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11.電磁カタパルト(西暦二一八三年八月)

 イオ工業プラントと工業都市はルワ山の西南の平原に広がる。プラントはもちろんの事、都市にも高層ビルはない。始終、地盤変動が起きるためである、イオの建物は、工場もオフィスも住居も道路もすべて高床式で、その床の水平を維持するのは高さ三メートルほどの華奢な可変長脚である。典型的な住居は三階建てで、オフィスは五階建てが多い。それらが、三キロメートル四方に広がった区画が、イオ工業都市であり、一○○キロメートル四方のプラントに比べればずいぶん小さい。その都市の人口は二○万人ほどで、それがそのまま木星系の人口と言ってよい。

 もっとも高いビルは一三階建ての木星系開発公社の新オフィスビルで、都市区画とプラント区画の境界にそびえ建つ。その一二階には幹部の居室があり、東側の居室からはプラントが見下ろせ、西側の居室からは都市が見下ろせる。

 北東の角部屋はひときわ大きく、全面ガラス壁ごしに北を見ている一組のふくよかな中年男女が居る。肉感的な女性の方は黒のスカートスーツを着ており、赤毛が唯一のアクセサリーである。その簡素な装いが却って彼女の放つオーラを際立たせている。一方、小太りの男性の方は、ひと目で上質とわかる縦縞の高級スーツに金のネクタイを締めており、服装に負けているが明らかである。

 赤毛の主は木星系開発公社総裁、コレ―・リュードベリである。見下ろす視線は、猛禽類のようである。その三歩後ろで、窓の外と壁掛け大型モニターとの間で落ち着なく視線を彷徨わせているのは、キュロス・ハギギ副総裁。そして、広い部屋の片隅で執事のようにひっそり立っている男は総裁室室長である。

 コレ―とキュロスの視線の遙か先にはルワ山がそびえ、そこには新天文台があるはずであるが、今、彼らが見下ろしているのは東西に走る線路である。線路の東端は、プラント区画に隣接した大きな建物に吸い込まれている。電磁カタパルト発射基地である。一方、西の端は遠すぎて視認できない。見えないのは当然で、線路の西端があるのは、彼らから四○○キロメートルほど離れた所である。

 全長四○○キロメートルのイオ電磁カタパルトは、イオ工業都市の最重要施設である。東端の発射基地で超電動リニアモーター台車に載せられた物資は、磁場の力で西向きに加速されて、宇宙へと飛び出していく。イオを周回する軌道に乗り、ラグランジェ点L2の惑星間中継基地に向かうこともあれば、そのまま、木星の順行軌道に乗り、イオよりも外側軌道の衛星に向かうこともある。

 今回のようにエウロパに物資を届けるには、イオを秒速三・四キロメートルで脱出しなければならない。台車に固定された物資は、一・五Gで四分間ほど加速されて、所定の速度に達する。カタパルトの西端近くで、台車と物資の固定が解除されて、物資はイオの重力を振り切って浮き上がっていく。一方、台車はカタパルトに沿って、緩やかに下降しつつ、急制動をかけられてカタパルトの西端で停止する。


 電磁カタパルトによる射出は、多い時には、イオ日一日に五度ほど。もっとも重量のある凍結燃料は一本で六○○○トン前後である。重量について言えば、エウロパへ送り出す発電プラントの部品はずっと軽い。問題は、様々な形状を持ち、重心の位置も部品ごとに違う点である。現在、エンジニア達の頭を悩ませているのは、重心のずれから来る異常振動である。


『浮上させてみてくれ…… おいおいまたかよ!』

壁掛けモニターから小さな音量が漏れて来る。

リュードベリは眉をほんの少し寄せた。

「室長、もう少し管制室の音量を上げてくれ」

「はい」

壁際に立っていた痩せた中年の男がスクリーンに向かって、簡単なハンドサインを示した。空中にエスの字を描いて、右掌を上下させると徐々に音量が上がっていく。

『一端、降ろして、再調整だ! 固定班、計測値を元にカウンターバランスを載せてくれ。計測班! 値を出してくれ』

『はい。右舷、前方に○・五トン、右舷中央に一・五トンでお願いします』

「手間取っていますね。前回、台車を傷つけましたから慎重になっているのだと思います」

ハギギ副総裁はハンカチで額を拭った。

「多少の慎重さと遅れは致し方ないが、教団はやきもきしているだろう」

リュードベリ総裁がちらりと後ろを振り返った。

「さあ、どうでしょう」

「副総裁が情報を流しているのではないのか」

「滅相もございません。守秘義務はわきまえているつもりです」

「まあ、発電プロジェクトにあれだけ出資してくれたのだから、知らぬ存ぜぬというわけにはいかない。だが、公式ルート以外から情報がもれるのは不愉快だな。例え、それが現場の者が不用意に漏らしたものだとしてもだ」

コレ―・リュードベリ総裁は、外を見つめたまま言った。

 拝律教団が木星系開発公社に莫大な資金を提供していることも、公社職員の約一割が拝律教の熱心な信者であることは周知の事実である。また、信者の少なからぬ割合が、地球に敵対的な真理派に属することも容易に想像できる。

 木星系を舞台に真理派と地球派が対立し、開発の足を引っ張ってきた歴史があるのは事実であるし、だからこそ、公社は中立の立場を堅持しなければならないとコレ―は考えていた。教団枠として理事会入りしたハギギ副総裁は目の上のたんこぶであるが、時間さえあれば、彼らを御することはできると彼女は考えていた。

「しかし、このプロジェクトがスタートして二○年、まだ、三分の一ほどでしょうか。何とか我々が生きているうちに、エウロパの氷を見たいものですね」

「ああ、そうだな」

信者であろうと、そうでなかろうと、地球人にとって木星系の開発は遅々としている。イオからカルポ等の外軌道衛星に行くだけで半年。半年前に始まった、エウロパへの物資の打ち上げは、燃料を差し引いた実効値で、日量二千トンにも満たない。

 焦っているのは地球人だけではない。正直を言えば、総裁、副総裁をはじめとする内勤者は焦っている。彼ら内勤者は地球の一日単位で働く。老化速度が半分以下になるレベルIのコールドスリープで眠ったとしても老化の遅れはそれほどでもなく、経過年齢で数えた平均寿命は一二○歳ほどである。一方、軌道船や、イオの僻地で働く、外勤者は長い長い待ち時間をコールドスリープで過ごすから、経過年齢は意味をなさない。実際、二十一世紀後葉に生まれ、現役で活躍している外勤者は珍しくない。

 コレ―は、プロジェクト終了時の四○年後を想像して、わずかにため息を漏らした。

『もう、一度浮上させてダメなら、調整は夜勤組に任せよう』

『どちらにしろ、後二○分以内に、加速できなければ、今日の発射は無理です』

『ああそうっだったな』

 エウロパへの物資の射出は、イオとの位置関係で、三・五日に一度だけであり、かつ許容される射出時刻の範囲はわずか、三○分である。この範囲を超えてしまうと、よほど、燃料を使わない限り、エウロパ周回軌道への投入は不可能となるのだ。

「打ち上げが難しいということか……」

総裁の呟きに、副総裁が応じる。

「だいたい、我々、上層部の悩みも少しは慮ってほしいものですね。我々は睡眠時間を削って、老化が速いという事知っているのでしょうか?」

何かにつけて、自分は総裁と同じ立場なのだと主張する副総裁に、軽いいらだちを覚えながらも、彼女は頷いた。この件に関しては、彼女は副総裁と同意見であるし、教団に対する警戒心を露わにするだけで対立の構図が変わるわけではないことを彼女は心得ていた。

「知らないわけではないだろうが、この悩みは非管理職には無縁だから関心がないだろう」

コレ―はそう答えた。

 人材の絶対数の足りない木星系では、有能な管理職ほど、睡眠時間を削って働いている。コールドスリープの睡眠時間が減れば、老化抑制効果も減じられる。その結果、一般職よりも管理職の方が老いが速いのである。

「前回は、レールの位置補正が上手くいかなくって、打ち上げを延期しましたが、今回は、重心位置の調整が難しくて延期になるのか」

今日の副総裁はかなり悲観的である。

「失敗した時の言い訳ばかり上手になってもらっても困るのだが」

コレ―はそう呟いた。彼らにしてみれば、現場はのんびりしているように感じられるのだ。

「労務管理は特に苦労しますからね」

キュロスは暗に、現場の怠け癖を非難した。

 木星系では常に人手が不足している。月面の公社支所での求人倍率は一桁をくだらない。コールドスリープで無駄なマンパワーを抑制しているものの焼け石に水である。従って、待遇は良い。給与は高いし、労働時間は最低限に近い。問題は、終業後に彼らを夢中にさせる歓楽街が貧弱であることと、彼らの購買意欲をそそるような豊富な品揃えが難しい点である。それでも、コレ―が総裁に就任した三○年前に比べれば、イオ工業都市の発展は目覚ましいものがある。遊興施設にしろ、販売店舗にしろ、月面最大の都市、ルナホープ・ワンを面積において凌駕しているのは評価されるべきだと総裁は考えている。


「ところで、話は変わりますが、総裁は、法定承継人はもう選任していますか?」

「法定承継人?」

「ええ、もし、選任しているのであれば、帝王学などを考えてもよいのではと……」

「いや、そもそもクローン子はいない」

「おや、そうですか」

「言っていなかったかな?」

「お聞きする機会も有りませんでした。総裁の元で働くようになってから、まだ日が浅いですから」

「そうだな」

 理事会がキュロスを推したのは、一○年ほど前である。木星系の日々の仕事に追われていれば、プライベートな会話は意外に少ない。

「クローン子をもうけていないのは、総裁がお若いからでしょうか」

 コールドスリープが常態となった現代では、子の方が親より先に老いることは珍しくない。惑星間航行や衛星間航行を何度も繰り返せば、あっと言う間に三○年ぐらいの細胞年齢の逆転は起きる。だから、六○や七○歳を越えてから子をもうけることも珍しくない。

 だが、コレ―が子をもうけないのは別の理由である。

「いや、迷っている所だ。私のDNAには悪性の遺伝子があるから、クローン子に同じ不安を背負わすのは気が引ける」

「おや、それはそれは…… 不治の病なんですか」

今日の副総裁は饒舌である。コレ―がキュロスにプライベートを明かす義理は無いのだが、打ち上げの有無を見極めるまでは、他の仕事に専念する気にもならない。コレ―は愛想笑いを浮かべた。

「不治かどうかは、微妙な所だな。万が一にも私が総裁の務めを果たせない時には、キュロスに任せるぞ」

コレ―は心にもないことを言った。

「なるほど…… プライベートなことをお聞きしてすいませんでした」

「いや、構わない。私が老いれば、法定承継人による地位の承継を考えてもおかしくはないからな。キュロスの心配もわかる」

 法定承継人は、あくまでも遺産の相続人であり、地位や職業を受け継ぐわけではない。だが、クローン子の場合、クローン親の遺伝的な特性がかなり再現されるので、親の職業を引き継ぐケースは珍しくない。ただ、木星系開発公社の幹部の場合、能力だけでなく、十分な経験も必要だし、何よりも政治的な状況が有利に働かなければ幹部に登用されることはない。

「総裁が老いるなど考えたこともありません。いつまでもお若いですから」

 キュロスの言葉は、内心とは真逆である。総裁の引退を誰よりも願っているのは副総裁であろう。

「そろそろではないかな?」

コレ―は曖昧に頷いて話題を変えた。彼女がなかなか老いない秘密をキュロスに明かすわけにはいかない。


『主任、今度はばっちりです! 超伝導磁石の励磁、浮上ともに正常です』

聞こえて来る管制室の声は明るい。

『よし、行くぞ。レール班、レーザーアライメントのずれを報告しろ!』

『ずれの最大値は上下方向三五ミリ、左右方向一八ミリで、許容範囲内です。また、ここ三○分の地殻変動も問題ないぐらい静かです』

『よし。フライホイールは?』

『先ほどと変わりません。回転数は定格で、いつでも、レールに電力を供給できます』

『オーケー。カウントダウン開始だ!』


「今回は打ち上げられそうですね」

壁際の総裁室長がスクリーンを見ながら言った。

「ああ、大幅に遅れているには違いないが、一歩でも進まないことには見通しが立たないからな」

「そうですね。今回の部品は、形状も重量も難易度が高いですから、ノウハウが蓄積できれば、計画の不確定性は大幅に減るでしょう」

室長が丁寧に答えた。


『加速用超電導磁石の励磁が完了しました』

『加速開始二○秒前!』

『レール形状、台車の浮上、レール側励磁用センサー、すべて順調です』


「もうすぐ、日の出ですね」

 キュロスは総裁の隣に立って、窓の外を眺めた。大気のないイオに朝焼け、夕焼けはない。まるで電灯のスイッチでも入れるように、唐突に日が昇り、沈む。木星大気で複雑な色合いを見せる日食とは違って、情緒も何もないし、そもそも太陽はあまりに遠く弱い。それでも全く無視できるものでもない。丁度、公社が地球の世界政府を無視できないのと同じように。コレ―は眉を歪めて、東方の発射基地を見つめた。

 日が昇り、闇が払拭される。彼女は現れた輝きに目を細めた。その柔らかな光は、故郷の白夜を思いおこさせた。

『三、二、一、スタート!』

逆光で黒く塗りつぶされた発射基地からは、真っ直ぐにレールが延び、日を反射して鋭い輝きを放っている。

『まもなく、基地を出ます!』

滑るように現れたのは、幅五メートルほどの銀色の台車。積載された荷が台車から大きく張り出している。白く塗装された巨大タービン。ぐんぐん加速していく。

『秒速一○○メートル!』

 公社ビルのそばを、風圧も作らずに通過する。荷の側面の真っ赤なロゴが見下ろす彼女たちの目に焼き付く。

『秒速二○○メートル!』

『台車班! 振動をモニターしておけ』

『了解!』


「さあ、これからが正念場だ」

 西方を見つめる彼女たちには、消失点へと延びるレールしか見えなかった。

『三○○キロメートル地点通過。秒速三キロメートルジャストです』

『打ち上げ停止不可能地点を通過しました』

『振動が増えてきましたが、まだ許容レベル以下です!』

『上手くいってくれよ』

管制官の呟きが漏れる。

『四○○キロメートル地点通過。台車と荷の分離成功。離陸します!』

『離陸!』

『よし。発射パラメータは?』

『秒速三・四二キロメートル、方向よし、ローリング無しです』

一瞬、間が空き

『成功だ!』

管制官が宣言した。そして安堵と拍手が続いた。

 

「やりましたね」

副総裁が静かに言った。

「一安心だな」

総裁は、首を左右に傾けて肩の凝りをほぐした。


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