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16.取締役会(西暦二一八三年一○月)

 工業都市の最西端にある四階建ての円筒形の建物が総裁公邸である。その三階にコレ―・リュードベリの寝室がある。ベージュのスカートスーツの彼女は、ラメの入ったスカーフを巻いてから、ウォークインクロゼットへ入っていった。

「ママ、もうすぐ目覚めると思うけれど、行ってきます」

 彼女は寝室ほどもあるウォークインクロゼットの奥で、全裸の女性に声をかけた。女性は透明なカプセルに入れられて目をつぶっている。もし目をつぶっていなければ、趣味の悪い等身大の人形と見まがわれたかもしれない。コレ―は,コールドスリープ装置の覚醒カウントダウンを確かめて、語り続けた。

「万が一の時は、お願いしたい所だけれど、これ以上無理をしてほしくないわ」

大きなカプセルの横に置かれた小さなカプセルを眺めた。何かの臓器が入っている。

「全く、去年の突然の手術はびっくりしたわ。正常な方の腎臓を娘のために取っておくなんて。まあ、確かに腎臓のクローン培養は成功していないから取っておくのは悪くないけれど。いざという時は、ママ自身のために使ってほしいものだわ。とにかく、無事に戻ったら祝杯をあげましょう」

そう言って、彼女は、クローゼットの扉を静かに締めた。


 総裁公邸の玄関には重厚な車が止まっていた。定員六名の防弾、真空仕様で垂直離昇機能を備えた特別仕様車である。本社への道は強固なアクリルドームに覆われており、全く無駄な仕様であるが、噴石がたまに降ってくるプラントや鉱山では、重宝する車である。

 コレ―は出迎えた二名の警備員とともに、車に乗り込んだ。拉致監禁の可能性の最も高いのが彼女自身であり、人事部に命じて、付き添い警備員、すなわち護衛を一名から二名に増やしたのだ。

 彼女は工業都市の一角から車で出発した。いつもは、室長が車に同乗しているはずであるが、その日は、役員会の準備のために早出してもらっている。

 コレ―は、警備員が対面に座ったのを確認し、古風なブリーフケースからマル秘印のついた紙束を取り出して、目を落とした。資料と議事進行を復習し、想定問答を考えた。


「おや、ここは?」

車が止まり、ふと、目をあげた時に、コレ―は辺りの景色がいつもと違うことに気が付いた。プラントへの玄関口となる中央駅の裏口である。

「総裁、降りていただきます」

警備員の男がドアを開けて、コレ―を促した。

「おい、今日は視察じゃないぞ。役員会だ。本社ビルだ!」

「いえ、本日は、少々遠い所へ出かけてもらいます」

男はコレ―の腕をつかむと車外へ引き出した。

「ジョージ、どういうことだ!」

コレ―は唯一見知っている運転手に声をかけたが、運転手は目を伏せるばかりである。もう一人のサングラスの警備員はいつの間にかコレ―の隣におり、腰のあたりで黒い塊をコレ―に向けていた。

「拳銃?」

「よく、ご存知ですね。警備員標準装備の昏倒弾ではなく、金属の銃弾が入っています。前世期の遺物ですが、殺傷威力は十分すぎるほどですね」

「貴様ら、私を拉致するつもりか? しかも、二名ともか。そ、そうか人事部長が寝返ったのか。ただでは済まぬぞ!」

「もとより、それは承知です。だが、今日の役員会を乗り切れればそれでいい」

「くそっ、真理派か!」

コレ―が悪態をつくが、男達は冷静である。

「さあ、参りましょう」

特殊仕様車の隣には、小型汎用輸送車が横付けされており、後ろの扉が開いている。書類でもピザでも鉱石でもなんでも運ぶ、工業都市で最もありふれた輸送車である。

「プラントの倉庫にでも連れていくつもりか?」

「さて、どうでしょう? 科学部のハエがプラントを嗅ぎまわっていますからね」

その言葉に、コレ―は一瞬,肩落としたが、ブリーフケースを小脇に抱えて背筋を伸ばした。

「どこへでも行こう」

コレ―は、小型輸送車の荷物室に自ら乗り込んだ。男達は慌てて、荷物室に乗り込み扉を締めた。


     *    *     *


「定刻を五分もすぎているのに、まだ総裁が現れないとは、どういう事かな?」

キュロス・ハギギ副総裁は、空いた上席を見ながら言った。長方形のテーブルには既に九名の役員が座っていた。

「申し訳ありません。今しばらくお待ちください」

総裁室室長は、タオルハンカチで額の汗をぬぐった。

 キュロスは咳払いをし、役員達を見回した。 

「どうかな。私が総裁の代理として議事を進行させようと思うが」

「賛成じゃな」

「いや、もう少しお待ちしては?」

プラント総部長がすぐに賛同し、通商部長が遅れて反対する。

「室長、役員会内規では、総裁に事故ある時は、副総裁が代理を務めることになっていたな?」

「ですが……」

「もう定足数はそろっているし、いつまでも待っているわけにはいかないでしょう?」

キュロスが目をすがめて言った。

「でしたら、動議を出して決を採っては?」

痩せた法務部長が高い声を上げた。

「うむ、それがいい。本日の役員会の議長は、副総裁の私が務めると提案する。賛成者は挙手を」

議決権を持つ九名の内、手を上げたのは、副総裁自身、法務部長、プラント総部長、人事部長、電磁カタパルト運行部長の五名で、手を上げなかったのは通商部長、科学部長、財務部長、環境部長の四名である。これが、この日の勢力図そのものである。地球に敵対することも辞さない勢力が過半数を占めていた。

「う、運行部長!」

予想外の票に、議決権のない室長が思わず声を漏らした。

「そ、その、い、いつかは会議を始めなければなりませんしー」

答えたのは眼鏡をかけた若い女性である。室長と目を合わせないように眼前のフロートスクリーンを見つめている。

「では、本日の役員会は、私ハギギが議事進行を務めさせていただきます」

キュロス・ハギギは満足そうに役員を見回して、続けた。

「本日の議題は、ブラックアステロイド迎撃プロジェクトの採否です。最初に科学部長の方から簡単に説明をお願いし、プラント総部長から補足説明をしていただいた後に、質疑の時間を設けます。少し、遅く始めしたので…… そうですね。説明に四○分、質疑に三○分、審議・決議に一○分ほどでどうでしょう?」

「それは、短いのではないでしょうか? 重大な案件ですし」

立ったままの室長が異議を唱えた。

「オブザーバーは発言を控えてください。これより、発言は議決権を持つ役員のみとし、オブザーバーの発言は、私が許可した時のみとさせていただきます」

室長の異議をキュロスは一蹴した。

「……」

そして,室長は唇をかみしめながら押し黙った。

「ああ、そうそう。室長に聞いておきたいことを思い出した。この会議のセキュリティについて、短く報告してくれ」

「んっ!」

「どうした、今の内容に限って、発言を許可するぞ」

「は,はい、了解しました。本会議室は現在役員会議モードに設定されております。会議室への入室はDNA認証が課されており、入室できるのは、議決権保持役員と補佐役の私のみとなっております。したがって、議長が会議終了を宣言するまでは、いかなる部外者も入室できません。また、会議室内の電子機器は一時的にネットワークから遮断されており、電子的な盗聴、盗撮は不可能ですし、壁は二重防音仕様になっていますから、秘密保持という意味では万全です」

「窓は、窓はどうなっている?」

「窓? 窓でございますか。このフロアは全て防弾防噴石仕様ですから安全ですし。音も、聴診器を直接当てない限り大丈夫でございます」

「なるほど,それはいい。では,始めようか? 総裁の無事を祈りながら」

室長が苦悶の表情を浮かべるのをキュロスは可笑しそうに見ていた。


     *    *     *


十三階の会議室は本社ビルの北面に面しており、そこから五○キロほど離れたルワ山の山頂近くに新天文台がある。その最上階の望遠鏡操作室で、公社科学部天文観測班班長のカール・セルダンは口径三メートル反射望遠鏡を操作しながら、部下の報告を聞いていた。

「見失ったよ」

軽い口調で言ったのは、さらさらの栗毛をもてあそんでいる若い女性である。天文台勤務のアシスタントであるが、少々変わった人物である。

「いや、だから、いつ、どこで、見失ったんだ。ちゃんと経緯を説明してくれとさっきから言っているじゃないか!」

カールはいらいらしながら女性に言った。

「説明したからといって,事態が好転するわけじゃない」

彼女に能力がないわけではないのだが、報告書を書いたり、プレゼンが嫌いなために、アシスタントからの昇級を拒み続けている。そして、仕事よりも休日のドライブが大事だと公言している。

「いいから続けてくれ、サラ」

サラと呼ばれた栗毛の女性は,けだるそうに話し始めた。

「カールから依頼されたのが四日前だったっけ。公衆無線ルーターの隠し機能を使って、ある周波数に共鳴的な反応を利用して、追跡しなさいという事だったね」

「ああ、そうだ」

「で、まず、最初にやったことは、サンプルがちゃんと反応するかどうか。あっ、もちろん、無線ルーターで確認する前に、ネットワークアナライザーで周波数依存性を確認したよ」

カールは無言で頷く。

「それにしても、よくこんなことを考えたね。機能的には前世期に流行ったRFIDと同じだけれど、高温超電導ジョセフソン素子回路をスタンプに偽装するなんて、どれだけお金をかけているのか、成金趣味はわからないわ~」

「ちょっ、その言い方はやめておけ、総裁が聞いたらただじゃすまない」

「あら、成金よ。見失ったマル秘文書を探し出すために、特殊マル秘スタンプを作っただけでなく、イオの公衆無線ルーターすべてに検出機能を仕込むなんて、一体、どれだけの無駄遣いをしたのか」

「マル秘文書を無くして困ったのが、発端らしいけれど…… 無駄になるかどうかは我々の腕にかかっている。我々が、拉致された総裁を見つけ出せるかにかかっている」

「そう、それなら無駄だったよ」

「まだ…… とにかく、説明を続けてくれ」

カールは、イラつきそうになるのを抑えて、続きを促した。

「取りあえず、検出性能を確かめた。実質的に無線LANがつながれば、検出は可能だった」

「そうか、それじゃ性能は十分ということか」

カールは腕を組んで宙を睨んだ。

「で、今朝のことだけど、総裁の持っていた『マル秘スタンプ』を見失った」

「いつ?」

「これが今日のログなんだけれど……」

サラはフロートスクリーンに人差し指で触れた。数字と文字が羅列されている。

「それは?」

「凡そ、五分ごとにイオの全ネットワーク下のルーターに問い合わせた結果」

「もう少しきちんと説明してくれ」

「一番左がIPV6アドレス、その次が所在地、最後は応答時間。他の役員のマル秘スタンプの情報まで入れると膨大だから、ここにリストしたのは、総裁が持っていたマル秘スタンプで検索してある」

「それでどこを見ればいいんだ? まだ、データが多すぎてわからんぞ」

カールが顔をスクリーンによせた。

「ちょっ、カール! あんまり近づかないでよ」

サラは弾かれるようにカールから身を引いた。

「ああ、悪いサラ」

サラは中度の男性恐怖症である。普通にしていれば問題ないが、男性との握手や抱擁は御法度だと人事部から指示されている。もっとも、カールを遠ざけるための方便ではないかと彼は思っていた。

「こっちを見て」

サラは画面を切り替えた。そこには、街の地図が描かれており、赤い点が折れ線で結ばれている。

「なんだ、地図があるのなら、最初から見せればいいのに」

「あれ? 生データを見なさいってカールはいつも言ってるじゃない」

「んっ、ああ、そうだな…… それはそれとして、この地図だと……」

「朝、総裁公邸を出て、公用車に乗ったんだね。街中のルーターの反応がぽつぽつと中央駅の方まで続いている」

「だが、駅の所で止まっている」

「駅の裏口の所で、ぱたりと消息が無くなっている」

「列車に乗った?」

「それはないね。もしそうなら駅構内のルーターや列車内のルーターが反応するから」

「それじゃ、マル秘スタンプが壊れた? 破られたとか燃やされたとか?」

「その可能性もなくはないけれど…… ありがちなのは、エレベーターのような金属の箱に閉じこめられた場合。この場合は、電波が中まで届かないから、検出も出来ない」

「サラ、監視カメラのデータを調べられるか?」 

「街灯監視カメラなら科学部でもアクセスできるよ。直ぐに出すから、ちょっと待って」

街灯監視カメラは、街灯に組み込んだ汎用カメラで、空気濃度や気温といった環境モニターと組み合わせて、その区画が正常に維持されているかどうかを確認するためのものである。データは公社環境部の管轄であるが、科学部は自由に利用できる。

「あったよ。見失った場所辺りを写したカメラのデータで…… 見失った時刻辺りのコマは……」

フロートスクリーンに映し出されたのは、360度の風景が映し出されている。

「あっ、そこ、映像を止めて! 総裁の車!」

「そうね。総裁の車が映っているのは一○コマほどだね。一コマ三○秒間隔だから、五分間程。あ、これ!」

サラが示したコマには車の横に三人が立っていた。

「左から二番目が総裁で、後は警備員か。次のコマは?」

「これね。警備員が隣の車のそばに居る。小型汎用輸送車、六四馬力の2140年式かしら」

サラは地上の乗り物に詳しい。休日には、自ら鉱山用スクーターを駆っているとカールは聞いたことがある。

「これの荷物室なら無線LANが届かなくても不思議はない。この車に乗り換えてどこかに連れていかれたのか?」

「そうかもね」

「ちょっと、この辺りを拡大して、前後のコマをもう一度見せてくれ」

カールは食い入るように画像を見つめた。拡大した粗い画像では表情まではわからないし、三○秒に一コマであれば、動作もわからない。それでも、立ち位置や体の向きをみれば、なんとなく、互いの関係がわかる。

「やっぱり、二人の警備員ともグルだな。全く動いていない公用車の運転手もグルか。この映像からすると、総裁とこの二人の警備員が荷物室に乗り込んだという事か」

「そうかもね」

サラは興味なさそうに答えた。総裁の拉致など、どうでもいいようである。

「だが、ずっと車に乗っているわけじゃないだろう。車から降りた瞬間に無線LANで検出されるだろう。車ごと宇宙にでも飛び出さない限り、見つかってもいい気がするが」

「残念ながら、五分に一度しか調べていないから、その隙間に別の金属の箱に移動すれば、引っかからないよ。それに公衆無線ルーターのない施設もある」

「この車を追跡するか?」

「この輸送車ならイオのどこにでもあるはず。全ての交差点に一台ずつあってもおかしくない」

「ナンバープレートは…… くそ、解像度が悪くて読めないか」

街灯カメラは街の様子をモニターするためのもので、画像は粗い。

「取りあえず、街中のカメラ画像を調べて、追えるだけ追ってくれ? 時間があまりないけれど、できるか?」

「……原理的には、できるよ」

サラは、一瞬、考え込んでから答えた。

「どうやる?」

「まず、画像検索で同じ車種をピックアップする。そして、ヒットした画像の時間空間の距離から問題の車を見つけ出すわ。そう、一番近い点同士をつないで軌跡を求める作業かな」

「それだと、同じ交差点に同時に二台あった時に、どちらの車が正解かわからないんじゃないのか?」

「それまでの進行方向、スピードも加味して、最適解を探し出す。なんなら、輸送車の走行パターンを学習させて、小型輸送車の走行をマルチパラメータで模擬して、ベイズ推定で最尤解を探してもいいけど」

「あーっ、それいいアィディアだと思うけれど…… やめた方がいいと思う」

滅多にないことなのだけれど、サラはスイッチが入ることがある。不眠不休で走り出してしまうのだ。

「どうして?」

「そう簡単には終わらないだろう?」

「そうね、プログラムするのに、一日ぐらい。埋もれたピラミッドの一キューブを使わせてくれたら、計算に半日ぐらいかな」

「それは次回にしてくれ」

「折角、真面目に仕事をしようと思ったのに…… あたし、ここをやめて鉱山で働こうかな?」

 上目づかいに不満そうな顔で見上げるサラ。演技である。演技であるとはわかっていても、ついつい見入ってしまうほどの可愛さである。この時、カールは、サラの男性恐怖症は偽装だと確信した。

 何と答えるべきかカールは逡巡し押し黙った。

「おっと、いけない。わかったことだけでも連絡しておこう」

「誰に?」

珍しくサラが質問をした。

「内緒」

カールはにやりとした。


『パタン』

扉の開閉する音がスピーカーから流れ、望遠鏡操作室に響いた。

「そろそろ、盗撮盗聴タイムの始まりね」

サラの見つめる先には、望遠鏡の画像、五○キロ先の公社本部の会議室の様子が写っている。

「これも総裁から依頼された仕事だ。干渉計の調整をするから、サラはサラの方でやっていてくれ。ただし、一○分内に結果が出せるようなやり方でだ!」

 カールはアナログの測定器を覗き込んだ。彼は前時代の遺物、オシロスコープを愛用している。こうなると彼は彼で自分の世界に没頭してしまうことをサラは知っていた。

「わかりました。一番単純な方法で試すよ」

「ああ、頼むよ…… レーザーのビーム幅を調整して…… なるべくクリアな音声が出るように……」

カールが調整しているのは、急ごしらえの干渉型レーダーである。会議室の窓で反射した赤外光を干渉法で測定して、わずかな窓の振動を捉える。そう、彼のやっていることは、会議室の窓に聴診器をあてるようなものである。そうやって、窓のわずかな振動を捉えて、室内の音を盗聴する。天文台の機器をフルに使えるという意味では、エウロパの巫女の肉声を復元するよりも易しい。それでも調整は必要である。

「もしかして、カール、昨晩、遅くまでやっていたのは、これの試験?」

「ああそうだよ」

「これで私の部屋を盗聴したとか?」

「ああ、そういう手があったか?」

「あきれた。絶対、私の寝室を盗聴したりしないでよ!」

「わかった。君の官能的な喘ぎ声は封印するよ」

「官能的? 叫びすぎだって言われたことはあるけれど……」

「「あっ!」」

さりげなくセクハラ発言をした上司と、墓穴を掘った乙女は、顔を真っ赤にした。

『定刻を五分もすぎているのに、まだ総裁が現れないとは、どういう事かな?』

スピーカーから五○キロ先のキュロス・ハギギ副総裁の声がはっきり聞こえてきた。


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