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15.取締役達の思惑(西暦二一八三年一○月)

「では、これより部長会議を始める。科学部長、現在の検討状況を説明してれ」

鶯色のスカートスーツの中年女性が、末席に座った老人に言った。

「リュードベリ総裁、経緯も説明した方がよろしいでしょうか?」

「ああ、手短にな」

コレ―・リュードベリ総裁は背を椅子に預けて、足を組んだ。この日の彼女のスカートの丈は、ごく普通である。

「では、説明させていただきます。ご存知のとおり、発端は、埋もれたピラミッドから、当時のイオ天文台長であったタニヤマ博士たちの手紙と軌道計算結果が発掘されたことです。結果は我々の常識を超えた驚愕すべきものでした」

「君たち、科学部の常識の狭さには毎回、悩まされているのだがな」

副総裁のキュロス・ハギギが呟いた。

「申し訳ありません。おっしゃる通りです。パシファエが灯台の推力で軌道を変えている等、思いつきもしませんでした」

「言い訳はいいから続けてくれ」

「はい、問題は、トロヤ群の一小惑星であったブラックアステロイド2046XF13の軌道です。トロヤ群の小惑星の一部はもともとカオス的な軌道を描くことが知られていましたが、二一○○年代の公社科学部のサーベイでは、特に危険視はされていませんでした」

「それが、なぜ今頃出てくるのだ。木星の重力圏に入ってくるのであれば、当然、警戒対象になっていたのではなかったのか」

コレ―が疑問を口にした。

「なぜかはわかりません」

「誰かに揉み消されたとか」

「古いことなので、私には何とも申せません」

 科学部長はちらりと辺りを見回してから答えた。拝律教真理派が暗躍しているのではという懸念を口にする者はいない。出席者に真理派が混じっているのは確実だから。

「まあ、よい。今は先のことを考える方が大事だ」

「はい。ここ二週間ほどで、科学部で検証し、また世界政府側でも吟味した確実な事は、このままでは、2046XF13は、一年後にパシファエ、二年後にエウロパ、木星の近傍をかすめて、極軌道に移り、太陽を一周半したところで、地球に衝突するという事です。世界政府側の予測では、2046XF13が地球に衝突した場合の衝突噴煙で、地球は寒冷化に向かい、いわゆる氷河期が誘発されるだろうとのことです」

それまで、黙っていた科学部長の隣の青年が口を開く。

「地球では、七万年前のインドネシアの火山噴火により人類の人口は一万人以下に減ったとされています。その再現を世界政府は恐れいているようです」

「オブザーバーは名前を名乗ってから発言してほしい」

キュロスが言った。

「失礼しました。イオ新天文台で天文観測班の班長を務めているカール・セルダンです」

「後で紹介しようと思っていたのですが、科学部で今回の作戦の立案に関わっている者です」

科学部長が額の汗をぬぐいながら言った。

「わかった。では、そろそろ、この資料の作戦を説明してほしい。いや、その前に、一つ聞いておきたい。そもそも、我々に頼らなくとも、世界政府自身で何とかする手はないのか。木星系には、必ずしも、地球側を快く思っていない者も多い。わが公社が世界政府に無条件で協力するとは限らないし、真理派などは、この機会に地球が痛い目に遭えばいいと考えているらしいという噂もある」

「噂ですか? 公安のでっち上げじゃないのですか?」

コレ―の話に、キュロスが眉を顰めて反論した。

「イオの公安はお飾りだから、そんなことはしないだろう。これは、あくまでも噂だ。それに、拝律教団のイオ総主教は、公社こそが地球の救世主となる絶好の機会だと言っているから、真理派の出る幕ではないだろう」

「……」

「続けてくれ」

コレ―が科学部長達を促し、部長が青年に目線で合図した。

「では、私、カール・セルダンの方から小惑星迎撃について説明させていただきます。まず、地球近傍での迎撃は不可能です。小惑星が比較的大きいので、メガトン級の核弾頭でもない限り破壊は不可能です。ご存知の通り、現在の太陽系には核弾頭、核爆弾はありません。パシファエ灯台に行けば、使用済み核燃料や核弾頭用の核物質がありますが、精製して核弾頭を作る施設も時間も有りません。第一、イオから、パシファエに行くだけで、二、三年かかりますので論外です」

「プラントルの功罪という事か」

 コレ―が呟いた。マツシタラボの元所長プラントルは、太陽系中の核物質のほぼすべてを木星系に持ってきた。そして、原子力電池に使えるプルトニウム238以外は、パシファエに輸送し、灯台の燃料とした。それは、歴史上の偉業として高く評価されていた。ところが、今、灯台のおかげでパシファエが動き、小惑星が地球に衝突しようとしている。世界政府から小惑星破壊手段を奪ったことも、プラントルの意図だったのは、確実だと誰もが思っている。思惑通りにいけば、人類史上に残る悪行である。

「残された手段は、小惑星の軌道を変えることです。そして、できるだけ早い段階で軌道を変えられれば、わずかな軌道変化でも、地球近傍に到達する頃には大きな変化となります」

「この資料によれば、小惑星が極軌道を描いて、地球に衝突するまで一三年程となっている。その間にミサイルでもぶつけて軌道を逸らせばよいのでは」

コレ―がカールに問うた。

「問題は、かなりの質量をぶつけないといけないという点とそれを極軌道に乗せるために、かなりの推力が必要になることです」

「うちの電磁カタパルトを使えばどうだ」

「可能性はなくはありませんが、電磁カタパルトで射出する方向は黄道面内ですから、その軌道を垂直に曲げ、かつ秒速一○キロメートルまで加速するには、かなりの質量を無駄にしなければなりません」

「ツィオルコフスキーの公式か」

「ええ、そうです。我々のよく用いている凍結化学燃料だと、比推力は三五○秒程度で、九○パーセントの無駄で、秒速八キロメートル、九九パーセントの無駄で、秒速一六キロメートルです。例えば、一万トンの質量を秒速一六キロメートルまで加速するには、一○○万トンの燃料が必要になります」

「では、黄道面内にある今のうちに、電磁カタパルトで撃ち落とせばいいのでは?」

「極軌道に入ってからを狙うよりは易しくなりますが、衝突軌道に乗せるまでにかなり質量が無駄になることは同じですし、電磁カタパルトで一回に打ち上げられる質量には限界があり、一回の衝突インパクトでは必要な軌道変更はできません」

「では、何発も衝突させればどうだ?」

コレ―はしつこく食い下がった。穴がないことを確認するのもトップとしての役目である。

「原理的には可能ですが、インパクトは水物ですので、何発も思った通りのインパクトを引き起こすのは至難の業です。例えば、一○○○回のインパクトが必要だとして。毎日2回ほどインパクトをさせなければならないとすれば、中々大変でしょう」

「そうだな、責任者の人選が悩ましいな…… 若い者がいいかな」

コレ―が、カールに目をやった。

「少なくとも、私は固辞しますね。神経をすり減らし、老化が一気に進むでしょうから」

カールはコレ―を睨み返しながら、きっぱりと言った。いくら、総裁の下僕になったとはいえ、何でも言うことを聞くわけではないとでも言いたげである。

「最近の若者は、素直ではないからな。まあ、いい。続けてくれ」

コレ―は、そう言って、続きを促した。

「結局、与えられる運動量の大きさと確実性という意味では、この後で説明するサンドスラスターを使うのがベストです」

「しかし、今度は、サンドスラスターの母船であるドラゴンフルーツの軌道を変えるのが大変なのだろう?」

「ええ、そうです。ですがだいぶましです」

「そうか……」

コレ―は、眉を寄せて眼前のフロートスクリーンを爪で弾いた。ヘリウムの浮力で空中に浮いたスクリーンはわずかに漂い、ワイヤーで引き戻される。コレ―は漂うフロートスクリーンを黙って見ていた。


「先ほどの所から説明を再開してもよろしいでしょうか?」

カールが催促した。

「ああ」

「質量、相対速度とも十二分な手持ちの弾は、例のインパクトで作った岩塊の一つ、KE-Iです。KE-IIIの方は予定通り、エウロパに落下させ、氷の大地に穴を開けました」

「だが予想より穴は小さかった」

キュロスが口を挟んだ。穴が小さいのは科学部の責任だと言いたいようである。

「予想よりは小さいですが、発電を試すには十分です」

「試すだと! それでは、困るんだ。所定の発電量を確保し、電磁カタパルトを起動できなかったらどうしてくれるんだ!」

「今の見積りでは何とかなりそうですが、保証はできません」

キュロスがカールに噛みついたが、彼は冷静だ。

「その話は別の機会にしてくれ」

コレ―が疲れたように言う。この先の波乱を考えると、想像に基づく議論は、時間の無駄としか。彼女には思えなかった。

「ええ、そのつもりです。迎撃計画では、辺境インパクト作業船I号、ドラゴンフルーツを使ってKE-Iの軌道を変えて、小惑星に衝突させます。質量、相対速度とも十二分で、小惑星の軌道を変えるのは容易です」

「衝突させられればな」

キュロスは不満のようである。

「ドラゴンフルーツのサンドスラスター四基をKE-Iに設置できれば、後は、KE-IIIの軌道修正と同じです。軌道を変えてエウロパ上空で迎撃します。もともと、KE-IやKE-IIIは、エウロパに落下させることを考えて、インパクトをデザインした結果ですので、少々の軌道修正でエウロパに近傍に到達させられます」

「だが、この資料によれば二つ問題がある」

キュロスが眼前のフロートスクリーンを指さした。

「はい。一つは、KE-Iが自転していること、もう一つはタイミングの問題ですね」

「それで?」

「自転の方はそれほど大きな問題ではないでしょう。ドラゴンフルーツのクルーはプロフェッショナルですから、それほど難しくないでしょう」

「そ、そうか……」

コレ―は何かを言いかけて黙った。

「タイミングの方は二つあります。まず、KE-Iにサンドスラスターを設置するには、ドラゴンフルーツをKE-Iにランデブーさせなければなりません。今の軌道上の配置を考えるとかなりの加速・減速をしなければなりません。もちろん、五年ぐらいかけてよければ、ガニメデやカリストでのスイングバイを利用できますが、時間がありません。もう一つのタイミングは、KE-Iと小惑星の衝突ですが、こちらの方は比較的小さなKE-Iの軌道修正で、二年後に小惑星をエウロパ上空で迎え撃つことが可能です。でもそのためには、一年以内には、サンドスラスターをKE-Iに設置しなければなりません」

「で、その結果が、この資料に記載された必要凍結燃料、四五○本か」

「ええ、その通りで、内訳は、ドラゴンフルーツをKE-Iにランデブーさせるために、三九○本、ドラゴンフルーツをイオ周回軌道に戻すために必要な燃料が残りの六○本です。後半の帰還の方はスイングバイ込みで一年強の設定期間での計算ですので、もっと時間をかけてよければもう少し減らすことは可能です。しかし、三九○本の方は、小惑星迎撃には必須です」

「三九○本か、多いな」

「ええ、ドラゴンフルーツの所へ到達し、減速してランデブーするだけで半分程に目減りしますので、意外に多くなります」

「しかも最長サイズか。運行部長、可能か?」

「はい、科学部の立案した計画では、電磁カタパルトの毎日二回使うことになっています」

電磁カタパルトの運行部長は、若い女性である。大きな眼鏡のブリッジを押し上げて答えた。

「それで、可能なのか?」

「電磁カタパルトの負荷としては問題ないのですが、指定したタイミングで運行すると、エウロパ発電プラント用部品の射出はもちろんの事、他の船への燃料補給に支障をきたします」

「プラント用部品の方はわかるが、他の船とは?」

「現在、木星系の衛星間軌道船は、五○隻ほどです。その内、半数はヒマリアでレアメタル採取に関わっていますので、イオ周回軌道まで戻す必要があります。残りは、燃料補給が無くてもよいか、二年以上後に燃料補給が間に合えば、運航に支障はありません」

「コールドスリープで待たせておけばどうでしょう?」

カール青年が言った。

「電磁カタパルト運行部としては、問題ありませんが、人事部からは文句がでるでしょう。それから、最大の問題は、プラントの方では? 一日に凍結燃料を二本も生産しなければなりませんから、イオ工業プラントのリソースをかなりそちらに振り向けなければなりません」

「やはりプラント総部長を呼んでおくべきだったのでは?」

キュロスの言葉にコレ―が眉を寄せた。

「声はかけたのだが…… 正式な役員会ではないからな」

「きっと、総部長は様子を見ているのですわ。通商部の見立てでは、プラントの有機合成部門のラインを組みなおせば日産三本の能力があります。もちろん、費用は、世界政府が負担するのですよね」

発言したのは、あでやかな緋色のスーツを纏った通商部長である。

「当然だ。ただ、値引きしてくれと言っている。大量生産するのだからそれなりに安くしてくれと言っている」

コレ―は即座に答えた。

「通商部としては、割増料金を請求したい所よ」

「一種の特需じゃないか。悪い話ではないと思うが」

「正確な数値は総部長に出してもらわないといけないけれど、ラインの組換え、火山帯とのプラントの間の輸送力の増強、超過勤務手当と、コストアップの要素はいくらでもあるわ。問題は、それが一年限りということです。この作戦のために投資しても、一年しか売上が無いのであれば、とてもじゃないけれど回収できないわ」

「では、地球を見捨てるのか?」

「そんなことは言っていません。要は、私達が納得できる対価を用意できればいいのです。お金でなくたっていいのよ。世界政府は色々とお持ちですから、出せるものはあるはずですわ。そうじゃなくて、リュードベリ総裁? それとも顧問に聞いてみます? 一度も姿を見せない顧問に?」

 通商部長の正論に、コレ―・リュードベリ総裁は防戦一方である。それでも、この場では、世界政府の立場を代弁しなければならない。もちろん、リュードベリ総裁が世界政府枠で取締役入りしたという理由もあるが、よりよい議論のためには、誰かが反対意見を言い、誰かがこの場に居ない者の立場を代弁しなければならないという事を総裁はわきまえていた。

「顧問は、今はいない。だから私が世界政府とのパイプ役だ」

「役に立たない顧問ですこと。顔も名前も明かさないなんて、こちらの好きにしていいという事かしら」

木星系開発公社の取締役は全員で一一名である。内、五名が世界政府枠で、五名が拝律教団枠、一名が金星工業連合枠である。これらは出資割合を反映している。だが、世界政府枠の顧問一名は、不定で、世界政府が随時任免できるポストである。この顧問は、これまで公社の役員会に出席したことがないという謎のポストである。教団と世界政府との裏取引の結果という噂であるが、その中身を知る者は少ない。

「政府高官からの取引材料はある」

「なんでしょう?」

コレ―の言葉に、キュロスは顔をしかめた。キュロスが聞き及ばぬ情報なのだ。

「土星系の開発権利」

「しかし、土星はあまりにも遠いのでは」

科学部長がすかさず応じた。

「それと、新型イオンロケットエンジンだ」

「それは素晴らしい、と言いたい所ですが、単基の出力はどれほどでしょうか? 我々の船の場合は、最大で一メガワットです。かなりの出力が無いと、化学燃料の豊富な我々にとっては、魅力はありません。最低でも……」

「五メガワットだ」

「ヒューっ、スゴイですね」

コレ―の答えに、科学部長の隣に座った青年が口を鳴らした。

「それが、あれば、原子力電池の出力を目一杯、使える」

木星系では、五メガワットの原子力電池は珍しくないが、今までは、それを有効に活用できなかった。イオンエンジンを備えていても、推力が小さく、年単位の積算推力では化学エンジンに敵わなかった。

「土星系も夢ではない」

その常識が変われば、土星系までの航宙もだいぶ様相が変わってくる。

「ですが、それは将来の話です。当面は、どうやって資金をねん出し、我々を養っていくかですわ。増資も……」

「増資は考えていない」

通商部長の言葉をコレ―がさえぎった。

「ですが、」

「もちろん、役員会は開く」

「それなら、そこで決議ですね」

通商部長があっさりと矛を収めた。

「いつ、開きます?」

「最速で。つまり五日後だ。室長! 五日後に役員会を開くから招集をかけてくれ。議題は、ブラックアステロイド迎撃プロジェクトだ」


 総裁室に室長を伴って戻ったコレ―・リュードベリは、ため息をつきながら総裁の椅子に身を沈めた。

「室長、可決されると思うか」

「お金や対価の問題はありますが、最終的に地球を見捨てることはあり得ないでしょう」

「つまり、可決すると」

「おそらくは。ですが、不確定要素があります」

「真理派か」

「ええ」

「キュロスだな?」

「間違いありません。彼とプラント総部長は真理派です。穏健派はイオ総主教が何とかしてくれると思いますが、真理派は総主教の意向を平気で無視します。また、人事部長、法務部長も要注意です。彼らは、所掌部門での立場もあるので、役員会では一度は否決に回る可能性もあります。つまり、否決することで、自らの部門に有利な対価を得る魂胆です」

「そんな、馬鹿な! 一刻を争って動き始めなければならないと言うこの時期に、そんなことを言っている余裕はないと思うが」

「ですが、これまでの総裁の強引な公社経営の尻拭いをさせられたのが彼らの部門ですから、やすやすと諾とはいないでしょう」

「くそっ、また、総裁の尻拭いか!」

思わず罵ったコレ―に、『コホン』と室長が咳払いをした。

「失礼。票読みは?」

「顧問がいらっしゃらないとして、一○票中、六票は賛成、四票は反対もしくは棄権ではないかと」

「ならば安心か?」

「いいえ」

「理由は?」

「総裁の方が詳しいのではないかと思いますが、真理派を侮ってはいけません。最近でこそ、過激なことはしませんが、今回はどうなるかわかりません」

「例えば?」

「拉致監禁でしょうか?」

「どうすればよい?」

「警備員の増員ですね。役員の警備は通常は一名体制ですが、二名に増やしてはどうでしょう?」

「わかった。賛成票に回りそうな役員の警備員を増員だ」

「露骨ですね。わかりました手配します。それと公安に一報を入れておいてはどうでしょう?」

「公安か…… 彼らは、事が起きてからでないと動けない。それに、公社内を探られるのは気に入らない」

「そうですか。わかりました」

「それと、もう一つ。監禁先になりそうな所を例の者達に探らせろ」

「そんな簡単に監禁先がわかれば苦労しませんよ。それにあの連中は公安よりもあてにならないのでは? 好きで動く馬鹿ばかりですから」

「それでもいい」

「了解しました。全て仰せのとおり手配します」


 背を向けた室長に、総裁が声をかけた。

「そうだ。もう一つある。会議資料は紙に印刷してマル秘印を押して、全役員に配布してくれ」

「えっ、紙? またですか? 辺境では紙は貴重なんですよ」

室長は、よほど呆れたのか、口調からよそよそしさが抜けている。

「いいじゃないか、セキュリティは大事だ」

「セキュリティじゃなくて、雰囲気が好きなんでしょう? まったく、ジュニアは妙な所にこだわる」

室長は、コレ―をおおやけでは使わぬ名で呼んだ。

「そのぐらいいいじゃないか」

「わかりました」

室長はため息をつきつつも了解した。

 コレ―は片肘をつき、窓の外に目をやった。

「しかし、こういう厄介ごとが、いつも私に回ってくるのはなぜかな?」

外は、見渡す限り赤茶けた大地。その一角に霞がかかっている。

 コレ―の呟きを拾った室長は立ち止まり、

「不安でしたら、彼女にバックアップしてもらったらどうでしょう? 彼女は百戦錬磨ですから」

と言った。コレ―は眉をピクリと動かしたものの、視線は霞を捉えたままである。

「あの霞は、無限軌道運搬車の巻き上げる砂塵だな」

「……」

「あれを何としても守りたいと思う……」

コレ―の呟きは、大地に吸い込まれるかのように消えていった。


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