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/41

17.総裁の行方(西暦二一八三年一○月)

 キュロス・ハギギ副総裁が取締役会を始めて、しばらくした頃、

『バタン』

派手な扉の音とともに会議室に入ってきたのは中年の女性である。きつそうな濃紺のスカートスーツと鮮やかな赤毛が緊迫感を醸し出している。ひざ上丈のスカートをはき、襟ぐりの開いたインナーを着ている。いつもの扇情的な格好である。

「待たせたな」

そう言って、コレ―・リュードベリ総裁は、上席に座った。

「そ、総裁!」

キュロスが、声をあげた。よほど驚いたのか、指がフロートスクリーンにあたり、前方へ漂う。

「ふう、会議を始めましょうか。おっと、その前に、室長、マル秘資料は予備があったと思うが、今、ここにあるか?」

総裁の声には疲れが感じられた。

「えっ、はい。こちらでございます」

室長は、感情を出さぬように冷静さを装ったが、資料を渡す手がわずかに震えている。

「ありがとう。ちょっとしたトラブルで資料を持ってこられなかったから、助かったよ」

「総裁……」

キュロスは何かを言おうとして台詞を飲み込んだ。コレ―は、ゆっくりと振り返り、キュロスを睨んだ。

「さて、キュロス、君にはがっかりしました。何か申し開きをすることはありませんか?」

「いったい、何のことでしょう?」

キュロスはとぼけた。

「警備員たちが口を割った」

「……」

キュロスは何のことかわからないとでも言いたげに肩をすくめた。コレ―はちらりと辺りを見回し、続けた。

「間もなく、警察隊から刑事がくる。あなたを取り調べにね」

「さてはて、一体、何が起こっているのやら」

キュロスは動じない。コレ―は、役員たちの顔色を素早く窺った。そして、視線を外した一人に語りかけた。

「君も調べさせてもらうよ」

そこの言葉に、ピクリと肩を震わせたのは、大きな眼鏡をかけた若い女性、電磁カタパルト運行部長だった。

「わ、私は、場所を提供しただけで、でして。決して、総裁を宇宙に放り出そうなんて、か、考えてもみませんでした」

「ちっ」「そ、そうか」

キュロスは舌打ちをし、コレ―は笑みを見せた。

「だが、罪は罪。二人には、今すぐ、出ていってもらう!」

コレ―の強い口調に、運行部長は、肩を落とし、立ち上がろうとする。

「いえ、出ていきません!」

「ん?」

居座るキュロスに、コレ―が小首を傾げた。女性らしい仕草である。

「今は、私が議長です。議長の権限で会議を続けさせていただきます」

「君が議長?」

「総裁があまりにも遅いので、私が議長に選出されました」

「んっ! 貴様!」

「総裁が議長になりたければ、動議を出せばよろしいでしょう」

「くっ、屈辱的だが、動議を出す。現時点より、議長は、私が務めることを提案する。賛成の者は挙手を」

手を上げたのは、総裁自身、通商部長、科学部長、財務部長、環境部長の五名であり、丁度、五分。

「過半数ではないので、動議は却下されました」

「運行部長、お前はこれでいいのか?」

コレ―は、うつむいた運行部長に声をかけたが、彼女は顔をあげようとしなかった。

「総裁、議事妨害はご遠慮願います」

コレ―は唇を噛んだ。

 起死回生のプランは半ば成功し、半ば失敗である。役員会議中に、会議室に警察隊を招き入れることができず、副総裁たちを連行出来ないことは、わかっていたことである。そもそも、拉致の確たる証拠を持っていなかったから警察隊から刑事がくるというのは、彼女のはったりである。そのはったりで、運行部長が口を滑らせたのは上々と言ってよい。

 半ば失敗というのは、票数の読み間違えである。役員会のこの日の主題はブラックアステロイド迎撃プロジェクトの採決である。肝心の票が同数であれば、先ほどの動議と同様に提案は採択されない。すなわち、プロジェクトの採択は、次の役員会以降となる。さすがに真理派以外は、採択にいつまでも反対する事は無いだろうが、採択が遅れるのは致命的である。

 面倒なことに、役員会規則では、次の役員会まで最低一○日間空けないといけないことになっている。世界政府側が役員会に対応できる時間を作るための規則であったが、それが、今回は裏目に出る。もし、迎撃計画の採択が遅れれば、それだけ成功率は下がる。一○日間も待つという悠長なことは言っていられない。

 さらに悩ましいことに、『拉致された総裁』の無事が確認されたわけではなかった。この場で、運行部長を問い詰めて居所を吐かせれば、すぐにでも彼女の身柄の確保に走るのだが、キュロスが議長権限で、混乱を理由に会議の終了を宣言してしまえば同じことである。結局の所、コレ―は待つことしかできなかった。祈るかのうように指を組み、目をつぶった。


     *    *     *


 望遠鏡操作室では、カール・セルダンがモニターを覗き込んでいた。そこには、会議室の様子が鮮明に映し出されている。

「まさか、電磁カタパルト運行部長が反対派に回っていたとは……」

カールが頭を抱えた。そのカールの横では、3Dデータ表示用ゴーグルをかけたサラが、腕組みをして、じっと立っている。先ほどまで、盛んに指を動かしていたが、今は、プログラムの進行を見守っているのだろう。

 不意にサラがゴーグルを額まで上げた。

「一応、結果は出たよ」

カールがサラを見上げて

「結果を見せろ!」

と催促した。

「見たい?」

「おい、結果を見せろと言ったのが聞こえなかったのか?」

「ふーん、ずいぶん偉そうに命令するのね」

「あっ、いや、その…… 結果を見せていただけますか?」

「こっちに出すよ」

サラが、印を結ぶように指を動かすと空中に漂っていた大型フロートスクリーンに街の地図が現れた。

「見ててね。はい、スタート!」

サラが指を鳴らすと、地図上に赤い点が多数現れ、そこから縦横に線が延び、やがて、スクリーンを真っ赤にした。

「ちょっ、こ、これじゃ何が何だかわからないじゃないか」

「あれ? カールは、いつも生データを見せてくれって言ってるよ」

「そ、それはそれ。厳密な科学は生データの上に立つから、それをおろそかにしてはいけないし、解析の基本は生データを眺める事なのは確かだけれど、今は、一秒がおしい。結果だけを早く見せてくれ」

「そういうカールの説明は、三秒はかかっている」

「くっ、い、いいから結果を見せるんだ! じゃなくて、結果を見せていただけますか?」

「それじゃ、解析結果、目的の小型輸送車の軌跡を出すよ」

サラは再び、指をパチンと鳴らした。

 まっさらな地図が映し出され、赤丸が一つ現れる。そこから赤い線が延びていく。

「中央駅だな…… まず、北進して、右折して、左折して…… んっ、東西に分岐したぞ…… そのまま…… えっ、また分岐だ。こっちも分岐したぞ…… どうなっているんだ?」

「これが、輸送車の軌跡の候補。すでに、2140年式で、中央駅をあの時刻に出発したという条件付きで絞ってある」

「分岐は?」

「このアルゴリズムの限界よ」

「サラ、もう少し詳しく説明しろ」

「説明してほしい?」

「いい加減に…… 説明してください」

カールの口調は途中から弱気になる。どうやら、サラはカールの天敵らしい。

「そうね…… 最初の分岐は、南から交差点に進入する一台と、同時に北から進入する一台があったケースだね。その二台のどちらかが東に行き、もう片方が西に行った。一方、知りたいのは南側から進入した輸送車が東西のどちらに行ったかだけれど、三○秒ごとの撮影では、区別がつかない」

「つまり、どちらのルートもあり得ると言う事か? もう少し絞り込めないか? これだと五つもルートがある。それに、この経路の途中の赤丸は何?」

「赤丸は、停車したと判断される地点。つまり、総裁を降ろした可能性のある場所」

「げっ、いくつあるんだ! 二○以上はあるぞ!」

カールが絶望的な表情を浮かべる。

「カール、厳密な科学じゃなくてもいい?」

「な、何でもいいから。もっと絞れないか」

「それじゃ、まず、不自然なルートは削除する」

サラが指を動かすと、スクリーンの軌跡が減り、三つのルートが残った。

「不自然なルート?」

「そう。ドライバーなら、自然なルートどりする。つまり、距離が短く、時間がかからず、かつ道幅がそれほど狭くないルートを自然に選択する」

「しかし、追跡を振り切るために、わざと不自然なルートを選ぶこともあるだろう」

「この場合はないわ。中央駅から最初に分岐するまでのルートが自然だから」

「うーん、しかし、その判断は…… わかった。続けてくれ」

何か言いたそうにしながらも、カールは続きを促した。

「不自然なルートを除くと、残るはこの三つ」

地図上の経路が三つに減った。

「ふむ」

「残った三つのルートの内、一番赤丸が多いのは、このルートだけれど、これは多分外れね」

「どうして?」

「赤丸があるのがアイスクリーム屋だから」

「そうか、最近、街の温度が二度ほど上げられたから、アイスクリーム屋がもうかっているのかもしれないな」

カールは視線をさまよわせながら顎を撫でた。

 イオ工業都市で、最もアイスが売れているのはセブンティーンという名のチェーン店である。甘いものに目がないカールとしては、一七種のフレーバーすべてを制覇するのが目下の目標である。

 サラは、咳払いをして口を開いた。

「残った二つのルートの赤丸の時刻と場所を街灯カメラ映像で調べたけれど、総裁が降りた映像は無かった」

「という事は、この二つのどちらかか~」

カールは、地図を拡大しながら調べ始めた。

「こっちのルートは、マグマ宮殿の…… スラグ集積場に入った所で消えている。そして、こっちのルートは、電磁カタパルト発射基地の、積載準備棟か」

「そう、それ以上は、街灯カメラが届かないから追跡は出来ないし、どちらの施設も公衆無線ルーターは配置されていないから、マル秘スタンプの反応がないのも納得ね」

「サラ、簡単に納得しないでくれ! どっちに総裁は連れて行かれたんだ?」

「と言われてもねえ…… どっちも、人一人を処分するにはいい所だね」

「処分?」

「だってそうだよ。片方はマグマで炭にできるし、もう片方は、宇宙へ放りだせる」

「ば、馬鹿な! まさか、命まで狙うとは! サラ、一刻も猶予はない。直ぐに助けないと」

 サラは、立ち上がったカールの袖を引っ張って、望遠鏡の映像を指さした。

「その必要は無いんじゃない?」

 会議室に赤毛の中年女性が入ってきたところであった。年齢不相応のスーツを着ている。

『待たせたな』

『そ、総裁!』

二人の男女の声がスピーカーから聞こえてきた。

 カールはじっくり映像を吟味して口を開いた。

「スカートが短いし、胸の谷間も見えている」

「カール! セクハラ発言だよ!」

「ち、違うんだ、こ、これは、その…… 会議室に居るのは本物の総裁だ。拉致された総裁じゃない」

「本物と偽物?」

「あっ、まあ、話せば長い。とにかく、今は、拉致された総裁を、一刻も早く助けないと」

「拉致された総裁は人間? ロボットとかじゃなくて」

「もちろん、生身の人間だ。とにかく、行こう」

「行くって、どっちに行くの? マグマ宮殿? それとも発射基地?」

「あ~っ、どっちだ!」

カールは頭を抱えた。


『わ、私は、場所を提供しただけで、でして。決して、総裁を宇宙に放り出そうなんて、か、考えてもみませんでした』

運行部長の声がスピーカーから聞こえてきた。

「そうか、電磁カタパルトで荷と一緒に打ち出すつもりなのか」

「カール、感心している場合じゃないよ。今日は一時間後に打ち上げがあるから、今頃、荷は積載準備棟で真空排気をしているはず。ぐずぐずしていると、拉致された総裁は窒息するよ」

「まずいな。直ぐにメールを」

「何、悠長な事、言ってんの!」

「それじゃ、電話?」

「勝手に電話しな。あたしは直接、乗り込むよ」


     *    *     *


 ルワ山のすそ野でカールは絶叫していた。

「サラ、頼むから少しスピードを落としてくれ!」

科学部特製の重厚な宇宙服を着たカールはインカムに叫んだ。

 最新式の薄い宇宙服を着たサラも叫び返す。

「落としてくれ? ここから飛び降りたら死ぬよ。今更、降りたいなんて言わないで!」

「祈りたいなんて言ってないよ。電話したけれど、理解してくれなかった」

「折り返す? これだけ下ったんだから、引き返すなんて絶対反対よ!」

「絶対安泰じゃなくて、絶体絶命だって、説明したよ。人が荷の中に紛れているかもしれないから、真空排気は即刻中止してくれって」

「こんなところで、駐車できるわけ、ないじゃない!」

二人が大声で叫んでいるのは騒音に負けないためである。猛スピードでルワ山を下っているから、振動もすさまじく、時折、大きく弾み、カールの腕が上方にずれる。

「ちょっと、あほカール! 胸を触らないで!」

「下がらない? とにかく、このスピード、何とかしてくれ!」

「どかしてくれって、それはこっちのセリフよ! シートをしっかり股で挟んで、腰に腕をまわしてって言ってるでしょうに!」

「イッているって、こんなところでトリップしないでくれ! 僕はまだまだ生きたいんだ!」

 二人の話がずれているのは、ひどい騒音ノイズのせいである。定格以上のスピードで回転するキャタピラと乾燥した大地が静電気を生み出し、その火花が強烈なノイズ源となる。規格の異なる宇宙服同士でノイズに弱いアナログ通信しか使えなかったのも一因で、インカム通信はまともに機能していなかった。

 二人が乗っているのは、鉱山用スクーターで、遠目には地球のスノーモービルに見える。ただ、サラの愛機は、エンジンが九○馬力のものに換装され、後部には加速用スラスターが備えられており、モンスターマシンと言っていいだろう。

 そんなスクーターに妙齢の男女が密着して二人乗りしていれば、雄たけびか、甘い囁きが聞こえそうなものであるが、この二人は違うようである。

「この、ばかサラ! 上司の言うことぐらい聞けよ!」

「この、あほカール! 後で覚えておきなさいよ!」

しまいには、聞こえないことをいいことに、罵詈雑言を浴びせ合っていた。


 電磁カタパルトの発射基地に着いた二人の機嫌は最悪である。

「もう、金輪際、乗せてやらない!」

「頼まれたって二度と乗ってやるか!」

カールは、そう言いながら、エアロックを開けようとIDカードをかざしたが、

「あれ、開かないぞ。科学部は優先度が高いはずなんだが……」

開かない。二度三度と試すが、一向に開く気配はない。

「ちょっと、どきな!」

今度はサラが自分のIDカードをかざした。

「おいおい、俺のカードで開かないのに、サラのカードで開くわけ…… あ、開いた」

エアロックが開き、サラはうろたえるカールの手をぐいと引いて中に入った。

「どう、なってるの?」

カールを無視して、サラは手際よく、エアロックを操作し、空気を満たした。

「さて、それじゃ、行くわよ」

サラは、ボタン一つで頭部ヘルメットを折りたたんだ。最新式の最高級宇宙服は、大型球形ヘルメットを廃し、折り畳み・展開式ヘルメットを備えたのが特徴である。

「こっちの方だったかしら?」

そして、カールを置いて、サラは走りだした。

「ま、待ってくれ。ヘルメットの接続リングが噛んだみたいで脱げない」

カールが着ているのは科学部特製の旧式宇宙服である。ヘルメットを脱ごうと四苦八苦しているが、何処かが引っかかって動かない。

「ちょと、サラ。手伝って…… いない!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ